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マレーシア:第11回サラワク州議会選挙の結果と政局への影響

アジアの出来事

地域研究センター 中村 正志

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2016年5月
はじめに

5月7日にマレーシアのサラワク州で第11回州議会選挙の投票が行われた。この選挙で与党連合の国民戦線(BN)が定数82のうち72議席を獲得し、最大党派の統一ブミプトラ伝統党(PBB)を率いるアデナン・サテムが州首相 1 に再任された。

終わってみれば与党の完勝であり、投票率も70.0%と月並みな数値だったため無風選挙にもみえる。しかし今回の選挙では、与党陣営がかつてない規模の運動を展開していた。公示日(4月25日)から投票日までナジブ・ラザク首相が選挙区回りのために現地に張りつき、連邦政府の閣議を州都クチンで開催したほどである。国民戦線がそこまでこの地方選挙に力を注いだのはなぜか。対する野党陣営が、一時の勢いを失ったのはなぜか。また今回の選挙結果は、今後の政局にどのような影響を与えるのだろうか。本稿ではこれらの問題について考えてみたい。

1. なぜこの選挙が重要だったのか

今回の選挙は、全国に13ある州のうちのひとつの州での選挙にすぎない。しかもサラワクには、歴代首相が党首を務める統一マレー人国民組織(UMNO)が進出していない。州首相には地方政党の指導者が選ばれてきており、1973年の政党再編以降、PBBの指導者が州政権を率いてきた。加えて、この州では伝統的に野党が弱く、総与党体制の様相が続いている。今回も政権交代の可能性は皆無であり、野党は定数の3分の1の議席を得ることを目標としていた。地方選挙としての見所は、2014年に州首相に就任したアデナンが2011年の前回選挙で減った与党票を回復できるか否かということくらいしかなかった。

しかしサラワク州議会選挙は、中央政界の政党にとって一地方選挙にとどまらない特別な重みをもつ。その理由は、ひとえに選挙のタイミングにある。マレー半島部の11州では、1964年の第2回総選挙以来、下院選挙と同じ日に州議会選挙が実施されてきた。下院が解散するのにあわせて州議会も解散するのである。サラワク州の東隣のサバ州でも、2004年総選挙以降は州議会選挙が下院選挙にあわせて実施されている。つまりいまのサラワク州議会選挙は、下院の任期中(5年間)に行われる唯一の大規模選挙なのである。そのため、この選挙での支持率は次の総選挙に関する重要な先行指標になる。ここで成績がふるわなかった政党は、次の総選挙に向けて政策や人事の見直しを迫られることになる。

ナジブ首相にとって今回の選挙は、自身の金銭スキャンダルの発覚後最初の選挙だったから、党内支持基盤を固めるために是が非でも勝たねばならなかった。昨年来ナジブ首相は、国営投資会社ワン・マレーシア開発(1MDB)の乱脈経営問題と、自らの個人口座への7億ドルもの振込が発覚したことにより、強い批判にさらされてきた 2 。野党やメディア、市民社会はもちろんのこと、UMNOの内部からも首相の対応を疑問視する声があがっていた。その急先鋒が、かつてアブドラ前首相からナジブへの交代を後押ししたマハティール元首相である。

批判に対してナジブ首相は、これを徹底して圧殺する戦術をとった。巨額献金問題の発覚後まもなく内閣改造を断行し、1MDB問題への対応について異論を唱えてきたムヒディン副首相、シャフィ農相を閣外へ放逐したほか、検察のトップでもあるガニ司法長官を更迭、司法長官府と汚職対策委員会、警察、中央銀行が組織した献金問題を捜査する合同タスクフォースを解散に追い込んだ。捜査される側の首相が、捜査する側の首をすげ替えて組織を掌握したのである。今年1月にはガニの後を継いだアパンディ司法長官が、ナジブ首相への巨額献金はサウジアラビアの王族からのものであり違法性はないと断定し、汚職対策委員会による捜査の終結を宣言した 3

