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ミャンマー総選挙とその後

アジアの出来事

アジア

地域研究センター 工藤 年博
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この記事は2010年10月12日にデイリープラネット(CS放送)「プラネットVIEW」でオンエアされた『ミャンマー総選挙とその後』(工藤年博研究員出演)の内容です。

Questionミャンマーでは今年11月7日に、20年ぶりに総選挙が実施されます。これは現軍政下で行われる2度目の総選挙です。前回の1990年総選挙では、アウン・サン・スー・チー氏らが率いる国民民主連盟(NLD)が、全議席の8割を獲得して圧勝したものの、結局議会が招集されることはありませんでした。20年ぶりの総選挙ということですが、今回の総選挙では、誰をどのように選ぶのでしょうか。

Answer今回は2008年に制定された新憲法に基づく総選挙です。図1をみて下さい。この総選挙で争われる議席は、第一に、二院制の連邦議会を構成する人民代表院440議席のうち4分の1に当たる110の軍人議席を除く330議席、民族代表院224議席のうち4分の1に当たる56の軍人議席を除く168議席の両院合計498議席です。

第二に、14の地方議会(地域・州議会)のうち、同じく4分の1に当たる軍人議席を除く665議席を選びます。地方議会では全人口の0.1%以上の人口を持つ少数民族がある場合、その民族代表も選ばれると規定されており、今回は29議席が含まれています。

すなわち、有権者は11月7日に原則として3票を投じ、1163人の議員を選出することになります。37の政党が参加し、まだ立候補者名簿は公表されていないのですが3100人程度の候補者が参戦するものと思われます。競争率は2.7倍程度になります。1990年総選挙の時は、235の政党が登録し、そのうち93の政党が実際に参加し、競争率は4.7倍でした。政党数、競争率が減少したのは、政党登録法による様々な規制、立候補者一人につき500ドルという高い供託金、立候補受付期間が約2週間と短かったことなどが原因です。

Question多くの議席が争われるわけですね。それでは、選挙戦の構図はどうなりますか。

Answer今回の選挙戦は、ミャンマー国軍が全面的にバックアップする連邦団結発展党(USDP)という体制政党、これに挑む小規模な民主化政党及び少数民族政党、そして軍政からは若干の距離をとりつつも体制側の政党である国民統一党(NUP)という、三つの極による争いとなります。

Answer図2をみて下さい。これは主要な政党を、民族(ビルマ族か少数民族か)、及び軍政寄りか民主化勢力かの2つの基準で分類してみたものです。但し、現時点では情報が限られており、暫定的な分類と理解して下さい。ビルマ族あるいは民族色を持たない政党が14政党、少数民族の名前を冠した政党が23政党あります。

括弧内の数字が立候補者の概数です。連邦団結発展党(USDP)が約1100人、国民統一党(NUP)が約1000人と、ほとんどの選挙区に候補者を立てたのに対し、民主化勢力、少数民族勢力は共に、最大でも160人程度に留まり、大部分は40人以下となりました。

これは1990年総選挙で大勝したNLDが、民主化リーダーであるスー・チーさんが自宅軟禁下に置かれたままであることなどを不服とし、総選挙をボイコットしてしまったためです。NLDがいなくなり、民主化陣営は組織力や知名度をもたない小政党ばかりとなってしまいました。NLDから分派して設立された国民民主勢力(NDF)は、約160人を擁立するに留まりました。少数民族政党では、政党のシンボル・マークにちなんでホワイト・タイガーと呼ばれ、地元で人気があるシャン民族民主党(SNDP)が160人の候補者を立てましたが、USDPやNUPに太刀打ちできる数ではありません。

選挙戦はUSDPとNUPに有利に展開されると思われます。

QuestionUSDPとNUPというのはどういう政党ですか。

AnswerUSDPは、軍政が1993年に設立した連邦団結発展協会(USDA)という全国に1万5000の事務所を持ち、全人口の4割に相当する2400万人の会員を有する大衆組織を母体とする政党です。党首のテイン・セイン首相をはじめ、形式上は退役した軍政幹部がずらりと名を連ねています。しかし、USDAあるいはUSDPはその大規模なメンバーシップにもかかわらず、国民からは軍政の傀儡団体・政党とみられており、根本的に不人気です。

