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インド:モーディー政治を占う —2014年インド総選挙と新政権の発足—

アジアの出来事

南アジア研究者、元アジア経済研究所 佐藤 宏
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2014年6月
はじめに
  1. 圧勝したインド人民党——選挙結果の概観——
  2. 「モーディー・ウェーブ」が席捲した「コア・リージョン」
  3. 「ネオ・ヒンドゥー至上主義」——モーディー政治の基本理念——
  4. 遠心から求心へ——「大統領型」政権スタイル——
  5. 政府と政権党の関係
  6. 否めない民族奉仕団との関係
  7. 危ういマイノリティの地位
むすび

はじめに
インドの第16次連邦下院選挙期間中の本年4月21日に、アジア経済研究所主催講演会「2014年インド総選挙を読み解く——少し違った角度から——」が日本貿易振興機構(ジェトロ)本部で開催された。本稿は、この講演会での筆者の報告「第16次連邦下院選挙とインド政治の底流」を下敷きにして、選挙後に成立したナレーンドラ・モーディー・インド人民党政権の当面の政治動向を速報的に分析するものである。

なお、報告の際に用いたパワーポイント・スライドは本サイトにも掲載されているので1、本稿でも必要に応じて、例えば[4.21報告スライド5]などという形で参照した。

1.圧勝したインド人民党——選挙結果の概観——
2014年4月初旬から5月中旬にかけて10回に分けて実施された第16次連邦下院選挙で、インド人民党(以下BJP)は下院定数の過半数を9議席上回る282議席を単独で獲得した。BJPを核とする12党からなる国民民主連合(NDA)は、336議席の安定的過半数を制した(表1)。
表1 第16次連邦下院選挙での政党別当選者数
表1 第16次連邦下院選挙での政党別当選者数
注: 議席をすべて失った有力地域政党に、JK民族会議、多数者社会党、ドラヴィダ進歩連盟がある。
出所:選挙委員会(ECI)ウェブサイトから筆者作成。

BJPは、表2にみるように、中部と西部インドで圧勝し、南部のカルナータカ州、東部のアッサム州などでもおおきく議席を伸ばした。ケーララ州や西ベンガル州といった、いわゆる「左翼州」でも得票率の伸びは著しかった。しかし、総得票率でみれば、BJPのそれは31%であり、会議派の19.3%とあわせ、主要2党の合計得票率は約5割にとどまった。1984年以来、30年ぶりに与党が単独過半数を達成したという顕著な変化の一方で、得票率の5割を中小の地域政党が占めるという、政党細分化のパターンは依然として続いている。それゆえ、下院での単独過半数の獲得にもかかわらず、BJPには、慎重な政治運営が求められている。
表2 インド人民党の州別、地域別当選者数と得票率(2009-2014)
表2 インド人民党の州別、地域別当選者数と得票率(2009-2014)
注:インド人民党が議席をもたない州、連邦直轄地はケーララ州の他は除外。ただし総議席数には含まれている。
出所:選挙委員会(ECI)ウェブサイトならびに中津雅昭「インド人民党と協力政党」、広瀬崇子・北川将之・三輪博樹(編)『インド民主主義の発展と現実』勁草書房、2011年、表5-1より。

BJPの選挙戦には、際立ったいくつかの特徴がみられた。

第一の特徴は、BJPが、首相候補であるナレーンドラ・モーディーをもっぱら前面に押し出した点である。内外のメディアは、今回選挙があたかも「大統領選挙」のごとき様相を呈したと伝えている。かつてのネルー、インディラ・ガンディー時代には、「(候補に)電柱を立てても」当選するなどといわれたこともあったが、今回BJPも、選挙区の候補はいわば二の次で、首相候補としてのモーディーのアピール力を最大限に生かした選挙戦を展開した。青年時代の紅茶売りの経験を平民的なイメージに結び付けて、5月初旬までに、全国600の都市で2000回の「茶話会」を催したことも話題を集めた2

第二の特徴は、モーディーの支持母体をフルに動員した重層的、立体的な宣伝・動員体制である。BJPの宣伝体制は、党、民族奉仕団(以下RSS)、グジャラート州首相時代からのモーディー後援組織である「責任ある統治のための市民たち(Citizens for Accountable Governance, CAG)」の3層からなっていた3。なかでもRSSは、1977年の総選挙でジャナタ党を支援して以来といわれる組織をあげての選挙戦を展開した。表向き棄権防止を訴えるという形をとったが、投票所単位での組織的な支援をBJPに提供した。またCAGは選挙戦の「頭脳」にあたる機能を果たした。選挙区の政治経済的な特徴、その動向などを機敏に分析して、モーディーの遊説効果を高めることにも努めた。

最後に、こうした大規模な選挙戦を支えた、BJPによる未曾有の大規模な資金投入がある。屋外の広告から新聞、テレビ、ラジオ、インターネットと、絨毯爆撃的な宣伝は、あらゆるメディアに及んだ。その費用は、党関係者は75億ルピー(1米ドル約60ルピーとして、約1.2億ドル)程度と控えめだが、野党は少なくとも1000億ルピー(16.7億ドル)は投入されたとみている。大手広告業者Madison Mediaとの契約だけでも50億ルピーにのぼっている。業界筋によれば、BJPは会議派の4倍の宣伝費を投入したといわれる4。デリーの投票日である4月10日には、主要英字紙の第一面全面にモーディー支持を訴える色刷り大広告が掲げられた。

一方、会議派は、はるかに控えめな選挙戦の結果、選挙前に大方が予想した100議席前後という水準を大幅に下まわる44議席へと転落した。党勢回復の多難さをうかがわせる悲惨な結果である。ただし、得票率自体はBJPの前回選挙時の18.8%よりはわずかだが上回った。2008年以降の経済低迷と物価上昇の同時進行、2010年からの汚職事件の連発などの打撃から、会議派は選挙戦の開始前にあたかも戦意を喪失したかのようにみえた。事実上の首相候補でありながら、訴えに迫力を欠いたラーフル・ガンディーの消極的な対応は、選挙民に背を向けられた。宣伝戦が奏功したといわれるBJPとは対照的に、選挙後には、会議派のキャンペーンを60億ルピーで請け負ったDentsu Indiaが、会議派幹部から宣伝の不手際を追及されるというおまけまでついた5

