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2009年8月 Vale Tudoなブラジル的カオス

月間ブラジル・レポート

ブラジル

地域研究センター 近田 亮平
”Vale Tudo”(「何でもアリ」を意味するブラジルの総合格闘技の名称)

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経済

貿易収支:8月の貿易収支は、輸出額がUS$ 138.41億(前月比▲2.1%、前年同月比▲29.9%)、輸入額がUS$107.67億(同▲4.0%、▲38.3%)と減少したが、輸入額の減少幅が輸出額のそれを上回ったため、貿易黒字額はUS$30.74億(同5.0%、33.7%増)と前年および前年同期比でプラスとなった。なお年初からの累計は、輸出額がUS$979.35億(前年同期比▲25.2%)、輸入額がUS$779.67億(同▲31.6%)、貿易黒字額がUS$199.68億(同18.0%増)となり、黒字額の前年同期比増加率は7月より増加した。

輸出に関しては、一次産品がUS$60.90億(1日平均額の前年同月比▲25.6%)、半製品がUS$18.63億(同▲33.2%)、完成品がUS$55.85億(同▲32.6%)であった。主要品目の中で、大豆(US$13.06億、同7.1%増)、原油(US$13.02億、同▲33.2%)、鉄鉱石(US$10.41億、同▲45.5%)など一次産品の輸出額が大きく、増加率では金(US$1.89億、同93.4%増)、精糖(US$2.23億、同33.2%増)および粗糖(US$4.97億、同40.8%増)といった製糖関連、減少率では鋳造鉄(US$0.77億、同▲80.8%)やガソリン(US$1.38億、同▲63.9%)などの増減率が顕著であった。また、主要輸出先は1位が中国(US$19.29億、同▲2.2%)、2位が米国(US$14.70億、同▲39.0%)、3位がアルゼンチン(US$11.17億、同▲34.3%)、4位がオランダ(US$6.64億)、5位がドイツ(US$5.27億)であった。

一方の輸入に関しては、資本財がUS$23.08億(同▲36.7%)、原料・中間財がUS$54.16億(同▲32.2%)、非耐久消費財がUS$7.36億(同▲18.1%)、耐久消費財がUS$10.20億(同▲13.2%)、原油・燃料がUS$12.60億(同▲66.0%)であった。主要品目の中で、輸入額では化学薬品(US$15.37億、同▲21.6%)が最も大きく、増加率では飲料・タバコ(US$0.33億、同7.6%増)の1ケタの伸びが最高で、原油(US$6.50億、同▲67.5%)やその他の燃料(US$6.10億、同▲64.1%)など多くの品目が前年同月比でマイナスとなった。なお、主要輸入元は1位が米国(US$15.72億、同▲40.4%)、2位が中国(US$13.85億、同▲27.3%)、3位がドイツ(US$9.13億)、4位がアルゼンチン(US$8.82億、同▲23.2%)、5位が日本(US$4.70億)となり、輸出入ともに米国の減少幅が目立つ結果となった。

物価:発表された7月のIPCA(広範囲消費者物価指数)は、前月比▲0.12%p、前年同月比▲0.29%pの0.24%となった(グラフ1)。非食料品価格は0.33%(前月比0.07p増、前年同月比▲0.05%p)と前月比で若干上昇したが、前月まで前月比で2ヵ月連続上昇していた食料品価格が▲0.06%(同▲0.76%p、▲1.11%p)と下落に転じたことが、物価全体の安定に大きく寄与した。

食料品では、ジャガイモ(6月:▲1.46→7月:▲15.67%)、トマト(同0.98→▲12.23%)、ニンジン(同▲12.87→▲10.70%)の値段が2ケタの下落となったほか、多くの食料品価格がマイナスを記録した。また、最近高騰が続いていた牛乳の値段が比較的落ち着いたため(同12.10→4.02%)、乳製品全般の値上がり幅が縮小したことも食料品価格全体の下落の一要因となった。また非食料品では、電気料金(同▲0.48→3.25%)がサンパウロ大都市圏での12.90%もの価格調整の影響を受け大きく上昇したことに加え、アルコール燃料(同▲2.02→2.47%)や長距離バス運賃(同▲0.28→5.80%)などの価格上昇が顕著であった。

金利:8月は政策金利のSelic(短期金利誘導目標)を決定するCopom(通貨政策委員会)は開催されなかったが、9月2日のCopomでSelicの現行8.75%の据え置きが全会一致で決定された(グラフ1)。世界経済危機への対応としてSelicは今年に入りすでに5回連続で引き下げられてきており、市場関係者の大半が今回の据え置きを予測してたため大きな反響は見られなかった。
グラフ1 物価(IPCA)と政策金利(Selic)の推移:2006年以降
(出所)ブラジル中央銀行
(注)単位:IPCAは左軸、Selicは右軸。

