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第16回 映画から見えるインド(3)

秩序としての混沌—インド研究ノート

インド

地域研究センター 湊 一樹
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2013年7月
●国民的娯楽としての映画
歴史家のラーマチャンドラ・グハは、独立後のインド政治史を扱った900ページにも及ぶ大著の最終章を、インドの国民的娯楽を描き出すことにあてている。「インド人の娯楽」と題されたこの章で特に目を引くのが、映画についての記述が大半を占めていることである。

その冒頭で、グハはインドで最も人気のある娯楽は何といっても映画館に行って映画を観ることであり、映画はカースト、階級、宗教、性別、言語といった社会的な亀裂を飛び越えて、多くのインド人を虜にしてきたと述べている(参考文献1、720ページ)。そして、映画によってインドという多様な国に文化的な統合がもたらされたという議論を念頭に置きながら、次のような印象的な一文でこの本全体を結んでいる。

「憲法が原形をとどめないほど改正されることがない限り、選挙が定期的に公正な形で行われ、世俗主義の精神が行き渡っている限り、人々が自ら選んだ言語で話したり書いたりすることができる限り、市場経済がうまく結びつき、ある程度有能な公務員と軍人がいる限り、そして、忘れてはいけない、人々がヒンディー映画を観て、そこで流れる歌を口ずさむ限り、インドは生き続けるであろう。」
参考文献1、771ページ)


今後、インドの文化的な統合に映画がどれだけの役割を果たしていくのかは定かではないが、インドで最も人気のある国民的娯楽が(その中で歌われる曲も含めて)映画であるという点に疑問を差し挟む余地はないだろう。例えば、今から40年ほど前のビハール州ガヤの「場末の映画館」での光景を描いた以下の一節は、映画に夢中になっている人たちが生み出す熱気を生き生きと伝えている。

 「切符売場の周りにはすでに人垣ができている。覗き込むと、男たちが切符売場の小さな窓口に金を握って手を突っ込んでいる。安くていい席を取るためらしい。窓口といってもガラスに小さな穴があいているだけのものだ。5人も入れると身動きがとれなくなる。そこにさらに手が差し込まれる。無数の手、手、手。結局その夜は15分前に切符が売られはじめた。」
参考文献2、111ページ)


インドで映画が絶大な人気を誇ってきたのには、いくつかの理由がある。まず、単に映画に代わる娯楽があまりなかったという点がすぐに思いつく。例えば、私たちにとって最も身近な暇つぶしの種であるテレビは、インドでは現在でもなお幅広く普及しているとは言い難い状況にある(それ以前の問題として、電力供給が非常に不安定なため、停電が頻繁に起こる)。具体的には、2007年から2008年にかけてインド全土で行われたサンプル調査によると、テレビを所有しているのは調査世帯全体の約46%(農村部では32%、都市部では74%)にすぎなかった(参考文献3、21ページ)。さらに10年前、20年前、30年前……となれば、一般家庭でのテレビの普及率がさらに低かったことはいうまでもない。

●現実逃避のための映画
人々が映画に魅了され続けてきた理由を考える上でもうひとつ重要なのは、映画が貴重な娯楽であるというだけでなく、厳しい現実を忘れさせてくれるという点にある。非常に興味深いことに、インドに関して書かれた本を読んでいると、映画について触れた部分でこのような指摘をよく目にする。

その一例として、我先にチケットを買い求める人たちの様子を描写した上記の引用に続く場面を見てみよう。

「ボビー(引用者注——映画の登場人物)はミニ・スカート姿も艶やかに、はつらつと動き廻る。インドでは滅多に見られない姿だったので、私もインドの男たちと共にその太腿を凝視してしまった。しかし、考えてみれば、ミニ・スカートばかりでなく、この映画に出てくるようなものは、ここで見ている人々には無縁なものばかりだった。豪壮な家と調度、プールつきの庭、すばらしいパーティー、大金持ちの御曹司と美しい娘、素敵な恋、海、山、雪、花。いったいこのガヤのどこにそんなものがあるのか見当もつかない。いや、だからこそ、彼らはこのように熱い眼差しで見ていられるのだろう。多分、この中にあるのは彼らの夢そのものなのだ。彼らはサタジット・レイの映画など見たくもないに違いない。50パイサ(引用者注——お金の単位で、1ルピーは100パイサ)もの金を払って、どうして自分たちの現実を眺めなければならない理由があろう。夢を見させてほしいのだ……。」
参考文献2、111~112ページ)


また、同様の考え方は映画を作る側にも見られる。ボリウッド映画はインドの現実を映し出していないのではないかというイギリス人ジャーナリストの質問に対して、「おそらくすべての時代を通して最も人気のある映画スター」(参考文献1、726ページ)であるアミターブ・バッチャンは、「そりゃそうだよ。ボリウッド映画は現実逃避のための映画っていわれているくらいだからね。自分の身の回りで毎日のように貧困を目の当たりにしているのに、貧困を描いている映画をわざわざ金を払ってまで観に来る客がいると思うかい」と実に明快に答えている(参考文献4、318ページ)。

すでに述べたように、前者の例は今から40年ほど前の情景を描写したものであるが、後者の例は今から8年前に交わされたやり取りに基づいている。映画に夢中になることで、人々は厳しい現実をほんの一時でも忘れることができるという見方は、遠い過去の話などではなく、現在にもそのままあてはまるといえるだろう。

●銀幕は遠くなりにけり
その一方で、映画を取り巻く状況が時代とともに大きく変わり、新たな問題を引き起こしていることも見逃せない。都市部を中心に、これまで主流であった単館映画館(single-screen theatre)が次々と姿を消し、最新の設備を備えたシネマ・コンプレックス(multiplex)がそれに取って代わろうとしているのは、とりわけ顕著な変化である。なぜこれが問題なのかというと、一部の映画関係者も認めているように、シネマ・コンプレックス(以下、シネコン)の入場料は比較的高く設定されているため、貧困層はもちろんのこと、ある程度の所得レベルの人たちでさえも、気軽に映画を観に行くことが難しくなっているからである(参考文献5)。

例えば、インドの27都市で44のシネコンを運営しているある有力チェーンの場合、曜日と時間帯、映画館の場所、席のクラスなどの条件にもよるが、200~300ルピー(1ルピーは約1.7円)という入場料がごく普通に見られる(参考文献6)。


《参考文献》
  1. Guha, Ramachandra[2007]India after Gandhi: The History of the World’s Largest Democracy, London: Macmillan(佐藤宏訳[2012]『インド現代史 上・下』明石書店)。
  2. 沢木耕太郎[1994]『深夜特急 3—インド・ネパール』新潮文庫。
  3. International Institute for Population Sciences[2010]District Level Household and Family Survey 2007-08, India. (https://nrhm-mis.nic.in/ui/reports/dlhsiii/INDIAREPORTDLHS3.pdf)
  4. Luce, Edward[2006]In Spite of the Gods: The Rise of Modern India, New York: Anchor Book(田口未和訳[2008]『インド 厄介な経済大国』日経BP社)。
  5. “Multiplex Killed the Single-Screen Cinema-Goer,” Wall Street Journal, June 4, 2010.
  6. Website of PVR Cinemas. (http://www.pvrcinemas.com/)
  7. (みなと かずき/アジア経済研究所 在デリー海外派遣員)