skip to contents.

選管発表:次回総選挙2013年3月実施—迷走する日程設定

ケニア情勢レポート

アフリカ研究グループ 主任研究員 津田 みわ
PDFpdf(41.4KB)


2012年3月21日
2012年3月17日に、ケニア選挙管理委員会(以下、選管)が、次回総選挙を2013年3月4日に実施すると発表しました。選管の正式名称は、「選挙管理・選挙区画定独立委員会(Independent Electoral and Boundaries Commission: IEBC)といい、ケニアの国政選挙を司る目的で憲法の規定に基づいて設置された独立性の高い組織です。

(選管による総選挙実施日プレス・リリースをダウンロードできるページ)
http://www.iiec.or.ke/index.php/press-releases/465-iebc-press-release-on-election-date.html

これに対し、キバキ(Mwai Kibaki)大統領は特にコメントせず(事実上の支持表明)、一方でオディンガ(Raila Odinga)首相は「年内(2012年)の選挙実施が望ましい」との見解を明らかにしました。
http://www.nation.co.ke/News/politics/Raila+insists+on+December+elections/-/1064/1368680/-/y0lfgcz/-/index.html

実は、これまでのケニアにおける総選挙実施日の発表とは違い、この選管発表にかかわらず、次回総選挙の日程はまだ確定したとはいえません。それはなぜでしょうか。また、なぜそのように総選挙日程の設定が迷走するのでしょうか。以下、背景と展望を整理します。


1. 2007/8年紛争と総選挙
2007/8年紛争勃発後の国民和解プロセスにあるケニアでは、次回総選挙日程の設定が大きな問題になってきました。この2007/8年紛争自体が、前回総選挙(とくに大統領選挙)での不正疑惑に端を発した紛争であったことがこれに関連しています。2007/8年紛争では、「不正選挙」への抗議の暴動や、特定の民族をターゲットにした組織的襲撃により、死者1000人以上、最大時で60万人に達したといわれる国内避難民が発生するなど、ケニア建国以来の最悪の被害が発生しました。

(2007/8年紛争解説)
「2007年ケニア総選挙後の危機」(PDF: 225KB)
http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Periodicals/Africa/047.html
「『2007年選挙後暴力』後のケニア—暫定憲法枠組みの成立と課題」(PDF: 224KB)
http://d-arch.ide.go.jp/idedp/ZAF/ZAF201003_004.pdf

ケニアは、今もこの2007/8年紛争勃発後の長期の国民和解のプロセスにあります。総選挙は5年おきに開催することになっており、2007年末の総選挙実施から数えて2012年の今年がちょうど5年目にあたるのですが、平和裡に、そして成功裡に紛争勃発後初のその総選挙を実施できるかどうか、次回総選挙の行方は、紛争再発の防止という意味でもクリティカルな意味を持っています。次回総選挙が、日程の設定を含めてケニア政治において重大な関心を引き起こしているのはそのためです。


2. 新憲法の定めた総選挙日程
しかし、これまでケニアで、総選挙実施の日程そのものが大きな政治的争点になってきたことはありませんでした。

今回、このように日程が争点化した主な原因となったのが、これも紛争勃発後の国民和解プロセスの一環として制定された、抜本的に新しい憲法でした。この新憲法は、大統領権力の縮小による三権分立の回復という、長年の課題を克服したものであり、専門家委員会方式で作成され、国会での討論と国民投票での可決を経て、大変な歓迎ムードの中で制定されたものでした。

(2010年の新憲法制定についてはこちらで詳しく書きました)
「紛争と民主化—ケニアにおける2007/8年紛争と新憲法制定」
http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Books/Sousho/598.html

総選挙の日程設定にとって重要なポイントは、この新憲法が、大統領権力縮小の一環として、旧憲法下で大統領によって恣意的に行使されてきた「国会解散権」を大統領から剥奪した、という点です。その上で新憲法は、国会による大統領の弾劾を可能にする一方で、国会議員の任期は5年であり、「5年おきの8月第2火曜日に国会議員選挙を実施する」と定めたのです。

ところがその一方で、新憲法は、現在の(つまり、旧憲法から新憲法への移行期の)国会議員については別途「この新憲法によって任期を妨げられることなく存続する」(第Ⅵスケジュール、第10条)と定めました。

このためケニアでは、国会議員の任期切れが翌年に迫った、特に2011年の後半に入って、次回総選挙を「新憲法の新しい規定通り2012年8月にすべきか」「5年の任期を全うして2012年12月にすべきか」で鋭い論争が巻き起こりました。2007年総選挙は12月27日実施でしたから、後者の場合でも次回総選挙は2012年12月には行うべき、というのが想定された日程でした。