ただし、注意したいのは、今回選挙でのBJPの勝利は、会議派批判とともに、あるいはそれ以上に、1989年に始まる25年間の連合政治への批判でもあった。連合政治、とりわけ2009年以降の会議派主導連合政権の凝集性の欠如が、一転して強い指導者を求める選挙民の意識を醸成したといえよう6

2.「モーディー・ウェーブ」が席捲した「コア・リージョン」
今回の選挙では小選挙区制度の特性がいかんなく発揮され、BJPは31%の得票率で282議席を得た。得票率1%当たり9.1議席というのは、これまでの最高記録であった1984年の連邦下院選における8.6議席を大きく上回っている。BJPによる選挙協力の成功と、会議派をはじめとする反対政党の票の分散が原因である。

さらに今回の選挙では、BJPの従来からの支持基盤である中部(ヒンディー語)州と西部インド州(両者を合わせて以下「コア・リージョン」と呼ぶ7)での圧倒的な票の集中がみられた。BJPが全国から集めた1億7166万票のうち、実に1億2799万票(75%)が、この「コア・リージョン」で投じられた。中部(ヒンディー語)州全域でのBJPの得票率は43.7%という高率であり、西部州全域ではそれに及ばないものの、38.5%に達した。表2にみるように、BJPの282議席のうち、「コア・リージョン」は243議席(86%)を占めた。

この結果を2009年と比較すると、「コア・リージョン」でのBJPの153議席増は、この地域全域での会議派による98議席減のほか、ウッタル・プラデーシュ州での社会主義党(-18)、多数者社会党(-20)、民族ローク・ダル(-5)、さらにはビハール州でのジャナタ・ダル(統一派)(-18)の合計159議席減とほぼ一致する。「コア・リージョン」では、まさにBJPの「一人勝ち」であった。

インド政治の観点からみると、この「コア・リージョン」には三つの特徴がある。第一は、この地域がヒンドゥー文化の核となる地域であり、ヒンドゥー教的なシンボル操作が政治動員に有効な働きをすることが知られている。モーディーは西部インドのグジャラート州ヴァドーダラとヒンディー語州ウッタル・プラデーシュのヴァラナシーの2選挙区から立候補し、選挙戦のなかでもガンガー女神やラーマ神をしきりにもちだすことで、多数派であるヒンドゥー教徒に訴えかけた。また2013年8月から9月にかけてのウッタル・プラデーシュ州西部ムザッファルナガルでのヒンドゥー・ムスリム暴動は、宗教的な亀裂を広げることで、多数派ヒンドゥー教徒の政治的結集へとつながった。

特徴の第二は「コア・リージョン」では、州レベルの対立と中央政権の選択とが重なりあい、有権者の選択が明瞭に現れることである。州レベルと中央レベルでの選択肢が食い違うことの多い東部や南部インドではみられない現象である8。この二つの特徴が合成されると、1970年代から80年代前半のインディラ・ガンディー時代にしばしばみられたように、「コア・リージョン」では、一党に期待が集中する「ウェーブ選挙」の様相が現れる。今回の選挙は、久方ぶりの「ウェーブ選挙」でもあった(BJPの得票率が31%にすぎないことを除けば)。

そして、第三の特徴は、末端選挙区レベルでの政党の「垣根」の低さである。特に中部(ヒンディー語)州では、かなりの数の政治家が会議派、BJP、社会主義党、多数者社会党などの間を頻繁に鞍替えする。今回の場合、BJPの立候補者についてみると、ハリヤーナー州では8名中5名、ビハール州では30名中10名、ウッタル・プラデーシュ州では78名中18名が他党からの鞍替え組み(いわゆる「ターンコート」)であった。結果はそれぞれ、ハリヤーナー州でBJPの当選者7名中3名、ビハール州では同じく22名中5名、ウッタル・プラデーシュ州では71名中16名と、3州合計の当選者100名のうち24名(約4分の1)が、鞍替え政治家であった9。ハリヤーナーからの当選者はさっそく入閣に成功した(ラーオ・インドラジット・シン計画担当閣外相)。これらの選挙区では、勝った政党は変わっても選ばれた人物は同じという結果に終わったのである。

ともあれ、下院総議席の6割を占める「コア・リージョン」において、BJPはオセロゲームさながらに、ヴァドーダラとヴァラナシーを二つのコーナーとして、盤上をサフラン一色に転じることに成功したのである。

3.「ネオ・ヒンドゥー至上主義」——モーディー政治の基本理念——
BJPのマニフェストが発表されたのは、異例なことに第1回投票日の当日4月7日であった10。投票日にまで発表がずれこんだのは、マニフェスト作成委員会の長であるM.M.ジョーシー(元人的資源相)と首相候補であるモーディーとの意見の調整に手間取ったためともいわれる11。しかし、マニフェストが「党の」であると同時に、あるいはそれ以上に「モーディーの」マニフェストであることは、疑いない。マニフェストに現れた基本的な政治理念の特徴をつかむことは、モーディー新政権の各分野での具体的な政策の方向性を探るうえで不可欠な作業になる。ごく基本的な要素に絞れば、それらは以下の3点となろう。

