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第5回 政治とカネとメディア(3)

秩序としての混沌—インド研究ノート

インド

地域研究センター 湊 一樹
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2012年5月
●政府広告という「アメ」
前回の連載で取り上げた「押し売りニュース」(paid news)の問題についてインド報道評議会がまとめた報告書(参考文献1)には、押し売りニュースに直接関連する内容以外にも、政治とメディアがカネを通して持ちつ持たれつの関係にあることを示唆する内容がたびたび登場する。ある著名なジャーナリストが自身の体験を基に語った次のようなエピソードもその一つである。

そのジャーナリストは、ビハール州の州都パトナを訪れた際に偶然出会ったある新聞社のオーナーA氏から、所有する新聞にビハール州政府が政府広告を出してくれないので、月に730万ルピー(1ルピーは約1.5~1.6円)も損をしているという話を聞かされる。そして、州政府の広告を新聞に出してもらえるよう州首相のニティーシュ・クマールを説得してくれないかと、そのジャーナリストはA氏から懇願されたというのである(参考文献1、22ページ)。このエピソードの直前に、「州首相の怒りを買った場合に、どの程度の金銭的な損失を被ることになるかをすべての新聞は計算している」という一文がある。このことから考えても、A氏がオーナーを務める新聞社は、州政府を批判する内容の記事を掲載したために州首相の不興を買い、政府広告という重要な収入源を絶たれて困っていると読み取るのが自然である。

2012年5月16日付のヒンドゥスタン・タイムズ紙(ニューデリー版)の第1面に掲載されたタミル・ナードゥ州政府の広告。写真の人物は、同州のジャヤラリター州首相。州政権の樹立から1周年を記念しての広告企画で、その間の州政府の「業績」を4ページにわたる全面広告で自画自賛している。同様の広告はその他の主要紙にも掲載され、総額で2億5000万ルピーもの税金が投入されたといわれる(<a href=
2012年5月16日付のヒンドゥスタン・タイムズ紙(ニューデリー版)の第1面に掲載されたタミル・ナードゥ州政府の広告。写真の人物は、同州のジャヤラリター州首相。州政権の樹立から1周年を記念しての広告企画で、その間の州政府の「業績」を4ページにわたる全面広告で自画自賛している。同様の広告はその他の主要紙にも掲載され、総額で2億5000万ルピーもの税金が投入されたといわれる(参考文献2)。
同州以外で発行されている版の新聞にも広告が掲載されたことから、2年後に予定されている連邦下院選挙を睨んでのキャンペーンとの見方もある。

インドでは、現政権の実績を誇大に喧伝したり、新たな政策を華々しく宣伝したりする広告を連邦政府や州政府が公金を使って新聞に掲載することがかなり広範に行われている(一例として、写真を参照)。そのため、政府が広告収入を人質にメディアの筆先を鈍らせようとしているのではないかという考えは容易に浮かぶ。しかし、上記のエピソードは政府広告の影響をかなりはっきりと指摘しているため、その記述にはやはり驚かされる。それも、本筋とは関係のない部分とはいえ、公的機関が公表した報告書で言及されているとなればなおさらであろう。
ちなみに、その内容があまりにもあけすけであったために、この報告書はお蔵入りになる寸前であった。結局、連邦政府の介入によって全文が公表されることになったのは、小委員会がインド報道評議会に報告書を提出してから1年半後の2011年10月のことである(参考文献3)。

●政治的に正しい報道
ちょうどその1年前、ビハール州は5年ぶりに行われる州議会選挙の真っ直中であった。それに合わせるように現地で調査を行っていた私は、地元のジャーナリストから現地情勢について話を聞く機会を得ることができた。その際に、こちらから問いかけた訳でもないのに、ビハール州政府が政府広告をテコにメディアをコントロールしているという話を直接耳にすることが何度もあった。

その中でも特に印象的だったのが、有力英字紙で働くB氏からの聞き取りである。いくつもの偶然が重なった結果、州議会選挙に立候補しているある候補者にインタビューすることになり、急遽その自宅を訪れた。すると、候補者の配偶者のB氏がたまたま同席しており、話の流れでビハール州政府のメディア・コントロールの実態について話題が及んだ。B氏には、匿名を条件に以下のような内容を話してもらった。

まず、2005年の州議会選挙で政権交代が起こり、ニティーシュ・クマールが州首相の座に就いて以降、州政府が新聞などに掲載する政府広告の量は一気に増加した。特に、州首相(と州副首相)のイメージを前面に押し出すような特集記事形式の広告がよく用いられている(一方、それ以外の大臣が政府広告に登場することを州政府は好まない)。

そして、州政府に批判的な内容を報じると、州政府が政府広告の掲載を減らすなどしてメディアに対して圧力を加えてくるので、現在のビハール州では「自由な報道」というものが非常に難しくなっている。そのため、メディアは州政府の怒りを買わないような「政治的に正しい報道」をするという形で自己規制を行うようになっているというのである。

●メディア・コントロールの因果応報
2010年のビハール州議会選挙では、与党連合が全議席の約85%を獲得するという圧倒的な勝利を収め、ニティーシュ・クマール州首相が続投することとなった。州政府のメディア・コントロールがこの地滑り的勝利にどの程度貢献したのかは容易にはわからないが、次の二つの点を指摘することはできる。

第1に、公共財の供給(具体的には、道路・学校・病院など)の面で改善が見られたことが多くの有権者によって評価されており、この点が与党連合の最大の勝因として挙げられる(詳細については、参考文献4の46ページを参照)。したがって、単にメディアをコントロールしただけで勝利できたとは考えにくい。

第2に、開発の面で一様に高い評価を受ける一方で、ニティーシュ政権が行政機構の汚職や腐敗に関して有権者から厳しい評価を受けているのは(参考文献4、74~5ページ)、メディア・コントロールの一種の副作用であると考えられる。なぜなら、様々な研究から明らかになっているように、一般市民に対して正確な情報を迅速に伝えるというメディアの最も基本的な機能は、行政機関や政治家などの不正および不作為を抑止する上で重要な役割を果たすからである(例えば、参考文献5)。

統治の正当性が傷付くのを避けたい政府にとって、都合の悪い情報を隠したり、偏った情報を意図的に流したりするためには、メディア・コントロールは非常に有効な手段である。このような誘惑は、民主主義や権威主義といった政治体制の違いに関わらず、常に存在する。一方、そのツケを払わされるのは、権力側の不正や不作為の影響を直接受ける市井の人々である。報道の自由が大きく制限された非常事態の下で人口抑制のための強制断種やスラムの一掃が強行され、貧困層やマイノリティーに属する社会的に弱い立場の人たちが大きな被害を受けたのはまったくの偶然ではない。

(みなと かずき/アジア経済研究所 在デリー海外派遣員)
参考文献
  1. Press Council of India. Sub-Committee Report, 2010(http://presscouncil.nic.in/home.htm).
  2. “Rs. 25 cr Ad Blitz Caps Disappointing Year in Office for Jayalalithaa,” India Today (online), May 16, 2012.
  3. Sainath, P. “And the Pay-to- Print Saga Resumes,” Hindu, October 10, 2011.
  4. 中溝和弥・湊一樹『インド・ビハール州における2010年州議会選挙—開発とアイデンティティ』 機動研究成果報告、アジア経済研究所、2011年(http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Download/Kidou/2010_301.html)。
  5. Besley, Timothy and Robin Burgess. “The Political Economy of Government Responsiveness: Theory and Evidence from India,” Quarterly Journal of Economics, 117 (4), 1415-1451, 2002.