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インドネシア大統領選・ユドヨノ政権2期目の行方

アジアの出来事

アジア

地域研究センター 川村 晃一
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この記事は2009年8月20日にデイリープラネット(CS放送)「プラネットVIEW」でオンエアされた『インドネシア大統領選・ユドヨノ政権2期目の行方』(川村晃一研究員出演)の内容です。 (*一部、2010年5月時点の情報に更新しています。)
Questionインドネシアは、2009年に5年に1度の選挙の年を迎えました。4月9日には国会議員選挙が、7月8日には大統領選挙が実施されましたが、国会選挙では与党民主主義者党が大躍進、その勢いのまま大統領選挙では現職のユドヨノ大統領が再選を果たしました。なぜ、ユドヨノ大統領は再選することができたのか?また、日本との経済関係も深く、東南アジアの大国として地域の安定を大きく左右するインドネシアの政治は今後安定するのでしょうか?
まず今回の大統領選挙では、現職のユドヨノ大統領が他の候補者を寄せ付けることなく再選を果たしましたね?
大統領選挙の結果
Answerはい。まず、7月に行われた大統領選挙の結果を振り返ってみましょう(資料1)。今回の大統領選に立候補したのは、現職大統領のユドヨノと、建国の父スカルノ初代大統領の長女で2001年~2004年に大統領を務めたメガワティ、さらに現職の副大統領で国会第1党ゴルカル党首のユスフ・カラの3組でした。しかし、選挙前の世論調査の段階からユドヨノ大統領の圧倒的優勢が伝えられており、選挙前の予想どおり、ユドヨノ大統領は全国33州のうち28州で1位となるなど、60%を越える得票率で他の候補を圧倒して勝利をものにしました。
Questionユドヨノとブディオノの正副大統領候補が当選することができたのは、なぜなのでしょうか?
Answerその理由を考えるためには、有権者がどのような行動を取ったのかを見る必要があります。

これまで、インドネシアの選挙で重要なポイントとなるのは、世俗主義対イスラーム、ジャワ対外島という対立軸だと言われていました(資料2)。ですから、大統領選のようにあらゆる人々からの支持を獲得して、得票を最大化するためには、対立するグループ同士の協力が必要だとされたのです。例えば、大統領候補が世俗主義を代表する人物であれば、副大統領候補にはイスラームを代表する人物をあてる、大統領候補がジャワ島出身者であれば、副大統領候補には外島出身者をあてるといった具合です。現職の正副大統領も、ユドヨノが世俗主義とジャワを代表するのに対して、カラがイスラームと外島を代表する組合せでした。
しかし、今回の大統領選挙は、こういった伝統的な対立軸がもはや大統領選挙の場では大きな争点ではなくなりつつあることを示しています。今回当選したユドヨノは元軍人で世俗主義を代表する人物ですが、ブディオノも学者出身の官庁エコノミストで、やはり世俗主義側の人物です(資料3)。また、両者ともジャワ島の出身者です。つまり、イスラームや外島を代表する人物を欠いていたにもかかわらず、この2人は圧倒的な支持を全国で得ることができたのです。また、政党政治家ではない人物と組んだユドヨノが当選したことも重要です。他の候補者たちは、全員がそれぞれの政党を持っていて、政党の組織力を活かして票を動員しようとしました。一方、ユドヨノは政界入り後に自身の政党を作りましたが、ブディオノは特定の政党とのつながりはありません。つまり、ユドヨノが当選したということは、結局、政党による票の動員の効果があまりなかったことを意味しています。有権者は、自らの所属政党や支持政党とは関係なく、ユドヨノを選んだのです。
Question伝統的な対立軸も政党も関係なく有権者は投票を決めたということになると、ユドヨノ大統領が再選を決めた要因は何だったのでしょうか?
Answer一言で言えば、有権者が、伝統的な対立軸や支持政党といったものを判断基準にせず、過去5年間のユドヨノ大統領の政権運営を高く評価し、次の5年間も同じユドヨノに大統領職を託したいと願ったからだと言えます(資料4)。この5年間、スマトラ島沖大地震など自然災害が続発したり、原料価格の高騰やアメリカ発の金融危機があったりと、インドネシアにとって決して平穏な時期だったわけではありませんが、ユドヨノ大統領はそれらをうまく乗り切ってきました。
Question2001年のアメリカでの同時多発テロ事件以降は、インドネシアでもイスラム過激派のテロが相次いで発生していましたが…。
Answerそうですね。2000年から2005年にかけて、インドネシアでは大規模なテロ事件が続発しました。2009年7月17日にも再び欧米人を標的にしたテロ事件がジャカルタで発生しています。しかし、この間、ユドヨノ大統領はテロ事件の犯人やテロ組織の摘発を進め、2005年以降治安を確保することに成功してきたことも事実です。この他にも、国内各地の紛争の解決にも成功しましたし、海外投資を阻む大きな要因でもあった汚職問題に対しても、インドネシアではじめて真剣に取り組んできたのがユドヨノ大統領でした。このように政治面では、ユドヨノ大統領は大きな成果をあげてきました。