政治理念の第一はマニフェストの表紙にも登場するVikas、つまり経済成長である。世界不況と同時に進行した2008年以降のインド経済の成長鈍化の責任を会議派とその連合に帰すことで、BJPとモーディーは経済立て直しの旗手として登場した。成長するグジャラート州経済の成果が、ウッタル・プラデーシュ州やビハール州など経済後進州へのアピールの素材になった。また経済成長を、モーディーを先頭とするヒンドゥー至上主義勢力が正面切って打ち出したことは、かつてない新機軸であった。従来のヒンドゥー至上主義は、スワデシー(国産主義)、禁欲、西洋的価値への反発など、ややもすれば保守的な倫理や価値との親近性を維持してきた。眼鏡や腕時計をはじめ外国高級ブランド品で身を固めるモーディー氏ならではの新機軸であり、グローバリゼーションに適応した「ネオ・ヒンドゥー至上主義」の登場である。

関連して、マニフェストの表紙にも掲げられた「みんなでともに、みんなの成長(Sabka Saath Sabka Vikas)」のスローガンの意味を考える。「庶民」「弱者」「貧困層」などと政策対象を限定するのではなく、政治的な虚構に終わりかねない「みんな」を正面切って打ち出した戦略は何を意味するのか。選挙でのその効果は別として、このスローガンはしばしば混同されるように、社会の弱者を意識した「包摂的な発展(Inclusive development)」を意味するのではないと思う。これは、経済成長によって、これまで恩恵を被らなかった(と観念する)「庶民」や「貧困層」には新たな恩恵を、さらにすでに恩恵を(事実上)被っている層にも一層の恩恵を約束するスローガンではなかろうか。包摂性のベクトルを逆向きにすることで、BJP支持のエネルギーを解放するのが、このスローガンの役割であったろう。

第二の理念は、これもマニフェストの表紙に掲げられた「一つのインド、比類なきインド(Ek Bharat Shreshtha Bharat)」である。このスローガンは、すでに2013年初めには、在米インド人団体への、モーディー州首相による衛星通信メッセージのなかで用いられている。また、同年10月に行われた「サルダール・パテール像プロジェクト」の発足式典以降、このプロジェクトのロゴの一部として定着した。グジャラート出身の政治家サルダール・パテールは、インド独立にさいして、ネルー首相に並ぶ副首相兼内相として、藩王国の統合をはじめとする国家統一をとりしきった。プロイセンのビスマルクに擬せられ、鉄腕宰相と呼ばれた。「サルダール」とは頭領、領袖の意である。モーディーの政治的な偶像は、同じグジャラート出身でもマハートマー・ガンディーではなく、このサルダール・パテールである。パテール像は、州内のナルマダー川ダム(その名もサルダール湖ダム)下流3キロの小島に建てられる高さ182メートルの巨像である。その謳い文句は、リオ・デ・ジャネイロの救済者キリスト像の4倍以上、ニューヨークの自由の女神の2倍、現在世界最高の中国・魯山大仏(128メートル)をも上回るというものである。米・中をしのぎ、キリスト教、西洋理念、仏教のモニュメントすべてをしのぐというメッセージが味噌である。パテール像のスローガン「一つのインド、比類なきインド」が、今回の選挙を契機に、インド人民党そのもののスローガンに昇格し、Vikasへの訴えとともに、国民の誇りをあおり、大国主義的な期待感を盛り上げた12。またパテール像の建造にあたっては、その素材の一部には、全国の村々から敬虔な儀式とともに奉じられた鉄製の農具が溶かしこまれことになっている。アヨーディヤーのラーマ寺院への煉瓦捧納を思い起こさせる国民統合儀礼の演出によって、パテール像は、観光施設をも併設する新たな「聖地」となるはずである。久方ぶりに下院の過半数を制したモーディーのBJPは、いわば「サルダール・パテール派のコングレス」にも擬せられよう13

第三の政治理念はマニフェストのなかで統治の基本理念とされる「India First(インド-国-が第一)」である(ヒンディー語マニフェストではSabse Pahale Bharat)。この表現によって、ムスリムをはじめとするマイノリティへの特別の配慮(appeasement、宥和)を否定する立場が主張されている。さらに、ヒンドゥー至上主義の三種の神器ともいうべき、ラーマ寺院建立、ジャンムー・カシュミールの特別な地位を規定したインド憲法第370条の廃棄、それにムスリム家族法の事実上の廃止につながる統一民法典制定がマニフェストには盛りこまれている。これらと関連して、選挙中もアッサムおよび西ベンガルでモーディー自身も訴えた、バングラデシュからの不法流入民(事実上、ムスリム)の摘発と追放14、それと対をなす、パキスタンやバングラデシュにおいて「迫害された」ヒンドゥー教徒へのインド市民権の付与(マニフェスト曰く「インドは迫害されたヒンドゥー教徒のnatural homeである」)が公言されている。これは印パ分離独立以来、国境を越えた宗派暴動が発生するたびに頭をもたげてきた「ヒンドゥー国家論」あるいは「人口交換論」そのものであり、市民権と宗教の同一化の論理である。全人口の8割を占めるヒンドゥー多数派の論理が濃厚な、このような理念は、選挙戦全体としては正面に出されることはなかった。しかし、これが単なる選挙用の一時的な方便ではなく、新政権の理念的基礎の一部であることは疑いない。

ネオ・ヒンドゥー至上主義は、これら新と旧(第一に対する第二、第三の理念)、裏と表(第三に対する第一、第二の理念)の対をなす三つの理念の融合物として、新政権の諸政策の根底におかれている。この関係を図示したのが、以下の図1である。
図1 「ネオ・ヒンドゥー至上主義」の理念構造
図1 「ネオ・ヒンドゥー至上主義」の理念構造
出所:筆者作成

4.遠心から求心へ——「大統領型」政権スタイル——
インド人民党による単独過半数の達成を背景に、与党が政権運営の主導権を発揮できる環境が生まれた。そうした環境のもとで予想されるモーディー首相の政権運営スタイルは、選挙戦同様、「大統領型」とも形容できるものとなろう。議院内閣制の国でも、メディアの発達などから、有権者の投票行動が各政党の首相候補者に左右される状況が生まれ、これを政治学では「大統領化」と名づけている15。インドではさらに、近年の連合政権下での政情不安や政策決定の遅れ、行政の麻痺などから、首相候補に強い指導力を期待する傾向がみられたことは否定できない16。今回の選挙は、まさにそのような「大統領化」の典型例であった。就任後のモーディー首相の政策決定機構も、過去25年間の連合政治にみられた遠心的な分散型から、その正反対の求心的な集権型へと突き進もうとする動きが感じとれる。その中核に置かれるのは、強化された「首相府(PMO)」である。

