2020 年 61 巻 3 号 p. 2-27
本稿の目的は,ポスト紛争期のイラクの選挙において,政治動員が投票参加にどのような影響を及ぼすのかという問題を明らかにすることである。
戦後イラクの選挙では,投票率が高い水準で推移してきた。だが,政治エリートの汚職や有権者を無視した政治利権をめぐる対立,イスラーム国(IS)掃討作戦にともなう行政サービスの質の低下などにより政治不信が深刻化し,2018年5月に行われた第4回議会選挙では,投票率が前回選挙を20ポイント近く下回った。こうした政治不信が蔓延した状況下では,政治動員を受けた有権者は投票所に足をむけるのだろうか。本稿では,著しい政治不信状況が広がった同選挙のキャンペーン期間中に電話動員の効果をはかるサーベイ実験を行った。実験データを計量分析にかけると,動員を受けた有権者は投票に行きにくくなるということが明らかになったのである。
こうした結果から,われわれは政治不信が蔓延する状態では,政治動員が有権者の投票参加の意思を阻害する効果をもつ,という結論を導出した。