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国際刑事裁判所とダルフール紛争

アフリカ情勢

地域研究センター アフリカ研究グループ長 武内 進一
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この記事は2009年2月18日にデイリープラネット(CS放送)「プラネットVIEW」でオンエアされた『国際刑事裁判所とダルフール紛争』(武内進一研究員出演)の内容です。

Question北アフリカ・スーダンのアラブ系住民とアフリカ系住民との間で今なお続くダルフール紛争。この紛争に、国際刑事裁判所がどうかかかわるのか 。「国際刑事裁判所」というのは、具体的にどのような役割を担っているのでしょうか?

国際刑事裁判所(International Criminal Court: ICC)とは

Answer国際刑事裁判所(International Criminal Court: ICC)とは、戦争犯罪や人道に反する罪など、個人による国際法上の犯罪を裁くために設立された国際法廷です。これまでも、第二次世界大戦後に設置された「ニュルンベルグ裁判所」や「極東国際軍事裁判所」など、国際法上の犯罪を裁くための裁判所は設立されてきましたが、いずれも設置期間を限った時限的なものでした。これに対して、ICCは常設の独立機関です。ICCの設置に関する条約は1998年に採択され、2002年に発効しました。ちなみに日本も、2007年にこの条約を批准しています。

QuestionそのICCですが、これまでには、どのような問題を扱ってきたのでしょうか?

AnswerICCが本格的に活動を開始して5年あまりになりますが、これまでの審理の対象は、すべてアフリカ諸国の紛争に関わる事件です。具体的には、コンゴ民主共和国、ウガンダ、中央アフリカ、そしてスーダンのダルフール地方で起こった紛争に関するものです。

Question今日は、そのなかでもスーダンのダルフール紛争を取り上げるということですが、なぜICCとダルフール紛争の関係が注目されているのですか?

Answerダルフール紛争に関しては、昨年7月、ICCの検察官が、スーダンのバシール大統領に対して、ジェノサイド罪(集団殺害罪)、人道に反する罪、そして戦争犯罪の容疑で逮捕状を請求しました。現在、訴追がなされるかどうか、ICCのなかで議論が大詰めを迎えていると思われます。

Question紛争に関して、一国の大統領が訴追されるかも知れない、という事態はかなり深刻ですね。そもそも「ダルフール紛争」とは、どのような紛争なのですか?

Answerダルフール紛争とは、スーダン西部のダルフール地方で起こっている武力紛争のことです。この地域には、アラブ系の住民と非アラブ系(アフリカ系)の住民が混じり合って住んでいるのですが、1980年代くらいから住民間で衝突が起きていました。

1989年に成立したバシール政権は、いわゆるイスラム原理主義を掲げていまして、アラブ系住民を優遇し、彼らを使って民兵を組織してアフリカ系住民を襲撃させた疑いがもたれています。

この紛争によって、アフリカ系住民を中心に、膨大な数の犠牲者が生まれています。その責任を、政府の最高責任者であるバシール大統領が問われているわけです。

Question現在、ダルフール紛争はどういった状況にあるのでしょうか?

Answer国際社会の仲介で、2006年に一応の和平合意が結ばれたのですが、反政府勢力の一部しか署名しないなど、実効性がありません。和平合意に伴って、国連PKOも派遣されましたが、十分な兵力や装備がなく、また政治的にも非常に不安定で、事実上紛争が続いているという、大変に危険な状況です。

Questionところで先ほど、バシール大統領が問われる可能性があるいくつかの罪のなかで、「ジェノサイド罪(集団殺害罪)」というのがありましたが、こうしたことが実際に行われていたということなんでしょうか?

Answerまず、ジェノサイド罪ですが、国連では、「国民的、民族的、人種的または宗教的な集団の全部または一部を集団それ自体として破壊する意図をもって行われた行為」と規定されていて、第二次世界大戦中にナチス・ドイツが行ったユダヤ人虐殺などが念頭に置かれています。特定の集団の殲滅を意図して行われる暴力行為と考えてよいでしょう。

近年では、1994年にアフリカのルワンダで起こった虐殺がジェノサイドと見なされています。

そこで、ダルフール紛争の場合を見てみると、中では、多大な暴力が行使され、多数の民間人が犠牲となっていることは間違いありません。ただ、それが国際法に照らしてジェノサイドと言えるかどうかは、まさにこれからICCなどが判断することです。

この点に関しては、国際社会の判断も一様ではありません。

Questionどんなふうに判断が分かれているのですか?