PMOにはモーディー首相が州首相時代から重用してきた数名のインド行政職官僚が、そのまま配置転換されている。そしてPMOの政策上の頭脳としては、前政権における全国諮問評議会(NAC)に相当する、10名ほどからなる顧問会議(Advisory Board)がおかれる予定である。顧問会議は、ほとんどの中心的な政策分野について、省に依存しない政策的なイニシアティブを発揮することが期待されている。ある閣僚(R.S.プラサード通信情報技術相・法相)は、モーディー政権を首相府主導政権(PMO-driven government)と表現している。会議派主導の連合政権において政策決定装置として多用された関係閣僚会議(Group of Ministers, GoM)のような仕組みは用いられず、場合によっては閣僚の頭越しに、首相府と関係省庁との直接協議で政策決定が進められる17

政権発足直後からモーディー首相は、主要省庁の次官から直接に重要課題に関するヒアリングを開始した。閣僚中で一頭地ぬきんでた(Primus super Pares)首相の存在とその負担は、従来になく大きいが、あらゆる重要決定が首相府の判断まちというような事態になれば、この集権的な装置は逆効果にもなろう。ともあれ、当面モーディー政権のもとで、振り子は遠心から求心へと、かなり極端に振れている。

こうなると、従来からインド政治の特徴であった、国家機構間の複雑な「抑制と均衡(checks and balances)」の関係が、新政権のもとでどのように変化するのか(あるいはしないのか)が、今後の政治運営上大きなポイントとなってくる。執行府と立法府(連邦議会)、中央政府と州政府、そして執行府と司法機関及び準司法機関の関係という三つの角度から、論点を探ってみよう。

まず連邦議会についてみると、国民会議派が野党第一党とはいえ、議席の1割にも満たない44議席の弱小勢力に転落し18、それに続く全インド・アンナ・ドラヴィダ進歩連盟(37議席)、全インド草の根会議派(34議席)と大差ない議席しか獲得できなかったことは、院内での野党全体の力量を著しく弱めることになった。そのうえ、会議派は下院の議員団長に、カルナータカ州出身の高齢政治家M. M. カルゲ(72歳)を当てるという消極的な対応をとっている。決算委員会や主要な省別常任委員会(DRSC)の委員長職は、伝統的に野党に配分する習わしがあるが、会議派をはじめとする野党政治家が、これらポストをいかに有効に活用できるか、その能力が問われている。逆に連邦上院ではBJPは245議席のうち42議席、NDAの有力政党を入れても54議席に過ぎない。大胆な立法措置は67議席の会議派を始め、地域政党の合意を取り付ける厄介な作業となるだろう。PMO主導のモーディー政権が、政策実施に当たって連邦議会を迂回する条件はそろっている19

中央政府と州政府の関係については、必ずしも一方向的な中央集権化が想定されているわけではない。依然として地域政党全体の得票率が5割を占めている現実から、タミル・ナードゥ、西ベンガル、オリッサ、ビハールなど有力な野党州政権に対しては、一致した行動がとられないよう、それぞれの改選期がくるまでは、個別的対応を慎重に行うことだろう。連邦上院対策からも地域政党との摩擦は避けたいはずである。またPMOの顧問会議の一員と想定されるアルン・ショウリー(ヴァージュペーイー政権における民営化・通信情報技術等担当相)は、中央と州の共管事項(産業、雇用労働、教育など)について、州法の例外的、個別的な優越を許容する憲法第254条第2項の活用をしきりに提唱している20。連邦立法によらない州レベルからの改革を加速させ、州間の競争を促す政策であるとともに、BJPのマニフェストにいう、中央政府と州政府の協働による「チーム・インディア」方式の一例でもある21。N.シーターラーマン通商・産業担当閣外相が早くも各州政府に要請したように、州レベルでの投資環境の整備が優先的な課題である22

モーディー政権が連邦議会、野党州政権よりも対応に苦心するのは、司法府、あるいは準司法機関との関係であろう23。2010秋に端を発した汚職腐敗政治への批判的世論は底流として根強い。中央の政権を握ったBJPは、傘下の州政権とともに、一転して監視される側に回らざるをえない。在任中、モーディー州首相は、州レベルのオンブズマンであるローカユクタ(Lokayukta)の任命を、10年間にわたって拒否してきた経緯がある。また政治の透明性を求める情報公開制度に対しても、選挙キャンペーン中に、情報公開法(Right to Information Act, RTI法)などは「腹のたしにもならない」と反感を表明したことがある24。決定権の集中したPMOがどのように政治の説明責任と透明性を維持できるだろうか25。メッセージの発信には、人並み外れた能力を発揮してきたモーディー首相は、守勢に回った時に、どのような対応を示すのであろうか。

権限の過度の集中はリスクも伴う。いかに情報網を張ろうとも、頂点には選択された情報しか届かないという事例は、非常事態期のインディラ・ガンディーを引き合いに出すまでもない。また突出した個人は、容易に、様々な勢力による攻撃の標的になろう。逆に護衛や治安上の手厚い配慮は、一般大衆と首相との距離を広げかねない。TVなどのメディアのみで、その距離を縮めることができるのだろうか。権限集中のリスクへのモーディー政権の備えも今後の見どころの一つであろう。

5.政府と政権党の関係
内政上の課題として次に検討するのは、政権とその支持基盤である政権党BJPおよびモーディー首相の出身母体でもある民族奉仕団(Rashtriya Swayamsevak Sangha, RSS)との関係である。BJPとRSS両者に共通するのは、ともにモーディー首相の出身母体でありながら、圧倒的な選挙結果をつうじて、発言権のバランスが首相個人の側に大きく傾いたことである。この点はBJPにおいては著しい26

