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Oi! do ブラジル—リオデジャネイロから徒然なるままに
2006年9月 民主主義の後退?or進展?

ブラジル現地報告

ブラジル

海外派遣員 近田 亮平
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2006年9月

今月のひとり言—何でもアリの選挙前

私がブラジルに赴任した昨年、政権党のPT(労働者党)によるブラジル“史上最大”と言われる一連の汚職事件が発覚した。この現地報告においても、議員買収事件(mensalão)や不正選挙資金疑惑事件をはじめ、今年に入ってからはヒル汚職疑惑事件(sanguessuga)など、それらのいくつかをお伝えしてきた。しかし、残念ながらブラジルにおける汚職や不正行為は、非常に日常茶飯事的なものとなっている。新聞やテレビでは、連邦政府だけでなく地方自治体などの政府機関による政治腐敗、民間や市民団体による脱税や不正行為などの報道が頻繁になされている。この現地報告では、主に連邦政府と関連した重要と思われるものを取り上げてきたが、もちろん、表面化した全ての汚職疑惑などをお伝えしてきたわけではない。言葉を換えれば、ブラジルでは日々どこかで何かしらの汚職や不正行為が行われているといっても過言ではなく、それらの概要を全て把握し、まとめるだけで大仕事になってしまうのである(または不可能だともいえよう)。

このように頻繁に発覚または暴露される汚職や不正行為を目の当たりし、私が徒然なるままに思ったことは、これらはブラジルにおける民主主義の後退を意味するのか、それとも、民主主義の進展を意味するのか、ということである。つまり、ブラジルで頻発する汚職などを客観的な事象として解釈し、“民主主義の後退”と捉えてよいのか、それとも、以前から同様の規模や形態で存在していたが闇に葬られていた汚職などが、ようやく国民が知り得るようなかたちで表に出てくるようになったと解釈し、“民主主義の進展”と捉えてよいのか、ということである。以前の本現地報告にも書いたが、1985年の軍政終焉とそれ以降の政治の自由化により、ブラジルにおいて“制度的には”民主主義が整ってきたといえる。また、1992年末のコーロル大統領の弾劾などに見られるように、国民の意識の中にも民主主義が定着しつつあることは確かである。しかし、民主主義が制度的に整い、定着しつつあるにも関わらず、何故これだけ大規模かつ多くの汚職が起こるのか。民主主義が進展しているからこそ、これだけの汚職が表面化するのであり、今後、更に民主主義が進展して“膿を出し尽くせば”、これらの汚職も少なくなるのであろうか。

しかも、このような汚職事件は大統領選挙の前に発生することが多い。そして今回、10月1日の大統領と中央及び地方選挙の直前に、また新たな一大汚職疑惑が発覚した(詳細は本現地報告の政治欄を参照)。今回の汚職疑惑は、大統領選挙を有利に進めてきたルーラ大統領のPTによるものであり、事件は発覚したのか、暴露されたのか、現時点では誰もそれを知ることはできない。しかし、「選挙前は何でもアリ」とよく言われるが、選挙の直前になって最後の爆弾が落とされたといった感じである。

今月シンガポールで行われたIMF・世銀の総会においても、政治汚職がブラジルなどの新興途上国の経済発展にとって障害になっているとの指摘がなされている(ファイナンシャルタイムズ誌9月25日)。ブラジル研究者であり、ブラジルの発展を願う者としては、同国で頻発する汚職などが民主主義の進展であることを祈念するばかりである。

今月のブラジル
経済

貿易収支: 9月の貿易収支は、輸出額がUS$125.49億(前月比▲8.0%、前年同月比18.0%増)、輸入額はUS$81.21億(前月比▲11.0%、前年同月比28.6%増)となった。営業日数が史上最高額を記録した8月よりも3日間少ないこともあり、前月比ではマイナスとなったが、輸出入ともに9月の数値としては史上最高額を記録した。また、貿易黒字額も前月比では▲1.9%となったものの、9月の数値としては同様に過去最高のUS$44.28億(前年同月比2.5%増)となった。この結果、年初からの累計額は、輸出がUS$1,007.13億(前年比16.1%増)、輸入がUS$667.11億(前年比23.3%増)、貿易黒字はUS$340.02億(前年比4.2%増)となった。