NUPはビルマ社会主義計画党(BSPP)の改名政党で、1990年総選挙で当時の軍政に後押しされていたにもかかわらず、わずか2%の議席しか獲れずに、NLDに大敗を喫しました。その後、軍政が自前の団体・政党を設立するなかで、20年間政治の表舞台から姿を消していました。それが今回、反軍政ではないのですが、軍政とはやや距離を取るスタンスで再登場してきた形です。農民への農地の所有権の付与や農業経営の自由化など、大胆な政策を打ち出しています。農村部で議席を伸ばす可能性が出てきました。

Questionしかし、いずれも体制側の政党という印象ですね。民主化政党に勝ち目はないのでしょうか。

AnswerもしNLDが総選挙に参加していれば、たとえスー・チーさんが自宅軟禁下に置かれていても、有権者がNLDという政党に投票した可能性は高かったと考えます。1990年総選挙の際は、(スー・チーさんの自宅軟禁という)同様な状況下でも、NLD候補者であれば誰でも当選できる状況でした。しかし、NLDが不参加となった現在、他の民主化政党には知名度も組織力もなく、USDPやNUPに対抗するために全国に候補者を出すための資金力もありませんでした。

NLDという反軍政の有効な選択肢がなくなってしまった今、有権者は政党よりも立候補者個人の知名度や資質に基づいて投票すると思われます。USDPは半ば強制力をもって、著名な実業家や地元の名士を擁立することで、この点でも有利に戦いを進めています。また、スー・チーさんやNLDの旧幹部は有権者に選挙ボイコットを呼びかけています。こうした運動は、本来、民主化陣営が獲得できたはずの票を減らしてしまうことになりかねません。USDP、NUPにとって、誠に好都合です。

Question総選挙の行方は分かりました。総選挙後の政治体制はどうなりますか。

Answer総選挙が終わると、90日以内に人民代表院が、それから7日以内に民族代表院が招集されます。これは新憲法の規程に書き込まれており、今回は1990年総選挙の時のように議会招集を先延ばしすることはできません。

連邦議会で大統領が選出されることになります。大統領には軍政ナンバー・スリーで、前国軍総参謀長のシュエ・マン大将(退役)が就任すると噂されています。2人の副大統領も誕生しますが、そのうち一人は憲法の規程で国軍司令官が指名する軍人議員のなかから選ばれます。もう一人の副大統領は、おそらく最大与党となるであろうUSDPの党首であるテイン・セイン首相が就任するかも知れません。そうなると、大統領、2人の副大統領が全員、現役・退役の別はありますが、現軍政の幹部ということになります。さらに、国防、内務、国境など治安関係の要衝を握る3人の大臣は、国軍司令官が指名すると憲法に規定されています。こうなると、国民や国際社会からは、現在の軍政と新政権の違いがほとんど分かりません。

Questionそうすると、今回の総選挙は意味がないということになりますか。

Answer民主化という観点からみれば、今回の民政移管は軍人が軍服を脱いだだけであり、大きな進展はないといえるでしょう。しかし、それ以外の点で重要な意味がいくつかあります。

2010年総選挙の意味

第一に、国軍幹部の世代交代が起こるという点です。1992年以来、国軍司令官を務めてきたタン・シュエ上級大将(77)は、マウン・エイ副司令官(72)と共に引退するといわれています。これだけ長く権力を握ってきた独裁者が、あっさりと引退する例は世界でも多くはないのではないでしょうか。もちろん、本当に引退すればの話ですが。

確認は取れていませんが、すでに国軍司令官には前軍務局長のミン・アウン中将、副司令官には前第3作戦室長のコー・コー中将が就任したともいわれます。これが本当であれば、国軍幹部は20歳も若返ることになります。総選挙を通じて、国軍幹部の世代交代が起きるのです。