党組織からのモーディー個人の独自性は、選挙戦の当初から明らかであった。見過ごされているかもしれないが、首相候補者としてのモーディーのシンボル・マークは、実はBJPのそれと全く同じではない。BJPのシンボル・マークはオレンジの蓮の花弁に緑の萼であるが、モーディーが選挙戦中に用いたのは白蓮華である。しかも電子投票機の党のマークと同じデザインが意識的に用いられた。

また選挙戦を通じて、BJPはモーディーを中核とする指導部に実質的に衣替えした。党マニフェストの表紙では、A.B.ヴァージュペーイー(1924-)、L.K.アドヴァーニー(1927-)、M.M.ジョーシー(1934-)のベテラン3名は総裁のラージナート・シン(1951-)とともに左上のスペースに縦一列に並んでいる。そして中央やや下には、いわば現役部隊として、モーディー(1950-)を先頭に、左右それぞれに上下両院リーダーであるA.ジェートリー(1952-)とS.スワラージ(1952-)が、さらにその脇にBJPが与党である4州の州首相が2名ずつ配置された。州首相は全員が1952年から59年の間の生まれである。こうして1950年生まれのモーディーを筆頭とする指導部が確立した。選挙開票後は、組閣や党の人事などの重要案件について、ラージナート・シン(内務相就任)、ジェートリー(財務相兼国防相)に加えて前総裁であるN.J.ガドカリー(運輸、高速道、海運相、1957-)の3名がいわば非公式の核となって決定に当たっている。入閣者のなかでもアドヴァーニー派と目されてきたスワラージと元総裁V.ナイドゥ(1949-)は、それぞれ外務、議会担当という要職閣僚であるが、モーディーを中心とする非公式の核からは外されている。

ラージナート・シンの後任総裁は未確定であるが、こうして党の頂点の再編が進んだ。しかし、選挙区の底辺にまで降りてみれば、選挙を通じて党組織に何らかの変化が生じた兆しはみられない。実際のところ、選出された連邦下院議員の犯罪歴を、立候補時に提出を義務づけられた申告書によって分析した非政府組織の報告によれば、BJPの281議員中、98名(34.9%)が何らかの刑事事件に絡んで起訴中であり、うち63名(22.4%)は暴行、殺人、誘拐などの重大犯罪にかかわっている。この非政府組織は、新閣僚のうち44名について、同じく被起訴者13名、うち8名が重大犯罪の関係者であると指摘した。2010年秋以降の政治浄化世論の高まりのなかで問題とされた「政治の犯罪化(criminalization of politics)」現象は、政治の底辺ではいささかの変化もない。4月21日にハルドーイで行った選挙演説で、「疑わしきものを罰することで、次期議会は清潔になる」と約束したモーディー首相の対応が注目される27

6.否めない民族奉仕団(RSS)との関係
冒頭に触れたように、モーディーの出身母体であるヒンドゥー至上主義団体RSSは、今回選挙で、インディラ・ガンディーが大敗北を喫した1977年総選挙以来といわれる、大規模な組織動員を行った。その背景には会議派連合政権の10年間に、RSSの基礎単位である支部(シャーカー)数が5万台から3万9283支部にまで減少するという組織上の危機があった。BJPとモーディー候補の支援活動を通じて組織の回復がめざされ、選挙期間中の報道によると、支部数はかなり回復して4万4982支部に達したようである28

RSSとBJPの関係でも、この間RSS幹部の若返りが進む一方、BJPではアドヴァーニー、ジョーシーらの古参幹部が健在であり、指導部の年齢ギャップが両者の意思疎通を滞らせる一因にもなった。RSSの最高指導者(Sarsanghachalak)のモーハン・バーグワトはモーディーと同年の1950年生まれであり、BJP内部におけるモーディーの台頭、その指導権の確立で、RSSとBJP幹部の年齢ギャップは解消された。また。2013年10月のRSS恒例の最高指導者による創立記念日講演で、バーグワトは、異例にも講演の3分の1を当面の経済、政治問題に割き、時代に即応しながらも模倣でない努力による経済成長の必要性を強調したといわれる。理念的にもモーディーのVikas論と歩調が合っている29

円滑な協調関係を回復したことを示すように、モーディーを中心にしたBJPの上記の「非公式の核」は、選挙の勝利確定後、組閣や当面の政策決定などの節目節目に、RSSと緊密な連絡をとっている。しかし、このことは、「ネオ・ヒンドゥー至上主義」における旧来の要素であるラーマ寺院建立、憲法第370条の廃棄、統一民法典の制定などが、モーディー政権の優先的な政策課題となることを意味しない。一部の新閣僚などは就任直後第370条の廃棄の議論をすぐにも開始するような発言をして、ジャンムー・カシュミール州首相オマル・アブドゥッラー州首相の強い反発を招いたが、その後の内務担当閣外相K.リジジュの発言によれば、「第370条問題は首相府に決定が任されている」とのことである30。おそらくはモーディー首相本人も、そしてRSS幹部らも、選挙での勝利が経済成長の訴えに対して与えられたものであることをよく認識しており31、これらヒンドゥー多数派向けの、いわゆる「分断的な」課題に当面は高い優先度を与えることはないであろう。とはいえ、BJPが過半数を制したにもかかわらず、これらの課題で何の進展もないという状態は、RSSやヒンドゥー至上主義勢力の不満を醸成するだろう。どの段階で、どのような状況の下で、どのような形で、これらの課題に手を付けるかは、政権とRSSとの間で慎重に見はかられることだろう。ともあれ、RSSは、政策決定全般に、かなりの独自性をモーディー首相に与えているようである32

