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タクシン首相の辞意表明と政治改革

アジアの出来事

タイ

地域研究センター 東 茂樹
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タクシン首相が4月4日に辞意を表明した。タクシン首相は、首都バンコクでは中間層を中心とした首相辞任要求運動に数ヶ月間直面していたが、東北部や北部の農村部では、5年間の首相在任中に実施した貧困解消政策により、農民や低賃金労働者から人気が高く、圧倒的に支持されていた。4月2日の総選挙では、比例区で与党タイラックタイ党の得票が1642万票に達し、投票数の56.5%に上っている。一方でバンコクでは小選挙区36のうち27で、白票が与党候補者の得票数を上回った。タクシン首相は、国王に拝謁した後、国民を二分してしまった対立を緩和するために、次期国会で首班指名を辞退すると表明した。

タイの歴代政権の特徴は小党連立内閣であり、政党間の駆け引きによる頻繁な内閣改造、選挙のたびに所属政党を変える離合集散が行われ、首相の立場も弱く、地方選出の国会議員は汚職を繰り返すというイメージが強かった。この政治腐敗の状況を打開するために、1997年憲法が制定された。同憲法では、小選挙区と比例代表の並立制、閣僚の議員兼職禁止などを規定して、従来の地方選出議員による利益誘導政治を排し、比例区選出の専門家集団による安定した行政運営を理想において、首相不信任案も定数の5分の2の同意がないと提出できない規定を設けた。また国家権力の監視機構として、憲法裁判所、汚職取締委員会、選挙管理委員会などの独立機関が設置された。

しかしタクシン政権は、国会で絶対多数の議席を獲得して与党単独政権となり、独立機関の人事にも影響力を及ぼして与党寄りに変えてしまい、政権を監視するチェック機能が働かなくなった。解散・総選挙を行っても立候補者は90日前の政党所属を義務づけられているために、政党の鞍替えができず、与党に圧倒的に有利な体制となり、政治の独裁的な状況を許す仕組みとなっていた。今回の政治空白をもたらしている根本原因は、この現行憲法の規定にあるため、憲法の条文を改正する政治改革が、今後のタイ政治の課題となる。
2006年5月