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第4回 政治とカネとメディア(2)

秩序としての混沌—インド研究ノート

インド

地域研究センター 湊 一樹
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2012年3月
●ジャーナリズムとコマーシャリズム
前回の連載の最後に登場したジャーナリストのP・サイナートは、貧困と饑餓、借金を苦に自殺する農民の増加といったインドの農村部に見られる深刻な社会問題を報じるだけでなく、ジャーナリズムが果たすべき社会的な役割についても積極的に発言を行っている。その中でも、彼が以前から一貫して強調してきたのが、経済発展に伴う商業主義の浸透によって、ジャーナリズムの在り方というものが深刻な影響を受けているという点である。

このようなサイナートの危惧は、2009年の連邦下院選挙以降に明るみになった「押し売りニュース」(paid news)をめぐる疑惑によって図らずも現実のものとなった。この一連の騒動は、インドのメディアがいかに商業主義に蝕まれているかを白日の下にさらすこととなったのである(なお、本稿では、メディアによって組織的な「押し売り」が行われていたことを明確にするために、「paid news」の日本語訳を「押し売りニュース」としている)。
新聞の写真: 街角の新聞スタンドでは、実に多種多様な新聞が売られている。

●押し売りされるニュース
サイナートが執筆したある記事は、次のような奇妙なエピソードで始まる(参考文献1)。パンディット氏(仮名)は、長年にわたってある有名な新聞に週1回のペースでコラムを連載していた。ところが、選挙戦が始まると自分のコラムが新聞に載らなくなったことに気付く。新聞の編集者はその件についてパンディット氏に謝罪した上で、「選挙期間中のニュースの枠はすべて売り切れてしまった」ので、彼のコラムを載せるスペースが紙面に残っていないと説明してきたというのである。

「押し売りニュース」とは、選挙の候補者が自分にとって都合のいい内容の記事を新聞に掲載できるよう、新聞社が値段を付けてニュースの枠を売りに出すことを意味する。典型的な例としては、ニュースの枠を購入した候補者の業績や人気の高さを手放しで称賛するような内容や、他の候補者を徹底的にこき下ろすような内容の「記事」が多く見られる。

もし、押し売りニュースがごく限られた範囲で行われていたのであれば、それほど大きな騒ぎになることはなかっただろう。しかし、実際には非常に組織的かつ広範に行われていたことが様々な調査や報道によって明らかになっている。例えば、ニュースの押し売りは、一部の不心得な記者によって個々に行われていたのではなく、新聞社のオーナーや経営陣の意向を受けて組織ぐるみで実行されていたという点がまず挙げられる。

さらに、ニュースの押し売りに手を染めていたメディアには、大きな影響力を持つ新聞が多数含まれているという点も見逃せない。報道委員会が公表した押し売りニュースに関する報告書(参考文献2)では、インドでもトップ10に入るほどの発行部数を誇る複数の日刊紙(主に、ヒンディー語などの現地語の新聞)が名指しで厳しく非難されている。

●押し売りの被害者たち
連載の中断を余儀なくされたパンディット氏は、ある意味で押し売りニュースの被害者といえるだろう。しかし、言うまでもなく、最大の被害者は新聞から情報を得ている読者である。本来であれば、押し売りニュースのようなお手盛りの内容は広告として新聞に掲載されるべきである。ところが、一般の記事とは見分けがつかない形で紙面に載るため、それを普通のニュースとして受け取り、誤った方向に導かれてしまう有権者が出てくる恐れがある。

そして、ニュースの枠を買わなかった候補者もまた押し売りニュースの被害者である。なぜなら、お金を払ってニュースの枠を購入しない限り、押し売りニュースを行っている新聞には一切取り上げもらえないからである。そのため、新聞での露出の機会を奪われた候補者は、政策の内容はおろか立候補しているという事実さえ有権者にはなかなか伝えられなくなってしまう。

ただし、ニュースの枠を買わなかった候補者の中には、買いたくても買えなかった者が数多くいたことだろう。というのも、ニュースの枠を購入するには多額の費用が必要だからである。具体的には、小さな記事や社説をいくつかまとめ買いする場合は150万ルピーから200万ルピー(1ルピーは約1.6円)、数ページにわたる写真入りの特集企画を組む場合は数千万ルピーの費用がかかるといわれている(参考文献2)。

●売るメディア、買う候補者
ニュースの枠がこれほど組織的に取引されるようになったのは、それを金儲けの手段として活用できることに一部のメディアが目をつけたためである。しかし、供給があるというだけでは、ニュースの枠の「市場」は生まれない。大きな需要があるからこそ、ニュースの押し売りが商売として成り立つのである。

実際、メディアによる露骨な押し売りに対して拒否する姿勢を貫いた候補者が少なからずいた一方で、ニュースの押し売りを逆手にとって、イメージ戦略の手段として積極的に活用した候補者も多数存在した。押し売りニュースをめぐるスキャンダルが明るみになった際にマハーラーシュトラ州の州首相を務めていたアショク・チャーヴァンもその一人である。ただし、彼のやり方は少々度が過ぎていたようである(以下の内容については、参考文献3を参照)。

マハーラーシュトラ州で行われた州議会選挙の投票日の6日前、(現地語である)マラーティー語の新聞Aに、州首相としてのチャーヴァンの輝かしい業績を称える「記事」が大々的に掲載された。その3日後、見出し以外は一字一句まったく同じ「記事」が、今度はライバル紙の新聞Bと新聞Cに同時に掲載された。もちろん、いずれの紙面でも、広告ではなくニュースという扱いで「記事」は載っていた。言うまでもなく、チャーヴァン陣営が自ら用意した原稿を3つの新聞に押し売りニュースとして掲載しない限り、このような怪奇現象を説明することはできない。

そもそも、候補者の選挙活動費には100万ルピーという上限が法律で設定されているため、候補者が大々的な広告を打つことはルール上不可能である。したがって、ニュースの中に「ステルス広告」を潜り込ませることでそれを可能にするという意味で、押し売り記事は潤沢な資金を持つ候補者にとって重要な広報手段なのである。

ちなみに、チャーヴァンが選挙委員会に提出した選挙活動費に関する報告書によると、小さな地方紙に5379ルピー支払って広告を掲載した以外は、新聞広告を出していないことになっている。

●揺らぐ民主主義の柱石
実際のところ、押し売りニュースが候補者の得票をどの程度押し上げることに貢献したのかはよくわからない。その一方で、一部のメディアがジャーナリズムの役割を完全に放棄し、ニュースの枠を売りさばいて金儲けの道具としたことは動かしがたい事実である。さらに、その流れに棹さした政治家が少なからず存在したことも様々な状況証拠から明らかである。

民主主義を健全な形で機能させるために不可欠な存在であるはずのメディアが、民主主義の基盤を掘り崩すような自滅的な行いをしているという事実は、「世界最大の民主主義」の紛れもない一つの側面なのである。 


《参考文献》

  1. Sainath, P. “The Medium, Message and the Money,” Hindu, October 26, 2009.
  2. Press Council of India. Sub-Committee Report, 2010 (http://presscouncil.nic.in/home.htm).
  3. Sainath, P. “Mass Media: Masses of Money?” Hindu, November 30, 2009.
(みなと かずき/アジア経済研究所 在デリー海外派遣員)