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2007年8月 世界的な金融危機の影響

月間ブラジル・レポート

ブラジル

地域研究センター ラテンアメリカ研究グループ 近田 亮平
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2007年8月

経済

8月は営業日が23日と多かったこともあり、貿易収支は輸出入ともに過去最高額を記録した(グラフ1)。輸出額はUS$151.01億(前月比6.9%、前年同月比10.5%増)、輸入額がUS$115.66億(同7.4%、26.9%増)で、貿易黒字額はUS$ 35.35億(同5.6%増、▲22.4%)となった。また、年初からの累計額は、輸出額がUS$1,024.34億(前年同期比15.9%増)、輸入額がUS$749.21億(同27.8%増)で、ドル安レアル高の影響を受けた輸入額の増加により、貿易黒字額は前年同期比マイナスのUS$275.13億(同▲7.5%)となった。

輸出に関しては、完成品がUS$ 75.91億(一日平均額の前月比2.6%、前年同月比6.5%増)、半製品がUS$ 20.50億(同3.0%、3.3%増)、一次産品がUS$ 51.26億(同0.5%、20.5%増)となった。原油やバイオ・エネルギー関連商品の国際価格上昇の影響から、一次産品は引き続き堅調に推移したことに加え、8月はアルゼンチンをはじめとするメルコスル向けなどの工業製品輸出が好調だったことから、レアル高にも関わらず輸出額は全体で増加した。

一方の輸入に関しては、資本財がUS$ 24.28億(同7.9%、42.7%増)、原料・中間財がUS$ 58.88億(同6.7%、29.3%増)、耐久消費財がUS$ 8.15億(同14.5%、35.6%増)、非耐久消費財がUS$ 6.92億(同0.9%、24.9%増)、原油・燃料がUS$17.43億(同▲16.9%、2.0%増)となった。8月は為替相場が激しく変動したが(後述)、ドル安レアル高のトレンドが長期にわたっていることや、U$1がR$2を下回るレベルは輸入サイドにとって非常に有利であることなどから、今までの輸入額の増加傾向に大きな変化は見られなかった。
グラフ1 貿易収支の推移:2003年以降
(出所)MDIC/Secex

物価: 発表された7月の IPCA(広範囲消費者物価指数)は、前月比では0.04%ポイント低いものの、前年同月比では0.05%ポイント高い0.24%となった。この結果、年初来の累計値は昨年同期の1.73%に比べ0.59%ポイント高い2.32%となった。

7月は食料品価格が全体で1.09%(6月)→1.27%(7月)上昇する一方、非食料品価格は▲0.03%の下落となった。食料品の中でも、7.35%(同)→11.31%(同)上昇した牛乳及び乳製品をはじめ、フェイジョン豆、肉類、鶏卵、パン、コーヒー、果物などの主要食料品の価格が、国内の生産地域における旱魃の影響で軒並み上昇した。また、非食料品の中でも、4月に最低賃金がR$350→R$380へと引き上げられた影響から、家庭内労働者(empregados dom?sticos)賃金が1.14%上昇したことに加え、固定電話料金も0.60%上昇したことなどが大きく影響した。

一方、電気料金が▲3.01%下落したことに加え、サトウキビの収穫期との関連でアルコール価格が▲6.96%、ガソリン価格が▲0.51%下落するとともに、燃料価格の低下が交通・輸送価格のデフレ(▲0.08%)をもたらす要因となった。さらに、▲0.32%の下落を記録した医薬品価格などが影響し、7月は全体的な物価上昇が抑えられるかたちとなった。

金利: 8月は、政策金利であるSelic金利(短期金利誘導目標)を決定するCopom(通貨政策委員会)は開催されず。次回のCopomは9月の4、5日に開催予定である。

為替市場: 7月後半に顕在化した米国の低所得者向け住宅ローン(サブプライム・ローン)問題が原因となり、8月は米国経済の先行きに対する不安が高まるとともに世界の金融市場は大きく混乱し、ドル・レアル為替市場もこの影響を大きく受け、値動きの激しい神経質な展開となった(グラフ2)。ドル円市場では円を買い戻す動きから円高へと触れたが、ドル・レアル相場に関しては、新興市場から資金を引き上げる動きが強まりレアルが売られ、約3カ月ぶりにUS$1=R$2を超えるドル高レアル安となった。

