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2009年6月 不安を抱えた回復基調

月間ブラジル・レポート

ブラジル

地域研究センター 近田 亮平
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2009年6月

経済

GDP:2009年第1四半期のGDP(速報値)が発表され、前期比▲0.8%、前年同期比▲1.8%となった。前期比ベースで2期連続のマイナスを記録したため、一般的な定義からするとブラジルも景気後退(recession)に入ったことを裏付けるかたちとなった。しかし、大方の事前予測が前期比▲2%前後だったことや、相対的ではあるが2008年第4四半期の▲3.6%(前期比)から状況が大きく改善したことから、ブラジル経済が不況からすでに脱しつつあることを示すものとして、驚きを持って受け止めるとともに、景気の先行きをより楽観的なものへと修正する市場関係者が多く見られた(グラフ1)。

第1四半期GDPを内訳別に見ると、グローバル化した世界経済が同時不況に陥ったことから、輸出入および投資を示す総固定資本形成が大きく後退した(グラフ2)。特に直近5期の前期比の推移から(グラフ3)、昨年末よりも今年のはじめの方がこれら部門のマイナス幅が大きくなっており、世界経済が悪化してきた様子を表しているといえる。しかしその一方で、景気対策や既存の経済政策PACを推し進めた政府の支出、さらに、これらの刺激も受けた家計の支出は、ともにプラス成長を記録した。

また部門別では、世界的な需要減退により製造業(前年同期比▲12.6%)が大打撃を受けたため、工業部門が前期に引き続き大きく落ち込むこととなった。また、サービス業は前期と前年同期比でプラス成長を記録したが、輸出向け農業産品も含む農牧業部門は今期もマイナス成長となった。しかし、工業と農牧業ともに前期比のマイナス幅が2008年第4四半期よりも縮小しており、このことは、主に前述の政府と家計の支出に下支えされた国内市場を足がかりにしたものと考えられる。

したがって、世界同時不況も底をついたとの見方が広がる中、世界金融危機の傷が比較的に浅く、規模が大きく且つ中間層の増加してきた国内消費市場をベースに、ブラジル経済が他の諸国に比べ相対的に早く成長軌道に戻るとする予測も、ある程度は説得力を持つものだといえよう。しかしその一方で、今回の景気回復の兆しが官製需要に拠るところが大きいため、その持続性や財政の悪化が懸念材料として考えられる。
グラフ1 四半期GDPの推移
(出所)IBGE

グラフ2 内訳および部門別第1四半期GDP
(出所)IBGE

グラフ3 四半期GDPの内訳および部門別推移:前期比
(出所)IBGE

貿易収支:6月の貿易収支は、輸出額がUS$144.68億(前月比20.7%増、前年同月比▲22.2%)、輸入額がUS$98.43億(同5.5%増、▲38.0%)であった。輸出入ともに前年同月比で大幅なマイナスとなったが、輸入の落ち込みがより大きい一方、前月比では輸出の増加率が輸入のそれを上回ったため、貿易黒字額は2006年12月(US$50.52億)以来の高い数値となるUS$46.25億(同74.5%、69.5%増)を記録した。また年初からの累計は、輸出額がUS$699.52億(前年同期比▲22.8%)、輸入額がUS$559.65億(同▲29.5%)、貿易黒字額がUS$139.87億(同23.8%増)となり、世界経済危機の影響で貿易の取引額自体は昨年より減少しているが、黒字額は前年を上回る結果となった。

輸出に関しては、一次産品がUS$67.76億(1日平均額の前年同月比▲10.7%)、半製品がUS$16.71億(同▲23.7%)、完成品がUS$57.38億(同▲31.0%)であった。主要品目の中で、輸出額の大きさでは大豆(US$25.77億、同71.1%増)や鉄鉱石(US$10.11億、同▲37.8%)、増加率ではセルロース(US$2.72億、同86.6%増)や半加工金(US$1.31億、同85.6%増)、減少率では原油(US$5.16億、同▲71.3%)などが顕著であった。また、主要輸出先は1位が中国(US$27.68億、同64.4%)、2位が米国(US$13.02億、同▲52.7%)、3位がアルゼンチン(US$10.39億、同▲35.5%)、4位がオランダ(US$7.56億)、5位がドイツ(US$5.94億)で、1位中国と2位米国への輸出額の差が5月よりも拡大した。