3. 高等裁判所の判決:2オプションを提示
憲法解釈を伴うこの次回総選挙日程についての論争は、ついにケニアの高等裁判所(High Court。以下、高裁)で争われることになりました。そして今年2012年1月、高裁は、(1)2012年中のどこかで総選挙を開催するオプション、(2)2013年1月15日の国会議員の任期満了以後、60日以内に総選挙を実施する、というオプション、の2つが並存するという判断を示しました。

(高裁判決の解説)
「ケニア高裁判決:次回総選挙日程」
http://www.ide.go.jp/Japanese/Research/Region/Africa/Radar/kenya2012/20120116.html

この第1のオプション——2012年中のどこかで総選挙を開催する——が出されたことは、実は現在のケニアが2007/8年紛争勃発後の国民和解プロセスにあることと強く関連しています。

紛争に対する国際調停の結果、2007年大統領選挙で「再選した」とされたキバキ大統領の側と、「キバキ再選は不正選挙によるもの」としてこれに抗議していたオディンガの側、この双方が共同で「大連立政権」を樹立するということで、キバキ側とオディンガ側が合意しました。

その後、キバキ大統領の「再選」も追認され、一方オディンガについては新たに「首相」という大統領と並び立つポストが設置され、オディンガが就任しました。高官人事などの重要な決定について、キバキは常にオディンガと協議し、合意の上で行うことが義務づけられ、ほぼ実践されてきました。また、キバキ率いる「挙国一致党PNU」とその選挙協力諸政党、そして他方のオディンガ率いる「オレンジ民主運動ODM」とその選挙協力諸政党が半数ずつ閣僚を出し、合意の通りに「大連立政権」がつくられました。

次回総選挙で新憲法下の体制に完全に移行するまでの、2008年~2012年の5年間は、ケニアはこの紛争調停によって成立した合意に基づく暫定的な法制度のもとにあるのですが、この「大連立」の解消があれば国会が解散となり、次回総選挙の実施が必須になると解釈できる法制度になっていることが、ここでのポイントです。

例外的な「大連立政権」の詳細を定めた2008年の「和解法(National Accord and Reconciliation Act, 2008)」は、このPNU側とODM側が同数の閣僚を出した「大連立」の解消については、次の場合に限ると明文化されています。

  1. 現国会(第10次国会)の解散
  2. PNUとODM双方による、連立を解消するとの文書による合意
  3. PNUあるいはODMのどちらか一方の最高意思決定機関による、連立を離脱するとの文書による決定

三権分立を回復した抜本的に新しい憲法の制定で沸くケニアでは、新憲法に記載された8月総選挙実施を望む世論が一貫して多数を占めてきました。高裁判決は、この8月実施オプションをまず否定しましたが、その上で、キバキ側とオディンガ側が連立を解消することによって、2012年中の早い段階で総選挙を実施する道をもまた、同時に示したものでした。

民意に沿い、次回総選挙の2012年中の実施に連立政権が踏み出せるかどうか、高裁判決後はその点が注目されました。


4. 選管の判断
次回総選挙の実施日を2013年3月4日にするとした、このたびの選管による決定は、高裁が示した2つのオプションのうち、第2のオプションである「2012年1月の任期満了による国会解散があった場合」に沿った総選挙日程であったことがわかります。

このような経緯があるため、選管によるステートメントには、第1のオプション、すなわちPNUとODMの合意によって「大連立」を解消する予定がないかどうかを、選管側がキバキとオディンガに問い合わせていた旨が、かなりの紙幅をとって説明されています。その上でステートメントは、

「選管は2012年12月に総選挙を実施する用意があるとしたうえで大統領と首相に大連立解消による総選挙実施の合意があるかどうかを問い合わせてきた。しかし、問い合わせの結果、両者の間でこの大連立解消による総選挙実施に関する合意がないことが明白になった」
(選管による総選挙実施日プレス・リリースをダウンロードできるページ)
http://www.iiec.or.ke/index.php/press-releases/465-iebc-press-release-on-election-date.html

との判断を書き込み、不確実性を取り除くため、任期満了による解散からできるだけ早い日程である2013年3月4日を総選挙実施日とする、としました。つまり、高裁の示した第1のオプションを実行に移せるのはPNUとODMの党首であるキバキとオディンガだけだが、両者に現時点で合意がないため、第2のオプション——任期満了による国会解散の場合——に即した総選挙実施日を決めた、という説明です。


5. 2012年12月実施オプションの残存
2012年初頭まで、キバキ大統領とオディンガ首相は、2012年12月の総選挙実施が望ましいとする点で共同歩調がとっていました。そのことは「5年おき8月第2火曜日」とした新憲法の条項を「5年おき12月第3月曜日」に変更しようとする憲法改正案が、閣議決定を経て国会に提出されていたことにもあらわれています。

