権威主義体制下の地方議会選挙

調査研究報告書

山田 紀彦

2020年3月発行

序章

権威主義体制下の選挙研究は1990年代後半から興隆を極め、特に体制と制度の関係については多くの研究成果が生み出されてきた。しかしそのほとんどは国政選挙を分析対象としており、地方選挙はさほど注目されてこなかった。とはいえ権威主義体制の維持や統治において、地方は重要な役割を果たしている。そこで本研究会は、権威主義体制8カ国(中国、ベトナム、ラオス、カンボジア、ロシア、アゼルバイジャン、メキシコ 、モザンビーク)の地方議会選挙を分析対象に、地方という観点から権威主義体制が持続するメカニズムを探る。本章は研究会1年目の中間報告として、研究会の目的やアプローチ、暫定的な枠組みについて説明するとともに、各章の概要を紹介する。なお各章では、最終成果に至る前提作業として、各国の地方議会や選挙制度の変遷をまとめている。 

第1章

中国の人民代表大会は立法機関である「議会」に加えて、「国家権力機関」でもある。そのため、「人民代表」には、党組織、行政機関、司法・監察機関の者が含まれるなど、その構成に特徴がある。国家建設の進展により、人民代表大会に求められる役割は変化し、それに合わせて選挙法も改正を繰り返してきた。また、「国家権力機関」であるがゆえ、選出される人民代表があらかじめ想定されており、その設計通りに選挙結果を導くことが重要とされる。この使命を果たすべく、選挙過程は党によりコントロールされている。今後は、基層人大に求められる役割は市民のニーズへの対応など、さらに複雑化することが予想されるため、選挙制度への影響も注視する必要がある。

第2章

ベトナムでは建国以来一貫して国民の直接選挙で国会および各級の人民評議会が選ばれており、またベトナムの地方制度は1980年以来その層構造および地方政権の構成についてほぼ変更なく継続してきた。現在の第12期党指導部のもとで、ベトナムの地方制度はドイモイ期に入って初めて主要な変革の対象となっているが、そのなかでも省級の重要性には変化がないか、むしろ相対的に大きくなることが予想される。本稿は、ベトナムの共産党一党独裁体制の安定・維持のために地方議会、なかでも省級人民評議会とその代表選挙が果たしている役割について検討するための準備作業として、ベトナムの地方制度の概要や、そのなかにおける人民評議会の位置づけについて明らかにすることを目的とする。

第3章

本章は2年研究会の中間報告として、人民革命党が1975年の建国以降、その時々の国内外の情勢に応じて体制と地方議会の関係を捉えなおし、体制維持のために県級人民議会の設立、廃止、再設立を行ってきたことを明らかにする。県級人民議会は1975年の人民民主主義体制樹立に重要な役割を果たした。その後実質的機能は果たさなくなるが、1986年に経済改革が本格化すると、党は地方の経済開発を推進するため地方議会を強化する。しかし過度の分権により中央が地方へのコントロールを失い、またソ連・東欧の民主化が国内に波及すると、1991年の憲法制定時に地方議会を廃止した。とはいえその後も地方の主体性向上は課題であり続け、特に1990年代後半に貧困削減が国家目標となり、また、経済格差などにより国民の不満が高まると、党は再び地方分権にシフトする。そして2015年の憲法改正で地方議会が復活し、2016年に県級人民議会が再度設立されたのである。

第4章

1979年に政権を掌握して一党独裁を敷いたカンボジア人民党は,1980年代を通じて中央レベルから地方レベルの末端に至るまで党組織を建設し,その党組織が指導する国家機関を通じて地方レベルにおける支配を確立した。

カンボジアは1990年代初頭に複数政党制に基づく定期的選挙という民主的政治制度を導入したが,とくに地方レベルでは人民党組織と国家機関の密接な結び付きが現在に至るまで実態として存在している。カンボジアにおける地方選挙と地方議会は,こうした政治的文脈のなかで2000年代に導入された。

その結果,地方選挙と地方議会の導入は民主化や地方分権化の進展にはつながらなかった。むしろ,地方選挙は人民党の勝利を確実にする選挙サイクルの一翼を担い,一方,地方議会は政治ポストの配分による人民党内の権力分有という機能をもち,ともに人民党支配の維持・強化を支える役割を果たしている。

第5章

本稿では、ロシアにおける連邦構成主体レヴェルの議会選挙がソ連解体後から現在に至るまでの間にどのような変化を遂げてきたのかを、中央地方関係、とりわけ地方首長が地方議会選挙において果たした役割の変遷に注目して検討する。なお、本稿は2年研究会の中間報告に当たる。2年目は本稿で明らかにした地方議会選挙の特徴を踏まえ、ロシアの政治体制にとって地方議会選挙が持つ意味についてより体系的な検討を行うことを目指す。

第6章

ポストソ連期アゼルバイジャンでは、ソ連期の地方行政単位をほぼ踏襲しつつも、地区・市レベルまでを国家行政の範疇として地方自治から切り離した。代わりに地方自治実践の場として導入されたバラディーヤでは、体制の制度化と国民の脱政治化が進行している。

第7章

覇権政党時代のメキシコにおいて、州議会で野党に議席を与えて競争性を高める改革が行われたことを確認した上で、メキシコの州議会が政治改革以前には州知事に従属した「ゴム印議会」であったことを見る。そして、メキシコの統治システムという観点からなぜ州議会がゴム印議会であったかを説明する。最後に理論的見地から、メキシコの統治者(独裁者)が州議会で野党に議席を与える政治改革を行う際の制約条件とは何であったのかを考察する。

第8章
近年、Frelimo政権の権威主義化が指摘されるモザンビークであるが、2019年には従来大統領の任命であった州知事を選出に変更するなど、地方分権を進める選挙法の改正が行われている。しかし、改正選挙法を受けて実施された同年の選挙では、すべての選出知事が政権与党Frelimoの候補者となる結果に至った。本章では、権威主義化するFrelimo政権の下で進められる制度改革の在り方と、新たな制度の運用実態を明らかにし、その意義を示す。