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中東政治経済レポート:イスラエル政治——米新政権とイスラエル

中東レビュー

Volume 4

池田 明史 著
2017年3月発行
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米=イスラエル首脳会談

トランプ米新政権の誕生早々に発せられた移民規制の大統領令では、入国禁止対象となった7カ国のうちスーダンを含めれば6カ国が中東諸国であった1。中東は明らかに、トランプ政権にとってはイスラム圏の中でもとりわけて敵視・危険視される地域となっている。実際、イランのミサイル発射実験に対して強く警告し2、追加の制裁実施を示唆するなど、新政権はオバマ前政権が積み上げてきた対イラン核合意(Joint Comprehensive Plan of Action:JCPOA)3をはじめとするこれまでの対話路線の成果を反故にしかねないような強硬姿勢を示し始めている。その一方、トランプ大統領は選挙戦の最中から米国大使館をテルアビブからエルサレムに移す意向を公言し、あからさまにイスラエル右派に迎合する言動を繰り返してきた。これに対して、アラブ諸国はもとより、広くイスラム世界から強い反発や懸念が向けられてきたのも事実である。そして現実に、2月半ばに行われた米=イスラエル首脳会談において、トランプ大統領はネタニヤフ首相に対して当面考え得る最大のリップサービスを行った。すなわち、パレスチナ問題の解決に向けて過去四半世紀の間、国際社会のコンセンサスであり、また和平プロセスの前提とされていた「二国家解決案」に拘らないとの姿勢を示したのである。こうした言明は、パレスチナ側がイスラエルを「ユダヤ人国家」として認めること、およびパレスチナの領域全体に対する安全保障上の管轄権はイスラエルが掌握することを「二国家解決案」をめぐる交渉の必須要件としてきたネタニヤフ首相の立場に擦り寄るものと看做されている。

もとより、言明と行動との間には距離がある。イランに対して警告を発したのは事実だが、追加制裁の中身は米国内資産凍結者の従来のリストに若干のイラン関係組織や要人の名前を付加する程度に過ぎない。対イラン強硬姿勢を共有するネタニヤフ首相との首脳会談でも、JCPOAが「最悪の合意である」との確認がなされたものの、性急な合意の破棄には言及されていない。大使館のエルサレム移転についてもトランプ大統領は個人的願望であるとしつつ、「移転に関する議論が緒に就く段階」だとして政治日程に乗せるには時期尚早との見解が示された。同様に、首脳会談を「二国家解決案の埋葬」として祝祭気分に沸いたイスラエル極右派の解釈もまた、即断に過ぎるであろう。トランプ発言は正確には「二国家であろうが、一国家であろうが、当事者双方が納得するものであれば ‥(中略)‥自分には異存はない」というものであって、二国家解決案を真っ向から否定しているわけではない。



隠された論点

むしろ、米=イスラエル首脳会談で前景化したこれら一連の議題の背後に、隠された論点が介在しているところに留意するべきであろう。2011年のいわゆる「アラブの春」から中東全域で前景化しているアイデンティティ政治(identity politics)4の騒乱の中で、パレスチナ問題を軸とするイスラエル国家とアラブ諸国家との対立抗争は後景に退くこととなった。ユダヤ人とアラブ人、ユダヤ教徒とムスリムとの間の争闘は、アラブ人とペルシャ人、トルコ人とクルド人、あるいはスンナ派とシーア派、アラウィ派、ホーシー派、ドルーズ派、ザイド派といったムスリム内部の錯綜した対抗関係の中に埋没している。その中で、相対的に屹立して勢力の保全や伸長にとりわけ腐心しているのが、イラン、トルコ、サウジアラビア、そしてエジプトの四カ国にほかならない。アイデンティティ政治の文脈でいえば、民族的にはペルシャ人、トルコ人、アラブ人の三極構造になり、宗派的にはシーア派のイランとスンナ派のトルコ・サウジアラビア・エジプトとの二項対立の図式になる。いずれの場合においても、イランを当面の主敵と看做す米国とイスラエルとの利害は、トルコ・サウジアラビア・エジプトと結んでイランを封じ込めるという大枠において一致するのである。

そうだとすると、パレスチナ問題や米大使館移転問題でこれら潜在的・顕在的な同盟相手を刺激し、不必要に軋轢を増幅するような事態を招来する施策を両国が選択するとは思えない。とりわけパレスチナ和平に関しては、トランプ大統領は執拗に「取引(Deal)」という言葉を援用した。それも、パレスチナ問題が「より大きな取引」の一部と解釈される文脈においてである。なるほど、米新政権が二国家解決案に拘らないとの立場を示したのは事実である。しかし敢えて忖度すれば、それは従来の手順、すなわち国際調停団の仲介によるイスラエルとパレスチナの当事者間直接交渉の結果としての二国家解決案に拘らないということに過ぎないのではないか。「中東の混乱の根幹にパレスチナ問題がある」との伝統的認識は、「パレスチナ問題が解決すればアラブ=イスラエル紛争も解決し、アラブ=イスラエル紛争が解決すれば他の諸問題も解決が容易となる」との「刷り込み」を導出してきていた。「パレスチナ問題は多様に存在する中東の混乱の一部に過ぎず、それが解決されても他の諸問題の解決には連動しない」との新たな認識が旧来のそれと置き換えられるのであれば、パレスチナ和平に対するアプローチにも変化の余地が出てこよう。