輸出に関しては、ブラジルの主要輸出品の国際価格が昨年に比べ上昇していることもあり、完成品が前年同月比17.2%増(US$65.62億)、半製品が同46.8%増(US$17.42億)、一次産品が同29.0増(US$40.03億)と全体として増加した。また、輸入に関しては、為替相場の長期にわたるレアル高の影響もあり、前年同月比おいて全てのカテゴリーで輸入額が増加した。なお、その増加率の内訳は、資本財(20.4%増)、原料・中間財(36.7%増)、耐久消費財(64.3%増)、消耗品(47.1%増)、原油・石油製品(35.0%増)となっている。

物価: 発表された8月のIPCA(広範囲消費者物価指数)は、7月の0.19%から0.14%ポイント低い0.05%となった。この数値は前年同月の0.17%に比べても低いとともに、年初からの累計値は前年同期の3.59%を大幅に下回る1.78%となり、政府の今年のインフレ目標値4.5%の達成が現実味を帯びてきた。

今回の物価安定の主な要因として、ガソリン・アルコール等の燃料費およびバス等の運賃の下落または安定により、交通・輸送費(7月0.37%→8月▲0.32%)が下落したことが挙げられている。また、非食料品価格(同0.22%→0.04%)および食料品価格(同0.09%→0.07%)ともに小幅な上昇に止った。

金利: 今月は、政策金利であるSelic金利(短期金利誘導目標)を決定するCopom(通貨政策委員会)は開催されず。次回のCopomは10月の17、18日に開催予定である。

為替市場: 今月の為替相場は、大統領および中央・地方選挙の直前に暴露されたPTの偽造文書疑惑事件(政治欄参照)の影響を受けた月となった。Selic金利の更なる引き下げへの期待感などから、4日にはUS$1=R$2.1274(買値)までレアル高が進んだが、月の半ばに偽造文書疑惑事件が発覚すると、選挙を直前に控えた政治的混乱を嫌気し、26日にはUS$1=R$2.198(売値)までレアルが売られた。しかし、その後は選挙前の様子見気配が強まり、カントリー・リスクも落ち着いたことなどから、月末にはUS$1=R$2.1734(買値)までレアルが値を戻して、今月の取引を終えた。

株式市場: 為替市場同様に今月のサンパウロ株式市場Bovespa指数も、国内の政治的混乱に左右された月となった。5日に213まで低下したカントリー・リスクは、PTの更なる汚職疑惑事件が発覚すると249(22日)まで急激に上昇した。この影響を受け、Bovespa指数は22日に34,799ポイントまで下落し、2002年の選挙時のように、政治不安により金融市場が大混乱するのではないかという懸念が高まった。

しかし、過去に一度も政権の座に就いたことがなく、筋金入りの左派政治家であったLula候補(当時)の政治手腕および経済政策に対する先行き不透明感と不安とは異なり、今回はLula大統領が再選されてもAlckimin候補が大統領に当選しても、政治運営と経済政策に関して大きな変化はないであろうとの見方から、大統領選挙が近づくにつれ金融市場では様子見気配が強まった。また、外的要因として米国の株式が上昇したことなどもあり、Bovespa指数は月末には36,449ポイントまで値を戻し、今月の取引を終えた。

政治

偽造文書疑惑事件: 今月の半ば、7月の本報告書でお伝えしたヒル汚職事件に絡んだ、PTによる新たな汚職疑惑が発覚した。この事件は、PTの党幹部が選挙の対抗馬であるPSDB(ブラジル社会民主党)候補者の落選を目論み、偽造文書(dossiê)買収を企てた疑惑であることから、“偽造文書”疑惑事件と呼ばれている。当事件の概要をまとめると、次のようになる。

ヒル汚職事件において、連邦議員との癒着を通して医療機器などを不正取引していたPlanamという会社を経営するVedoin一家が、PSDB候補者もヒル汚職事件に関与していたとする偽造文書を作成し、それをPTがR$175万(約9,500万円)で買収、マスコミに暴露しようとしたものである。PTは重要な選挙区であるサンパウロ州知事選挙で特に苦戦を強いられていたが、同州のPSDB候補がカルドーゾ政権で保健大臣を務めたSerra前サンパウロ市市長であったことから、今回の事件の主な標的はSerra候補であったとされる。

