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ベトナム共産党第12回党大会:2016-2020年の経済政策の方向性

アジアの出来事

地域研究センター 坂田 正三

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2016年4月
1.はじめに

2016年1月20日~28日に開催された第12回ベトナム共産党全国代表者大会(以下、党大会)では、「2011~2015年経済・社会発展任務実現の結果の評価と2016~2020年経済・社会発展の方向性と任務に関する報告」(以下、「経済・社会報告」)が議決された。その後、3月21日~4月12日に開催された第13期第11回(最終)国会で「2016~2020年経済・社会発展5カ年計画」(以下、「5カ年計画」)が採択された。

本レポートは、主に「経済・社会報告」で示された今後のベトナム経済政策の方向性と目標について概説する(5カ年計画は、構成こそ異なるものの、内容は経済・社会報告と大きく変わるものではないため、主に本レポートでは経済・社会報告のみ取り上げることとする)。

2. 経済・社会報告の構成と内容

経済・社会報告の草案を含む党大会文献草案は2015年9月15日に新聞等で公表され、党大会を経て、党大会で議決された文献が3月末にベトナム共産党や政府のウェブサイトなどで発表された(本レポート執筆時点では、5カ年計画は草案のみ公表されている) 1 。この文献公表のタイミングは前回の第11回党大会時とほぼ同じである。党大会での討議の内容は現地紙でも詳しく報道されなかったが、3月に公表された報告の構成や内容は9月の草案とさほど大きく変わってはいない。

党大会で議決された経済・社会報告をベースに、党大会後に開催される国会において5カ年計画が策定・承認されるというプロセスも、これまでと同様である。ただし、2011年の前回党大会時には経済・社会報告は作成されず、「政治報告」の中に2020年までの経済・社会発展の方向性が示され、同時に、「2011~2020年経済社会10カ年戦略」も作成された。そして、この政治報告と10カ年戦略を元に、やや遅れて同年11月の国会で5カ年計画が採択された。

今回の経済・社会報告は、第1部「2011~2015年5カ年の経済・社会発展任務実現の結果の評価」、第2部「2016~2020年5カ年の経済・社会発展の方向性、任務、解決法」、第3部「実現のための組織」の3部構成となっており、旧来の党大会文献とほぼ同じ構成(現状認識、目標、実現のための組織という構成)である。本レポート末尾に資料として2020年までの「総括目標」、および主要な指標の目標値と達成値を示した。

現在は5年前に示した10カ年戦略の実現の途上にあるため、若干記述が変わっていたり強調している点が変わっていたりしている部分はあるものの、今回の報告の方向性や目標の項目などが10カ年戦略から大きく変化したわけではない。前回大会時に登場した「3つの戦略的突破口」、「成長モデルの刷新」のような新たな方向性を示すスローガンも示されていない。

経済・社会報告および5カ年計画では、GDP成長率と一人当たりGDPの目標値のように、つじつまが合わない指標もあるが(大幅なインフレや通貨高が想定されているのかもしれないが、2015~2016年時点ではそのどちらも起こっていない)、経済、社会、環境のそれぞれの指標ともに、おおむね2011~2020年10カ年戦略や2011~2015年5カ年計画とほぼ同程度か、若干下方修正した目標が設定されている。10カ年戦略や前回の5カ年計画の草案策定時の2010年は、2008年以降続いた厳しい経済状況が持ち直した年であり、このまま早期に再び成長局面に戻るという明るい展望を持ってやや強気の目標が設定されたと考えられるが、2011~2012年に再び訪れた経済停滞により多くの指標で目標が未達となった。今回は、2013年から3年連続でGDP成長率が前年を上回るなど、安定的な成長が続いている中で策定された計画であるにもかかわらず、その目標値は控えめである 2

3. 2つのスローガンについて

(1)「3つの戦略的突破口」
前回党大会時に示された経済・社会発展10カ年戦略の重要なスローガンのひとつが「3つの戦略的突破口」である。それは(1)社会主義志向の市場経済体制の整備、(2)人的資源の形成、(3)インフラ建設、の3つの政策の方針を指す。「突破口」という革命プロパガンダかのような扇動的な言葉を使ってはいるものの、その中身は、経済活動を企業の意思と市場の機能に任せ、政府の役割を縮小し、教育とインフラという公共財の供給に限定的に集中するという、いわゆる「レッセフェール」の原則に則った経済政策の方向性であると捉えることができる。しかし、2011年の10カ年戦略ではその具体的な内容に関する記述はほとんどなかった。今回の経済・社会報告ではより詳しくその内容が示されている。