為替市場:8月のドル・レアル為替相場は、月の前半は前月後半のドル安レアル高の流れを引き継ぎレアルが強含む展開となり、5日に今年のレアル最高値となるUS$1=R$1.8173(買値)を記録した。しかし、その後は中央銀行が積極的にドル買い介入を行ったことなどから、US$1=R$1.8台半ばでもみ合うかたちで推移した。なお、8月末の外貨準備高は中央銀行の市場介入の影響でUS$2,190.5億まで増加し、月末の史上最高額を更新した。そして月の後半になると、7日に2008年8月と同水準の228pまで低下していたブラジルのカントリー・リスクが上昇したこともあり(グラフ2)、ドルが値を戻す展開となり月末はUS$1=R$1.8829(売値)で8月の取引を終えた。
グラフ2 カントリー・リスクの推移:2008年以降
(出所)J.P.Morgan

株式市場:ブラジルの株式相場(Bovespa指数)は、月の前半は7月後半に続伸したトレンドや原油の国際価格の上昇などの影響を受け堅調に推移した。月の半ばの17日、アジアや米国の株式相場が下落したことから、月内最安値となる55,218pまで一時値を下げたが、その後は米国の株価、大豆や砂糖の国際価格が上昇に転じたことなどから再び値を上げる展開となり、26日には年初来最高値となる57,766pを記録した。しかし、31日に政府が発表したPre-Sal油田の開発方針(後述)を嫌気し、PetrobrásやValeなどの資源関連株が大きく売られたことに加え、中国の株価が大幅に下落したこともあり、月末は56,489pまで値を下げて取引を終了した(グラフ3)。
グラフ3 Bovespa指数の推移:2008年以降
(出所)サンパウロ株式市場

Pre-Sal開発:Lula大統領は31日、政府のPre-Salガス油田の開発方針案を正式に発表した。この政府案には、Pre-Salガス油田開発の管理運営を行うべくPetrobrásとは別に新たな公社Petro-Salを設立することや(開発自体は入札でプロジェクトを落札したコンソーシアムやPetrobrásが行う)、同ガス油田から得られる利益の一部を社会分野(教育、文化、科学技術、環境)へ優先的に配分するためFundo Social(社会基金)を創設することなどが盛り込まれている。また、ガス油田や開発施設の所有権をコンソーシアムではなく連邦政府とすること、制限のなかったガス油田へのアクセスを連邦政府と分有すること、連邦政府はロイヤルティーなどのほか石油や天然ガス自体を直接受け取ること、ロイヤルティーの分配率(ムニシピオ34%、州30%、連邦政府28%、社会基金8%)を新たに規定すること、などの変更も加えられている。したがって政府案の内容は、国家的資源開発プロジェクトにおける政府のプレゼンスを高めることを意図したものといえる。なおPre-Sal油田に関しては、Petrobrásのサイト(ポルトガル語:http://www2.petrobras.com.br/presal/10-perguntas/ )に詳細が掲載されている。

今回政府が発表したPre-Salガス油田開発案に関しては、資源ナショナリズムだとの批判や危惧に加え、今まで同ガス油田の恩恵をより多くこうむってきたEspirito Santo、Rio de Janeiro、São Paulo州の知事が反対の意を明確にする一方、他の州知事がこれらの知事の姿勢に反発するなど、今回の政府案が現在の内容のまま施行されるかは不透明な部分が多い。したがって今後、同政府案は法制化のため議会で審議されることになっているが、しばらくは修正が加えられたり紆余曲折のブラジル的カオスが続いたりする可能性が高いといえる。

政治

Vale Tudoな政治:ブラジルは6月以降、Sarney上院議長をはじめとする上院の政治腐敗に関する疑惑により政治の混乱が続いているが、8月は大統領選挙との兼ね合いからさらに混迷の度合いを深めることになった。

Sarney上院議員に関しては、Lula大統領の政権与党PT(労働者党)がSarney議長の所属するPMDB(ブラジル民主運動党)との協力関係を優先したため、一旦は同議長に関する疑惑の追及に終止符が打たれるかに思われた。しかしその直後、上院議員に関して新たに468もの極秘特権の存在が発覚したこと、議員極秘特権に関してSarney議長が虚偽の議会証言を行っていた可能性が浮上したこと、Sarney一家が居住するサンパウロの高級マンションに関して不正な便宜を受けていた疑惑が取り沙汰されたことなどから、同議長に対する批判や辞任要求が与野党や国民の間で再燃する事態となった。

