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ベトナム:第12回党大会政治報告に見る「生活の保障」をめぐる議論

アジアの出来事

地域研究センター 寺本 実

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2016年7月
はじめに

ベトナムでは2016年1月20~28日にベトナム共産党第12回全国代表者大会(以下、党大会)が開催された。同党大会では今後5年間を担う指導者を選出するとともに、2020年までの基本方針を示す政治報告、経済社会報告が採択された。ベトナム共産党一党体制下にあるベトナムでは、同党大会において定められた方針が、その後の国としての施策展開の基礎となる。本稿では、第12回党大会で採択された政治報告(以下、第12回報告)における「生活の保障」に関わる記述(ここでは社会保障、労働・雇用、医療の各分野)について、前回の第11回党大会(2011年1月12~19日)で採択された政治報告(以下、第11回報告)における関連部分の記述内容と比較しながら読み解くことで、第12回党大会政治報告における「生活の保障」に関わる議論の方向性について考えてみたい。

なお、今回の作業に際し、第11回報告についてはĐảng Cộng sản Việt Nam 2011. Văn kiện Đại hội Đại biểu Toàn quốc Lần thứ XI. Nhà Xuất bản Chính trị Quốc gia所収の政治報告を用い、第12回報告についてはNhân Dân紙ウエブサイトに載せられたもの(2016年3月25日付、2016年4月7日にアクセス)を使用している。

1. 全体における位置付け

第11回報告では、第7章「社会的進歩、社会的公平を効率的に実行し、それぞれの段階と発展政策において社会保障(an sinh xã hội)を保全する」において「生活の保障」に関わる諸事項について主に述べられていた。これに対して第12回報告では第8章「社会の発展を管理し、社会の進歩、公平を実行する」において当該分野に関わる主な方針が示されている。第7章から第8章に移行した背景については、第11回報告では教育・訓練と科学・技術などについて第5章でまとめて述べていたのに対して、第12回報告では教育・訓練(第5章)、科学・技術(第6章)とそれぞれ独立した章で取り扱われたことなどの影響だと考えられる。

2. 当該章の構成について

第11回報告第7章においては、1.労働、雇用、所得政策を集中的に首尾よく解決する、2.社会保障を保全する、3.人民の健康ケア、人口・家族計画、母親・子供の健康ケアの質を向上させる、4.社会悪、交通災害に対する効果的な防止、抵抗のために闘争する、という4つの節(見出し)に基づいて、それぞれまとめられる形となっていた。

これに対し、第12回報告第8章は、「状況」と「方向性」の2つのパートに分けられ、本稿で第11回報告7章との比較対象とした「方向性」の部分も含めて、見出しはつけられず、上から書き下ろす形とされている(第12回報告の分析に際しては、Nhân Dân紙のウエブサイトにアップされた文献を用いているためという可能性もある)。そして、最初の部分で社会発展、社会管理の重要性を指摘した上で、社会的問題の調和的解決、貧富格差の拡大傾向の克服、地域間のバランスのとれた発展、犯罪・社会悪・交通事故対策の強化などについて全体的な視野から一通り言及し、その上で「経済政策と社会政策を結び付けて人民の生活の質の向上を伴って経済を発展させる」といった諸課題について述べていくという構成になっている。

3.当該部分の内容について

(1)社会保障

第11回報告では、社会化(民間活力の利用)推進、共同体の機能・役割の強化という観点も強調されていたが、第12回報告では慈善活動、弱者支援に対する国民の動員について言及されているものの、「公」の役割がより強調された形になっていると考えられる。

特に注目されるのは、第12回報告では「経済・社会の発展過程に相応しい社会保障政策を継続的に完成させる」とした上で、「人道的補助から公民の社会保障を受ける権利(quyền an sinh xã hội)の保全に移行する」との文言が盛り込まれたことである。第13期第6回国会で2013年11月28日に可決された2013年憲法は「公民は社会保障を保全される権利を持つ」(34条)と定めている。この流れを反映し、経済的、社会的諸状況によって変化する余地を残す人道的補助という観点からではなく、国民の権利として社会保障を受ける権利を明確に位置づけるという方向性が打ち出されたことは、ベトナム国民の福祉向上という観点から見て意義が大きいと考えられる。

次に、第11回報告まで使用されてきた「飢餓撲滅・貧困削減(xóa đói, giảm nghèo)」という用語が、第12回報告では「貧困削減政策(chính sách giảm nghèo)」という用語に変わったことも注目される。第12回報告では「飢餓撲滅(xóa đói)」という部分が削られたのである。このことは、上述した社会保障を受ける権利に関わる観点と合わせて、ベトナムの経済社会の発展段階とそれに伴う要求が、以前よりも高いレベルに来ているとの当局の認識を示すものと考えられる。