Answer例えば、アメリカは、ジェノサイドがあったとの立場です。2004年に当時のパウエル国務長官が議会で、「ダルフールでジェノサイドが行われている」と発言していますし、スーダン政府の責任追及にも熱心です。

一方、国連の安全保障理事会もダルフールに調査団を派遣したのですが、その報告書では、人道的に見過ごせない犯罪が行われているものの、ジェノサイド罪とは言えないと述べています。

ただ、この国連調査団の報告書は、同時に、深刻な人権侵害がなされたことは明らかだとして、ICCに付託すべきだと勧告したのです。その勧告を受けて、ICCが捜査を開始し、バシール大統領への逮捕状請求へとつながったのです。

Questionバシール大統領訴追の動きには、国際社会にも批判や懸念の声があるようですが。

Answerそうですね。スーダンはもちろんこの動きに反発していますが、アフリカ諸国の地域機構であるアフリカ連合なども批判的な立場です。ダルフールの和平プロセスがただでさえ不安定なのに、スーダン政府やその支持者を刺激すれば、さらに事態が悪化し、激しい紛争へと逆戻りしかねないという懸念を表明しています。外交筋では、こうした懸念が強いですね。

国連のバン・ギムン事務総長も、ICCを批判してはいませんが、同様の懸念を表明しています。

Question訴追が、結果的には「火に油を注ぐことになる」という懸念ですね。

Answerそうですね。その一方では、大統領を訴追する行為自体を問題視する声もあるんです。

例えばアフリカ連合のなかにも実際にそうした反発があります。反発の背景として、国際政治に見られる、「中心」と「周辺」の関係性があるように思います。どういうことかと言いますと、ダルフールで残虐な行為がなされていることは間違いありませんが、残虐な行為がなされているところは、ダルフールだけではありません。イラクやパレスチナでも国際法に違反するような、残虐な行為が繰り広げられたわけです。しかし、“国際社会の中心”に位置するアメリカやイスラエルをICCで訴追する動きは基本的になく、国際法違反の残虐行為だとして裁かれるのは、常に、アフリカのような“国際社会の周辺部”です。アフリカ諸国のなかには、こうした構図に反発する声があると思います。

Question“中心“の国々がICCを政治的に利用することで、本来公正であるべきICCの立場がゆがめられているのではないか、という考え方ですね。ただ、その“中心”のアメリカも、ICCという存在自体には反対の立場を取っていますよね。

Answerそれもアフリカ諸国などが反発する理由の一つです。なぜかと言えば、ブッシュ政権時代のアメリカは、ICC設立条約への署名を拒否したばかりか、様々な形でその活動を妨害していました。その一方で、ダルフール問題については、ICCを利用しようとする。つまり、アフリカ諸国などの反発の背景には、国際社会の中心であるアメリカによる、こうしたご都合主義的な行動への批判があるわけです。

Questionそうなると、ICCの活動自体にも疑問の目が向けられてしまうのではないですか?

Answerその点については、ICC自体の問題と言うより、各国のICCへの関わり方の問題だと思います。

ジェノサイド罪など国際法で規定された犯罪は、犯罪の中でも最も深刻なものです。これをきちんと裁くことによって、こうした犯罪が繰り返されないようにしようというのが、ICC設立の基本理念であり、これは言うまでもなく、ポジティヴに評価すべきものです。ICCは、設立から日も浅く、現実に様々な制約があることは事実です。しかし、理念に少しでも近づくために、国際社会が、ICCの活動を支援し、協力することが必要だと思います。

QuestionICCの能力に限界があることを認識しつつ、その活動がスムーズになるよう各国が協力することが国際社会にとって大切だということですね。

Answerそのとおりです。

2009年2月