ただし政権は、とりあえずは、RSSの選挙支援への「返礼」をせねばならないだろう。ヴァージュペーイー政権期にもみられたことであるが、政府の傘下にある文化、教育関連機関へのRSS関係者の任命、その他便宜の供与は当然のこととして進められよう。アメリカのインド古典学者W.ドニジャーによるヒンドゥー教に関する著作の発禁問題を引き起こした33、「教育を救う運動の会」主宰者ディナナート・バトラなどもモーディー首相の就任式に招待されている。モーディー政権下では、RSSが本来の活動分野とする文化面での活動が活発化するであろうから、今後も政権の頂点での動きのみならず、文化、社会の底辺での動向にも目を配らねばならない。

7.危ういマイノリティの地位
政治の頂点と社会の底辺にヒンドゥー至上主義が足場を築いた状況の下で、マイノリティ、とりわけムスリムの反応は複雑である。今回の選挙でもムスリム票が目立つほど多くBJPに流れたという事情はみられない。投票行動に関する調査を長年行ってきた発展社会研究センター(CSDS)の調査でも、BJPに流れたムスリム票は8%であり、前回の4%よりは増えたものの、1999年、2004年の7%とさほどの差はない34。また、BJPの立候補者482名のうちムスリム候補は7名であったが、全員落選した35。かれらに関する限り「電柱」の例えは通用しなかったわけである。下院全体でもムスリムの当選者は23名(4.2%)で、比率としては1952年の第1回下院選以来の低さとなった。

ムスリム選挙民にとっても、BJPの勝利は予期された結果ではあった。アフメダーバードのムスリム居住区の様子を伝える報道によれば、趨勢が明らかになると、多くの家庭が早々にニュースを消して、静かに、しかし警戒的に結果を受け止めた。商店は扉を降ろし、普段のように街頭で遊ぶ子どもの姿も見られなかった36。こうしたムスリム大衆の雰囲気を反映して、モーディーに批判的な態度をとり続けてきたインド・ウラマー協会(Jamiat Ulama-i-Hind)も、政権に対して必要以上に対立的な態度をとらず、建設的な対話路線をとると表明した37

皮肉なことに、この開票当日、グジャラートの州都ガンディーナガルのヒンドゥー寺院(アクサルダム寺院)の爆破犯として2003年以来「テロリズム防止法、POTA」のもとで拘禁されていた6名のムスリムについて、最高裁は州政府が証拠を十分に検討せずに拘禁を継続していたとして、全員の釈放を命じた(6月6日にもさらに2名を釈放)38。ムスリム男性をテロ容疑で無差別に拘禁してきたのは、グジャラート州政府に限らない。インド学生イスラーム運動(SIMI)の関係者であることを理由とする拘禁は、各州高裁に持ち込まれた111件のうち、2012年までに97件が拘禁事由不十分で釈放されている39

こうした実際の経験から生まれる不安をムスリム社会から取り除くことは、新政権の大きな課題である。

だが、こうした底辺でのマイノリティの不安をむしろ増長するような動きがすでに各地でみられる。ウッタル・プラデーシュ州では、RSS傘下の学生組織、青年組織が、ヒンドゥー教徒の他宗教への改宗阻止、ヒンドゥー寺院の安全確保、ラーマ寺院の建設などを掲げて、メンバーの大幅な拡張を目指して動き始めている40。マハーラーシュトラ州では、6月2日に、歴史上の英雄シヴァージーやシヴ・セーナーの創設者バル・タークレーを冒涜する画像がフェイスブックで流されたとして、プネー市を中心にヒンドゥー・ラーシュトラ・セーナー(ヒンドゥー民族軍団)と名乗るヒンドゥー至上主義団体らが、街頭での示威行動をおこし、事件とは全く無関係の28歳のムスリムのITエンジニアを殺害するという事件が発生した41。本年12月に予定されているマハーラーシュトラ州議会選挙に向けて、ヒンドゥー多数派の結集のために宗教対立を利用する動きではないかとみる向きもある。そうなると、この事件は、ウッタル・プラデーシュのムザッファルナガルと同じ意味をもつことになる。底辺の暴力に対する、政治の頂点に立つ者の向き合い方が問われている42

マイノリティに対する底辺の暴力と政治という観点に共通する問題として、さらに、女性に対する暴力と政治という課題がある。BJPやRSS関係者は、2012年12月のデリーにおける女子学生暴行殺人事件の際に、加害者よりも被害者の対応に問題があるかの発言をしている43。底辺での各種ヒンドゥー至上主義組織のなかには、カルナータカ州の団体ラーマ・セーネ(ラーマの軍団)のように、女性のパブへの出入りや飲酒を暴力的に取り締まろうとする、いわゆる「モラル・ポリス」的な行動を特徴とする団体もある。カルナータカ州のBJPは、このラーマ・セーネの指導者を選挙期間中に入党させようとして批判を受けた。連邦下院での女性議員数は61名(11.3%)と過去最高を記録したが、ここでも頂点と底辺の間には、大きな隔たりがある。「ネオ・ヒンドゥー至上主義」がVikasを掲げる以上、女性のさらなる社会進出、それにともなう社会変化をどう受け止めるのだろうか。デリーでの事件を一つの契機として、女性の安全に対する関心は、政党評価の重要な基準となってきている。また、マイノリティや女性への暴力に共通するのは、末端警察の無関心、無理解な対応である。州、中央における政権党の姿勢が問われるのも、こうした末端警察の姿勢を通じてである。マイノリティ・ジェンダー問題への対応と警察・刑事行政のあり方のあいだには、深い関連がある。

むすび
モーディー・インド人民党政権は、選挙を通じてえた連邦下院での圧倒的な多数を背景に、ある種の長期政権を展望している。開票当日、結果が判明した段階で、首相予定者となったモーディーは、選挙公約の実現には少なくとも10年は必要だと述べた。6月9日の大統領演説のなかでも、2022年までにインドの全家庭に電気、水道、トイレなどを完備する約束をしたほか、5年を超す長期的な目標を数多く掲げた。

