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2009年10月 過度な期待を前にして

月間ブラジル・レポート

ブラジル

地域研究センター 近田 亮平
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経済

貿易収支:10月の貿易収支は、輸出額がUS$140.82億(前月比1.6%増、前年同月比▲23.9%)、輸入額がUS$127.54億(同1.8%増、▲25.8%)で、輸出入ともに前年同月比でマイナスとなったが前月比では僅かに増加した。この結果、貿易黒字額は前年および前年同月とほぼ同じ水準のUS$13.28億(同▲0.1%、▲0.1%)を計上した。また年初からの累計は、輸出額がUS$1,258.79億(前年同期比▲25.7%)、輸入額がUS$1,032.80億(同▲30.4%)、貿易黒字額がUS$225.99億(同7.5%増)で、僅かながら貿易黒字額が前年を上回る状況が続くこととなった。

輸出に関しては、一次産品がUS$54.54億(1日平均額の前年同月比▲20.4%)、半製品がUS$21.43億(同▲19.2%)、完成品がUS$62.22億(同▲18.3%)であった。主要品目の中では、原油(US$11.70億、同▲11.4%)と鉄鉱石(US$11.37億、同▲37.8%)の両一次産品の輸出額が今月も大きく、増加率では燃料油(US$2.45億、同67.2%増)や粗糖(US$6.31億、同58.9%増)、減少率では鋳造鉄(US$1.49億、同▲64.8%)や大豆油(US$0.97億、同▲52.1%)などの増減率が顕著であった。また、主要輸出先は1位が米国(US$15.57億、同▲30.6%)、2位が中国(US$14.90億、同9.9%増)、3位がアルゼンチン(US$13.05億、同▲16.7%)、4位がオランダ(US$7.03億)、5位がドイツ(US$6.98億)で、前年同月比の取引額は大きく減少したものの米国が中国に代わり今年の2月以来の1位となった。

一方の輸入に関しては、資本財がUS$27.28億(同▲16.6%)、原料・中間財がUS$61.30億(同▲22.5%)、非耐久消費財がUS$9.23億(同6.3%増)、耐久消費財がUS$12.73億(同▲4.2%)、原油・燃料がUS$17.00億(同▲43.8%)の取引額となった。主要品目の中では、化学薬品(US$17.18億、同▲14.2%)や中間部品(US$9.26億、同▲14.2%)などの原料・中間財の輸入額が大きく、増加率ではその他の原料・中間財(US$3.92億、同74.8%増)や医薬品(US$3.41億、同21.3%増)、減少率では鉱物品(US$8.26億、同▲53.2%)やその他の耐久消費財(US$0.72億、同▲42.7%)などの増減率が顕著であった。なお、主要輸入元は1位が米国(US$19.25億、同▲21.0%)、2位が中国(US$17.46億、同▲12.1%)、3位がアルゼンチン(US$11.01億、同▲18.7%)、4位がドイツ(US$9.30億)、5位が日本(US$5.07億)であった。

物価:発表された9月のIPCA(広範囲消費者物価指数)は0.24%で、前月比で0.09%p増加したものの前年同月比では▲0.02%pとなり、物価が安定していることを示すものとなった。非食料品価格が0.35%(前月比0.15%p、前年同月比▲0.07%p)だった一方、食料品価格が▲0.14%(同▲0.13%p、0.13%p増)と3カ月連続のデフレを記録したため、全体としての物価上昇は小幅なものにとどまった。なお、年初からの累計は昨年同期(4.76%)比▲1.55%p の3.21%となった。

食料品では、ニンジン(8月:4.55%→9月:▲8.77%)や牛乳(同▲6.61%→▲8.76%)をはじめ、主食の一つであるフェイジョン豆(カリオカ:同▲5.24%→▲6.17%、黒:同▲2.17%→▲4.84%)、青物野菜(同2.30%→▲2.82%)などの値下りが大きかった。一方の非食料品では、航空運賃(同▲10.97%→3.58%)やアルコール燃料(同1.44%→2.31%)のほか、10月1日に減税幅が縮小された自動車の駆け込み需要による価格上昇(新車:同0.25%→0.67%、中古車:同▲1.55%→0.86%)、サンパウロ大都市圏で7.79%上昇したガス・ボンベ(3.40%)などが、前月よりも価格を全体的に押し上げる主な要素となった。

金利:政策金利のSelic(短期金利誘導目標)を決定するCopom(通貨政策委員会)は21日、Selicを現行の8.75%で据え置くことを全会一致で決定した。国内や世界の一部諸国で景気回復の兆候が見られることや、物価が落ち着いておりインフレ懸念もないことなどから、市場関係者の大半が予想した通り、2回連続の金利据え置きとなった。

