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フォーカス・オン・チャイナ:トランプ政権と米中関係――不確実性が増すアジアの安全保障

アジアの出来事

地域研究センター 松本はる香

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2017年6月

2017年4月6~7日、トランプ政権の誕生後、初の米中首脳会談が米国フロリダ州で行われた。米国政府にとっては、北朝鮮の核・ミサイル開発問題の解決をめぐって、中国に協力を求めることが同会談の重要なテーマのひとつとなった。また、奇しくも米軍がシリアへ向けて巡航ミサイルを発射したのは、習近平を歓迎する夕食会の最中であったことから、様々な憶測が飛び交った。あたかも米中首脳会談に合わせたかのようなタイミングで、シリアへの攻撃を行ったことで、米国の意に反する行動を取れば、力による制裁も辞さないという姿勢が示された。これによって、北朝鮮に対する制裁に後ろ向きな中国を突き動かそうとしたとも言えよう。だが、その後の情勢の推移をみるにつけて、必ずしも米国政府の思惑通りに事は運んでいないようだ。

近年の米中関係を振り返れば、中国の南シナ海における活動の活発化にともなって両国の対立が表面化した。当初、オバマ政権は中国との対話重視の協調的な姿勢を取ってきたが、その後、中国に対して一定の軍事的な圧力を掛けるという政策の転換を行った。その一環として、2015年の秋以降、南シナ海における「航行の自由」作戦を4回にわたって実施してきた。それとともに、西太平洋上に配備する米軍空母の数が増強された。

2016年7月には、オランダ・ハーグの仲裁裁判所の判決によって、中国が独自の権利を主張する南シナ海の領有権などについて法的根拠がないことが示された。その後、ASEAN主導の一連の国際会議において共同声明が発表されたが、中国に対する配慮によって、同裁判の判決内容には触れられず、名指しの批判も避けられた。他方、中国は、南シナ海をめぐる「行動規範」の翌年上半期の策定目標を提案することによって、一定の譲歩の姿勢を示したものの、2017年6月に入っても未だその目途は立っていない。

南シナ海問題をめぐって、「全会一致」を原則とするASEANの限界が露呈するなかで、問題解決の鍵を握っているのは米国である。だが、米大統領選挙におけるトランプの勝利が示しているように、国際主義的な関与政策に対する米国内支持の基盤が弱まっているのも事実である。

オバマ政権の中国政策の転換は遅過ぎる対応であった。同政権は中国と向き合う際、協調を優先する余り、環境問題などの比較的合意が得られやすい議題を重視してきた。その一方で、安全保障問題や人権といった難しい議題については、米中摩擦を避けるために後回しにされてきた印象が強い。また、台湾問題に関しては、当時の「中台接近」という情勢も相俟って、米国側が中国との外交の舞台で「台湾カード」を切る場面などが見られることはなかった。

しかし、トランプ政権の誕生によって中国政策の軌道修正がなされたわけではない。トランプ大統領は就任直前の12月2日に台湾の蔡英文と電話協議を行ったことから、当初、対中強硬政策へシフトする可能性が注目を集めていた。だが、実際のところ、トランプ大統領が重視しているのは、価値観や戦略目標の共有などではないようだ。このため事の成り行きによっては、台湾問題が中国との外交上の「取り引き」の材料となる可能性も残されている。

2017年6月3日、シンガポールで行われたアジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアログ)において、マティス米国防長官は南シナ海の問題に触れて、「われわれは中国の行動を容認しない」と中国を強く牽制する発言を行った。だが、中国は米国の協調的な姿勢に乗じて、南シナ海において実行支配の既成事実を積み上げに注力してきた。既に中国は同海域に複数の人工島を造成して、滑走路をはじめとして、レーダーやミサイルや航空機を迎撃する防空システムの配備などによって、軍事拠点化を進めてきた。そのような状況を見かねて、2015年頃よりペンタゴンがホワイトハウスを巻き返すかたちで、対中牽制路線が打ち出されて、中国政策の転換が図られた。だが、時すでに遅しという感は否めず、中国が積み上げてきた南シナ海における軍事拠点化の既成事実を突き崩すのは相当に困難な段階にまで来ている。

そのような状況は、民主党から共和党へ政権交代して、トランプ大統領が誕生したいまも変わっていない。むしろ状況は悪化しているようにも見える。2016年秋以降、米国が政権移行期にあって、南シナ海問題に対して本腰を入れるのが難しい、いわば「力の真空」の状況に乗じて、中国は同海域における活動を継続してきた。トランプ政権が間もなく誕生しようとしていた2017年1月上旬には、中国の空母「遼寧」の艦隊が南シナ海で訓練を行った後、台湾海峡を通過したことが明らかになった。これによって、昨年末に沖縄本島と宮古島の間を通過した後、初めて西太平洋に進出した中国の空母の艦隊が台湾を一周することになった。その後、トランプ政権下でようやく「航行の自由」作戦が実施されたのは、2017年5月下旬のことであり、前政権のもとで同作戦が実施されて以来、7か月ぶりとなった。実際のところ、米軍はトランプ大統領に対して「航行の自由」作戦を数回にわたって提案したものの、受け入れられなかったと言われている。

トランプ大統領が「航行の自由」作戦を遅らせた一因には、中国に対する配慮が挙げられよう。トランプ大統領が北朝鮮の核・ミサイル開発の阻止を外交の最優先課題と位置付けて、中国に対北朝鮮圧力を強めるよう求めてきた。だが、目下のところ、中国はそれを逆手に取っているようにも見える。例えば、前述の米中首脳会談を機に、中国は崔天凱駐米大使を通じて、北朝鮮への圧力を強める見返りとして、ハリス米太平洋軍司令官を更迭するよう求めていたことが明らかになった。ハリスは、南シナ海における「航行の自由」作戦を実施するにあたって中心的な役割を果たしてきた対中強硬派である。もとより米国政府が中国側の要請に応じることはなかったのは言うまでもない。

さらに言えば、台湾問題への波及も危ぶまれる。オバマ政権で決定されていた米国の台湾に対する武器売却に関して言えば、2016年末に執行が予定されていたものの、次期政権に引き継がれることになっていた。だが、最近、この10億ドルを超える台湾への武器売却が、トランプ政権になって未だ執行されず、宙に浮いたままになっていることが明らかになった。これはトランプ政権が北朝鮮問題の解決を急ぐ余り、米中関係の悪化を懸念して引き延ばしにしている可能性が高い。

このように、最近のトランプ政権は北朝鮮問題の解決を急ぐ余り、中国に対して「取り引き」というよりは、一方的な「譲歩」の姿勢を見せているのが現状と言えよう。だが、中国は北朝鮮問題に本腰を入れる気配はなく、むしろ、これを好機と捉えて、さらなる「譲歩」を引き出すためのしたたかな外交を展開する様相さえ見せつつある。また、中国が北朝鮮の核・ミサイル問題の調停役としてどのくらい影響力を行使できるかについては、これまでの経緯からすれば疑問が残る。さらに言えば、2017年秋の第19回党大会を控えている習近平政権は、外交上の失点は許されず、北朝鮮問題に本腰を入れるのは難しい状況になっているのも事実である。

以上のように、北朝鮮をめぐる核・ミサイル問題の解決を急ぐトランプ政権が迷走するなかで、アジアの安全保障の先行きの不確実性が増している。無論、北朝鮮問題は重要だが、その解決を急ぐ余り、別の重要な問題が米中間の「取り引き」の材料として扱われるのであれば本末転倒となる。本来、南シナ海や台湾をめぐる問題は、アジアの安全保障にとって死活的に重要な問題である。

(2017年6月1日)