対外波及論から対内波及論へ

二国家解決に基づくパレスチナ国家樹立からアラブ=イスラエル全面講和へというこれまでの「刷り込み」を和平の対外波及論(Inside-Out)と呼ぶとすれば、他方でアラブ=イスラエル事実講和からパレスチナ和平へという逆コースの対内波及論(Outside-In)が台頭しつつあり、そうした潮流が米=イスラエル首脳会談において顕在化したと見ることができる。イスラエルがすでに和平条約を締結しているエジプト、ヨルダンに加えて、サウジアラビアをはじめとする湾岸アラブ諸国との事実上の連携を強化して、共通の敵であるイランを封じ込める。そのためには米大使館のエルサレム移転といったアラブ世界やスンナ派イスラム世界の敵意を煽る路線を転換する。パレスチナ国家樹立については店晒しの状態に置いたまま、イランとの対抗で協働するスンナ派諸国とイスラエルの関係安定の対内波及でパレスチナ側を押さえ込む。おおよそ、首脳会談で描かれた中東の近未来とはこのようなものではなかったかと考えられる。

問題は、トランプ大統領やネタニヤフ首相が想定するこうした「バラ色の未来」が、中東の現実にどこまで妥当性を持つかというところにある。イランを封じ込めるスンナ派諸国といっても、例えばトルコにはクルド問題が、サウジにはイエメン問題が、エジプトにはムスリム同胞団問題がそれぞれあるように、各国にとってイランの脅威は自国が抱える喫緊の課題というプリズムを通して異なる見え方をしているはずである5。これらを一括りにして共同戦線を構築しようという試みが困難を極めるであろうことは、イラク・シリアの内戦において「イスラム国」を共通の敵として駆逐殲滅しようとした一連の作戦が難航し続けている経緯からも明らかであろう。

さらなる問題は、パレスチナ和平の対内波及論にある。アラブ諸国との関係安定がパレスチナに波及するという観測がそもそも楽観的に過ぎるし、たとえ波及するとしても相当の時間が必要となる。蚊帳の外に置かれたパレスチナ人の憤懣は、すでに激発に向けて臨界状態に達しているという見方もある。とりわけ、ガザ地区においてはイスラエルに対する武力挑発が再燃する危険性が高い。イスラエル現政権の言動を見る限り、これに対するイスラエル側の報復は、過去二度の「ガザ戦争」の比ではないと見るべきであろう。いったん戦火が再燃すれば、米国やイスラエルが夢想するスンナ派諸国とイスラエルとの「暗黙の協働」の可能性は一瞬にして粉砕される確率が極めて高いといわなければならない。



(2017年2月28日脱稿、東洋英和女学院大学 池田明史)


脚注


  1. 2017年1月27日付大統領令でイラン、イラク、シリア、リビア、イエメン、スーダン、ソマリアの7カ国からの米国入国を90日間禁止。これを違憲とする司法当局との間で係争中。
  2. 2月1日、当時のフリン大統領補佐官がイランの弾道ミサイル発射実験の公表に対して、「正式に警告」
  3. 2015年7月に公表された米英仏独露中6カ国とイランとの間の合意文書。イランの核開発問題に関する包括的共同作業計画
  4. 主として社会的不公正の犠牲になっているとの自己認識を抱懐する特定のアイデンティティ(本文の文脈においては民族もしくは宗教・宗派)に基づく集団の利害を投影した政治活動
  5. 例えば、イランを最大の脅威と見る総論的視点で一致しているように映る米国とイスラエルとの間にも、対処や抑止の各論をめぐっては微妙に温度差がある。


この論稿は暫定版であり、本年度末に掲載予定のウェブ雑誌『中東レビュー』第4号において最終的なテキストおよびページ打ちが確定されます。したがってそれ以前の段階で本論稿を引用される際には振られているページ数が暫定的であることに留意し、またテキストをウェブ上から入手された日付けを必ず明記するようにしてください。

巻末の表紙写真:<背景>アブダビ、シェイク・ザーイド・グランド・モスクのメインホールの壁装飾、<右下>UAE建国記念日に行われた航空ショー(以上、齋藤純 撮影)、<左下>リヤド市内の王族の肖像(石黒大岳 撮影)