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ブラジル経済レポート 2004年5月

ブラジル経済レポート

ブラジル

浜口伸明氏 神戸大学経済経営研究所
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2004年5月
政治動向  ▼経済動向    

政治動向

5月9日のニューヨークタイムズが「ルーラ大統領は過剰なアルコール摂取により執務能力に疑問が生じている」と報じ、ブラジル国内に波紋を巻き起こした。大統領は即座にこの記事を書いたラリー・ローター記者のビザ取り消しを命じたが、これにはさすがに国内のメディアも報道の自由の侵害だと激しく抗議し、結局ビザ取り消し処分を撤回することで決着した。この騒動で、記事の内容そのものの深刻さがどの程度のものなのかはさておき、過剰反応した大統領府の危機対応のまずさが、ルーラ政権に一定のダメージを残した。ルーラ政権に対する経済成長と社会政策の充実を求める様々な圧力が日増しに強まっていて政権運営が混迷し始めていることは、Newsweek (International Edition) 5月24日号にも大きく伝えられている(http://msnbc.msn.com/id/4988025/)。

PTは下院では他の協力政党を含めて憲法改正案を可決できるだけの圧倒的多数を有しているが、上院ではそのように楽観できる状況にはなく、PTの独自調査によると81人の上院議員のうちで政府が提出する法案に無条件で賛同すると表明している議員は36人に留まっている。(OESP,5月16日)たとえば今月、ヴァウドミロ・ディニス事件を受けて政府が提出したカジノ禁止暫定令は上院で否決されている。これまでも、野党票を頼りにせざるを得ず、そのために州を代表している上院議員の投票行動に影響力をもつ州知事との関係を強化しており、とくにルーラ大統領は野党PSDBで影響力をもつミナスジェライス州知事アエシオ・ネヴェス氏と個人的な太いパイプを築いてきた。ネヴェス氏はPSDBが推すポスト・ルーラの一番手と目されているが、これまで現れていた現政権の支持率の高さに鑑みて2006年のルーラ再選は堅いと見て、本格的大統領選挙参戦は次の次と考え、当面はPT政権と良好な関係を保ってPSDBの政策方針と大きくずれのない改革にはむしろ積極的に協力してきた。

ところが、最近のPTや大統領個人を巡る様々な政治的スキャンダルで政権基盤が揺らいできたところに、このたび10月の統一市長選挙で、先の大統領選挙でルーラ大統領と決選投票を競った現PSDB党首のジョゼ・セーハ氏が再選を目指す PT で現職のマルタ・スプリシー市長への対立候補として出馬することを正式に発表した。セーハ氏はサンパウロ実業界の広い人脈と同じPSDBのアルキミン州知事のバックアップで、強力な候補となることは間違いなく、この選挙戦がルーラ政権への信認選挙として、俄然注目を集めることになった。今後は与野党の対立色は濃くなり、その結果上院における法案の通過がこれまでよりも難しくなることが予想される。

経済動向

開発省が発表した四月の貿易収支(通関ベース)は輸出が65億9000万ドル、輸入が46億3200万ドルで、19億5800万ドルの黒字となった。3月の黒字幅26億ドルを下回っているが、これは復活祭休暇などで営業日が3日少なかった影響もあったためで、輸出は昨年を上回るペースで実現されている。

IBGE によれば、工業生産指数は、今年第1四半期に昨年同期比を5.8%上回る実績を示し、景気が回復基調にあることを示している。業種別には自動車産業や携帯電話、冷蔵庫、農業機械が特に高い成長を示した。今後生産の回復が本格的になれば部品や機械設備の輸入が増えていくので、貿易黒字は減少する傾向にある。
工業生産指数
(出所)IBGE, 工業生産統計