16日にはブラジルのカントリー・リスクが、今年、最も高い225まで再び上昇したこともあり(グラフ3)、ドル・レアル相場はUS$1=R$2.1124(売値)まで一気に上昇した。この急激なドル高レアル安の進行を受け、今まで連続して引き下げられてきたSelic金利に関して、次回9月初旬での更なる引き下げが難しくなるとの見解が、政府や市場関係者の間で聞かれるようになった。しかし、その後、米国が政策金利を引き下げたことなどを受け、世界の金融市場が落ち着きを取り戻すと、再びレアルは買われる展開となり、月末にはUS$1=R$1.9620の水準までレアルが値を戻して今月の取引を終えた。
グラフ2 レアルの対ドル為替レートの推移:2007年
(出所)ブラジル中央銀行

グラフ3 カントリー・リスクの推移:2007年
(出所)J. P. Morgan

株式市場: 8月のサンパウロ株式市場(Bovespa指数)は、為替市場と同様に、米国のサブプライム・ローン問題に端を発した世界同時株安の影響を受け、ニューヨーク株式市場の乱高下に連動して上下する大荒れの一ヶ月となった。米欧日などの先進各国の金融当局による協調介入が功を奏し、市場は一時的に落ち着きを取り戻す局面も見られたが、サブプライム・ローン問題の複雑さと、それが米国および世界経済に与えるネガティブな影響と先行き不透明感から、Bovespa指数は神経質な動きが続き、16日にはほぼ4ヶ月ぶりの安値となる48,016ポイントまで急落した(グラフ4)。

しかし、17日に米国の連邦準備制度(FED)が政策金利を6.25%から5.75%へ引き下げたことなどを好感し、世界の株式市場全体が上昇に転じ始めるとBovespa指数も回復。結局、月末には月初比0.84%と僅かながらの上昇となる54,637ポイントまで値を戻し、今月の取引を終えた。また、8月のサンパウロ株式市場の取引高は、パニック的な売り買いが続いたこともあり、史上初めてR$1,000億(U$500億)を上回る結果となった。

今回の株式をはじめとする世界金融市場の混乱に関して、Lula大統領は、根本的には米国経済の問題である一方、ブラジルの実態経済は安定しており、その影響は一時的かつ限定的なものにとどまるだろうとの見方を示した。しかし、世界的な金融市場の混乱と先行きに対する不透明感の高まりは、ブラジル企業による海外での資金調達を困難にしており、鉄鉱のGerdauや通信のOiなどをはじめ、計画の変更やキャンセルを余儀なくされる企業も出始めている。また、8月の貿易収支の実績にはまだ現れていないものの、ブラジルの好調な輸出を支えている農業および鉄鉱などの一次産品価格にも、長期的にネガティブな影響を及ぼすとの見方もある。政府は今回の世界的な金融危機の原因や行方の分析、および今後の対応策の検討を行っているが、中央銀行のMeirelles総裁が言うように、「重症のインフルエンザか、それとも単なる風邪か(Gripe forte ou resfriado)」を早期に見極めることが重要だといえよう。
グラフ4 サンパウロ株式市場の推移:2007年
(出所)サンパウロ株式市場

政治

次期大統領選挙: 26日に掲載されたEstado de São Paulo紙による単独インタビューにおいて、Lula大統領は2010年に行われる次期大統領選挙に出馬しない意向を表明した。しかし、現在の憲法では大統領の2回の連続再選(3期にわたる連続政権)が禁止されていることに加え、政権2期目の初年度に早々と不出馬表明を行うことは異例といえる。これに対し、PSDB(ブラジル社会民主党)のCardoso前大統領や、昨年の大統領選に立候補したPSOL(自由と社会主義党)Helena党首などは、Lula大統領が現在の高い支持率と憲法改正の時間を考慮し、自らの更なる再選、つまり独裁への道を開こうとしている現われだと強く批判した。

