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時事解説:アフリカゾウによる農作物被害とその対策――農民による命がけの追い払い――

アフリカレポート

No.56

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050596

時事解説:アフリカゾウによる農作物被害とその対策――農民による命がけの追い払い――

■ 時事解説:アフリカゾウによる農作物被害とその対策――農民による命がけの追い払い――
■ 岩井 雪乃
■ 『アフリカレポート』2018年 No.56、pp.93-99
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はじめに

アフリカゾウ(Loxodonta Africana)が人間に害をおよぼす問題は、human-elephant conflictと呼ばれ、ゾウが生息するアフリカの国の多くで古くから起こってきた。主な被害は作物を食い荒らされてしまう農作物被害だが、時には人間が殺傷される人身被害も発生する。被害の程度や増減の傾向は、国や地域によって異なっているが、タンザニアのセレンゲティ国立公園(Serengeti National Park)に隣接するセレンゲティ県(Serengeti District)では、2000年代に入ってから、ゾウによる被害(以下、ゾウ被害)が増加の一途をたどり、地域生活を脅かすようになってしまっている。ゾウ被害は県の面積の3分の1で発生しており、被害人口は8万人と推定される(図1)。

一方で、野生動物による被害(獣害問題)は、近年、日本でも深刻になっており、研究および対策実践の蓄積がなされている。これらの成果は、アフリカのゾウ被害問題にも応用可能なものである。

本稿では、筆者が1996年からほぼ毎年おこなってきたセレンゲティ県での調査、ならびに2005年からセレンゲティの農民たちと協働で実施してきたゾウ被害対策プロジェクト1 の活動から得たデータをもとに、日本の獣害問題研究の知見も参照しながら、ゾウ被害が発生する要因とその対策を考察する。

図1 セレンゲティ県においてゾウ被害が発生している地域(A地区は事例地)

図1 セレンゲティ県においてゾウ被害が発生している地域(A地区は事例地)

(出所:筆者作成)
1.アフリカゾウ被害の発生要因

タンザニアは、アフリカ大陸の中でもゾウの個体数が多い3つの国の一つである(他の2国は、ボツワナとジンバブエ)[UNEP et al. 2013]。ゾウは全国各地の動物保護区に生息しており、全国の保護区周辺でゾウ被害は発生している。2007〜09年の3年間の被害調査 [TAWIRI 2010]では、全国108県のうち87県から回答があり、そのうちの60県(70%)でゾウ被害が発生していた。そして年間の人身被害は、死亡が40〜50名、負傷が30〜40名であった。これを、日本で人身被害の多い動物であるクマと比較すると、クマの場合は、2015〜17年度の3年間における年間の人身被害は、死亡が0〜4名、負傷が50〜110名である[環境省2018]。タンザニアは、国土面積が日本の2倍、人口は日本の約半分で、日本よりも人口密度が希薄であるにもかかわらず、ゾウによる死亡事故が多発していることが理解できるだろう。

人身被害の多くは、ゾウが畑に入って農作物被害を出す時に起こっている。なぜゾウは村の畑にやってくるのか。その原因として、「ゾウの個体数の増加や生息地の環境劣化によって餌が足りなくなっていること」を多くの人は想像するだろう。しかし、実際はそう単純な図式ではない。ゾウ被害の増加はタンザニア全国で起こっているが、ゾウ個体数は増えている地域もあれば減っている地域もあるのである。例えば、セレンゲティのゾウは7500頭いて、これは2014年までの8年間で2倍に増えている[WWF 2014]。これにたいして、タンザニア南部に位置するセルー猟獣保護区(Selous Game Reserve)では、同じ時期に7万頭から1万5千頭へと80%も減ってしまっている2 [EIA 2014]。そして、この個体数減少にもかかわらず、セルー周辺地域でもゾウ被害は増加しているのである。また、「セレンゲティ国立公園内の餌植物がゾウ個体数に対して不足しているのではないか」という疑問に対しては、現状では植生の劣化は顕著ではなく、公園職員の間では「足りない」という認識はされていない。

日本での獣害研究からは、地域ごとに状況が異なっていても、共通している要因があることが指摘されている。それは、動物が農地にでてくるのは、「農地は安全で(危険がない)、作物は餌」と認識してしまっていること、すなわち、いわゆる「人慣れ」が原因だという指摘である[農林水産省鳥獣被害対策基盤支援委員会 2016]。ゾウが農地に出てくる原因としても、「人慣れ」は当てはまるといえるだろう。これをふまえた上で、以下ではゾウ被害の具体的な現場を検討する。

