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第13回 「近代化」の中のジェンダー(4)

秩序としての混沌—インド研究ノート

インド

地域研究センター 湊 一樹
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2013年4月
インド社会に根強く残る女性に対する差別や偏見を解消しようと、政府は様々な取り組みを行っている。例えば、以前にこの連載で紹介した、一定の学年に達した女子生徒に対して自転車を購入するための補助金を支給するというビハール州政府の試みはその典型である。さらに、同州では、制服の購入にかかる費用を州政府が補助するというプログラムの一部が、女子生徒のみを対象に実施されている(写真を参照)。教育費の負担を抑えることで女性の教育水準の向上を図ろうとする試みは、その他の州でも盛んに行われている(例えば、参考文献1を参照)。
制服を着た女子生徒が自転車で通学する様子(2013年3月、ビハール州ベグサライで著者撮影)
制服を着た女子生徒が自転車で通学する様子
(2013年3月、ビハール州ベグサライで著者撮影)

もちろん、このような政策には人気取りのためのバラマキという側面がないとは言い切れない。しかし、そうであったとしても、女性の教育機会の拡大を目指すような取り組みが、有権者の支持を得るための有効な手段として広く認識されているという点は注目に値する。

さらに、女性に対する差別や偏見をより根本から解消するための試みとして、農村開発において重要な役割を担う「パンチャーヤット」と呼ばれる地方自治組織の役職の一定割合を女性に優先的に割り当てるという制度がインド全土で実施されている(このような制度は「留保」と呼ばれ、指定カーストや指定部族などにも同様の措置がとられている)。パンチャーヤットでの女性に対する留保の効果を検証したいくつかの実証研究では、女性が重要な役職を占めることで、開発事業に女性住民の選好がより反映されるようになったとか、女性がパンチャーヤットの役職をより積極的に目指すようになったといった肯定的な結果が得られている(参考文献2および3)。

●女性への留保の虚実
ただし、パンチャーヤットの役職を女性に留保することがインドのあらゆる場所で同様の効果を発揮しているかといえば、それはかなり疑わしいといわざるをえない。特に、男性優位の風潮が依然として強い地域では、留保制度が骨抜きにされている可能性が高いと考えられる。

例えば、ビハール州では、パンチャーヤットの首長である「ムキヤ」(Mukhiya)のポストに就いている女性の多くは単なるお飾りにすぎず、実際には何の権限もないはずのムキヤの夫(Mukhiya Pati: MP)が業務をすべて取り仕切り、地域社会に大きな影響力を行使しているという批判がよく聞かれる(参考文献4および5)。確かに、フィールド調査の際に、女性のムキヤに話を聞こうと自宅を訪れても、ムキヤの夫が応対する場合が多く、「私はムキヤではないので、妻に直接話を聞いてください」などといわれたことは一度もない。また、インタビューを受けながら、パンチャーヤット関連の事務作業や村人への応対を忙しそうにこなすムキヤの夫の姿をこれまでに何度も目撃してきた(一方、ムキヤ本人の姿はない)。そして、何よりも一番驚かされるのが、自分がムキヤであるかのように振る舞うことに罪悪感を抱いている様子が彼らからは一切伝わってこないということである。

女性ムキヤの夫にインタビューする際には、「あなたの奥さんは自分の意思でムキヤの選挙に立候補したのですか、それともあなたが選挙に出るよう奥さんを後押ししたのですか」と聞くようにしている。この質問に対して、ムキヤの夫から「妻は自らの意思で立候補した」という答えが決まって返ってくるが、これを額面通りには受け取れないと感じてしまうのも故なきことではないのである。

●「近代化」はすべてを解決するのか
昨年(2012年)の12月に首都デリーで起こった集団強姦事件とそれをめぐる一連の騒動は、インド国内だけでなく世界中から大きな注目を集めた。そして、この陰惨な出来事を契機として、性暴力や女性差別といったインドが抱える深刻な社会問題が、日本のメディアでも頻繁に取り上げられるようになった。インドの女性を取り巻く環境がいかに過酷なものであるかという点がこれまであまり伝えられてこなかったことを考えれば、このような変化は確かに歓迎されるべきだろう。

しかし、それと同時に、ある種の違和感を抱かずにはいられないのもまた事実である。なぜなら、日本での報道はインドのジェンダー問題の社会的背景を十分説明しないまま衝撃的な側面にばかり焦点を当てるので、結果として、センセーショナルな内容になってしまいがちだからである。そのため、インドに対して抱いていたイメージが一気に崩れてしまったという声が数多く聞かれたり、さらには、インドに「レイプ大国」といったレッテルを貼るような非常に一面的な見方が広まったりしたのも、それほど驚くべきことではない。さらに、デリーでの事件以降、インドへの海外旅行者(特に女性)が大幅に減少したことが示唆するように、このような問題は日本だけに限ったことではないようである(参考文献6)。

では、こういった極端な反応を引き起こしたメディアの報道のあり方の根底には、どのような問題が潜んでいるのだろうか。そのひとつと考えられるのが、メディアの報道が政治や経済に関するニュースに偏るあまり、ジェンダー問題のような社会の在り方そのものに深く関わる事柄を積極的に取り上げてこなかったという点である。特に、最近では、「急速な経済発展」と「世界最大の民主主義」という肯定的なイメージが繰り返し伝えられてきたため、インドで残忍な性的暴行が頻発しているというニュースは(以前からそうであったにもかかわらず)より一層大きな反響を呼んだと考えられる。 

さらに、メディアが政治や経済のニュースばかりを取り上げることの弊害として、インドでみられる著しい経済成長や民主主義の定着といった「近代化」が女性差別のような社会問題を解決するかのような印象を与えているという点があげられる。実際には、これまでみてきたように、経済成長を続けているインドにおいて、子供の性比は悪化の一途をたどっているし、ジェンダー問題を解消するために導入されたパンチャーヤットでの女性への留保制度は、必ずしも十分に機能しているとはいえない。これらの例が示すように、女性に対する暴力や差別が繰り返される社会的背景を考慮に入れることなく「近代化」の役割ばかりを強調する議論は、インドについての誤解しか生まないのである。

《参考文献》
  1. “UP Govt Revives Cash-for-Girl Scheme in Education,” Hindustan Times, July 31, 2012.
  2. Chattopadhyay, Raghabendra and Esther Duflo (2004) “Women as Policy Makers: Evidence from a Randomized Policy Experiment in India,” Econometrica, 72(5), pp. 1409-43.
  3. Beaman, Lori, Raghabendra Chattopadhyay, Esther Duflo, Rohini Pande and Petia Topalova (2009) “Powerful Women: Does Exposure Reduce Bias?” Quarterly Journal of Economics, 124(4), pp. 1497-540.
  4. “Ramesh Slams Bihar for ‘Mukhiya Pati’ Rule in Villages,” Outlook, August 25, 2012.(http://news.outlookindia.com/items.aspx?artid=773179
  5. “Scare Tactics,” Down to Earth, February 16-28, 2013. (http://www.downtoearth.org.in/content/scare-tactics
  6. “Delhi Gang Rape Hits India Image, 25% Fall in Foreign Tourists,” Hindustan Times, March 31, 2013.

(みなと かずき/アジア経済研究所 在デリー海外派遣員)