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インド-安全な給食の普及に向けて

アジアの出来事

地域研究センター 辻田 祐子
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2013年9月
今年7月中旬、インド・ビハール州農村の公立小学校で給食を食べた生徒23人が死亡する事件が発生した。その後もインド各地で食中毒などに関する報道が続いており、給食の安全性がクローズアップされている。
インドの給食は、義務教育年齢の子ども(6-14歳)の就学率の向上や栄養水準の改善を主な目的として、全国の公立校と政府からの助成金を受ける私立校で学ぶ子どもたちに無料で提供されている。インド政府の発表によると、全国約1265万校、1.2億人の子どもたちが対象となっていることから「世界最大の給食制度」ともいわれる。これまでの調査研究では給食の就学や栄養摂取へのポジティブな影響が明らかにされている(参考文献2)。しかしながら連邦制をとるインドでは、中央政府の補助金とガイドラインの下で各州政府によって給食運営が行われており、民間企業やNGOに委託するケースなど州や地域により運営方法が異なるだけでなく、各州のパフォーマンスの差が大きいのが特徴である。

たとえば、1995年にインド全国で導入される以前から給食が実施されていた南部タミル・ナードゥ州では、各校に給食担当官、調理人、ヘルパーが配置され、監査制度もあるなど組織的な運営が確立し、毎日卵が出るなど栄養水準もガイドラインを上回るように配慮されている(参考文献12)。

対照的に、国内で最も貧しい州のひとつであり、今回の事件の舞台となったビハール州での給食開始は、全国での導入指示から遅れること10年、2005年である。現在でも毎日給食が出るわけではない。2011-12年にビハール州農村部80村94 校(公立校)に対して行った筆者らの調査によると、調査日からさかのぼって15日間の登校日に毎日給食を実施したのは24校(25.5%)で、一日も実施しなかった学校も17校(18.1%)にのぼった。なぜ給食が実施できないのか。学校への聞き取りでは、最大の理由は主食のコメが届かないためであり、次いでコメとは別に政府から支給される野菜、豆、食用油などの食材や調理用の燃料を購入するための資金が振り込まれないためだという。

たとえ給食が出たとしても、生徒の満足度は高くない。まず、衛生的な食事をつくるための食料貯蔵庫、台所などの基本的な設備が不足している。農村部の学校を回ってみると校庭や廊下などでの調理は珍しくないことだとわかるだろう。また、多くの学校では曜日ごとに献立を変えることになっているが、実際には毎日同じような豆カレーやおかゆなどを出す学校が少なくないように見受けられる。中央政府の調査によると、ビハール州の生徒の72.3%が給食の質が低いと回答し、給食に満足している生徒は22.1%に過ぎなかった(参考文献1)。この数値をタミル・ナードゥ州と比較するといかに低いかがわかる。同州の生徒は85.1%が給食の質が高いと答え、87.6%が満足しているのである。

教員の給食に対する不満も大きい。ビハール州の標準的な開校時間(5-6時間)のうち教員が給食に費やす時間は1日平均2.2時間である(参考文献1)。教員たち自らが資金の管理を行い、近くの市場まで野菜や燃料の買出しに行き、調理人に指示を出すなど多くの作業を行っている。各校に調理人はいるが、すでに述べたように調理設備が整っておらず、授業中や自習中の生徒の間近の空いた場所で調理をしている学校は少なくない。調査中に頻繁に聞いた教員の不満のひとつは、調理が始まるとおなかを空かせた子どもたちが急に集中力を失い勉強に集中できないというものである。今回の事件を受けてビハール州初等教員組合は給食の運営をボイコットし、州政府に対し専門の給食担当官を各校に配置するように要求した。州政府は半年以内に段階的に問題に取り組むと約束し、ひとまず給食は再開したと報道されている。

ビハール州の公立校では安全な給食を規則的に出すことが急務となっている。しかし、制度改革には多大な財政の負担を求められる上に、政策担当者や村の有力者などの地域の学校に対して積極的に意見をいうことのできる親の多くは、子どもを小学校から私立学校に通わせており、公立校の制度改革に対する興味や優先度は高くないだろう。上位経済社会階層の公立校離れは、伝統的に異なるカーストが一緒に食事をする習慣のなかったインド(とくに上位カーストが下位カーストの調理したものを食べない)で平等意識を普及するという給食の二次的な目的のひとつを達成するのが難しくなっていることも意味している。

参考文献
  1. Government of India (2010) Performance Evaluation of Cooked Mid-Day Meal (CMDM), Planning Commission, Programme Evaluation Organisation.
  2. Khera, R. (2013) “Mid-Day Meals: Looking Ahead,” Economic and Political Weekly, 48 (32) pp. 12- 14.


追記:
ビハール州の農村部の学校の様子については、『アジ研ワールド・トレンド』2010年5月号フォトエッセイ「楽園の中の楽園をゆく」(http://www.ide.go.jp/Japanese/Serial/Photoessay/201005.html)をご参照ください。