一方の輸入に関しては、資本財がUS$22.17億(同▲27.7%)、原料・中間財がUS$46.95億(同▲37.1%)、非耐久消費財がUS$6.95億(同▲20.1%)、耐久消費財がUS$8.94億(同▲16.5%)、原油・燃料がUS$13.42億(同▲60.4%)であった。主要品目の中で、輸入額の大きでは化学薬品(US$13.34億、同▲24.8%)や工業機器類(US$6.87億、同▲30.6%)、増加率では輸送機器(US$2.34億、同24.4%増)、減少率ではその他の農業原料(US$5.15億、同▲62.5%)や鉱物製品(US$6.90億、同▲44.8%)などが顕著であった。なお、主要輸入元は1位が米国(US$15.51億、同▲26.6%)、2位が中国(US$10.89億、同▲38.3%)、3位がアルゼンチン(US$10.54億、同12.0%増)、4位がドイツ(US$7.61億)、5位がナイジェリア(US$4.77億)であった。

物価:発表された5月のIPCA(広範囲消費者物価指数)は、4月とほぼ同じの0.47%(▲0.01%p、前年同月比▲0.32%p)となった。食料品価格が4月より若干高い0.44%(同0.29、▲1.51%p)となったが、世界的に食料品価格が高騰した前年に比べ落ち着いた数値となった。また、非食料品価格は0.48%(同▲0.10、0.02%p増)であった。

食料品では、牛乳(9.77%)価格の高騰により、チーズ(1.39%)などの乳製品価格が全般的に上昇した一方、フェイジョン豆(黒:4月▲12.32→5月▲10.75%、カリオカ:同▲8.72→▲6.00%、茶:同▲0.51→▲0.62%)、果物類(同▲0.34→▲5.45%)、青果類(同▲1.90→▲4.09%)などは、前月に引き続き価格が下落した。また非食料品では、景気対策費用に充当すべく4月に増税されたタバコ(同14.71→9.21%)の影響が依然大きかった。ただし、他の分野での価格上昇は前月とほぼ変わらず、保健医療・ケア(同1.10→0.68%)や人件費(同2.14→1.57%)分野での上昇も低下したため、全体的には安定した数値となった。

金利:中央銀行の Copom(通貨政策委員会)は10日、政策金利Selic(短期金利誘導目標)を10.25%から9.25%へと4回連続で引き下げることを決定した。今回のSelic引き下げ幅100bpは前回と同様の幅であるが、大方の予測が0.75bpの引き下げだったため、市場関係者や政財界から驚きと好感を持って受け止められた。しかし、最近は全会一致で決定が下されていたのに対し、今回は賛成6票、反対2票とCopom内部でも意見が分かれたことや、国内外で景気回復の兆しが見え始めていることなどから、次回7月のCopomで再びSelicの引き下げが行われたとしても、その幅は小さいものにとどまるとの見方が強い。

為替市場:6月のドル・レアル為替相場は、過去3ヶ月続いたドル安レアル高のトレンドとは異なり、US$1=R$1.9半ばを中心にほぼ横ばいで推移する展開となった。前月末にUS$1=R$1台に突入した流れから、月の前半はレアルが買われ、12日にはUS$1=R$1.9293(買値)を記録した。この動きはブラジル経済が早期に世界的な不況から脱するのではという、最近高まっていた期待感に拠るところが大きく、このことは昨年9月初旬のレベルまで低下したカントリー・リスク(259)にも現れている。しかし、依然として世界経済の先行き不透明感が強い中で、レアルを一方的に買う材料も乏しく、一時US$1=R$2台までドルが値を戻す場面も見られ、月末はUS$1=R$1.9508(買値)で6月の取引を終えた。

株式市場:6月のブラジルの株式相場(Bovespa指数)は、為替相場と同様に3月から続いてきた上昇トレンドに対する調整局面の月になったといえる。Bovespa指数は、3月2日に今年の最安値36,235pまで下落した後は右肩上がりの上昇を続け、6月1日に今年の最高値となる54,486pを記録した。この間の上昇率は50.37%に上る。また現在のブラジルの総合株式市場(BM&FBovespa)は、2008年にサンパウロの株式市場(Bovespa)と商品先物市場を統合したものであるが、総合株式市場の15日の取引高はUS$124億に上り、世界第4位の規模に達したとされる。