2.ゾウ被害の実態

ゾウによる被害とはどのようなものか。セレンゲティ県の中でも被害の多いミセケ村(Misseke Village)A地区の場合をみてみよう。A地区は、8キロメートルにわたってイコロンゴ猟獣保護区(Ikorongo Game Reserve)に隣接している。その猟獣保護区の背後は、セレンゲティ国立公園という四国と同じ面積をもつ広大な動物保護区につながっている(図1)。猟獣保護区と国立公園では生業活動が禁止されていて、住民は、入園料を支払って観光客としてしか入ることはできない。保護区への人間の侵入は厳しく制限している一方で、村と保護区の境界には柵など囲いはなく、ゾウを含めてすべての動物は自由に行き来することができる。A地区の人口は約1500人で、ほぼすべての世帯が農業を主な生業とし、補完的に家畜飼養もしている。1世帯の平均的な耕作面積は5エーカーであり、主たる作物は、トウモロコシ、ソルガム、キャッサバである。農業では年2回の収穫期があり、2〜6月の大雨季と9〜12月の小雨季に耕作している。降水量は年間900ミリメートル前後あり、順調に収穫できれば、販売して農作物から大きな収入を得ることも可能である。しかし、数年おきに干ばつがあり、まったく収穫できない年もしばしばある。

このようなA地区でゾウ被害が出るようになったのは、2005年ごろからであった。はじめのころは、1頭や数頭のゾウが、年に数回、村に入ってくる程度だった。それが、年とともに群れのサイズが大きくなり、村に侵入する回数も増えていき、2010年からは甚大な被害を出すようになった。2017年2〜8月の筆者データでは、村に侵入するゾウの平均群れサイズは10頭で、多い時には70頭もの群れがきていた。侵入回数は、平均13回/月で、2〜3日に1回ゾウが来ている。これは、そこに生活している住民の感覚からすれば、ほぼ毎日ゾウに襲われているのと同様で、ゾウに怯えながら暮らしている状況である。ゾウ群が畑に入ると、数時間であるだけの作物を食べ尽くしてしまう。

特に、収穫直前の畑に入られた時の農民の怒りと悔しさは、言葉では言い表せないほど大きい。5ヶ月にわたって、毎日毎日、炎天下のなか労働して育ててきた作物が、収穫を目前にして、一夜で食い荒らされてしまう。そして、その後の生活は食糧不足に陥り、食糧購入を優先させるために子どもの教育費や医療費を削減して、生存するためにやりくりしなければならない。生活の質が、ゾウによって大きく下げられてしまうのである。また、村の中まで侵入してきたゾウと出くわして、村びとがゾウに襲われて殺されてしまう事件が起こることもある。2015年は、セレンゲティ県で4名がゾウに殺された。このような状況では、「ゾウが憎い、殺したい」と語る農民の心情はもっともである。

写真:村の中で平然と餌を食べるゾウ

村の中で平然と餌を食べるゾウ(2016年筆者撮影)
3.農民たちの命がけの対策

このように生活と生命を脅かすゾウに対して、農民はどのように対策しているのだろうか。農民たちは、ゾウを畑から追い払おうと努力をしているが、これは、命がけだ。ゾウのような巨大な動物に襲いかかられたら、人間などひとたまりもない。しかし、その相手に、タンザニアの農民は何の武器も持たずに立ち向かわなければならない。ゾウは法律で厳重に保護されている動物なので、農民がゾウを殺すことは許されていないからだ。

かつては、この地域の民族イコマは弓矢を使っていた。動物を狩猟して食べたり、護身用の武器にしていた。しかし、自然保護政策によって弓矢による狩猟は禁止されてしまい、1980年代からは弓矢をもっていると密猟者と見なされて逮捕されるようになってしまった。

