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中東政治経済レポート:中東・イスラーム諸国関係資料紹介

中東レビュー

Volume 5

高橋 理枝 著

2018年3月発行

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ここでは、現代の中東を知るための新しい資料をいくつか紹介したい。中東社会を異なる角度から分析した3冊から、中東の多様な側面に関心を持っていただければ幸いである。
Sectarianization: Mapping the New Politics of the Middle East, edited by Nader Hashemi, Danny Postel. Oxford University Press, c2017.

近年、中東政治の解説でよく耳にする「宗派主義Sectarianism」。中東のあらゆる暴力、紛争を解説してしまう魔法の言葉だ。曰く、現在のシリアやイラクの争いは 7世紀から続くスンナ派とシーア派の相違を原因とするのだ…などなど。

本書は、巷に溢れるこの「宗派主義」言説を“新たなオリエンタリズム”として批判し、「宗派主義化(=宗派の政治化)Sectarianization」の過程と要因を分析する。政治学、歴史学、人類学、宗教学といった幅広い分野から集結した執筆陣は、宗派対立を非歴史的で本質的なものとして捉えるのではなく、宗派の対立が、なぜ今、どのような過程で激化していて、なぜそれが中東で起きているのかを分析する。

第1部では歴史的、理論的、地政学的観点から宗派主義化の性質と進化について探求し、第2部ではパキスタン、イラク、シリア、サウジアラビア、イラン、イエメン、バーレーン、レバノン、クウェートの9か国を分析する。そして権威主義政権をはじめとする政治アクターが、社会の発展を犠牲にして分断を生み出すことも意に介さず、中東地域あるいは国内における権力保持のために宗教的なアイデンティティを動員に利用してきたことを明らかにする。また作為的に生み出されてきたこの「宗派主義」が、今や自己達成的な予言となりつつある(宗派間の対立が煽られることで互いの憎悪が醸成され、実際に対立を生み出す)ことに警鐘をならし、「脱宗派主義化」の処方箋を描くことも試みている。“出口の見えない”と形容される中東の紛争を理解したい方に必読の書。

『オアシス社会50年の軌跡 : イランの農村、遊牧そして都市』後藤晃編. 御茶の水書房、2015.

イランのオアシス大農業地帯マルヴダシュト地方において、1970年代から40年にわたり調査を続けてきた研究者たちの集大成ともいうべき著作。内容は19世紀後半から1980年代が中心的に取り上げられているが、豊富な写真と具体的かつ詳細な記述は、イラン農村研究の先駆者であった故大野盛雄のフィールドを引き継いだ著者たちとこの地方との関わりの(時間的な)長さと深さを実感させる。

内容は、地主制度や農業を中心とした第1部(第1章 地主制と村の農民、第2章 農政の展開と農業社会、第3章 大土地所有制の変遷)と、社会や地域経済を中心とした第2部(第4章 遊牧民定住村40年のあゆみ、第5章 農民経済の発展と地域市場、第6章 イラン革命とイスラム農地改革、第7章 マルヴダシュト地方の水利と社会)から成る。地主による大土地所有から1960年代の地主制の廃止、そして1979年イラン革命後の農民への農地分配といった土地所有制度の変遷と、それが形成してきた農業のあり様、地域経済、村落社会の変化が詳細に描き出されている。編者が意図したように、一地方の激動の時代を切り取った記録として、読み応えのある1冊となっている。

Animation in the Middle East: Practice and Aesthetics from Baghdad to Casablanca, edited by Stefanie Van de Peer, (Tauris World Cinema Series). I.B. Tauris, 2017.

世界的にもヒットした「ペルセポリス」(イラン、2006)、「戦場でワルツを」(イスラエル、2008)を除き、中東のアニメを知っている人はどれほどいるだろうか。検閲、圧政、戦争といった困難にも関わらず、近年中東ではアニメーションスタジオが繫栄し、全く新しい世代の起業家やアーティストが育ちつつある。にもかかわらず、中東のアニメーションはこれまでほとんど取り上げられることがなかった。本書は、メディア研究者およびフィルム制作者が集い、中東各国の政治状況と映画をめぐる状況、それらのアニメーション制作や流通、放映に対する影響、さらに国を越えた地域的な繋がりをも視野に入れつつ、各国のアニメーション発展の歴史を考察する。

取り上げられているのは、イラクの民話のアニメーション化とアイデンティティ(第1章)、イランの国家機関とアニメーションの発展(第2章)、サウジアラビアと湾岸諸国における輸入アニメと国内制作アニメの性格(第3章)、トルコのアニメーションの発展と政治・文化状況(第4章)、シリアにおけるアニメーションの歴史と内戦がシリア人アニメ制作者たちに与えた影響(第5章)、レバノンのアニメーションの発展における教育の役割と大人を対象とした独立アニメーションの発展(第6章)、占領下のパレスチナにおける“ピクセル化されたインティファーダ”(第7章)、イスラエルのアニメーションが抱える表現の問題(第8章)、卓越した個人による作品から豊かな地域の協力とイニチアチブを誇るものへと進化したエジプトのアニメーション(第9章)、抑圧的な体制下で政治風刺として機能してきたリビアのアニメーション(第10章)、権威主義体制に相対するチュニジアのアニメーション制作と放映(第11章)、モロッコのIT技術を駆使したアニメーション(第12章)の12カ国で、時代的にも地域的にも中東のアニメーションの発展を一望できる資料である。

図書館研究情報レファレンス課 高橋理枝


このレポートは暫定版であり、本年度末に掲載予定のウェブ雑誌『中東レビュー』第5号において最終的なテキストおよびページ打ちが確定されます。したがってそれ以前の段階で本レポートを引用される際には振られているページ数が暫定的であることに留意し、またテキストをウェブ上から入手された日付けを必ず明記するようにしてください。