為替市場:10月のドル・レアル為替相場は、月の前半は前月のドル安レアル高の流れを引き継ぎ、年初来最高値を更新しながらレアル高が進行し、14日には2008年9月4日に次ぐ水準となるUS$1=R$1.7091(買値)までレアルが買われた。しかし、海外投資家をはじめとする過度な期待による投機的な“ブラジル買い”を前にした政府は20日、国内に流入する海外資金に対して2%の金融取引税(IOF)を暫定的に課すことを決定した。この政府の対策によりドル安レアル高傾向に歯止めがかかり、月の後半はUS$1=R$1.7前半でもみ合う展開となり、月末はUS$1=R$1.7432で10月の取引を終えた(グラフ)。

今回の流入海外資金に対する課税措置は、現在のところ今年の年末まで適用される見通しの暫定的なもので、ブラジル向け海外直接投資(FDI)は対象外となっている。同措置に関して海外投資家や企業などから不満の声が上がったのは言うまでもないが、国内外の専門家や政府内部では賛否両論が沸き起こった。それらは、同措置の為替対策や輸出促進策としての有効性、財政難の政府が税収増を意図して実施した可能性、政府の市場への介入のあり方や是非などである。これに対し市場関係者の間では、今回の措置の影響は限定的であり“ブラジル買い”のトレンドに大きな変化はないとの見方が一般的である。ただし、レアルの年初からの対ドル上昇率は約29%と世界の主要通貨の中で最も高く、30日にはMeirelles中銀総裁が新たな為替システムの必要性について言及するなど、為替のレアル高はブラジルにとって懸念材料の一つだといえる。
グラフ 為替相場の推移:2008年6月以降
(出所)ブラジル中央銀行

株式市場:10月のブラジルの株式相場(Bovespa指数)は、月の前半に年初来最高値を更新しながら続伸し、19日にはリーマン・ショック前の昨年6月半ばと同水準の67,239pまで上昇した。この要因としては、先月発表された第2四半期GDPなどがブラジル経済の景気回復を裏付けるものだったことや、10月はじめにリオがオリンピックの開催地に選ばれたことなどから、短期だけでなく長期的にもブラジル経済に対する期待が大きく膨らんだことに加え、米国の株価が10,000ドルを超えるレベルまで回復するなど、世界経済の先行きに関して楽観的な見方が広まったことが挙げられる。しかし、ブラジル政府が導入した流入海外資金に対する金融取引税の影響や、発表された米国の経済指標が事前予測より悪かったことなどから株価は急落し、28日には月内最安値となる60,162pまで下落した。その後、米国の第3四半期GDPが市場予測を上回る前期比3.5%のプラス成長となったことを受け一時反発したが、月末は9月末とほぼ同レベルの61,545pで10月の取引を終了した。

最近のブラジルの株式市場に関してはプチ・バブル状態だとの見方もあるが、10月はまさに前半に同国への過度な期待でそのバブルが膨らみ、後半に政府の対策などにより“プチ崩壊”した感が強い。市場への政府の介入の是非には様々な意見があるが、少なくとも持続可能な成長の阻害要因となる投機的な動きには、政府は対処する責務があるといえる。したがって、今回の月の後半における株価下落は、市場における過度な期待を前にして、政府が不適切なバブルが更に膨張しないよう“灰汁抜き”を試みた結果、価格調整が行われたものと捉えることもできよう。

政治

ベネズエラのMercosul加盟:ベネズエラのMercosul(南米南部共同市場)への加盟は、2006年7月のMercosul首脳会議で既に合意されているが、その正式決定にはMercosul加盟各国(ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイ)内の議会承認が必要となっている。アルゼンチンとウルグアイの議会はベネズエラの加盟へ既にゴーサインを出したが、ブラジルとパラグアイの議会が依然として承認していないため、同国のMercosul加盟は合意から3年以上経った現在も実現されぬ状態が続いている。このことは、ブラジル国内はじめ南米諸国においてChávez大統領への反感や警戒心が依然として強いことを示しており、ブラジルの下院議会が本案件を承認したのは2008年12月になってからで、その後も上院議会での審議は中断されたままであった。

しかし、ベネズエラとの経済関係に関しては、例えば同国への輸出はLula政権発足からの5年間で金額が758%も増加し(US$6.1億→US$51.5億)、最近その黒字額がブラジルにとって最大となっていることに加え、輸出品はブラジル国内の雇用創出と深く関連した付加価値の高い工業製品が多く、質量ともにブラジルにとって貿易相手国としての重要性が年々高まって来ている。さらに10月にはベネズエラが南米5カ国目として、ブラジルと同じ日本のデジタル・テレビ方式の採用を決定している。このような経済的重要性の高まりや通信分野でのビジネス拡大の好機を前に、ベネズエラのMercosul加盟はブラジルにとってマイナスよりもプラス要素が多いと考えたLula大統領や企業家は、議会においてロビー活動を積極的に展開した。この結果、29日に上院委員会において賛成12票、反対5票でベネズエラの加盟が承認され、本案件がようやく上院本会議の審議に回されることになった。

