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ブラジル経済レポート 2004年10月

ブラジル経済レポート

ブラジル

浜口伸明氏 神戸大学経済経営研究所
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ブラジル経済は、好況とは言えないまでも、安定した成長を続けている。特に輸出関連の成長が目立っている。しかし、社会的には雇用の伸びが鈍いことが懸念されるにもかかわらず、インフレ懸念が払拭されないことから中央銀行は金融政策の引き締めを強めなければならないというジレンマに直面している。
2004年10月
貿易  ▼生産と雇用  ▼金融政策   ▼政治   ▼アメリカの影響

貿易

輸出は依然として好調であり、1日あたりの輸出額は10月に入って過去最高を更新している。今年の輸出額はすでに約750億ドルとなり、これは記録的であった昨年1年間の輸出額の731億ドルをすでに上回っている。10月に最も輸出が多い品目は自動車関連、金属、大豆、食肉の順であるが、開発省のホームページでは、ブラジルの輸出品として、牛の毛(ブラシの原料になる)、膀胱、胃、ミシン針、ランの花、牛の精子、孵化させるための鶏卵、マンゴーなど、これまでまったく目立たなかった輸出品が現れたことにも注目している。輸出は確実に多様化している。

(出所)開発省
 
  輸出 輸入 貿易収支
期間 日数 100万ドル 1日当たり平均 100万ドル 1日当たり平均
1月 21 5,799 276.1 4,217 200.8 1,582
2月 18 5,722 317.9 3,750 208.3 1,972
3月 23 7,927 344.7 5,333 231.9 2,594
4月 20 6,590 329.5 4,631 231.6 1,959
5月 21 7,941 378.1 4,824 229.7 3,117
6月 21 9,328 444.2 5,519 262.8 3,809
7月 22 8,992 408.7 5,509 250.4 3,483
8月 22 9,056 411.6 5,623 255.6 3,433
9月 21 8,923 424.9 5,751 273.9 3,172
10月 10 4,650 465.0 2,945 294.5 1,705
2004年10月第3週まで累計 199 74,928 376.5 48,102 241.7 26,826
(参考)2003年10月第3週まで累計 201 57,213 284.6 37,798 188.0 19,415
対前年成長率   31.0 32.3 27.3 28.5  

メルコスルはアンデス共同体(ボリビア、コロンビア、エクアドル、ペルー、ベネズエラ)との自由貿易協定の議定書に合意に達し、3億6000万人、GDP総額1兆ドルの南米自由貿易市場が誕生した。メルコスル-アンデス共同体間の昨年の年間貿易額は53億ドルである。これは上の表でわかるように今年のブラジルの1か月の輸入額と同程度の額であって多くはなかった。この協定の成立が貿易の促進に貢献することが期待されている。

生産と雇用

下のグラフは工業生産は今年3月以降、雇用は5月以降継続して拡大していることを示している。部門別の生産の伸びが高いのは、自動車産業で118.35から持続的に成長し8月には142.36に達している。一般機械産業の伸びも同期間で113.08から129.6へ7と持続的に続いている。経済活動の拡大を示す指標として、今年1~9月の国立開発銀行(BNDES)の融資実行額は昨年よりも48%増加している。このうち、輸送機器産業が全体の18%と大きな比重を占めており、対昨年同期比で38%拡大している。ただしこの中には開発銀行の最大の顧客である航空機メーカーエンブラエルが含まれているので、すべてが自動車産業ではない。BNDESが行っている輸出ファイナンスの中では自動車産業は53件のオペレーションで全体の20%にあたる4億6000万ドルを供与されていて、これは対前年比176%の伸びを示したことになる。

