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流動化するインドの政局

アジアの出来事

インド

地域研究センター 近藤 則夫
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この記事は2008年7月16日にデイリープラネット(CS放送)「プラネットVIEW」でオンエアされた『流動化するインドの政局』(近藤則夫研究員出演)の内容です。

Question現在インドでは国民会議派を中心とする連合政権「統一進歩連合」政権が揺らいでいます。この点について教えてください。

Answerインドは1980年代から徐々に経済成長率が上向きになってきました。そして1991年の本格的な構造改革・経済自由化を経て、2003年以降、8~9%の高い成長率を続けています。

もっとも、まだまだ膨大な貧困層を抱えていて、2004年において1日1ドル以下で暮らす人口は35.1%、2ドル以下は79.6%と、高い経済成長を経験しつつあるとはいえ未だ圧倒的多数が貧困から抜け出せていません。そのような状態から抜け出すためにも経済成長を維持することが政府の重要な課題であり、政治の安定が必要となります。しかし今月に入って政権基盤が大きく揺らぐ事態が起こりました。

具体的には左派政党が支持を撤回したため連邦下院(日本の衆議院)で過半数割れが起こりました。インドは議院内閣制を採っていますので、政権はこのままでは存続できない事態になっています。

Questionなぜ、そのような事態になったのでしょうか、その背景を教えてください。

Answerその点についてお話しするためには、2004年の連邦下院選挙で政権を取った現在の「統一進歩連合」政権の特徴について簡単に説明しておく必要があります。下の図が現在の連邦下院の勢力分布です。

連邦下院(定数545議席)の政党別議席配分(2008年7月現在)

問題は「統一進歩連合」と「左派政党」の関係です。

左派政党が国民会議派の統一進歩連合に協力する決定をしたのは、「国民民主連合」の中心政党であるインド人民党に敵対しているからです。なぜかというと、インド人民党が説く「ヒンドゥー民族主義」が国民統合上極めて問題と考えているからです。つまり、左派政党の統一進歩連合への協力はインド人民党を敵とみなしていることからきていて、その意味で国民会議派との関係は便宜的なものであるということが言えます。

ただし、政策的には前「国民民主連合」が、経済発展の成果を十分に享受していない貧困大衆を十分配慮しない姿勢を示して失敗したことから、現政権は構造改革・経済自由化(規制緩和、海外直接投資の誘致など)は堅持するが、貧困層への配慮(雇用、農業の重視。初等教育など社会開発の重視)など、バランスのとれた発展を目指してます。この点に関して左派政党は西ベンガル州などで政権をとっていて、実際的見地から大きな反対はありません。

以上のように妥協の産物として生まれた政権でも、両者の間で決定的な亀裂が入るような「一線」を超えなければ、政権は5年の任期を全うできるのではないかとみられていましたが、「一線」を超える事態が持ちあがってきました。それが、対アメリカ政策です。

Question統一進歩連合と左派政党の間では一定の妥協が可能であり、そのためこれまで4年間は協力関係が維持できたわけですが、なぜ対アメリカ政策で両者の関係が破綻したのでしょうか? 

Answer対アメリカ外交がどうして決定的な問題になったかというと、現政権は国際政治ではアメリカ一辺倒ではないにせよ、現状では政治的にも経済的にもアメリカは重要な国であることは明らかであり、協力関係の深化を推進せざるを得ないのです。その象徴が「インド・アメリカ原子力協定」の問題で、これはインドのエネルギー政策と深い関係があります。

結論的にいうと、左派政党にとってはたとえエネルギー政策という観点からにせよ、結果的にアメリカとの戦略的関係が深化することは伝統的なイデオロギーから許容できなかった、ということです。

Questionインドのエネルギー政策について詳しく教えてください。

Answerインドは、急速な経済発展に応じて急激にエネルギー需要が高まっています。しかし、化石燃料に関しては石炭を除くと資源に恵まれていません。一次エネルギーの供給は将来的にも石炭が中心となることは間違いありませんが、大量の二酸化炭素の放出ということから、地球温暖化などの観点で問題があります。また、エネルギー安全保障の観点からも供給を多元化する必要があり、原子力エネルギーに期待が寄せられています。

商用一時エネルギー需要予測

インドはウラニウムには恵まれていませんが、トリウムには恵まれています(推定で世界埋蔵量の約2割、世界第2位の埋蔵量)。トリウムは自然界にウラニウムよりも遙かに豊富に存在し、かつ、原子炉内においてウラニウムに転換できる物質です。インドの原子力発電の将来目標は国内で豊富に産出するトリウムを燃料とする核燃料サイクルを確立することです。このトリウムを使う核燃料サイクルを実用化した国はまだありませんが、インドは国の政策としてこれを究極的に目指しています。そのため、核燃料そのものに加えて高速増殖炉、再処理施設などに関して高度な技術が必要とされているのです。

しかし、インドは1998年に核実験を強行したことに象徴されるように、「核拡散防止条約」に加盟していません。従って国際的に燃料供給、先進的な核関連技術を輸入できない状況が続いているわけです。

インド・アメリカ民生用原子力協定の流れこのような国際的な孤立状況を打破するために必要とされるのが、「インド・アメリカ原子力協定」の締結です。これによって単にアメリカのみならず、他の先進国からも核燃料や進んだ核関連技術が輸入できる道が開かれることになります。これが現政権が締結に力をいれている基本的な理由です。交渉は2005年から段階的に行われてきましたが、現在までのプロセスは右図のとおりです。2007年11月までは左派政党の同意も得ていました。

事態は2008年7月に大きく動きました。政府は左派政党反対にしびれを切らしてIAEAの理事会の承認を求めるプロセスに入ったためです。それはブッシュ政権の終わりまでにプロセスを完了したい、との思惑があるものと思われます。

左派政党は、イデオロギー的観点などからアメリカとの従来の戦略的関係の深化には反対であり、特に原子力協定の締結は、IAEAの査察や核燃料の先進国などへの依存という国際的な制約を強めることになり、インドの自主的な国際関係構築を妨げる、という批判をしています。これが原子力協定に反対する大きな理由ですが、政府が協定締結に向けて舵を切った以上、もはや支持継続は不可能という判断に至ったということです。

Questionインドの原子力戦略の今後の展望はいかがでしょうか?

Answer原子力協定に関しては不透明です。

今後のスケジュール

政権の行方に関しては 信任投票が2008年7月後半に行われると見られています。社会主義党や他の諸派が支持の見込みですが、現状では過半数を得られるかどうか非常に微妙なところになっています。

もし、議会の過半数の信任が得られない場合には解散総選挙が行われることになります。現政権が地方政党とどのような協力関係を打ち立てるか、また、物価の動向などが結果に影響を及ぼすことになるでしょう。現在の物価上昇率は11%と、インドでは高い水準にあり、解散総選挙となれば、与党は苦戦を強いられる可能性もあります。ただし、インドの民主主義体制自体は安定しているので、政権党が替わっても政策の連続性は大体保たれるものと思われます。

2008年7月