このような一方的な株価上昇は、世界同時不況の底入れ感と世界的な株価回復、原油や穀物の国際価格の投機的上昇、ブラジル経済の早期回復に対する先行期待などが主な要因として考えられる。しかし、これらの要因を過度に楽観視することへの警戒感や、世界的な景気回復の遅れを予測する見方が強まったことなどから、6月は株価の上昇にブレーキがかかる展開となった。そのため、株価は一時50,000pを割り込む場面も見られたが、月末には51,465pまで回復し取引を終了した。しかし、6月の終値は前月末比で▲3.26%と4ヶ月ぶりのマイナスとなった。
 
国内景気動向:大手スーパーで国内第2位のPão de Açúcarは8日、大手家電量販店で国内第2位のPonto Frioを買収すると発表した。今回の買収によりPão de Açúcarは、フランス系大手スーパーのCarrefourに奪われていた国内第1位の座を奪回することになる。

また、月末の30日に政府は、景気回復策として暫定的に適用していた減税措置を延長すると発表した。その主な内容は、新車(延長3ヵ月間後に税率を暫時引き上げ:約R$14億)、建築資材(6ヶ月:約R$7億)、トラック(6ヶ月:約R$4億)、白物家電(10月末まで:約R$2億)、小麦粉・フランスパン(年末まで:約R$2億)、自動二輪車(3ヶ月:約R$0.5億)などであるが、これらに加え、資本財70項目の工業製品税(IPI)に対する減税措置(約R$2億)が新たに設けられることになった。これらの全ての減税額は、総額でR$33.42億に上ると試算されている。さらに政府は、企業への融資拡大を目的に、政府の社会経済開発銀行(BNDES)の長期貸出利率を引き下げるとも発表した。

政治

Sarneyなど上院議員特権:6月10日、上院議員が300以上に上る極秘の特権を有していることがマスコミ(Estado de São Paulo紙)によって暴露された。これら極秘特権の主なものは縁故者の官職登用であり、上院議員が縁故主義にもとづき与えた官職ポストには、実体があるものだけでなく、架空のものも含まれている。つまり、実際には地方都市に居住しそこで特定の職に就いているにも関わらず、議員補佐官などの名目で首都ブラジリアのポストにも登録されていることから、巨額の給与を受け取っていたというのである。また他にも、議員の縁故者が関わっている会社が、上院議会の関係者に対する融資や保険などの業務をほぼ独占的に請け負っていたことが明らかになった。このような極秘特権に対しては当然のごとく厳しい批判の声が上がり、次々に明らかにされた疑惑や事実により、その批判は日に日に高まって行った。そのため上院議会は23日、このような縁故主義にもとづく極秘特権が、1995年以降663ケース存在することを自ら公表した。

このような上院議員の数々の縁故特権の中でも、Sarney上院議長に関するものが際立って多かったことから、Sarney議長に対する逆風が強まり、議長職の辞任を求める声が与野党双方から高まることになった。なおSarney議長は、大統領経験者(1985-90年)であり長く政治の世界で活躍している政治家で、娘のRoseanaは北東部Maranhão州の知事、息子のSarney Filhoは連邦下院議員であり、家族でMaranhão州を中心とした一大メディア企業を経営するなど、地元をはじめ政財界での影響力は絶大である。しかし一般的には、北東部出身の古いタイプの政治家というイメージが強いと言われている。

窮地に追い込まれたSarney議長に関して、Lula大統領は同議長を擁護する言動を繰り返している。その理由としては、Sarney議長が所属するPMDB(ブラジル民主運動党)が、PT(労働者党)のLula政権内で連立を組む国内最大の政党であること、そして、同議長がPMDB内で強い影響力を持っていることから、PMDBの協力が必要な来年の大統領選挙にマイナス要因となるSarney議長の辞任は避けたいと、Lula大統領やPTが考えていることが挙げられる。

しかし、民主主義が制度的にも国民の意識の中でも定着傾向にある近年のブラジルにおいて、特権や汚職と結びつきやすい伝統的な政治家は衰退傾向にある。したがって、Sarney議長や上院議員の縁故特権に関しては、野党やマスコミだけでなく国民の世論が今後ますます厳しくなることも予想される。このような状況でSarney議長を擁護し続けることは、高い支持率を誇るLula政権(次項参照)であっても、足をすくわれることになりかねないとも言えよう。