 
BNDESの融資実行額(2004年1月~9月)
(出所)BNDES, Boletim de Desempenho, setembro 2004

(100万レアル)
農牧業 5,021
製造業 9,779
うち(輸送機器) (4,574)
(アグロインダストリー) (1,455)
(金属) (765)
(製紙) (688)
(機械) (597)
(化学・石油化学) (486)
(その他) (1,214)
インフラ関連 9,444
サービス業 1,263
教育と保健医療 218
市場での運用 150
合計 25,875
製造業部門の生産と雇用:2003年~04年(2002年=100、季節調整済み指標)
(出所)IBGE

金融政策

政府の公式インフレ率であるIPCAは8月の過去12ヶ月分の上昇率が7.18%であったのが9月には6.71%に下落し、10月に入ってもさらにこの収束のペースは続いているとされている。それでもなお中央銀行の金融政策は依然引き締めを強めている。先月中央銀行は政策金利SELICを16%から16.25%に引き上げたところであるが、市場における先物金利は、先月末の16.63%から小刻みに上昇を続けていて、18日には16.78%となった。これは、金融市場が今月の金融政策委員会(COPOM)で0.5%程度の金利引き上げに踏み切って16.75%とすることを織り込んだ動きと受け止められていた。しかし、景気への影響を警戒して引き上げ幅は0.25%ポイントに留まるのではないかという予測や、ルーラ政権がメイレレス中銀総裁に金利の据え置きを命じたとか、それに反発して総裁が辞任する構えだ、といった噂も飛び交った。(このような月例のCOPOM直前のちょっとした混乱を”TPC”(Tenso Pre-Copom)「COPOM前テンション」と呼ぶ新語まで飛び出すほど、定着し始めている)結局、10月20日に中央銀行COPOMは全会一致でSELICの0.5%ポイント引き上げを決定した。依然高騰を続けている国際原油相場がこの動きの背景となっている。15日時点で中央銀行がまとめた各金融機関の今年の年間インフレ率予測の平均値は6.17%で、これは4週間前の予測6.25%を下回っており、確かに市場のインフレ懸念も沈静化の傾向にある事を示しているが、市場は来年のインフレ率については5.81%を予測していて、これは先月時点での予測5.70%を上回っている。これは、景気回復や国際市況の影響を受けて鉄鋼等素材の価格が国内でも上昇していることから原油価格の影響を差し引いても、ファンダメンタルなインフレ圧力は解消していないと見られていることを示している。このあたりも、今月中銀の金利引き上げを予測した背景となった。

インフレ率は昨年1月から下の図のような動きを示してきた。昨年はもともと計画によればインフレ率目標を図中の赤線で表された4%(上下2.5%の幅、図中の黒い太線の範囲)であったが、2002年末の大統領選挙後の資本逃避によって起こったレアルの切り下げとインフレの高進の影響を受けて、年末を9.30%のインフレ率でおえることになり、この目標は達成されなかった。実際のところ年初から4%という目標は非現実的であったため、中央銀行は財務省との合意により、8.5%(図のピンクのライン)を現実的な目標値として金融政策を実施してきたが、実はこれも達成されていない。今年のインフレ目標は5.5%を中央値として上限8%を目標に運営されてきたが、5月までは順調にインフレ率が低下していき、IPCAが目標圏の中央値あたりに収束する理想的な展開であったが、その後の国際情勢の影響により物価が再上昇する気配が強まっている。中央銀行は6月以降金利引き下げを中断して推移を見守ってきたが、9月~10月と金利を引き上げに転じたのは、インフレ率が目標圏の上限に近づいたからであったことが、このグラフから読み取れる。
インフレと金利の動き(2003年1月~2004年9月)単位:%(年率) (出所)中央銀行(注)SELICは右軸