ベネズエラのMercosul加盟がブラジルで承認の見通しとなったことにより、残された唯一の未承認国であり、本案件が一度議会で否認されたパラグアイでも同様に、承認の方向に状況は変化するものと思われる。しかしベネズエラの加盟は、権威主義的なChávez大統領によるMercosulの政治的な利用または歪曲を招くのではないかとの危惧が、ブラジル国内では依然として一部に根強く存在する。上院委員会による本案件承認時、Lula大統領はベネズエラを訪問しChávez大統領と面談しているが、“暴君”と建設的かつ実利的な関係を構築していくためには、このような気配りや調整手腕が重要だといえよう。しかし、このような能力に長けた“庶民派”Lula大統領の任期は来年が最後であり、現在最も有力視されているのが“インテリ派”のSerraサンパウロ州知事である。ポストLulaが誰になるかはまだわからないが、Chávez大統領が発言力を増すであろうMercosulにおいて、次期大統領が地域大国としてブラジルおよび加盟国の利益に適うようイニシアティブを発揮して行けるかどうかが、今後の南米の地域統合に向けた懸念の一つだといえよう。

社会

改善しない治安:低所得者層が多く住むリオ北部で17日、麻薬取締り作戦を行っていた軍警察と犯罪組織の間の対立が大規模な銃撃戦へと発展した。この暴力的な衝突で、同地域の上空を飛行していた軍警察のヘリコプターが犯罪組織により撃墜され、搭乗していた軍警察官2名が死亡し4名が重傷を負ったほか、少なくとも8台もの市内バスが焼き討ちに遭うなど、リオ北部地域はカオス状態に陥った。そして、その後も同地域では一週間以上にわたり武力対立が散発的に続いたため、事件発生日に12名だった死者数は40名以上に達する事態となった。

今回の治安問題は、ファヴェーラ(リオで麻薬犯罪組織の巣窟となっている不法占拠起源の貧困層居住地区)での武装抗争が、ある意味“日常茶飯事”的なニュースとなっているリオの人々にも大きな衝撃を与えただけでなく、リオがオリンピック開催地に決定した直後の勃発だったため、国内や海外で高い関心や懸念、さらには批判を持って受け止められた。海岸に沿って都市が形成されたリオは南北に長く、オリンピック開催計画で競技場や選手村などの施設の多くが設置される予定の南部地域は、地理・地形的な要因や交通事情などから、北部地域よりも“相対的に”治安は悪くなく、今回の戦争状態ともいえる状況が頻発するわけではない。しかし、今後サッカーのワールドカップやオリンピックに向け、地下鉄をはじめとする交通インフラが整備されて行くにつれ人々の空間的な移動性が高まり、治安に関する地域間の格差縮小や特色の希薄化が進む可能性も十分ありうる。

今回の軍警察による大規模な麻薬取り締まり作戦は、オリンピックに向け政府主導で行われた治安改善策の第一歩だとも考えられる。この他にも政府は、犯罪組織の弱体化や壊滅を目的に、個別の軽犯罪よりも組織化された犯罪に対し重い刑罰を課すよう反麻薬法を改正する意向を示している。リオをはじめとするブラジルの治安問題が、2つの世界的なイベントを機に根本的な改善に向かうのか、それとも1992年の国連世界環境会議開催時のように一時的な不可視状態で終わるのかが、今後の政府と国民の双肩にかかっている。

なお下記の画像1~3は、オリンピック開催地に選ばれたリオおよびブラジルの現状を風刺した漫画で(メイン・タイトル中の「オリンピック(Olimpíadas)」には、ポルトガル語の「ジョーク(piada)」が掛けられている)、インターネットなどで話題になったものである。近年の好調な経済に加え世界的なイベント開催が決定したことから、ブラジルへの注目度や期待感はますます高まってきており、それが最近の金融市場の動向などに端的に現れている。しかし、ブラジルが抱える様々な難題とその現状を鑑みた時、この同国への期待は過度なものとして映る面もあり、これらの風刺漫画は、ブラジルへの過度な期待を前にして、一部または少なからぬ人々が抱く危惧や猜疑心を如実に表しているといえる。
ブラジル・オリンピック「射撃」
画像1 ブラジル・オリンピック「射撃」 (出所)Jaílson, The National Cartoonists Society

画像2 ブラジル・オリンピック「体操:床」
画像2 ブラジル・オリンピック「体操:床」 (出所)Jaílson, The National Cartoonists Society

画像3 ブラジル・オリンピック「走り幅跳び」
画像3 ブラジル・オリンピック「走り幅跳び」
(出所)Jaílson, The National Cartoonists Society

(注)「走り幅跳び(Salto em Distância)」の「跳び(salto)」に発音の似た「ぼったくり(assalto)」を掛けた風刺。この漫画は、オリンピック開催地のリオから遠く離れたリゾート地でくつろぐ有力関係者が、「そうだ!予算を全額横領して、スイスにある俺の銀行口座に振り込んでおけ!!!」と電話で命じる「遠隔ぼったくり(Assalto em Distância))」を描いている。