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資料紹介:「統治者なき社会」と統治――キプシギス民族の近代と前近代を中心に――

アフリカレポート

No.56

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050432

資料紹介:小馬 徹 著『「統治者なき社会」と統治――キプシギス民族の近代と前近代を中心に――』

■ 資料紹介:小馬 徹 著『「統治者なき社会」と統治――キプシギス民族の近代と前近代を中心に――』
津田 みわ
■ 『アフリカレポート』2018年 No.56、p.76
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現代ケニア政治を知ろうとするとき、「カレンジン」という社会集団へのなんらかの理解は欠かせないだろう。「カレンジン」はなにより、1970年代から4半世紀にわたりケニアに君臨した第2代大統領、ダニエル・アラップ・モイの出身民族である。いまではケニア5大民族の一つとして扱われ、その人口は国民の約1割を占めるが、国勢調査の民族欄に「カレンジン」という区分がつくられたのは、このモイ政権期のことだった。近年では、ケニア最悪の国内紛争となった2007/08年の「選挙後暴力」において、入植農耕民に多数の死傷者をもたらした暴力組織の基盤となったのもまた、「カレンジン」とみられている。その「カレンジン」を構成する最大の社会集団である「キプシギス」において、1970年代からほぼ40年間にわたって参与観察調査を行ってきた著者が、「統治」をテーマにこれまでの研究の一部を再構成したのが本書である。

人類学的手法をとりつつ、あえて社会科学的な問題群を中心テーマに据えたことに、本書の最大の特徴があるといってよいだろう。本書では、言語や文化、慣習法など、人類学が得意とする要素を駆使してこそ見えてくる「統治」のありようが、政治史や制度論などとは異なる仕方で次々と読者に示されるのである。ケニアとタンザニアの対照的な言語政策を浮き彫りにし、国民統合の隘路を描いた第1章、慣習法と近代法の並存がもたらす社会変容を描いた第2章、「ビーズの腕時計」、「カネ」、そして行為としての「握手」に着目することで、私たちの日常とキプシギス社会を同時に照射する第3~5章、成年式の不在が孕む問題を抱えた西欧近代社会と成年儀礼が機能するキプシギス社会を対照させた第6章と本書は続く。

なかでも評者には、キプシギスの社会内部については対立が極小化される一方で、キプシギス人でもカレンジン人でもない「外部」への暴力行使が迅速かつ激しい形をとる様子を描き、その背景として植民地遺制による二重法制の功罪を綴った第2章が、紛争研究との関連からもとりわけ印象深かった。社会科学は、著者からのこの投げかけにどんな応答をしていけるだろうか......。著者は宗教、政府などを論じた続編を近いうちに世に問いたいとしていて(p.16)、そちらの出版も待ち遠しい。なお、著者は絵の名手としても知られる。本書には評者が見つけただけでも数カ所に著者の手になる細密な挿画が添えられており、読者にはうれしいプレゼントになっている。

津田 みわ(つだ・みわ/アジア経済研究所)