その他、第12回報告では上記の流れに沿って、基本的な社会サービスへのアクセスと提供、特に政策対象者、貧困者、遠隔地・生活困難地域居住者、低所得者、工業区・輸出加工区の労働者、学生に対する住居政策の充実の必要について、言及している。

(2)労働・雇用

労働・雇用に関連して、第11回報告では経済開発投資に基づく、労働構造の転換、労働者の雇用解決・雇用創出に対する強い意欲、関心が文言に示されており、職業訓練への言及分量も多い。経済発展への寄与を意識して給与政策を公的機関、企業の労働効率向上に結び付けるとの方向性が示され、また労働者家庭の保護、労働条件の改善、労働災害抑制への言及も見られた。

これに対して、第12回報告では「労働者の労働、雇用、所得に関わる課題を首尾よく解決し、社会保障を保全する」と述べた上で、雇用の創出・確保、給与・所得の改善、職業教育の質の向上、労働輸出政策、労働保護政策の完成・実行について端的に言及している。こうしたなかで、社会の動きをイメージさせる記述として注目されるのは「耕地の整理・集中、工業、都市、公共施設の開発のための土地収用による農業セクターからの余剰労働力の解決を重視する」との文言である。経済開発の進展に伴って発生する労働構造の転換、雇用問題の解決の必要について、第11回党大会報告におけるよりもやや具体的に言及している。

また、労働輸出政策については、第11回報告では「労働輸出の管理、組織工作を推進し、調整する」とされていたが、第12回報告では「合理的に労働輸出政策を調整する」として、「推進する(đẩy mạnh)」という表現は使用されなかった。

(3)医療


医療に関連しては、第11回報告では、省レベル(中央レベルすぐ下の行政級)、県レベル(省レベルすぐ下の行政級)の病院の能力向上、医療活動に対する国家投資の増加と社会化(民間活力の活用)の推進、医薬品製造業の力強い発展への言及が注目された。

これに対して、第12回報告では(1)社レベル(末端行政レベル)の医療機関である診療所(trạm y tế)を含めた病院体系の建設・発展とプライマリーヘルスケアの重視、(2)民族医学(例えば薬草などを用いたベトナムに伝統的に伝わる医療)の発展、(3)健康ケアサービスへのアクセスにおける地域間、人民間の格差解消、(4)医療に充当する国家予算における山岳地域、遠隔地、海岸・半島への集中的な投資、(5)ハノイ、ホーチミン市、大都市の大病院の過重負担解消のための路程の作成、(6)医療専門家に対する妥当な待遇と訓練・養成、ローテーションに関する合理的な政策作り、などに言及している。

第11回報告では省レベル、県レベルの病院の能力向上、民間活力の活用、医薬品製造業の発展など、経済的な観点も含めた医療分野の近代化推進に向けた骨太の指針が示されていたのに対して、第12回報告では、地域間格差の解消に向けた取り組みも含め、ベトナム庶民の現況に目線を合わせた社会的な観点が強含みになっていると考えられる。

おわりに

ここまで第11回報告7章、第12回報告8章の当該部分の記述内容の比較を軸にして、第12回党大会政治報告における「生活の保障」に関わる議論について検討してきた。基本的な方針・政策の継続性という観点が政治報告のベースとして通常は存在していることに留意する必要があるが、その上で、今回の作業に基づいて以下のような基本的な方向性を看取できると考えられる。

第11回報告7章では、経済開発、経済成長、労働構造の転換、労働効率の向上というような経済発展、近代化・工業化推進という文脈に位置付ける形で、関連分野の方針をより具体的に政治報告内に書き込もうとする傾向、姿勢が看取された。

これに対して、第12回報告8章では、全体的、総合的に見て簡素で概括的な表現が多用されており、社会問題の調和的な解決、貧富格差、地域間の発展格差の是正、開発に伴う農村の余剰労働者対策など、経済開発推進的な観点というよりも社会的な観点がより強く出されていると考えられる。また、国民の権利として「社会保障を受ける権利」を明確に位置づけるとの方針や、これまで使用されてきた「飢餓撲滅」という用語の不使用に見られるように、ベトナムにおける国民生活の保障が新たな段階に入っているとの状況認識が示されている。

本稿の内容及び意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。