政治

10月3日に統一地方選挙の第1回投票が行われた。今回の選挙は再選を目指すルーラ大統領2006年大統領選にむけての中間選挙というとらえかたが強かったために、大きな関心を呼んだ。主要都市の中ではリオデジャネイロ(現職PFL)、レシフェ(現職PT)、ベロオリゾンテ(現職PT)などでは、第1回投票で当選が決定した。多くの市では過半数を制した候補が無く、上位2名による第2回投票が31日に行われるが、そのなかでももっとも注目を集めているのが、現職PTのマルタ・スプリシー候補と前の大統領選挙でルーラ大統領と決選投票を争ったPSDB党首ジョゼ・セーハ候補が争う、大票田サンパウロ市である。現在の世論調査ではセーハ候補がスプリシー候補に12ポイント差をつけてリードしていると報じられている。また、PTがこれまで政権を保ってきた南部最大の都市ポルとアレグレでも敗色が濃厚と伝えられている。ただし、全国規模での政党別得票率を見てみると、PTと左派連合は全国で33.59%と、統一地方選としては過去最大の票数を獲得してトップであった。とはいえ、野党PSDBとPFLをあわせると28.35%と拮抗する得票があり、とくにサンパウロとリオデジャネイロの2大都市が野党の市長となる気配であることから、ルーラ大統領の再選はさほど安泰でないという見方が出始めている。大統領選挙では政党支持のほかにルーラ大統領自身のカリスマ性が加味されるので、一概に今回の結果が参考になるとも言えないであろう。その中で、サンパウロ市に代表されるように、前回の大統領選挙で決裂したPFLとPSDBの協力関係が強固になったことで、2006年には統一候補を出すという方向性がすでに囁かれはじめたことは注目される。

左派政党PDTはルーラ政権の経済政策を批判して与党連合を離脱したが、今年最高指導者であったブリゾラ氏を死去により失った。すでに決定された選挙制度改革により2006年の国政選挙には前回選挙で全国で5%以上の票を得ていない政党は、最悪の場合候補者を擁立できないか、または擁立できたとしてもテレビ演説や選挙資金の面で著しく不利に扱われる見通しとなっており、今後PDTを軸に現在連立与党に加わっているPSB、PCdoB、PV、PPSなどの少数政党が合併する可能性が出てきた。この場合、そうした新政党がPTと与党連合を組むのか、あるいはPTとも野党PSDB-PFLとも一線を画した第3勢力となるのか、両方の可能性が残されている。

来月には閣僚の一部交代が予定されている。早くも、サンパウロ市長選挙で敗色濃厚なスプリシー氏の入閣が噂されている。一方下院で最大勢力のPMDBは議長に現在のサルネイ元大統領を再選できるように憲法の条文を改正するようPTに申し入れているが、PTはこれに難色を示しており、PMDBはPTの協力を得られなければ、与党連合からの離脱も辞さないと息巻いている。

このように選挙後の政局もいろいろと波乱含みで推移する。PTが与党連合の対立を招くようなことになれば、一気に政治リスクが高まることも予想の範囲に入れておくべきだろう。(詳細は別掲の地方統一選挙結果を参照)

アメリカ大統領の影響

ケリー候補は「ブッシュ大統領はラテンアメリカを軽視してきた」と批判して彼の選挙キャンペーンの中でラテンアメリカと関係を強化して「新たなアメリカ大陸コミュニティの創出」をうたっている("Strengthening U.S. Relations with Latin America and Creating a New Community of the Americas")。この中では、ベネズエラのチャベス政権への明確な批判と、Free and Fair Tradeを目指すとしてブッシュ政権であいまいにされてきた労働条項と環境規制を自由貿易交渉のなかで強調することが述べられている。後者はクリントン政権時代にすでに出ていたことの範囲内で特に新しい論点ではない。しかし、副大統領候補のエドワーズ上院議員はこれまでNAFTAを始めとして自由貿易協定には議会でことごとく反対票を投じてきたことで知られている。

ちなみにKerry候補のテレザ夫人はモザンビーク出身でポルトガル語が母国語であるうえに、二人が結婚にいたるきっかけになったのはリオデジャネイロ国連環境開発会議であったという事実から、ブラジルのメディアでは「イラク戦争のブッシュ」よりも一定のシンパシーを持たれているようである。



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