事件発覚後、Vedoinをはじめ、Lula大統領の側近を含むPT党員6名が事件に関与していたとして逮捕された。また、Lula大統領とMercadanteサンパウロ州知事候補(PT)は、自らの選挙事務局の責任者であったBerzoini PT党首らを解任した。事件はその後、R$175万もの資金の一部が、米国にある銀行から送金されたことなどが明らかになり、選挙日が近づくにつれ、PT、野党、警察などの間で事件の真相究明に関する激しい攻防や批難合戦が繰り広げられた。結局、事件の更なる捜査は選挙後に持ち越されることになったが、大統領選挙をはじめとする選挙結果に少なからぬ影響を与えたといえる。

大統領選挙: 大統領選挙に関する世論調査(IBOPE)では、PTを取り巻く過去の数々の汚職事件、そして、大統領選挙直前に新たに発覚した偽造文書疑惑事件にも関わらず、Lula大統領が高い支持率を維持していた。この主な要因として、一つには近年における貧困および不平等の改善により(社会欄参照)、Lula大統領が支持基盤とする貧困層の生活が向上したことが指摘されている。また、これと関連しているが、次々に明るみに出た一連の汚職事件を貧困層が知悉していなかったこと、そして、ブラジルの国民が汚職に対して比較的寛容であること(IBOPE調査)などが挙げられている。

しかし、このトレンドに大きなインパクトを与える出来事が発生した。ブラジルで最も影響力を持つテレビ局のGloboが選挙直前の28日に行ったテレビ討論会を、Lula大統領が欠席したのである。欠席の理由は「他の候補者たちの議論のレベルが低い」とのことであるが、汚職事件の糾弾を恐れた上での欠席であることは、誰の目にも明らかであったといえる。また、自らの欠席の責任を他の候補者たちに転嫁し批難した姿勢も、多くの国民の失望と反感を招いたと考えられる。テレビ討論会に出席したAlckmin候補(PSDB)、Helena候補(PSOL:自由と社会主義政党)、Buarque候補(PDT:民主労働党)は一斉にLula大統領の欠席を批難するとともに、Lula政権下で発覚した数々の汚職事件を何度も取り上げ、大統領の責任追及および汚職問題撲滅の必要性を中心とした主張を国民に訴えた。

Lula大統領の選挙直前のテレビ討論会欠席は、結果として裏目に出たといえよう。Lula大統領の支持基盤である北東部をはじめとする貧困層は、文盲率が高いこともあって新聞や雑誌などをあまり読まないため、汚職事件に関しては知悉していない人が多かった。しかし、これらの地域や階層においてもテレビの普及率は高く(社会欄参照)、多くの人がGlobo局のテレビ・ドラマをほぼ毎日視聴している。したがって、このGlobo局が夜のゴールデン・タイムに行ったテレビ討論会をLula大統領が欠席したことは、今まで汚職事件のことをほとんど知らなかった人々に対し、皮肉にも大統領の最大のウィーク・ポイントを知らしめる結果になったといえよう。

また、これに追い討ちをかけるように、PTが偽造文書買収に使う予定であった札束が山積みにされている衝撃的な画像が、ある情報筋によって選挙前々日にマスコミの手に渡され、テレビや新聞などで報道される事態となった。これらの影響により、選挙前日に行われた世論調査では、Lula大統領の支持率が低下する一方、Alckmin候補のそれが上昇するという結果になった(グラフ)。
グラフ 大統領選挙の投票動向:第1回目投票
(出所)IBOPE

選挙速報: 10月1日に行われた大統領選挙は、Alckmin候補が41.61%もの高い得票率を獲得したことから、Lula大統領は得票率48.61%でトップとなったものの有効投票数の絶対多数獲得には至らず、29日の決選投票に持ち越されることになった。その他の主要候補の得票率は、Helena候補が6.85%、Buarque候補が2.64%であった。Lula大統領が第1回目の投票で勝利できなかった要因は、前述の偽造文書疑惑事件の発覚や、テレビ討論会欠席とこれによる汚職問題に対する国民の認知度上昇などが挙げられよう。

