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賃金の高騰と従業員の離職問題の諸相

アジアの出来事

インド

地域研究センター 太田 仁志
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好調な経済に呼応するように、インドではここ数年、一部の産業/業種において賃金の高騰と従業員の離職問題が顕在化している。経営者団体ASSOCHAMが2007年に実施した調査では、従業員の年間離職率が20%を超える企業も多く、離職の6割がよりよい賃金を求めてのものだという。インドの日系企業でも賃金の高騰を問題視する企業が近年増加している。産業別の離職率は、コールセンターなどの事務・顧客サービス代行業務(BPO産業)で年率3割を上回り、中小のITソフトウェア開発企業でも2割を超える水準である。そのほか大手小売企業や銀行の一部、医薬品産業、自動車関連産業、さらには地域にもよるが建設業での人手不足も報じられている。人手不足は一般に管理職や技術者層、また熟練労働者でより顕著となる。現地からはIT産業が昨今の他産業の賃金高騰の原因という声も聞こえてくる。資金力豊富な多国籍企業が人材獲得のために賃金相場を無節操に引き上げているとの批判もある。

従業員の定着を高めるためには賃金水準の引き上げが重要となるが、そのほか、職務満足への配慮や福利厚生の充実、従業員のキャリア開発や教育訓練ニーズの充足が強調されることも多い。従業員が意思決定に関われるような慣行も試みられている。近年では社風の改善や企業自体のブランド・ビルディングの重要性も指摘される。しかし賃金の引き上げが十分にできない場合、それらの効果は限定的であるというのが現状である。

好調な経済情勢が反転して景気が減速すれば、賃金の高騰や従業員の離職もある程度は落ち着いてくるだろう。しかし話はそう単純ではない部分もある。絶対的な数の面でインドが潜在的に優秀な人材を豊富に有することは疑いないが、賃金の高騰の背景にあるのは人材、それも即戦力となる優秀な人材の現時点での供給不足である。そのような中で優秀な人材の獲得競争が続くようであれば賃金の上昇は今後も続くだろう。また従業員の定着に関しては、インドでは会社をかわる転社を通じての処遇の向上やキャリアアップの意識が日本よりも企業人の間で強いように思われる。転社が頻繁に起こる社会では企業が提供する教育訓練もその懸念から過小となる可能性がある。何らかの代替的な訓練機会がない場合、結果として潜在的な経済成長を実現できない事態も起こりうる。経済の持続的な成長には人材の育成が欠かせない。インド経済は現在、人材育成に国としてどう取り組むかという難しい課題に直面している。
2008年1月