また、Sarney議長を取り巻く政治スキャンダルに関しては、PTの次期大統領候補に挙げられているDilma Roussef文民官が、Sarney一族が経営する企業の不正取引を政治的圧力によりもみ消そうとした疑惑も浮上した。これは、今年7月に国税庁長官の職を解任されたLina Vieira氏が、Roussef文民官から証拠の残らない非公式な場で政治的圧力を受けたと証言したことにより明らかとなった。そしてまた、管理運営上の問題から政府の歳入が減少したためとするVieira氏の解任理由に関しても、政府の介入があったとする意見があり、最近、政権寄りの傾向を強めている政府研究機関のIPEA(応用経済研究所)でさえ、歳入の減少は景気後退によるものだとする見解を発表しVieira氏擁護の姿勢を表明している。

このような情勢を受け、PTの上院委員長であるMercadante上院議員は、Sarney議長をかばい続ける政府の姿勢を批判し、委員長の座を辞する“不撤回(irrevogável)”の意志を表明した。しかし、Lula大統領が即座にMercadante議員の説得に乗り出し、同日夜に両者の会談が持たれると、翌日Mercadante議員は前日の不撤回の意志を撤回し、上院委員長の座に留まる旨を表明した。このMercadante上院議員の迷走ぶりからも、今回の政府のSarney議長およびPMDB擁護に関して、PT内部で大きな混乱が生じていることを読み取ることができる。

上院での政治的混乱のほか、政府方針との意見相違から昨年5月に環境大臣を辞職したMarina Silva上院議員が、PTを離党しPV(緑の党)から大統領選に出馬する意向を表明した。さらに、2006年のPTを取り巻く一連の汚職事件により辞任に追い込まれたPalocci前大蔵大臣(現下院議員)に対し、最高裁は5対4の僅差ながら同議員に関する汚職疑惑を否定する採決を下した。このことによりPalocci議員に関しては、来年のサンパウロ州知事選挙への立候補が有力視されているだけでなく、将来的にはPTの有力な大統領候補となる可能性も取り沙汰されている。

1985年の民政移管以降、ブラジルは制度や意識の面において政治的民主主義が定着してきたといえる。しかし、政治の腐敗や“Vale Tudo”(「何でもアリ」を意味するブラジルの総合格闘技の名称)的な政治力学が、特に選挙が近づくにつれ明るみに出たり威力を発揮したりすることがある。今後、来年10月の大統領・州知事・上下院議員選挙に向け、政治はVale Tudoなカオス度を深めていくことが予想される。

社会

Favelaのカオス:24日早朝、サンパウロ市南部のCapão Redondo地区にあるファヴェーラOlga Benárioで、強制立ち退きを執行しようとする警官隊と抵抗する住民との間で暴力的な対立が発生した。Olga Benárioは、約800家族3,200人が私有地を不法に占拠し居住していたファヴェーラであったが、土地所有者の会社が行った住民の立ち退き申請が裁判所に認められたため、強制立ち退きが実施されることになった。約250人もの軍警察などが出動した今回の強制立ち退きでは、車やタイヤなどに火を付けて対抗するファヴェーラ住民との衝突が激化し、少なくとも6名の負傷者、3名もの逮捕者が出る結果となった。しかし最終的には、衝突時に発生した火事でいくつかの住宅が炎上する中、800ものバラック(粗末な掘っ建て小屋)住宅の撤去と、33,000㎡におよぶ土地の収用が強制遂行され、事態は同日中に一応の終息を迎えることとなった。Olga Benárioは2007年頃から形成された比較的新しいファヴェーラで、市内の他のファヴェーラに比べ住宅がより劣悪で簡素なものだったことに加え、住民組織が強固でなかったため、現場は一時カオス状態に陥ったものの、強制撤去という当局側の強硬手段が短期間で遂行可能だったと考えられる。

また9月に入ってからであるが、サンパウロ市で最大のファヴェーラHeliópolisでも、1日に住民による暴力的な抗議デモが行われた。これは、前日8月31日にHeliópolisで警官が犯罪者を追跡していた際に、住民の少女(17歳)が警官の発砲した流れ弾で死亡したことに対する抗議であった。約600名もの住民が参加した抗議デモは開始当初、暴力を伴ったものではなかったが、警官隊の侵入を阻止するバリケードがつくられ、バスや車が焼かれるなど、住民の一部が暴徒化したことで事態は急変した。今回の衝突事件でHeliópolisは20名以上もの逮捕者を出すカオス状態となったが、死亡や重傷者は特になく同日深夜には事態は鎮静化に向かった。なお抗議行動で車が焼かれた場所には、「Justiça(正義)」という文字が大きく地面に書かれていた。

近年のブラジルは、主にマクロなレベルにおいて様々な分野でポジティブな要素や傾向が指摘されている。しかし、依然として根が深い階層間の不平等に基づく社会空間の断絶や治安の問題は、ブラジルの一現実である“Vale Tudoなカオス”を具現しているといえよう。