この司法長官発表の直後、マハティール元首相の息子でクダ州首相をつとめるムクリズ・マハティールが辞任に追い込まれた。同州のUMNO幹部から不信任の意思表明がなされたためである。この「クーデター」はナジブ首相の差し金によるものとみられる。首相に近い閣僚は、この一件がマハティールによる首相批判に対する報復だと認めている 4 。その後マハティールはナジブ批判を一段と強め、2月末にUMNOを脱退、3月には野党指導者や市民団体とともに首相の退陣を求める集会や署名活動を始めた。

マハティールら長老から批判されても、ナジブ首相は党中央執行部と地方組織の最高幹部の大半を掌握しているため 5 、すぐさま退任を迫られることはない。それでも、草の根レベルには首相の金銭スキャンダルとその後の対応への不満があるともいわれる。末端党員のあいだに指導者に対する不満が鬱積すれば、いざ総選挙となったときに効果的な選挙運動が展開できなくなる。ナジブ首相にとって今回の州議会選挙は、自身が選挙に強い指導者であることを示して党内の信頼を回復するチャンスである一方、もし議席を減らせば党内の動揺が広がりかねない懸念があった。こうした事情が、現地に閣僚を総動員する異例の選挙戦に結びついたものと考えられる。

野党側からみると今回の選挙は、昨年、野党連合の再編を経験しただけに、議席を増やしてきた近年の勢いを維持できるかどうかを確かめる重要な試金石であった。

2008年総選挙での躍進のあと、主要3野党、すなわちアンワル・イブラヒム元副首相が率いる人民公正党(PKR)と華人が主体の民主行動党(DAP)、イスラーム主義政党の汎マレーシア・イスラーム党(PAS)の3党は、人民連盟を結成して選挙や議会、デモを通じて共闘するとともに、スランゴール州、ペナン州などでは州政権を共同で担ってきた。ところが、PASが主導するクランタン州政府が四肢切断などの苛烈な刑を含むイスラーム刑法(ハッド刑)の施行に向けて動き出したことなどからPASとDAPの対立が深まり、人民連盟は昨年6月に瓦解した。その3カ月後、PASのなかの進歩派と呼ばれた指導者が新党・国民信託党(アマナ)を結成し、DAP、PKRとともに新たな政党連合・希望連盟を立ち上げる。つまり、野党連合の再編は人民連盟からPASの主力部隊が抜けるかたちで決着したのである。

近年はサラワクでも、野党が勢力を伸ばしつつあった。2000年代初頭までは与党が圧倒的に強く、2001年の州議会選挙では62議席中60議席を国民戦線が得たが、2006年の州議会選挙では71議席中9議席を野党と無所属の候補が得た。とくに勢力を伸ばしたのが、このとき6議席を得たDAPである。続く2011年の州議会選挙でDAPは、前回の倍の12議席を獲得する。2013年の下院選挙でも野党が大きく伸び、州内の31区のうち6区で野党候補が勝利した(2008年は1区のみ)。勝った6人のうち5人はDAP、1人がPKRの候補であった。

2000年代半ばから党勢を拡大してきたのは華人をおもな支持母体とするDAPだったから、野党が一段と躍進するにはブミプトラの支持を伸ばさねばならない。それはこの選挙に限ったことではなく、次の総選挙で野党が議席を増やすには、アマナがPASをしのぐ勢力に成長するか 6 、あるいはDAPやPKRがブミプトラ有権者からの得票を増やす必要がある。今回の選挙については、ムスリムが人口の4割にとどまるサラワクではもともとPASが弱かったため、DAPとPKRがブミプトラの支持をどれだけ伸ばせるかが見所のひとつであった。

2. 選挙結果と政局への影響

今回の選挙を前に、サラワク州議会の定数が71から82に増員された。新設された11区のうち、華人有権者の比率が5割を超す選挙区は1区のみであった。そのため、おもに華人の支持によって議席を増やしてきた野党にとって今回の増員が不利に働くことは事前に予想できた。実際、野党は新設の選挙区ではひとつも勝てなかった。

与野党のどちらにおいても選挙前の候補者選定は難航した。マレーシアの選挙制度は、連邦議会の下院と州議会のどちらもイギリスの下院と同じ小選挙区制である。したがって、与党連合にとっても野党連合にとっても、加盟政党どうしが選挙で相まみえることがないよう統一候補を擁立することが連携関係の基礎となる。