(総選挙実施日を5年おきの12月第3月曜日とする憲法改正案)
「The Constitution of Kenya (Amendment) Bill, 2011」(PDF: 70.5KB Kenyalaw.org経由)
http://www.kenyalaw.org/klr/fileadmin/pdfdownloads/bills/2011/_No._56_ConstitutionofKenya_Amendment_Bill_2011.doc

選管による2013年3月4日という日程発表の翌日、オディンガ首相はすぐに「2012年12月の実施が望ましい」との声明を発表しました。「大連立」解消、国会解散による総選挙というオプションが望ましいという見解です。オディンガ側の声明では、12月オプションを主張する根拠として、(1)国民の多数が2012年中の総選挙実施を支持している、(2)学校の平常授業期間中であり学事の妨げになる、(3)農業の繁忙期にあたる、(4)6月に予算案を承認するとした憲法の定めに適合しないなどが挙げられました。

(オディンガ側の声明を報じた記事)
http://www.capitalfm.co.ke/news/2012/03/kibaki-pm-meeting-that-never-was/
(ODMがウェブ上に掲載した声明)
http://www.odm.co.ke/2012/03/odm-calls-for-december-2012-general-election/

一方、最近になってキバキは立場を変え、次回総選挙の実施は2013年が望ましいという主旨の発言をしていました。

(キバキ発言を報じた記事)
http://www.nation.co.ke/News/politics/Kibakis+poll+bombshell+/-/1064/1362964/-/mdvng6/-/index.html
(キバキ発言。動画)
http://youtu.be/8xucAMLIBGI

キバキのこの立場の変更の背景は定かではありませんが、法律顧問の司法大臣と司法長官(Attorney General)が「和解法の定めた連立解消が、自動的に国会解散を意味するとはいえない。連立解消にもかかわらず国会が任期を満了する事態もあり得る」とキバキにアドバイスをしたとの報道があらわれています(Daily Nation, 18 March 2012)。

キバキは現職大統領であり、現職の国会議員でもあります。自らの任期をできるだけ引き延ばそうという行動に、特段の説明は必要ないかもしれませんが、キバキが既に大統領選挙で2選を果たしている点は特筆すべきかもしれません。ケニアでは、大統領は3選が憲法で禁止されています(この点は旧憲法でも、2010年に制定された新憲法でも同じです)。つまり、キバキは次回総選挙では、大統領選挙への立候補資格がなく、現任期が続く間だけケニア大統領としての権力を行使できる、そういう立場にあるのです。

一方、首相のオディンガのほうは、まだ一度も大統領に就任したことはありません。オディンガは、2000年代以降は一貫して大統領選挙での最有力候補の地位を維持しており、前回の2007年大統領選挙でも、紛争の原因になるほどキバキと接近する票を得ていました。その後の各種民間会社による世論調査でも、この5年間は常に大統領候補として人気第1位の座を維持しています。

オディンガにとって、「次回総選挙日程を2013年3月ではなく、2012年12月に」と主張することは、第1に、できるだけ早い総選挙実施を望む民意に沿うことであり、それはとりもなおさず自分自身とその所属政党の支持を維持・拡大することだといえます。そしてそれは第2に、一日も早く自分自身が大統領に就任することをもまた、意味しうる主張なのです。

2012年3月17日に選管が総選挙日程を発表したことを受けて、3月20日に予定されていたキバキ大統領とオディンガ首相の連立解消に関する会合は実施に移されずに終わりました。

(予定会合が実施されずとした報道)
http://www.capitalfm.co.ke/news/2012/03/kibaki-pm-meeting-that-never-was/

ただし、上でみたように、「大連立」の解消は、PNUとODM双方の合意がある場合と並んで、PNU、ODMのどちらか一方の最高意思決定機関が書面で「大連立」離脱を決定した場合にも発生します。オディンガのODMが離脱を決定した場合には、現在の「大連立」は正式に解消されます。司法大臣と司法長官がキバキにアドバイスしたとされるように、和解法の規程には曖昧な点が残されており、「大連立」解消により自動的に国会解散・総選挙となるかどうかは明確でありませんが、「大連立」の解消を受けて国会が任期前解散すれば、新たに選管が総選挙実施日を定める必要が発生します。

冒頭で述べたように、紛争勃発後の国民和解プロセスにあるケニアでは、次回総選挙が再び暴力化することが最悪のシナリオです。次回総選挙を平和裡に実施し、そしてその結果がやはり平和裡に受け入れられることの重要性は、これまでになく高まっています。

その次回総選挙はいったいいつ実施されるのか——日程の設定について、今後当面は、オディンガ側の姿勢に注目する必要がありそうです。もしオディンガ側も2012年12月実施の主張を取り下げることがあれば、次回総選挙の実施日はほぼ、選管の発表した2013年3月4日に決まる流れにあります。選管による「日程発表」はありましたが、引き続き注意深い情報収集が必要な局面である点に、注意が必要です。