実体経済の回復が見えてきた中で、マクロ経済面では、国際市場における石油価格の高騰とアメリカの金利引上げの動きを受けて、先行きが不透明な局面に入った。外部環境が厳しくなったことに加えて、国内の政治的混乱もある。石油価格高騰は貿易収支を劇的に悪化させるほどの影響を持たないが、石油公社ペトロブラスは採算性を優勢して国内のガソリン価格を引き上げるか、あるいは政府の要請を受けてぎりぎりまで価格を維持するか、その決断次第ではインフレへの影響が懸念される。原油価格の上昇の原因が中東情勢に左右される供給側だけでなく中国の高成長やアメリカの景気回復という需要要因も手伝っているため、しばらく高水準の価格が続く懸念があり、そうすればペトロブラスは7月中にも6.5%程度のガソリン価格引き上げに踏み切らざるを得ないとの観測も出ている。他方アメリカの金利引上げは、ブラジルへの資本流入を細らせることになるので、市場ではすでにこれを織り込んで2.8レアル台を保っていたドルレートは4月末に2.9レアル台で推移するようになり5月第2週には3.0~3.1レアル台に上昇している。ただし、今年第1四半期の国際収支を見ると次のような傾向が見られることから、過去1年間である程度調整が行われた結果為替レート変動に対するマクロ経済的脆弱性は軽減されていると思われる。
  2004年第1四半期 2003年第1四半期
貿易収支 6,168 3,806
輸出 19,448 15,045
輸入 -13,280 -11,239
純要素支払い -5,235 -4,298
移転収支 750 616
経常収支 1,683 124
資本金融収支 1,619 4,156
直接投資 2,387 1,281
証券投資 2,385 999
デリバティブ 51 -19
融資貸付 -3,394 1,801
誤差脱漏 -676 -294
総合収支 2,626 3,986
すなわち、今年は経常収支が久しぶりに黒字化した去年と比較してもさらに貿易黒字によって経常収支が強化されており、融資貸付はすでに純流出となっている(この傾向は昨年後半から続いている)。このうち昨年第1四半期にはIMFからネットで39億ドルの資金流入があったのに対して、今年の第1四半期には13.5億ドル分の返済だけを行っている。このほかには昨年第1四半期には約10億ドルの純流入を記録した短期融資が今年は11億ドルの流出となっている。直接投資・証券投資の増加が見られているのは新しい傾向である。この期間の直接投資のグロスの流入は32億ドルであったが、うち最大シェアの16.2%にあたる5億3200万ドルは自動車産業におけるものである。証券投資の流入は今年に入ってからの証券ブームをもたらしているが、株式指標ボベスパは、22000を超えていた3月をピークに下げ続けており、現在18600台まで下がっており、証券投資熱もすでに山を過ぎた。

さらに、ドル相場の上昇とともに懸念されてきたのは、政府がドルにリンクした国債を発行しているために、為替の切り下げが利払いを増やしてさらに債務を膨らませるというような悪循環に陥りがちであることで、これは過去数年のブラジル経済を悩ませてきた。しかし、ルーラ政権はこのドルリンクの国債の返済を進めてきたところであり、これまでよりも為替切り下げに対する脆弱性は弱まっている。

インフレは今月第1週までの速報値が報告されている。サンパウロ大学経済研究所(FIPE)はサンパウロ市の消費者物価調査を行い、毎月を8日ごとに4つの期に区切って、それぞれの期末に前月同期比の物価上昇率を発表している。これによれば、今年に入ってから4月第3期まで収束方向を示していたインフレが4月第4期そして5月第1期と上昇傾向を示している(下のグラフ参照)。

レアル相場の下げ圧力が強く、これがさらに国内物価上昇につながることが予想されることから、5月20日に実施される中央銀行金融政策委員会(COPOM)では現在16.0%であるSELIC金利引下げが見送られる可能性が高い。ただし、一部で極めてシンボリックな0.25%程度であっても金利引下げが行われる可能性が指摘されているのは、これまでのところ為替レートはすでに落ち着きを取り戻す様子を示しているし、生産の回復と昨年末成立した税制改革により社会保障目的税Cofinsが実質増税となったために今年1~4月の税収が過去最高の水準に達したことも、経済を安定させるアンカーの役割を果たしているからである。現在推移している1ドル=3レアルの水準で落ち着けば、かえって輸出競争力を高める効果をもつであろう。
サンパウロ市消費者物価(IPC-FIPE)上昇率
(出所)サンパウロ大学経済研究所
(注)年末には年末手当(13ヶ月目賃金)が支給されるので賃金指標が不連続になっている。

5月は賃金改定の月であるが、政府は暫定令により、最低賃金を240レアルから260レアルに引き上げ、引き上げ幅は8.3%に留まった。政府の渋い対応にPT内部からも不満の声が上がっているが、最低賃金の水準は年金支払いにリンクされているため、財政を圧迫することにもつながるので、政府は今回の賃上げが精一杯であるとしている。この暫定令は今後国会で審議されて正式に法定賃金として認定されなければならない(認定されなければ失効する)が、野党を中心に275レアルまで引き上げる対案が出されることが予想されており、与党内からも同調者が出ることが予想される。この最低賃金を政府案どおり議決できるかどうかは、現在の政治状況下でルーラ政権が昨年見せたような調整能力を発揮できるかどうかを示す、一つの目安となるだろう。




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