第二に、権力が国家元首たる大統領と国軍司令官に分割されるという点です。新たな体制においては、もちろん、両者がいずれも軍関係者になる可能性は高いですが、2人の別々の人物になります。そのため、タン・シュエ上級大将のような、絶対的な権力者は誕生しない仕組みになっています。そういう意味で、今回の総選挙は、タン・シュエ上級大将にとっては、引退後の身の安全と権益を維持するために必要な出口戦略であったのかも知れません。1974年に軍服を脱いで自ら大統領に就任したものの、1988年の民主化運動で失脚した独裁者ネーウィンを、2002年に拘束したのはタン・シュエ上級大将に他なりません。自らがその轍を踏まないための措置です。

第三に、一定の政治的多元化が進むという点です。今回の総選挙の伏兵であるNUPが相当数の議席を獲得すれば、USDPとの間で個別具体的なイシューについて政策論争が起きるかも知れません。また、国軍においても、従来通り作戦将校として出世するルートに加えて、軍人議員として政治の分野で出世するルートができるでしょう。これは国軍の内部に異なるエリート集団を生むことになるかも知れません。

Question今回、総選挙をボイコットしたNLD、そしてスー・チーさんはどうなりますか。

AnswerNLDはすでに政党登録を抹消されており、今後は社会奉仕活動を行うとしています。しかし、実際には現在でも各地で活発に総選挙ボイコット運動を展開し、NLDと袂を分かって出馬したNDFを批判しています。こうした動きを当局が見過ごしているのは、民主化政党、とくにNDFへの投票率を下げることで、USDPが漁夫の利を得ることを期待しているからです。確かに、NLDの運動は、総選挙においてはUSDPを利すると思われます。

問題はその後です。総選挙に参加しなかったNLDは、当然のことながらその結果を認めず、反政府運動を続けるはずです。民政移管により国軍が兵舎へ戻り、政治的自由が拡大し、そしてスー・チー氏が一般にいわれているように11月中旬に解放されれば、NLDの反政府運動は活発化し、新政権、国軍との対立は深刻化するかも知れません。その意味で、NLDを議会内に取り込めなかったことは、中長期的にみて軍政の失敗でした。

Question国際社会はどうでしょうか。このような選挙を正当なものとして認めるでしょうか。

Answerスー・チーさんが自宅軟禁下におかれ、NLDが総選挙に参加しなくなったことで、国際社会、とくに欧米諸国、が今回の総選挙を自由・公正なもとの認め、経済制裁を解除する可能性は低くなりました。

もちろん、中国、タイ、インド、シンガポール、マレーシアなど近隣諸国は実質的に総選挙結果を黙認すると思われます。こうした国々と緊密な経済関係を築いているミャンマーは、欧米諸国の経済制裁が継続しても、それによって窮地に追い込まれることはないでしょう。しかし、国際社会への本格的な復帰を果たして、国際市場へのアクセスと外資を獲得して、経済開発を一気に進めるという軍政の目論見は外れたことになります。

Questionそれでは、今日のPoint of Viewをお願いします。

Answer今日のPoint of Viewは、「選挙戦略から政策選択へ—経済政策が鍵—」です。

軍政は巧妙な選挙戦略によって、国軍の強い関与を残す新政権を樹立することに成功しそうです。これに対して、総選挙をボイコットした国民民主連盟(NLD)、あるいは総選挙後に自宅軟禁からの解放が噂されるスー・チーさんは、総選挙自体が無効であるとして、新政権と対立するでしょう。

新政権が民主化勢力のこうした批判をかわし、政権を安定させるためには、国民に目に見える変化を示す必要があります。そのために新政権がなにをするのか、すなわち「政策選択」が重要となります。

とくに疲弊したミャンマー経済、国民生活をどう立て直すのかが喫緊の課題です。経済政策や制度が、現在のような狭い集団(国軍とその取り巻き)の利益を最大化する低い均衡から抜け出して、より多くの国民、階層、地域が裨益できる経済発展を進めるものとなるのか。この成否に新政権の命運がかかるでしょう。