与党連合の国民戦線では、前回選挙のあとに誕生した新党の扱いが問題になった。2011年選挙での不振などの影響で華人が主体のサラワク人民党(SUPP)とサラワク進歩民主党(SPDP)に内紛が生じ、両党の所属議員らが統一人民党(UPP)とサラワク人民の力(Teras)の2党を新たに立ち上げた。国民戦線は、両党の加盟を認めず、「友党」という位置づけを与えるにとどまった。与党の候補者選定を取り仕切るアデナン州首相は、今回の選挙でも党としてのUPPとTerasには選挙区を配分せず、かわりに両党所属議員をいったん離党させ、国民戦線直属の候補として擁立するという変則的な手段をとった。直属候補が勝利したら事後的に所属政党を選ぶことになっており、この措置をうけて選挙後には与党再編の動きが進んでいる。

国民戦線は公示日の一週間前に全選挙区で統一候補の選定を終えたが、選に漏れた者は当然不満をもつ。なかには除名を覚悟のうえで立候補を強行する者もおり、今回、無所属候補として立候補した元与党幹部は10人にのぼった。

一方、野党連合の希望連盟は候補者の一本化を完遂できず、6区でDAPとPKRが相打ちすることになった。結果的には、両党候補の得票を足すと与党候補の得票をしのぐというケースはなかったから、相打ちが野党の議席数にダイレクトに響いたわけではなかった。しかし、選挙区配分をめぐって公示日の後までDAPとPKRの指導者がお互いを罵りあっていたことは、有権者の心理に影響を与えたことであろう。

選挙前にアデナン州首相は、定数82のうち70の獲得を国民戦線の目標値として定めた。前回選挙では野党・無所属が16議席を得ていたから野心的な目標設定とも思われたが、結果的にはそれをも上回る72議席を獲得した(表1)。得票率は、前回より7ポイント近く高い62.2%となった。加盟政党別にみると、アデナン率いるPBBに加えてサラワク人民党(PRS)が完勝したほか、直属候補も13人のうち11人が当選する好成績を収めた。

表1 第11回サラワク州議会選挙 政党別獲得議席数・議席占有率・得票率
表1 第11回サラワク州議会選挙 政党別獲得議席数・議席占有率・得票率
1) PBBは2議席を無投票で獲得した。
2) 選挙直前に離党し、当選後に所属政党を選択する。もとの所属は、PBBが3人、UPPが7人、Terasが3人。
3) SUPPを離党した議員らが2014年7月に設立。
4) 2013年9月設立。2014年5月にSPDPとSUPPの議員が離党して加入。
5) 2015年9月にPASのモハマド・サブ前副総裁らが設立。
6) 2004年に解散したPBDSが2013年9月に再建されたもの。
(出所)選挙委員会ウェブサイト( http://resultpru11sarawak.spr.gov.my/ ),Star, April 26, 2016 をもとに作成。

野党側では、PKRが前回と同じ3議席を確保したが、前回選挙で12議席を得たDAPは今回7議席しか得られなかった。新党アマナは13区で候補を立てたが成績はまったくふるわず、与党候補に加えてPASとも競合することになった5区では、いずれもPASの得票を上回ることができなかった。

DAPから5議席をを奪還した国民戦線の指導者たちは、華人有権者の支持が戻ってきたと述べている。しかし公表されたデータをみるかぎり、華人の票が野党支持から与党支持へ大きくスイングしたとは考えがたい。選挙区の華人有権者比率とDAPの得票率には強い相関があり(r=0.8936, n=31, p<0.01)、華人比率が高い選挙区では依然としてDAPが60%前後の票を得ている(図1)。国民戦線が奪還できたのは、ひとつの例外を除けば華人比率が65%未満の選挙区に限られていた。PKRが獲得した3議席のうち1議席も、華人比率が85%に達する選挙区のものである。国民戦線が華人比率6割前後の選挙区を奪還できたのは、華人票のスイングのみによるものではなく、こうした選挙区に多いノン・ムスリムのブミプトラからの得票が増えたことも一因だろう。

