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「マイナス2」の政治改革

アジアの出来事

バングラデシュ

地域研究センター 村山 真弓
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バングラデシュの政治史において、2007年は大きな節目の年になりそうである。

2006年10月末、バングラデシュ民族主義党(BNP)率いる連合政権が、5年の任期を満了した。本来なら、憲法に定められた通り、非政党選挙管理内閣のもと、90日以内に国会選挙が実施されるはずだった。しかしその過程は、選管内閣の首班(Chief Advisor:首席顧問)の人選でまず躓いた。さらに、自ら首席顧問兼任をかってでたイアジュッディン・アーメド大統領の姿勢は中立的とは言えず、2007年1月始め、ついにもう一つの主要政党アワミ連盟(AL)率いる政党「大連合」は、同月22日に予定されていた選挙のボイコットと無期限の抗議行動開始を決定した。結局、1月11日、大統領は首席顧問を辞任するとともに、非常事態を宣言した。この結果、集会の自由を含む基本的権利の部分的停止により、政治活動が禁止され、選挙は無期延期となった。翌12日、中央銀行総裁等を務めたファクルッディン・アーメドが首席顧問に就任した。

新選管内閣は、軍部の協力を得て、大々的な政治改革に着手した。かつてどの政党も避けてきた汚職問題にメスを入れ、BNP、ALを問わず主要幹部が続々と逮捕されている。7月16日未明には、とうとうシェイク・ハシナAL総裁が3000万タカ(約5400万円)の収賄容疑で逮捕された。片やカレダ・ジアBNP総裁は、後継者と目されていた長男が収賄容疑で逮捕され、本人も軟禁状態にある。実は、4月の時点では、この二人の女性指導者は国外追放の瀬戸際にあった。ところが内外の世論は、この措置を行き過ぎと強く批判し、選管内閣は方針の撤回を余儀なくされたという経緯がある。

1990年の「民主化」以来、与野党の激しい対立のなかで、汚職、不正、ハルタル(ゼネスト)、暴力で市民生活を脅かしてきたバングラデシュの政党政治の問題の根は、二人の指導者による「王朝支配」にあるとの見解は、多くの人が抱いているところである。選管内閣による両指導者排除の姿勢が明らかになるにつれて、各政党の内部からも、総裁任期を限定し、実質的に二人の総裁再選を不可能化する政党改革の案が出され始めた。今回のハシナ総裁逮捕も、有罪判決で次期選挙の出馬資格を奪うことを目的とする、政府による二人の排除(マイナス2)計画の一部との見方が強い。

一方、選挙管理委員会は、7月15日、選挙行程表を公表し、2008年12月末までに確実に選挙を実施すると発表した。まずは諸政党と対話を持ち、2008年2月までには選挙改革を実施するとしている。しかし、政党側では、ハシナ、カレダ両総裁に代わりうる指導者不在のまま、それぞれに、総裁支持派と改革推進派の対立が混迷の度を深めている。やはり焦点は、選管内閣が二人の指導者の去就をどう決するかという点にありそうだ。
2007年7月