さらに首相就任以来の発言には、州首相時代や選挙中の刺激的な発言は影をひそめ、慎重なトーンが基調になっている。2002年の反ムスリム暴動を、物理の法則になぞらえ「作用(ゴードラー駅での列車放火)への反作用」として弁護し44、暴動の余震が続くなかで、「われわれ(夫婦)5人、われわれの(子ども)は25人(hum panch hamare pachis)」とムスリムへの偏見を、公衆の面前で公然と口にした州首相時代とは45、様変わりしたかのようである。いまや、首相(PM)モーディーの最大の敵は、会議派やその他の野党ではなく、自分自身、それもかつての州首相(CM)モーディーなのかもしれない。

しかし、首相の発言や動静にばかり照準を合わせていると、底辺でのRSSやその他群小のヒンドゥー至上主義団体の動きを見落とすことになるだろう。選挙でのVikasへの訴えを現実の政策でどのように裏打ちしていけるのかと同時に、こうした底辺の動きに政治の頂点がどう反応するのか、それがモーディー政権の真の安定性を占うカギとなるのではないか。頂点と底辺の双方、そしてその連関に目配りを怠らないことが肝要だろう。
脚 注
  1. http://www.ide.go.jp/Japanese/Event/Seminar/140421.html
  2. Indian Express, 2 May 2014.
  3. モーディーの選挙戦における三つの主体の分業とそれぞれの活動の特徴は、ウッタル・プラデーシュ州を例に、Narayan, Badri, “Modi’s Modus Operandi in 2014 Elections,” Economic and Political Weekly, 17 May 2014, pp.12-14で詳しく検討されている。
  4. 以上はIndian Express, 2 May, 20 May 2014, Hindustan Times, 13 April 2014による。
  5. “Congress blames ad agency for Lok Sabha polls debacle,” Times of India, 20 May 2014.
  6. 連合政治における政策決定過程の問題点は、[4.21報告スライド21]を参照。
  7. 中部インドと西部インドを合わせてインド政治の「コア・リージョン」とするのは、前者が全国人口の4割を擁し、後者がインドの工業力の中核地域を長く形成してきたこと、この二つを兼ね備えた地域として、中央政権の政治的、経済的な基盤を提供してきたと筆者が認識するからである[4.21報告スライド9, 10]。
  8. 今回の選挙でも、西ベンガル、オディシャ、タミル・ナードゥでは、それぞれの地域政党が大勝した。
  9. 候補者数はIndian Express, 31 March 2014による。当選者数はTimes of India, 18 May 2014による。ただ後者によればウッタル・プラデーシュでの鞍替え候補者は19名である。またウッタル・プラデーシュ州での鞍替え候補者の当選数は、この記事では確認できなかったが、BJPの落選者7名のうちの2名が鞍替え候補であることが確認できたため、18-2=16名とした。
  10. Bharatiya Janata Party, Election Manifesto 2014, New Delhi, 2014.
  11. Ganashakti, 4 April 2014.
  12. 6月9日の大統領演説では、このスローガンは“united , strong and modern India”と翻案されている(連邦下院ウェブサイト、文書名は164.100.47.134_New_Events_LS-writereaddate-sp090614.pdf)。
  13. 筆者は以前、インド人民党がサルダール・パテールにしきりと言及することに触れて、「会議派の右派の潮流が独自の政党として姿を現すことがかつてありえたとすれば、その姿は今日のインド人民党に似たものであったにちがいない」と書いたことがある(「安定の時代は終わったか—変動するインド政治の背景を探る—」『国際交流』第58号1992年、p.27)。
  14. アッサム州で、移民をむしろ保護する立法だとして不法移民排除法(IMDT Act)の憲法違反訴訟を起こし勝訴したS. Sonowalを、BJPはラキムプル選挙区から当選させた。ソノワルは早速閣外相に登用された(青年・スポーツ等担当)。
  15. 猪口孝ほか『政治学事典』弘文堂、2000年、p.689。
  16. [4.21報告スライド22]参照。
  17. PMOの運営についてはIndian Express, 31 May 2014による。また連合政権における政策決定過程の特徴については[4.21報告スライド21]参照。
  18. 連邦下院の慣行では、公式の野党リーダー(Leader of Opposition)の地位は、議席の1割以上を獲得した野党第一党に対して与えられることになっている。
  19. すでにモーディー政権は、元通信情報規制委員会委員長の経歴のあるインド行政職官僚を、首相の首席秘書官に任命するに当たり、委員長経験者の公職への任命を禁止している関係法の該当部分を、大統領令をもって改正した。
  20. Indian Express, 24 April; 28 April, 2014。同条第2項の趣旨は、本来連邦法が優越する共管事項について、大統領(執行府)の同意により、州法の有効性を当該州内に限り例外的に認めるものである。ショウリーは選挙後に生まれる連合政権のもとで連邦法の改正が困難である事態を想定して、いわば連邦議会を迂回する便法を、この条項に見出したのである。その意味では、この提言は本来的に連邦議会軽視の議論という性格をもつ。ショウリー提言の線に沿って、ラージャスターンのBJP州政権が、労働関係諸法の改正に早々に着手した(Indian Express, 8 June 2014)。上記の記事でのショウリーのもう一つの提案は、各省庁が立法措置を伴わずに実行できる政策を洗いだすというものである。
  21. Election Manifesto 2014, p.7.
  22. Indian Express, 11 June 2014. 産業政策推進局(DIPP)がAccenture社に委託した州レベルでのビジネス環境に関する調査報告書を参考にしている。
  23. 連邦政府の法務総裁、法務次長職には、2002年の反ムスリム暴動などに関する訴訟で、州政府弁護人として活動してきた法律家がそれぞれ選任された。この暴動への関与についてモーディー州首相を告発する動きは、まだ完全に終息したわけではない(When Justice Becomes the Victim, The Quest for Justice after the 2002 Violence in Gujarat, International Human Rights and Conflict Resolution Clinic, Stanford Law School, May 2014, http://humanrightsclinic.law.stanford.edu/project/the-quest-for-justice/ 2014年6月6日アクセス)。