Lula大統領の発言の真意は不明であるが、政権与党であるPT(労働者党)内部に、Lula大統領に変わり得る人材がいないことは明らかであろう。そもそも、Lula大統領の選挙での勝利は、PTの支持基盤拡大もさることながら、カリスマ性の強いLula個人への国民の高い支持が主な要因だといわれている。また、以前PTの中枢にいた有力な人物の多くは、汚職疑惑により既に権力の座を追われている。そしてさらに、8月、これらの人物に対する裁判が開始されたことから、「喉もとを過ぎた」はずのPTや政権に対する国民の不信感が再燃するのではないかという懸念を、Lula大統領やPT幹部が抱いたとしても不思議ではなかろう。そして、依然として高い支持率を維持しているLula大統領の再々選の可能性を話題とすることで、この懸念を払拭するとともに、あわよくばLula大統領で、それが無理としても別のPT候補で次期大統領選を勝ち抜き、PT政権の維持を目論んだとも推測できよう。いずれにしろ、2010年の大統領選挙までまだ時間があるが、次期大統領の座を睨んだ政治的な駆け引きが既に始まったといえる。

社会

Bolsa Família: 政府は8月21日、今年3月時点におけるBolsa Família(家族基金プログラム)の進捗状況を発表した。Bolsa FamíliaはLula政権が既存の複数の貧困層向け社会政策を一つにまとめ、2003年10月より大々的に実施している政策である。その概要は、一人当たりの月額所得がR$60.00以下の家族には、子供の有無に関わらずR$58.00を、また、一人当たりの月額所得がR$60.01以上R$120.00以下で、0~15歳の子供がいる家族には、子供一人につきR$18.00を子供3人分まで支給するものである。つまり、上述の所得レベルにある家族に対して、R$18.00から最大でR$112.00の生活補助金を与えるのであるが、ただし、支給の際に、子供の学校での就学や予防接種の受診などが条件として課されている。

政府の発表した報告書(Perfil das Famílias Beneficiárias do Programa Bolsa Família)によると、Bolsa Famíliaの受益者数は4,580万人に達し、現在の総人口が約1億9,000万人と推定されることから、全人口のほぼ4人に1人がBolsa Famíliaの恩恵をこうむったとされる。その中でも、国内で最も貧困地域といわれ、2番目に人口の多い北東部の受益者数は2,260万人に上っている。また、Bolsa Famíliaの対象家族の69.2%が都市部で、残りの30.8%が農村部となっており、都市部人口比率81.25 %(2000年人口センサス)よりは低い数値となっているものの、ブラジルの人口分布を反映したものとなっている。さらに、女性の受益者数は2,430万人と全体の半数以上であるとともに、Bolsa Famíliaの受給責任者における女性の割合は約90%にも及ぶ。このことは、政策の効果的かつ円滑な実施を目指し、貧困家庭で重要な役割を担う女性をターゲットにするというBolsa Famíliaの特徴を表している。

また、2005年9月時点の受益者数(3,080万人)と比較すると、増加率は48.7%になる一方、Bolsa Fam?liaに関する今年の年間経費はR$91億に達し、2008年には約R$100億が予算として計上されると見られている。これは、来年に18.75%の給付額の調整が予定されており、一家族の毎月の平均受給額が現在のR$62からR$72へと増加する見通しだからである。しかし、2007年の国庫歳入はR$6,000億以上が見込まれていることから、Bolsa Famíliaへの支出は1%強にとどまる。

Bolsa Famíliaに関しては、"施し主義"(assistencialism)的な側面や貧困層の補助金への依存といった批判、そして、長期的な見て持続可能な社会経済的成長をもたらし得るかどうかといった疑問の声も聞かれる。しかし、同政策がLula大統領の高い支持率維持の一要因であることは間違いなく、今後、既存の批判をもとにBolsa Famíliaを改善、発展させ、貧富の格差是正を実現できるかどうかが、ポストLulaを大きく左右する条件の一つだといえよう。