昨年(2017年)、ゾウが村に侵入した時に、ある農民が護身用に弓矢を携えてゾウを追い払いに行った。ゾウを攻撃することが目的ではなく、あくまでも、ゾウが自分に向かってきた時の自衛が目的だった。ところがその時、動物保護区の職員が、弓矢をもっている農民を逮捕しようとしたのである。農民たちと保護区職員の間で小競り合いが起きて、一触即発の事態になった。保護区職員は、農民が弓矢でゾウを傷つけようとしている、すなわち密猟者だと言うのだ。しかし、そこは村の土地で、今、目の前で、畑の中にゾウが入って作物を食べている状況だ。農民が命がけで生活を守ろうとしている、まさにその最中に、保護区職員はゾウを追い払うのを手伝うどころか、弓矢をもっていた農民を逮捕しようとしたのだ。それ以来、農民は追い払うときに弓矢をもつことができない。追い払っている過程で、ゾウが彼らに向かってくることもあるというのに。その時は、ゾウにやられて死ぬか、逮捕されて刑務所に行くしかない。それが、セレンゲティの農民が置かれている状況なのだ。

4.ワイヤーフェンスと追い払いチーム

それでも、畑を食い荒らされるのを黙って見ていたら農民たちは生きていけない。ゾウを傷つけずに脅かして追い払う方法を探して、農民は試行錯誤を重ねている。ゾウがまだ少ない2010年ごろは、懐中電灯が有効だった。ゾウは、人間を避けて夜に畑にやってくるのだが、懐中電灯で照らすと、怖がって保護区へ逃げていった。しかし、3年ほど経った2014年には慣れてしまって、恐れなくなった。

そこで、2015年から導入している方法は、ワイヤーフェンスである。ワイヤーフェンスは、たった1本のワイヤーである。電気が通っているわけでもない。効果があったという農民の情報をもとに、半信半疑ながらも試しに保護区と村の境界線に設置すると、驚いたことにその効果は絶大だった。今のところ、ほとんどのゾウがワイヤーを警戒しており、大きな効果を挙げている。2016年には、A地区は8割の畑で被害を受けることなく収穫できた。農民たちは「こんなに大量に収穫できたのは5年ぶりだ」と喜んでいた。

しかし、ワイヤーフェンスを設置したからといって安心することはできない。ゾウは賢いため、ワイヤーに近寄って嗅ぎ回り、危険がないと判断すると壊して入ってきてしまう。そのため、ワイヤーの効果を持続させるためにも、人間が出て行って脅かして、ワイヤーから遠ざけて保護区の中までゾウを追い返す必要がある。A地区では、2016年から青年たちが「追い払いチーム」を組織して、協力し合いながらゾウを追い払う活動を進めている。チームメンバーは、保護区との境界にある大きな岩山を見張り台にし、雨の日も風の日も寒い日も、毎晩毎晩そこで寝泊まりして、村に近づいてくるゾウを見張っている。ゾウを発見すると、20人ほどのチームになって、銃声のような大きな爆音のする爆竹器を使ってゾウを追い払うのである。フェンスを嗅ぎ回っている段階では、ゾウは比較的簡単に保護区に帰っていく。村の中まで入って作物を食べはじめてしまうと、ゾウは目の前にあるおいしい餌を食べたくて必死になっているので、追い払うのがとても難しくなる。

こうして、なんとかこの3年間は、A地区ではゾウの被害を少なく抑えることができている。しかし、それでも、まったくゼロにはできていないし、ワイヤーフェンスや爆竹器に慣れていくゾウも観察されている。フェンスを壊そうとする個体が増えてきているし、以前は爆竹器の音で一目散に走って保護区に逃げていたゾウたちが、最近は50メートルほど走ると止まって様子をみるようになってしまっている。賢く学習能力の高いゾウは、同じ方法をずっと使っていると慣れてしまう。その時に備えて、次の新しい対策を用意しておく必要があり、農民たちは次の手段の実験を始めている。

写真:武器らしい武器ももたずに、ゾウを追い払う農民たち

武器らしい武器ももたずに、ゾウを追い払う農民たち
注:黒い棒状の道具は、銃声のような爆音の出る爆竹器。 (2017年筆者撮影)
5.長期的対策の欠如

このように現場レベルでは、短期的な対策を次々と繰り出して、被害を抑えようとしている。では、この問題の長期的な解決はどのように可能なのだろうか。

日本の獣害対策では、3つの対策、すなわち①誘因除去(野生動物の食糧となるものを除去)、②農地への接近防止(防護柵の設置など)、③個体数管理(加害動物を駆除)を総合的に実施することが必要だとされている[鳥獣被害対策基盤支援委員会 2016]。①誘因除去は、農業が縮小しつつある日本特有の状況で、放棄された果樹や畑の作物が野生動物を誘引していることに対する対策である。これは、セレンゲティ県では、食糧が不足しているので作物が放棄されることはなく、無駄な誘因物は基本的に存在しない。また、②農地への接近防止は、前述のようにワイヤーフェンスと追い払いチームで対策している。そして、農民レベルでは手をつけられない対策が③個体数管理なのである。