Lula政権支持率:Lula政権に対する世論調査(IBOPE)が行われ、前回の3月には世界経済危機の影響から若干低下していた支持率が、今回は再び上昇する結果となった。この主な要因としては、減税や政府系金融機関による融資拡大などの景気対策が功を奏し、国内景気が回復に向かいつつあることが挙げられる。また、4月に行われたG20や、6月16日にロシアで初めて開催されたBRICs首脳会議などの国際政治の舞台において、Lula大統領が存在感を示したことも支持率上昇につながったと考えられる。

なお、第2回首脳会議が2010年にブラジリアで開催される予定のBRICsに関しては、新興国として世界経済における各国個別の重要性は今後も高まって行くであろうが、BRICsというグループとしての影響力に関しては、現地をはじめ各国の専門家やマスコミなどでも疑問視する見方が強い。ただし、ブラジルと中国の2国間での貿易決済に関し、既にアルゼンチンとの間で行われているように、米ドルを介さずに自国通貨で行う方向で交渉が進められることになった。このことは、ブラジルと中国の経済をはじめとする関係の緊密化や、ドルの基軸通貨としての地位低下などとの関連から、今後の動向が大いに注目される争点だといえる。

このように、支持率に関しては順風満帆に見えるLula政権であるが、不況脱出のための大規模な財政出動により、いくつかの内部的に抱える問題が悪化傾向にある。それらの主なものとしては、1999年以来のレベルとなったプライマリー・サープラス(利払い費を除く財政収支黒字)の低下(5月:2.28%)、2003年末以来の数値を記録した90日以上の延滞債務割合の上昇(同4.3%)、一時37.68%まで低下していた純公的債務額の対GDP割合の上昇(同42.48%)、などが挙げられる。現時点では支持率の高いLula政権であるが、これら負の遺産を次期政権へ押し付ける可能性も大いに考えられる。そうなれば、このことが今後の同政権の支持率のみならず、将来的な第3次Lula政権の実現可能性にも大きく影響してくるといえよう。
グラフ4  Lula政権に対する評価の推移
(出所)IBOPE

社会

USPストライキ:ブラジルの最高学府といわれるUSP(サンパウロ大学)では、職員が給与のベアや労働条件の改善などを求め、5月5日から決行したストライキが長期化していた。このストライキはUSPだけでなく、サンパウロ州の主要な公立大学であるUnicamp(カンピーナス大学)とUnesp(パウリスタ州立大学)に関しても同様の要求を掲げるもので、これら2つの大学もストライキに突入することとなった。さらに6月に入ると、職員のストライキに共感するとともに、新たに導入された入試制度や遠隔教育などに反対する学生や教員も合流したことから、ストライキは拡大すると同時に混迷の度合いを深めていった。

このような状況の打開と治安確保という大学当局の要請を受けた州政府は、軍事政権下の1979年以来初となる、軍警察によるUSP構内の占拠という強硬手段に訴えることとなった。そしてついに9日、職員や学生たちがUSP構内で行っていた抗議デモに、軍警察が武力行使をもって応じるという事態へ状況が悪化し、数名の負傷者と逮捕者が出ることとなった。その後もストライキ支持派だけでなく、反ストライキ派による抗議デモがサンパウロ市内で行われ、USPをはじめとするサンパウロの公立大学はしばらく機能停止状態に陥った。6月後半になると、ストライキが継続される一方で、大学の多くの学部などは実質的には通常通りの状態に戻ったが、大学当局とストライキ側が事態収拾とストライキ解除のための交渉を開始したのは、月末の30日になってのことであった。

近年のブラジルはマクロな面では、政治、経済、社会においてポジティブな要素を多く持っているといえる。しかしミクロな面に目を向けると、今回のストライキのような“ブラジル・コスト”が依然として山積しているのが現状だといえよう。実はこの数カ月の間、筆者はUSPの研究者と共同でプロジェクトを進めて来たのであるが、今回のストライキの影響を多分に受ける状況に陥り、身を持ってブラジル・コストを痛感することとなった。