第一の「突破口」である社会主義志向の市場経済体制の整備とは、党大会としては2001年の第9回大会時から使われ始めるスローガンである 3 。その定義は曖昧で、強調するところも過去15年間で変化している。第9回大会時の文献にある「社会主義志向の市場経済」の意味するところは、「国家丸抱え」(バオカップ)制度からの段階的な脱却であり、国家、民間、外資の各部門の「一体的な発展」による「多部門経済」の形成であり、国家のマクロ経済運営能力の改善であった。

今回の経済・社会報告では、「ビジネス環境の改善」という点が強調されている。2011~2015年の成果として、すべての部門の企業の「公平で透明な」競争を促すための法体系の整備が進んだこと、特に2013年の憲法改正でこの方向性が確認されたことが評価されている。また、将来の方向性として、各種の市場での公平で透明な競争を保障する法的枠組みの整備、たとえば知的所有権の保証、土地市場の整備、紛争解決などの仕組みの整備、そして金融・信用市場、不動産市場など各種市場の発展といった項目が挙げられている。

次に、第二の「突破口」である人的資源について記されている部分では、「人的資源と科学技術の発展」という表現が頻出している点が目立ち、重要視されているのは、「経済・社会発展の要求に応える質の高い人的資源」の形成である。過去5年間の達成成果として、教育と科学技術開発への投資が増加し、農業、建設、医療、情報・通信の分野で科学技術の応用が進んだことが評価されている。

まず今後の教育・訓練分野の方向性として、教育政策全体のフレームワークの改革(中等教育や職業教育、大学の教育の内容、試験、教育者の育成など)、少数民族や貧困層、困難な地区での教育、職業訓練の重要性(これらの地域の学生への支援)、公立と非公立学校との平等な扱い、質の高い学校への投資の「社会化」(民営化)など、教育・訓練の量から質への転換が強調された内容が挙げられている。

科学技術については、個人、企業、組織のイノベーションの能力を向上させるための国家による科学技術の管理の効率を高めねばならないとしている。すべての部門の企業の科学技術の研究、応用の奨励、大学の科学技術活動の強化、知的財産、知的所有権保護のメカニズムの整備、そしてそのための国家予算の効果的な使用が必要としている。

さらに、第三の「突破口」であるインフラ建設について、経済・社会報告では、特に交通インフラ、都市インフラの整備の重要性が強調されている。交通インフラとしては、主要な経済的中心部を結ぶ交通網と困難な地域の両方の整備の必要性、気候変動と水面上昇への対応のためのインフラの重要性について触れられている。都市インフラについては、「近代的」のみならず「環境にやさしい」都市が目指されている。都市計画と管理の質の向上、大都市圏での新都心の建設、土地節約的なインフラの建設、低所得層向けや工業団地の労働者向けの住居建設も奨励されている。また、外資や民間の投資を呼び込むための法・制度整備などの環境づくりの重要性についても触れられている。

2011~2015年の5年間は、ホーチミン=ロンタイン=ザウザイ高速道路、ノイバイ空港新ターミナルといった新たな大型インフラが建設された期間であり、インフラ建設については多くの達成実績がある。

(2)「成長モデルの刷新」
2011年の前回党大会時に掲げられたもうひとつの重要なスローガンが「成長モデルの刷新(ドイモイ)」である。これは、これまでの安価な労働力と資本の多投入型の経済成長モデルから脱却し、高度人材の育成とハイテクなどの高付加価値分野の産業の発展を軸とした新たな成長モデルを確立していかねばならないという方針である。このスローガンの理論的裏づけとなったのは、2010年から計画投資省が盛んに取り上げ始める「中所得国の罠」の議論である。成長モデルの刷新というスローガンの登場は、それをしなければベトナムが中所得国の罠に陥るという危機感の表明であった。

2011年に示された10カ年戦略では、「経済発展、成長モデルの刷新、経済再編」のための方向性として、マクロ経済安定、農業、工業、サービスの発展、インフラ建設、文化発展、保健医療サービス向上、教育訓練の拡充、科学技術の発展、経済発展との調和の取れた文化・社会発展、環境の質の改善と気候変動への対応、独立・主権、領土の保持といった12の「発展の方向性」が示されていた。また、特に注目される工業発展に関しては、「製造業、加工業、ハイテク産業、エネルギー産業、鉱業、化学、国防技術を選択的に発展させる」ことと「競争力がありグローバルな生産ネットワークとバリューチェーンに参加する可能性のあるハイテク産業、機械工業、情報通信、医薬品の分野の発展を優先する」こと、「裾野産業を発展させる」ことなどの方向性が示されている。