  24. カルナータカ州での遊説の際である(Indian Express, 9 April, 2014)。2005年に制定されたRTI法の内容とその運用の実態については、拙稿「インドの「情報の権利法(2005)」-民主的統治を求めて-」松下冽・山根健至編『共鳴するガヴァナンス空間の現実と課題:「人間の安全保障」から考える』晃洋書房、2013年、pp. 88-106参照。
  25. Indian Express, 11 June 2014は、他の省ではすでに公示している、情報の権利法によって義務付けられた情報担当官らの氏名や組織の概要に関する情報を、PMOがそのサイトに未だに公示していないと報じている。PMOの新たな態勢が整わないのであろう。
  26. インド政治研究者のスハース・パルシーカルがIndian Express紙上で、モーディー政権下でのBJPの弱体化について言及している(Palshikar, Suhas, “Toll the Party,” 13 May; “Modi, like Indira,” 6 June 2014)。
  27. 以上のデータは非政府組織Association for Democratic Reforms(ADR)の調査結果から。ADRのサイトhttp://loksabha.adrindia.org/から入手(2014年6月6日アクセス)。なお下院議員541名を対象にすると、被起訴者186名(34.4%)、重大犯罪関係者112名(20.7%)となる。2009年下院選ではそれぞれ158名と77名であった。なおこの結果をもとに、ADRは5月20日付けで、モーディー氏宛てに対処を求める要望書を提出している。
  28. “Hindutvar bij,” Ganashakti, 15 April 2014; “Sangh along: RSS gears up for door to door campaign in UP,” Indian Express, 30 March 2014; Narayan, Dinesh “RSS 3.0 Mohan Bhagwat brings resurgent Sangh to the cusp of political power,” Caravan, May 2014 (http://www.caravanmagazine.in/reportage/rss-30)(2014年5月4日アクセス)。
  29. 上記Narayan, Dinesh, “RSS 3.0” section five参照。
  30. Indian Express, 28 May, 5 June 2014.
  31. 6月9日の大統領演説では、選挙結果をdecisive vote for Development through Good Governanceと描いている(注11の資料から)。
  32. ここで推測を許されるなら、立候補の申告書において、モーディー候補がこれまでの州議会選挙では記載してこなかった「妻の存在」を初めて記したのは、虚偽記載を後に問題にされることを避けたいだけでなく、かれ自身が、独身主義を本来の価値とするRSSのプラチャーラク(説教師)から抜け出しているという、RSSからの「独立宣言」でもあったのではないか。実際に妻帯が露見してRSSの幹部を辞任するというような事例は最近でもみられるのである。
  33. Doniger, Wendy, “India: Censorship by the Batra Brigade,” New York Review of Books, May 8, 2014, pp.51-53。バトラは次のターゲットとして、グジャラートにおけるコミュナル暴動と性暴力の関係に関するインド人研究者の著作を標的にしていると伝えられる("It’s Batra again: Book on sexual violence in Ahmedabad riots is ‘set aside’ by publisher,” Indian Express, 3 June 2014)。
  34. The Hindu, 1 June 2014.
  35. 内訳はジャンムー・カシュミール州3名、西ベンガル州2名、ビハール州1名、ラクシャドウィープ1名である。ウッタル・プラデーシュ州からはムスリム候補なし。
  36. “Nervous Juhupura stays indoors” Indian Express, 17 May 2014.
  37. Indian Express, 26 May 2014.
  38. “A Different Kind of a Victory,” Indian Express, 18 May 2014, “They asked me to choose: Godhra, Pandya or Akshardam,” Ibid., 21 May 2014.
  39. “97 of 111 cases sink but govt pushes for SIMI ban again” Indian Express, 2 May 2014.
  40. Indian Express, 10 June 2014.
  41. Indian Express, 4, 5, 6, June 2014. プネー選出のBJPの新議員アニル・シロレーは、フェイスブックの画像への「自然な反応」だと、この殺害を正当化した(Indian Express, 7 June 2014, Ganashakti 6 June, 2014)。「作用に対する反作用(=相手が仕掛けた)」という論理は、コミュナル暴動の際に加害者側が用いる常套的な表現である。モーディー州首相も2002年の反ムスリム暴動の際に類似の発言を行った(以下の注42参照)。
  42. たしかにモーディー首相は、6月11日の演説のなかでプネーの事件に言及はした(Times of India, 12 June 2014, Indian Express, 12 June 2014)。だが以下のニュース映像によれば、首相は、女性の人権問題について語るなかで、人命喪失の事例として「プネーの殺人、ウッタル・プラデーシュの殺人、マナリーで水死した若者たち、……」などと列挙したにすぎない。「プネーの殺人」の具体的内容には触れたわけではない(ABP News, “Watch Full: Prime Minister Narendra Modi’s maiden speech in Lok Sabha.”)。
  43. BJPのマッディヤ・プラデーシュ州議会議員は、ラーマーヤナのシーターを引いて、女性が「ラクシュマン・レーカー(結界)」を踏み越える(埒を越える)ことが暴行事件の原因だとのべた。RSS最高指導者のバーグワトは「凌辱事件は主に、西洋の影響の強い都市での現象で、農村部ではそのような集団暴行や性犯罪はない」と語った(Indian Express, 4 Jan. 2013)。
  44. Hasan, Mushirul, “Restore India’s dignity,” Indian Express, 6 March 2002.
  45. 州議会選挙をひかえたキャンペーン「グジャラートの栄光行進(Gujarat Gaurav Yatra)」での演説(Indian Express, 19 Sept. 2002)。説明するまでもないが、インドの家族計画の標語「夫婦二人、子ども二人(Hum do hamare do)」のもじりで、妻は4人までとのコーランの定めをゆがめ誇張した一種の「ヘイト・スピーチ」である。