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左派への回帰を匂わせたウマラ新大統領

ペルー情勢レポート

在リマ海外研究員 清水 達也
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2011年7月28日の独立記念日に、6月の選挙で大統領に当選したオジャンタ・ウマラ氏が大統領に就任し、就任演説を行った。演説の内容に関しては選挙キャンペーン時の公約の繰り返しで目新しいものはなかったが、就任の宣誓では現行の1993年憲法ではなく、経済活動における政府の役割を重視した1979年憲法を尊重する旨述べたことが、左派への回帰を表明するものとして注目を集めた。

ペルーの新大統領は、独立記念日に国会で国会議員や南米諸国の首脳などの外交団を前に就任の宣誓を行う。この際、通常は憲法を尊重することを誓うが、ウマラ大統領はその最後に「1979年憲法の精神を尊重して」と付け加えた。さらにその後に宣誓した第1、第2の二人の副大統領は現行の憲法に対してではなく、「1979年憲法に誓って」と述べた。これに対してフジモリ派のマルタ・チャベス議員らが「この宣誓は無効で、ウマラ氏は(法律に従って就任したのではない)事実上の大統領だ」と抗議し、49分にわたる大統領演説の間、ヤジを続けた。

軍事政権から民政に移管する際に制定された1979年憲法は、ベラスコ軍事政権の意図を受け継いで、経済活動における政府の役割を重視した。しかし1980年代にラテンアメリカにおいて債務危機が発生すると、積極的に経済活動に介入した第1期ガルシア政権が経済運営に失敗し、財政赤字やハイパーインフレーションを生み出した。1990年に成立したフジモリ政権はこの危機を立て直すために「自主クーデター」を起こし、1979年憲法を停止した。そして新自由主義(ネオリベラリズム)に沿って、市場による資源配分を重視し、経済活動における政府の役割を市場の補完に限定した1993年憲法を制定した。その後フジモリ政権は国営企業の民営化をはじめとする経済自由化改革を進めた。2000年にフジモリ政権が崩壊した後、非民主的な形で制定されたとして1993年憲法の廃止と1979年憲法の復活が国会でも議論されたが、好調な経済成長を背景に「ゲームのルール」の変更は望ましくないとして、結局は見送られてきた。

2011年大統領選挙戦でウマラ氏は当初、新自由主義を強く批判し、1993年憲法の改正を主張していた。しかしより広い支持を得るために選挙戦の後半からは穏健化し、特に決選投票に向けた選挙戦では憲法改正の主張は事実上封じ込め、現在の経済モデルを維持するとしていた。そのため、正副大統領の宣誓における1979年憲法への言及は、穏健化していたウマラ氏が左派に回帰して現行憲法の改正に取り組む意思表示ではないか、という憶測を呼んだ。

就任式から1週間弱が経過した現在、首相、経済財政相、法務相などは「憲法改正は今のところ議論の対象とはなっていない」と述べているが、ウマラ大統領自身は就任式以降にメディアの取材の答えておらず、その意図は不明のままである。
(2011年7月)