経済面では、決して大きな実績があるわけではありませんが、5年間の任期中に平均5.5%の安定的な経済成長を実現し、原油価格高騰にともなう燃料補助金削減や、世界的な金融危機に対する対策など、難しい課題にも適切に対処してきました。

もちろん100点満点というわけではありませんが、ユドヨノ大統領が虚勢を張らず、真摯に問題に対処しようとする姿勢に国民は安心感と信頼感を抱いています。
国民のユドヨノに対する信頼度は、世論調査の結果からも見て取れます(資料5)。支持率が50%を切ったのは5年間で2回だけで、一貫して高い支持率を維持してきました。また、ユドヨノに対する支持率と政治や経済に対する評価が連動していることからも分かるように、国民は政権の業績を注意深く見守っていたと言えます。
Question国民の大きな支持を受けて2期目のユドヨノ政権が成立するとすると、インドネシアの政治は今後安定していくと考えていいのでしょうか?
Answer民主主義の安定という点で言えば、かなりの程度安定が達成されつつあると言えます(資料6)。2009年の選挙は、インドネシアにとって、1998年の民主化後3度目の選挙でしたが、これらの3度の選挙のいずれも、ほとんど暴力事件が発生することもなく平穏に実施され、選挙後に大きな混乱が起きることもありませんでした。この間、民主化に向けた政治改革も着実に実行されてきました。その結果、民主主義の基本的なルールがインドネシアには定着してきたと言えるでしょう。その意味で、インドネシアの政治は、大枠として、安定していると言えます。
Questionそれでは、ユドヨノ政権の課題を挙げるとすれば何でしょうか?
Answerまず、政治面で特に重要なのは、国会との関係です(資料7)。大統領選の時にユドヨノを支持したのは、与党民主主義者党に加えてイスラーム系の4政党で、のちにゴルカル党が連立に参加したことで、連立与党は国会議席の4分の3をおさえています。しかし、連立入りしている政党が常に政権を全面的にバックアップするかどうかは心許ないと言わざるをえません。(*実際、2008年の世界的金融危機の際に経営が悪化した一民間銀行に公的資本を注入した政府の政策に関して、国会は政策が適切でなかったとしてスリ・ムルヤニ大蔵大臣の責任を厳しく追及しました。スリ大臣は、ユドヨノ政権1期目の経済運営において中心的な役割を果たした大臣で、国際的にもその経済運営の手腕を高く評価されていました。しかし、結局、国会からの追及に屈した形で、スリ大臣は2010年5月に辞任に追い込まれました。)1期目の時以上に実績を問われることになる2期目のユドヨノ政権にとっては、国会対策をどうするかが重要な政治的課題になると思われます。
Question経済面については、どうでしょうか?
Answer経済的課題としては、経済を持続的な成長路線に導いて雇用を創出していくことと同時に、貧困対策を本格化させて格差問題を解消していくことが重要です。インドネシアは、世界的経済危機の中にあった2009年においても、4.5%と高い経済成長率を達成しました。しかし、この経済成長は国内消費の伸びに支えられており、決して持続的なものではありません。持続的な成長を実現するためには、内外からの投資を喚起していく必要があります。ユドヨノ政権は、投資を呼び込むための環境整備と経済運営の方向性を明確に示していくことが求められます。

さらに、そのようにして達成した経済成長の果実を、地域間や社会の格差を解消していくために活かしていかなければなりません。政治経済の中心地であるジャワ島と、目立った産業のないインドネシア東部地域との地域間格差も解消されないままです。また、インドネシアの貧困層は、いまだに人口の約15%を占めています。これらの地域格差や社会格差が放置されれば、民主主義の安定にとって大きな脅威となりかねません。東南アジアの大国であるインドネシアが安定を維持できるかどうかは、日本やアジアだけでなく、世界全体にとっても重要な問題です。
Questionユドヨノ大統領の政治手腕が注目されるところですね。
Answerはい。ユドヨノにとっては、次の2期目が最後の任期となります。ユドヨノ大統領には、国内外の期待に応えるために、大胆な政権運営が求められると思います。




2009年インドネシアの選挙詳細は、『2009年インドネシアの選挙 —ユドヨノ再選の背景と第2期政権の展望—』(本名純・川村晃一 編)をご参照ください。





2009年8月
(*一部、2010年5月時点の情報に更新しています。)