セレンゲティのゾウの個体数は増加しており、ゾウ被害拡大の一つの要因と考えられる。しかしタンザニア政府は、全国的にはゾウの個体数が減少していることを理由に、加害するゾウを積極的に駆除したり、計画的に個体数を減らす対策はとっていない。ここには、ゾウの密猟対策と保護に多額の資金を提供している国際環境NGOやドナー国への配慮も働いている。

また、加害動物が人間を恐れない、人慣れしてしまっている問題に対しては、日本の対策では「人間に対する警戒心や恐怖心を高め、農地や集落は人間の生活の場であり自分たちの居場所ではないと学習させることが基本」としている[農林水産省鳥獣被害対策基盤支援委員会 2016, 74]。セレンゲティの現状では、かつては、住民は弓矢を常にもっていて、ゾウを積極的に狩猟するわけではないが3 、村に近づいてくる個体を発見したら弓矢で追い払っていた。しかし、住民の弓矢による狩猟が禁止され取り締まりが厳しくなった1990年代からは、弓矢でゾウを脅かすこともなくなった。そして、国立公園の観光客数は急激に増加しており、ゾウに接近して写真を撮っている。そのような経験を通じて、ゾウが人間を安全な生物と認識してしまい、村にも出没してしまっていると考えられる。A地区では、追い払い活動によってゾウを脅かし、村を危険だと学習させようとしているが、そのために住民は自らの命を危険にさらしている。

日本では、人慣れして里に出没するサルへの対策として「個体群管理」が推奨されている[農林水産省鳥獣被害対策基盤支援委員会 2016]。これは、動物の分布や行動圏を「個体群=群れ」を単位として把握し、その上で計画的に管理する手法である。それは、無差別に捕獲して数を減らすのではなく、「悪質な加害個体の除去」「群れ規模の縮小」「群れの除去」など、捕獲の目的を明確にし、長期的計画のもとで実施するものである。セレンゲティにおいても、群れで行動するゾウに対して、このような個体群管理を実施することが求められる。しかしそのためには、群れの基礎データの収集が欠かせない。群れの数やその分布、行動圏などを、GPS発信機を使って調査する必要がある。それには巨額の費用がかかるため、村落レベルで実施することは不可能である。住民たちが、安心してゾウと共存できるために、タンザニア政府と国際組織の連携による長期的な調査と対策の実施が求められている。

参考文献

〈日本語文献〉

〈外国語文献〉

  • EIA (Environmental Investigation Agency) 2014. Vanishing Point: Criminality, Corruption and the Devastation of Tanzania's Elephants. London: EIA.
  • TAWIRI (Tanzania Wildlife Research Institute) 2010. Tanzania Elephant Management Plan 2010-2015. Arusha: TAWIRI.
  • UNEP (United Nations Environment Programme), CITES (Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora), IUCN (International Union for Conservation of Nature) and TRAFFIC 2013. Elephants in the Dust- The African Elephant Crisis. Nairobi: UNEP(邦訳はトラフィックイーストアジアジャパン訳『消えゆくゾウたち―アフリカゾウの危機』トラフィックイーストアジアジャパン 2013年).
  • WWF (World Wildlife Fund for Nature) 2014. Aerial Total Count of Elephants and Buffaloes in the Serengeti-Mara Ecosystem. Nairobi: WWF.

(いわい・ゆきの/早稲田大学)

脚注


  1. セレンゲティ・人と動物プロジェクト(特定非営利活動法人アフリック・アフリカ)
    http://afric-africa.vis.ne.jp/04africa/index.htm
  2. この減少は、中国向けの違法象牙輸出を目的とした密猟が原因である。密猟組織には、住民は末端では関わっているが、中心となっているのは政治家や国際密輸組織である。象牙密猟問題のメカニズムや住民のかかわりについては、岩井[2017]に詳しい。
  3. イコマはゾウを民族の神として崇めているため、殺すことは慣習で禁じられている。