また、同時に行われた連邦上下院議員、州知事および州議員の選挙結果は下記表の通りとなった(州議員は除く)。注目されたサンパウロの州知事選挙は、2002年の大統領選挙で決選投票の末にLula候補(当時)に敗れたSerra前サンパウロ市長(PSDB)が、57.93%もの高い得票率を獲得して州知事に選ばれている。なお、薄黄色の政党はLula政権の与党および支持政党、薄緑色の政党はLula政権に批判的な野党、その他は中立または独立系の野党を意味する。

また、今回の選挙では、過去または現在の汚職事件において疑惑が持たれている連邦議員の多くが落選することになった。しかし、“大物”といわれる議員の何名かは下院議員に当選し、政治家として“見事に”復活を果たしている。当選したこれらの疑惑議員は、前大蔵大臣のPalocci(PT)、全国で得票数が最も多かった元サンパウロ市市長のMaluf(PP:進歩党)、元PT党首のGenoino(PT)、現PT党首のBerzoini(PT)など20名を数える(O Estado de São Paulo紙10月3日)。
表1 2004年連邦上下議員選挙の結果(第1回目投票後)
表1 2004年連邦上下議員選挙の結果(第1回目投票後)
(出所)下院議会、高等選挙裁判所およびO Estado de São Paulo紙(10月3日)。
(注)上院議員は知事選挙の決選投票により変動あり。

更に、Lula政権及び大統領に対する評価に関する世論調査も同時に行われた。結果は、大統領選の投票動向と同じく、先月に一旦低下したLula政権及び大統領の評価が再び上昇することとなった(グラフ8及び9)。
表2 2004年州知事選挙結果(第1回目投票後)
表2 2004年州知事選挙結果(第1回目投票後)
(出所)下院議会および高等選挙裁判所。

小政党の存続: 今回の選挙後に施行される法律の新たな条項により、小政党は存続の危機にさられることになった。この新たな条項により、政党は連邦下院議員選挙において次の2つの主要条件を満たさない場合、テレビとラジオの選挙無料放送の権利、および国庫からの交付金(年間約55,000レアル)を受ける権利などを失うからである。(1)全有効投票数の5%以上を獲得すること。(2)少なくとも9つの州において同州の有効投票数の2%以上を獲得した当選者を出すこと。選挙無料放送と小額とはいえ交付金受給の権利喪失は、小政党にとってまさに死活問題なのである。

今回の新条項の目的は、非拘束名簿式比例代表制の弊害の是正である。現在のブラジルの連邦下院議員選挙では、「候補者への投票を全てその候補者所属の政党ないしは政党連合への投票とみなし、各政党・政党連合の得票数に比例して議席を配分する。このため大量得票した候補者が1人いると、その候補者だけでなく、名簿に記載された同一政党の別の候補者もその恩恵を受ける仕組み(堀坂浩太郎、ブラジル日本商工会議所編『ブラジル現代辞典』新評論、2005年、p.53)」となっている。実際に2002年の選挙において、673票しか獲得しなかった候補者が当選し、66,000票を獲得した候補者が落選するという「ねじれ現象」が起きており(『Veja』9月13日)、この問題は以前からの懸案事項であった。

現在、ブラジル国内には29もの政党が登録されている。しかし、今回の選挙において、この新条項の条件をクリアできたのは、PT、PMDB(ブラジル民主運動党)、PSDB、PFL(自由戦線党)、PP、PSB(ブラジル社会党)、PDTの7政党のみである。これら以外の各小政党は自らの今後の存続をかけ、選挙終了直後から他党との合党の可能性について既に動きを活発化させている。

社会

貧困・不平等改善: 今月、IBGE(ブラジル地理統計院)が毎年調査を行っている全国家計調査(PNAD)の2005年版が発表された。概要は下記表の通りとなっており、ブラジルの貧困と不平等が近年、改善傾向にあることが示されている。しかし、居住環境や教育、男女間格差などでの改善が顕著である一方、就労者の平均実質賃金は90年代に比べ低いこと、地域間格差が依然として大きいこと、児童労働の撲滅には至っていないことなど、改善すべき問題はまだ山積されているといえる。なお、PNADはIBGEのウェブサイトからダウンロードすることができる。
表 IBGEの全国家計調査の概要
(出所)IBGE
(注)ブラジル全体の数値には、Rondônia、Acre、Amazonas、Roraima、Pará、Amapá各州の農村部は含まれていない。


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