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チャベス大統領の癌の再発・再手術と今後の展望

ベネズエラ

地域研究センター ラテンアメリカ研究グループ長 坂口 安紀
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2012年12月20日
チャベス大統領は12月8日に同一箇所に3度めとなる癌の再発を公表し、12月11日に急遽キューバで摘出手術を受けた。政府は、「手術は6時間におよび、出血をともなう」「複雑で困難なものであり、そのため術後回復も複雑でデリケートなもの」、「ゆっくりだが良好に回復」「知的に完全回復(plenitud intelectual)」「呼吸器系の炎症」などと逐次発表されており、術後療養・回復にはまだ時間がかかると思われる(現地時間12月19日現在)。

10月7日の選挙で選出されたチャベス大統領は、マドゥロ副大統領(Nicolás Maduro)を後継者に指名している。新政権は2013年1月10日国会の前にて宣誓・就任することが憲法に明記されている。大統領の就任について憲法は以下のように定める。

  • 選挙で選出された大統領候補は、憲法が規定する任期1年目の1月10日に、国会において宣誓して大統領に就任する。なんらかの理由により大統領が国会において就任することができない場合は、最高裁の前において就任する(231条)。
  • 憲法は次を「大統領の絶対的不在」と定義する:死亡、辞任、最高裁による罷免、最高裁が任命した医師団によって永続的に肉体的・精神的不能状況にあると診断され、それが国会によって承認された場合、国会が責務放棄であると宣言した場合、国民による大統領不信任投票による不信任。(233条)
  • 大統領の一時的不在は、90日を期限に副大統領が大統領代行を務める。国会の決定によりこれは90日間延長できる。一時的不在が90日以上延長された場合は、国会が過半数によってそれが「絶対的不在」にあたるか否かを決定する(234条)。(なお現国会ではチャベス派が過半数を確保している)

1月10日にチャベス大統領が国会において宣誓・就任できるまでに回復できるか否かによって、今後のシナリオは大きくかわる。憲法の規定を現在の状況に当てはめると、以下のようになる。

  1. 2013年1月10日以前に「大統領の絶対的不在」の状態になった場合。
    1月10日まではマドゥロ副大統領が暫定大統領を務める。絶対的不在となった日から30日以内に新しい選挙実施のための手続きが始められる。1月10日以降はカベジョ国会議長(Diosdado Cabello)が選挙によって新大統領が選出され就任するまで、暫定大統領を務める。
  2. 2013年1月10日にチャベス大統領が就任し、その後任期の初めの4年間に「大統領の絶対的不在」の状態になった場合:
    30日以内に新しい選挙実施のための手続きが始められる。選挙によって新大統領が選出され就任するまでマドゥロ副大統領が暫定大統領を務める。
  3. 2013年1月10日にチャベス大統領が就任し、その後任期の残り2年間に「大統領の絶対的不在」の状態になった場合:
    残りの任期において副大統領(現時点ではマドゥロ)が暫定大統領として、残りの任期を全うする。
  4. 2013年1月10日にチャベス大統領が就任したものの、その後再び療養となり「一時的不在」となる場合は、最大180日はマドゥロ副大統領が大統領代行を務める。180日を迎えるにあたり、国会が過半数によって「絶対的不在」に相当すると判断した場合は、2 に相当する。しかし国会の過半数をチャベス派が支配しているため、この場合「絶対的不在」との決定はされないと予想される。決定されなかった場合については、憲法で規定がない。チャベス大統領の体調が許せば、一時的に公務に復帰したとして、再び療養生活に入り「一時的不在」を繰り返す可能性も考えられるかもしれない。

なお、チャベス派政治リーダーには、軍人派(カベジョら)、文民派(マドゥロら)と大きく2つの派閥がある。上述のとおり「大統領の絶対的不在」がどの時期に発生するかによって、マドゥロとカベジョのどちらが暫定大統領につくかという違いが出てくる。チャベス大統領が健康問題で1月10日に就任できない、または就任できてもその後「絶対的不在」に相当する状況になった場合、この2つの派閥間での権力争いが浮上する可能性がある。ただし、いずれにせよ2人ともチャベス大統領のような国民に対する圧倒的なカリスマ性とリーダーシップはもたないというのが一般的な評価である。

マドゥロは公共バス労働者組合の労組リーダー出身であり、イデオロギー的には急進左派でありつつ、外務大臣としてメルコスルへの加盟、UnasurやPetrocaribeの締結、中国との協力関係の構築など、チャベス大統領の外交アイデアを着実にかたちにしてきた実務実績がある。

一方カベジョは軍人出身で、1992年にチャベス大統領が当時のペレス政権打倒を目指した軍事クーデター未遂事件を首謀した時期からの盟友である。チャベスの信頼は厚いが、カラカス首都圏を含むミランダ州の知事(2004-8年)として成果をあげられず、2008年選挙では反チャベス派のカプリレス(今回の反チャベス派の大統領選の統一候補)に敗北している。知事選敗北後は公共投資住宅大臣に就任しているが、チャベス派政治リーダーの中でも最も汚職の噂が多い人物の1人でもある。また、軍人という背景やクーデター参加の経歴、今回も「大統領就任式を1月10日より延期する可能性」に早くも言及するなど、憲法や法の遵守という民主主義の絶対的価値観に疑問が残る人物ではある。

「大統領の絶対的不在」状態になった場合の新選挙では、反チャベス派は再びカプリレスを統一候補として擁立すると予想される。その場合、マドゥロ、カベジョのいずれがチャベス派の候補者となったとしても、カプリレスが勝利すると予想される。

今後の短期的な展望のかぎとなるのは、言うまでもなくチャベス大統領の健康回復状況であるが、大統領の回復状況によっては、それ以外にも「大統領の絶対的不在」の認定や「大統領の宣誓と就任」の定義づけなどが政治的操作の対象となる可能性が否定できない。また「大統領の絶対的不在」状況になった場合、短中期的に急進的なチャベス大統領支持者らの急進化、憲法が定める新選挙の延期、選挙で反チャベス派に敗北することを恐れたチャベス派(とくに軍人派)の非民主的行動の可能性などもゼロではないと予想される。

(2012年12月20日 坂口安紀)

★上記は、10月20日までに執筆した「ベネズエラ・チャベス大統領の4選」『ラテンアメリカ・レポート』(Vol.29 No.2、2012年12月20日発行)の追記です。『ラテンアメリカ・レポート』同号には、本論考以外に以下の論考も掲載されています。
『ラテンアメリカ・レポート』Vol.29 No.2(2012年12月20日号発行)
  • 「メキシコはどこへ行く:2012年大統領選挙に見る政党の戦略と国家の選択」古賀優子
  • 「ペルー左派政権はなぜ新自由主義路線をとるのか?:「左から入って右に出る」政治力学の分析」村上勇介
  • 「2010年大地震で露わになったハイチの自然災害への脆弱性:その構造的問題に関する一考察」 浦部浩之
  • 「パラグアイにおけるルゴ大統領に対する弾劾裁判と国際社会の対応」磯田沙織
  • 「メキシコにおける基礎教育の質的改善をめぐって:近年の全国教育労働者組合(SNTE)の政治行動と議会、市民の動き」米村明夫
  • 「資料 ブラジルの医療制度」 本田達郎
  • 「ペルー・リマの自動車通勤」 清水達也

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