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第10回 「近代化」の中のジェンダー(1)

秩序としての混沌—インド研究ノート

インド

地域研究センター 湊 一樹
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2013年1月
●弱き者、汝の名は…
これまでにも本連載にたびたび登場しているビハール州は、インドで最も貧しい州のひとつであるだけでなく、教育・保健・衛生といった分野(例えば、識字率や平均余命など)でも大きく後れを取っている。さらに、同州については、女性の社会的地位の低さが大きな問題として指摘されてきた。実際、各種の社会・経済指標を見てみると、男女間に著しい格差が横たわっていることが明らかである。つまり、後進州における後進的集団という二重の意味で、女性を取り巻く状況はとりわけ深刻なのである。
私自身、ビハール州の農村で聞き取り調査をする際にこのことを強く感じる。例えば、集まってもらった村人にいろいろな質問を投げかけても答えるのは男性ばかりで、その間に女性は姿を消してしまうということがよくあるし、そもそもはじめから男性しか集まらない場合も多い。また、女性にインタビューしても、こちらの質問内容やその意図がよく理解できないためか、要領を得ない答えしか返せず、聞き取りがスムーズに行かないことが往々にしてある(ごく簡単な質問でも、このようなことが起こる)。そして、こういった場面に遭遇するたびに、「女性たちは自分の考えというものを持っているのだろうか」と思わずにはいられなくなるのである。

しかし、変化の兆しがまったくない訳ではない。最近になって、ビハール州政府が女性の社会的地位を向上させるための取り組みを行うようになってきたからである。一定の学年に達した女子学生に対して自転車を購入するための補助金を配布するというプログラムは、そのような試みのひとつである。これは、自転車通学によって学校へのアクセスを容易にし、女子学生がより教育を受けられるようにすることを狙ったものである(なお、2006年から始まったこのプログラムは、現在では男子学生も適用対象としている)。

現時点では、この政策が女子学生の出席率や学業成績にどの程度の影響を及ぼしているのか、はっきりしたことはわからない(実証的な分析については、参考文献(1) を参照)。その一方で、このような州政府の取り組みに対して不快感をあらわにする人たちが少なからず存在することは確かである。調査の際に話を聞いたある共産党員の男性は、「自転車の購入に補助金が出るようになったせいで、若い女が外を出歩くようになったのはけしからん」とおよそ共産主義者とは思えないような封建的な発言を平然としていたし、別のムスリム男性は「女子学生が自転車に乗るようになり、若い男女の駆け落ちが多くなった」と大いに嘆き、この政策への不満を口にした。

ビハール州における女性の社会的地位の低さを考えれば、女性により大きな自由を与えるような政策を歓迎する人たちばかりでないことは容易に想像できるかもしれない。しかし、「女は家の中で静かにしていればいい」といわんばかりの反応を、ビハール州の「低開発」に安易に結びつけるのは適切ではない。むしろ、地域によって大きな違いはあるものの、女性に対する差別的な風潮はインド全土にかなりの程度共通した特徴といえるのである。

昨年末に首都デリーで起こった集団強姦事件とそれをめぐる一連の騒動は、この点をはっきりと示している(なお、この事件については日本の新聞などでも詳しく報じられていたので、ここでは割愛する)。

●デリーでの集団強姦事件の衝撃
実は、事件が発生した当初、私はこの陰惨な出来事にほとんど関心を払っていなかった。なぜかというと、女性への性的暴行に関する報道は、インドの新聞では毎日のように目にするほどありふれたものだからである(それでも、事件前にはごく一部の強姦事件しか取り上げられていなかった。これは、事件後にインド各地で発生した強姦事件により多くの紙面が割かれるようになったことからも明らかである)。ようやく事の重大さに気付いたのは、デリー中心部で大規模なデモが行われ、警官隊との間で激しい衝突に発展するようになってからのことであった。

では、なぜこの事件がインド全土を巻き込むほどの大騒動へと発展したのだろうか。被害女性が死に至るほどの性的暴行を受けるという残忍極まりない犯行だったことは、もちろん無関係ではない。だからこそ、(未成年の容疑者一人を除く)5人の容疑者に対して死刑を求める声が多く聞かれたものと考えられる。また、大学や学校が冬休みに入る年末に事件が起きたため、多くの学生がデモに参加することができたという点にも注目すべきである(ただし、州政府を批判する絶好の機会とばかりに政治的な動員が一部で行われていた可能性も十分ある)。

しかし、これらの要因は人々の怒りに火がつき、それが一気に燃え広がっていくきっかけを与えたにすぎない。より重要なのは、これまでにもむごたらしい強姦事件が繰り返されてきたにもかかわらず、何ら有効な手立てを打とうとしてこなかった警察や政府への不満が鬱積していたという点である。メディアによる報道などでも、十分な数の警察官が配備されていないこと、性犯罪者を罰するため制度的枠組みが整えられていないことなどが課題として指摘されている。

このような制度面での問題が確かに存在する一方で、警察や政府の無関心と怠慢には、社会に根強く残る女性蔑視の風潮が色濃く映し出されているということを見逃してはいけない。この点を示す具体例は、それこそ枚挙に暇がないほどである。

デリーでの集団強姦事件の被害女性が死亡する3日前には、パンジャーブ州で性的暴行を受けた少女が服毒自殺するという事件が起きた。被害届を出たにもかかわらず、警察が訴えを取り上げようとしなかったため、その間に野放しになっていた加害者たちから執拗な脅迫と嫌がらせを受けたことが原因とみられる(参考文献(2) )。

また、昨年2月に西ベンガル州コルカタで発生した集団強姦事件について、ママタ・バナジー州首相は「州政権を貶めようとする(野党の左翼政党による)でっちあげだ」と発言し物議を醸した(そして、驚くべきことにそれだけで終わった)。さらに、バナジー州首相が党首を務める「草の根会議派」の国会議員は、この事件の被害女性を「売春婦」呼ばわりさえしている(参考文献(3) ・(4) )。ちなみに、この二人の政治家は共に女性である。

これほど極端ではないにしても、強姦事件が起こるたびに、「男たちの目を引くような服装をしていたから襲われたのだ」とか、「なぜ夜遅い時間に一人で出歩いたのか」といった被害女性の「自己責任」を持ち出すような無神経な発言が警察官や政治家の口から繰り返されるのは、ほとんど当たり前の光景になっている。

残念ながら、これもインドの現実の一部なのである。

《参考文献》
(1)International Growth Centre (2011) “Cycling to School: Increasing High School Enrollment for Girls in Bihar” (http://www.theigc.org/publications/igc-project/cycling-school-increasing-high-school-enrollment-girls-bihar).
(2)“Gang-rape Victim Ends Life due to Police Apathy in Punjab,” Hindu, December 28, 2012.
(3)“The Politics of Rape,” Economic and Political Weekly, March 3, 2012.
(4)“Trinamool Women MP Insinuates Park Street Victim is Sex Worker,” Hindustan Times, December 29, 2012.


(みなと かずき/アジア経済研究所 在デリー海外派遣員)