 今回の経済・社会報告では、「成長モデルの刷新」が達成されたことを評価する指標として、工業・サービス部門がGDPの79.9%を占めていること、農業労働者の割合が全労働者の44.3%まで減少していることを挙げている。それに加え、公共投資、金融・信用組織改革、国有企業、農業、工業・建設業など9の分野(10カ年戦略の12の分野と一対一で対応していない)で改革や前進があったことを評価している。

今後5年間の発展目標の中では、エネルギー産業、冶金、石油化学、ハイテクで環境にやさしい化学、機械、電子、情報通信、ソフトウェア、農産物加工、農業機械、裾野産業、といった産業が「政策的に」あるいは「優先的に」、「集中して」取り組む分野として挙げられている。また、再生可能エネルギー(特に風力、太陽光エネルギー)の発展を補助するとも述べられている。今回の経済・社会報告では、当初の「中所得国の罠」の議論を前面に出した主張に、環境面やエネルギー節約などの「持続可能な発展」への意識を加えた内容になっているといってよいであろう。

4.「2020年までの工業国入り」は達成できるのか?

今次党大会開催にあたり最も関心が寄せられていた事柄のひとつに、2020年までに「工業国」になることを目指していた党が、2020年まであと5年に迫った経済の現状をどのように評価し、最後の5年間でどのような方針を打ち出すかであった。「2020年までに基本的に近代的な工業国となる」ことは、「工業化・近代化」というスローガンとともに1996年の第8回党大会時に経済発展の長期目標として掲げられたものである。ただし、この目標が打ち出された当初から、「工業国」の姿は曖昧なものであった。当時の党大会文献では、まだ「国家資本主義」部門が中心的な役割を果たす経済構造が想定されていた。また、唯一の数値目標としてGDPを1990年の8~10倍にすることが目標とされていた。

結論から言えば、経済・社会報告は、現時点で2020年までに近代的な工業国となるための基礎を作り上げることができなかったことを認めている。一人当たりGDPをはじめとする多くの指標で2020年までに工業国の基準値に達しないであろうと予想されている。以下は、経済・社会報告に示された「近代的な工業国」の基準値と2020年までのベトナムの到達予想値(カッコ内)である。

  • 一人当たりGDP:2010年価格で5000USD以上(3200-3500USD)
  • GDPに占める製造業の割合20%以上(15%)
  • GDPに占める農業の割合10%以下(15%)
  • 全労働者に占める農業労働者の割合20-30%(40%)
  • 都市化率50%以上(38-40%)
  • 一人当たり発電量3000kWh以上(2800kWh)
  • 人間開発指標(HDI)0.7以上(0.67)
  • ジニ係数0.32-0.38(0.38-0.4)
  • 訓練を受けた労働者の割合55%以上(25%)
  • きれいな水を使える人口の割合100%(92%)。

経済・社会報告では、その「総括目標」に「早期に近代的な工業国となることができるよう努力する」ことが盛り込まれている。新たな期限の目標は示されていない。

5.おわりに

ドイモイ路線採択後10年を経て、1996年の第7回党大会で「2020年までに基本的に近代的な工業国になる」ことが長期的な目標とされ、2001年の第8回大会では「社会主義志向の市場経済化」、すなわち国家部門、民間部門、外資部門といった各所有形態の一体的な発展という、その後も繰り返される経済発展の基本姿勢が打ち出された。さらに2011年の第11回党大会では「3つの戦略的突破口」、「成長モデルの刷新」という刺激的なスローガンが打ち出され、工業国入りに向けた加速が期待された。

しかし、2011年以降、大きな改革が実現されたわけではなかった。2013年の国会で大きな変更点のない憲法改正法案が通過したことも、党の改革に対する慎重な姿勢を物語るものであった。今回の経済・社会報告の内容も、10カ年戦略の中間年の報告という性格はあるにせよ、ほぼ何も新たな方向性は打ち出されていないと結論付けてよいであろう。長引くインフレの抑制や2012年から問題視され始めた銀行の巨額の不良債権の処理、財政赤字の解消といったマクロ経済安定のための政策に重点がおかれ、近代的な工業国になるための具体的な政策展開には手が回らなかったというのが実情であろう。不安定なマクロ経済状況が、今回の目標設定にも影響を与えたと考えられる。