図1 選挙区の華人有権者比率とDAP得票率の関係
図1 選挙区の華人有権者比率とDAP得票率の関係
(出所)表1に同じ。

では、国民戦線の圧勝に終わった今回のサラワク州議会選挙は、今後の政局にどのような影響を与えるだろうか。

ナジブ政権にとって今回の選挙は、喫緊の課題である党内批判の封じ込めに役立つ材料になった。昨年の内閣改造で閣僚に召し抱えられた首相側近の幹部らは、この勝利はマハティールの過ちを証明するものだと喧伝している。野党指導者や政治改革を求める市民団体のあいだには、マハティールを軸に在野の倒閣運動を進めていこうという動きがあるが、与党を巻き込まない限り成功の見込みはない。この倒閣運動が成功する可能性はもともと低かったが、今回の選挙がナジブ政権への追い風となったことは、マハティールの運動にとってとどめの一撃になったようだ。

野党にとっては、農村部のブミプトラからの支持獲得が難事業であることを再確認する機会になった。サラワク州は、野党にとって重要かつ有望なフロンティアであった。野党が急激な躍進を果たした2008年の下院選挙では、マレー半島部の165議席のうち80議席を獲得したが、サバ州とサラワク州では1議席ずつしか取れなかった。続く2013年選挙で野党は、半島部では前回と同じく80議席、サバで3議席、サラワクでは6議席を得た。野党の党勢拡大が続くサラワクでいっそうの議席の積み増しを実現できれば、連邦政府の政権交代が現実味を帯びてくる。そのためにはブミプトラからの支持を伸ばすことが不可欠だったが、今回は明らかな失敗におわった。

与党側からみると、華人が多い都市部選挙区での成果は乏しかったが、その他はほぼ全域では盤石な支持を得ていることが確認できたということになる。今回の勝利で党内不和という足下の不安が緩和されたこともあり、ナジブ首相が早期に解散総選挙に打って出るのではないかとの観測が出始めた。下院の任期は再来年半ばまでだが、来年中に総選挙が行われるのではないかとの噂が出回っている。ナジブ首相のもとでの最初の総選挙となった前回選挙は、最大限の先送りの果てに実施されたものだったが、今回も同様の措置がとられるとは限らない。6月18日に実施される二つの補欠選挙の双方で与党が勝利すれば、早期の選挙に向けて弾みがつくことになろう。

脚 注


  1. マレーシアの州レベルでの執政制度は連邦と同様に議院内閣制である(連邦議会は二院制、州議会は一院制)。つまり、州議会選挙を通じて州の執政長官が選出されるのであって、日本の地方自治体における首長選挙に相当する選挙はない。州議会選挙で当選した者のなかから「多数派の支持を得られそうな」人物が州首相に任命される。任命権をもつのは、スルタンがいる9州ではスルタン、スルタン制度がない4州では連邦政府によって指名される州知事である。
  2. これらの問題については、本コーナーに掲載済みの拙著 「ナジブ首相の7億ドル受領疑惑とマレーシアの政治危機」(1) (2) (3) をご覧いただきたい。
  3. ナジブ首相の個人口座への巨額献金には、スイスの銀行のシンガポール支店からの入金(計6億8100万ドル)と1MDBの子会社から2社を経由しての入金(計4200万リンギ)の二つのルートがあった(前掲の拙著(1)参照)。サウジ王族からの献金と認定されたのは前者である。アパンディ司法長官は、後者についても違法性はなかったと断定している。
  4. “Dr Mahathir the reason for Mukhriz’s ouster, says Nazri,” The Malaysian Insider , February 25, 2016.
  5. UMNOはサラワク州を除く各地で、下院選挙区ごとに支部(division)を設置しており、その数は191に上る。1MDBの乱脈経営が明らかになって以降、ナジブは党の支部長をたびたび集めては忠誠を誓わせている。
  6. PASの党員数は2015年3月時点で100万人に達していた(”More youths choosing PAS over Umno, says Hadi,” The Malaysian Insider , March 15, 2015)。対してアマナの党員数は、結党時は3万人で、年内に10万人に増員するのが目標とされていた(”Multiracial Amanah committed to carry on with Islamic agenda, says Mat Sabu,” The Malaysian Insider , September 16, 2015)