「工業国入となる」という目標を立ててから20年が過ぎ、ベトナムの産業構造(携帯電話生産のような国際的なバリューチェーンに組み込まれた産業は当時は主流ではなかった)、国際的な経済環境(特に中国経済の急伸と国際経済統合の進展)、そしてベトナムの国際経済参入の度合いも大きく変化した(ベトナムは現在11の自由貿易協定を締結し、WTO加盟国となり、TPPの交渉にも参加している) 4 。1996年当時の党の幹部や経済官僚たちが想定していた「工業国」の姿は、たとえば現在の近隣の東アジアの先発工業国のそれとは大きく異なるものだったであろう。少なくとも今回の経済・社会報告を読む限り、状況の急速な変化への対応をしつつ目標や戦略を修正し実行する柔軟性や機動性、そして何よりも実行力が党の経済運営に欠けていると評価せざるを得ない。

そのような中、「2020年」と「工業国」にこだわらない新たな長期的な方向性の提示が待たれる。計画投資省は世界銀行と共同でVietnam 2035: Toward Prosperity, Creativity, Equity and Democracyという報告書を作成し2016年2月に公表したが、この報告書が今後20年の新たな方向性の柱となるのか、そしてその内容が今後どのような形で経済・社会政策に取り入れられることになるのかが注目される 5

資料

1.総括目標(「経済・社会報告」第2部第III章第1節)

マクロ経済安定を確保し、過去5年よりも高い経済成長のために努力する。各戦略的突破の実現、成長モデルの刷新をともなう経済構造再編、生産性向上、競争力向上を推進する。文化の発展、民主、進歩、社会公正の実現、社会安全保障、社会厚生の強化および人民の生活の改善。気候変動への主導的対応、資源の効果的管理と環境保全。国防・安全保障の強化、堅固な独立、主権、統一、国家領土保全のための闘争の堅持、政治的安定、秩序、社会安全の確保。外交における効果向上と主導的な国際社会参入。平和安定の維持、国家建設と防衛のための環境整備。国際社会における国家の地位向上。早期に近代的な工業国となるよう努力する。

2.主要な指標の2015年までの目標値、達成値と2020年の目標値

2.主要な指標の2015年までの目標値、達成値と2020年の目標値
(出所)筆者作成。

脚 注


  1. 経済・社会報告は、ベトナム共産党ウェブサイト、政府ウェブサイトの以下のページで公表されている(ベトナム語のみ。2016年4月閲覧時点)。
    (ベトナム共産党ウェブサイト)
    http://daihoi12.dangcongsan.vn/Modules/News/NewsDetail.aspx?co_id=28340743&cn_id=405104
    (政府ウェブサイト)
    http://baochinhphu.vn/Tin-noi-bat/Cong-bo-van-kien-Dai-hoi-XII-cua-Dang/250535.vgp
     5カ年計画は国会ウェブサイトで草案が公表されている(ベトナム語のみ。2016年4月閲覧時点)
    (国会ウェブサイト)
    http://quochoi.vn/hoatdongcuaquochoi/cackyhopquochoi/quochoikhoaxiii/kyhopthumuoimot/pages/van-kien-tai-lieu.aspx?ItemID=3290
  2. 2007年に8.5%という高成長を記録した後、2008年~2009年にGDP成長率は6.2%、5.3%と下落を続けたが、2010年には6.8%まで回復する。しかし、金利政策などマクロ経済運営の失敗もあり、2011年には再び下落に転じ、2012年には5.0%(1990年以来2番目に低い年間成長率)にまで落ち込んだ。2013~2015年のGDP成長率はそれぞれ5.4%、6.4%、6.7%であった。
  3. 1991年の第7回党大会文献には「社会主義志向の工業化・近代化」という文言があり、1996年の第8回党大会では「社会主義志向の生産関係の建設」という文言が登場する。「社会主義志向の市場経済化(あるいは市場経済体制)」という言葉はこれらの概念を拡大したものと考えられるが、第9回党大会以降の党文献ではこの言葉が定着している。
  4. ベトナムが現在締結しているFTA/EPAは、ASEAN自由貿易地域(AFTA)、ASEAN・中国FTA、ASEAN・韓国FTA、ASEAN・日本FTA、ベトナム・日本EPA、ASEAN・オーストラリア・ニュージーランドFTA、ASEANインドFTA、ベトナム・チリFTA、ベトナム・EU FTA(未発効)、ベトナム・ロシア・ベラルーシ・カザフスタンFTA(未発効)、ベトナム・韓国FTA。
  5. 同報告書は以下の世界銀行のウェブサイトからダウンロード可能である(2016年4月閲覧時点)
    https://openknowledge.worldbank.org/handle/10986/23724