時事解説:アフリカの「障害と開発」の今――大陸横断的な取り組みとJICAプロジェクト――

アフリカレポート

No.56

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時事解説:アフリカの「障害と開発」の今――大陸横断的な取り組みとJICAプロジェクト――

■ 時事解説:アフリカの「障害と開発」の今――大陸横断的な取り組みとJICAプロジェクト――
■ 鷺谷 大輔、上岡 廉
■ 『アフリカレポート』2018年 No.56、pp.69-74
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はじめに

「アフリカの『障害と開発』を取り巻く状況は、ここ数年とても大きく動いている。」

これは20年以上に渡りアフリカの「障害と開発」に携わり続けてきた国際NGO職員の言葉である1

実際、2006年に採択された国連障害者権利条約(United Nations Convention on the Rights of Persons with Disabilities: UNCRPD)や2015年に国連で採択された持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)といった国際的な取り組みの後押しを得て、アフリカの「障害と開発」は大きく進展している。本稿では、アフリカで現在どのような「障害と開発」に関する大陸横断的な取り組みが行われているのか、また、その課題は何かを、国際協力機構(Japan International Cooperation Agency: JICA)が南アフリカで実施している技術協力プロジェクトでの著者らの経験を交え紹介・考察したい。

「障害と開発」とは、開発途上国の障害者について扱う分野である。「障害と開発」では、貧困や社会的排除との関わりなど障害を開発課題としてより包括的な視点でとらえ、開発過程に障害者が主体となって参加すべきという考え方が主流となっている。従来は医療やリハビリテーションの側面から障害をとらえ、障害者個人の問題とする傾向があったが、現在は社会が障害者を排除していることに問題があるという「障害の社会モデル」の考え方が普及しつつあり、「障害と開発」もこの考え方に立脚している。「障害と開発」が目指すのは、障害者のエンパワメントなど障害に特化した取り組みと、あらゆる分野に障害の視点を組み込む障害の主流化を通じた、障害者を含む多様な人々が社会の一員として参加し、支え合うインクルーシブな社会づくりである[国際協力機構2015]。

1.アフリカ連合による大陸横断的な取り組み

1981年の国際障害者年および国連障害者の10年(1983~92年)を機に、世界的に障害者の完全参加と平等に向けた取り組みが行われてきた。しかし、これらの取り組みはアフリカの障害者の生活に大きな改善をもたらさなかったとの考えから、アフリカ連合(African Union: AU)が牽引役となり、第1次(2000~09年)・第2次(2010~19年)アフリカ障害者の10年など障害課題に関する大陸横断的な取り組みを推し進めてきた。しかし、第1次アフリカ障害者の10年は、AU加盟国のオーナーシップが希薄であったこと、財政配分が欠如していたことなどから十分な成果があがらなかったとの批判があった[小林 2016]。そのため、第2次アフリカ障害者の10年を契機に、AU枠内で障害課題に対する取り組みを行うべく、AUは2013年1月の執行理事会において、AU障害アーキテクチャ(AU Disability Architecture: AUDA)の創設を承認した。AUDAは、アフリカの障害者の完全参加、平等、エンパワメントの促進や、アフリカの「障害と開発」に関する体制づくりを目的とし、法・プログラム・機関の3つの柱から成っている。

第1の柱、法に関しては、人権保障に関する基本文書であるアフリカ人権憲章(African Charter on Human and People’s Rights)を補完する文書として、アフリカの障害者の権利に関する議定書(Protocol to the African Charter on Human and Peoples’ Rights on the Rights of Persons with Disabilities in Africa。以下、議定書と略記)2に関する取り組みが挙げられる。議定書は、UNCRPDの内容を踏襲しているものの、アフリカに特有の事情(高い貧困率、体系的な差別、女性障害者に対する虐待や暴力、アルビノの人々に対する迷信や有害な慣行としての呪術・宗教的殺害など)に言及するなど、アフリカの文脈に合わせ、アフリカの障害者の人権を保障する文書として位置づけられている。

議定書が策定されるまでの経緯は小林[2016]に詳しいが、2003年5月にルワンダのキガリで開催された第1回閣僚級人権会議で議定書の作成が要求され、2012年に障害者および専門家を含むワーキンググループがコンセプトペーパーを作成した。そして、パブリックコメントや検証ワークショップなどを通じ、参加型で草案が作成され、2014年に議定書の第2草案が発表された。2016年11月にエチオピアのアディスアベバで行われた議定書検証ワークショップには、アフリカ各国の政府関係者や障害者団体(Disabled People’s Organisation)の代表など約50名が参加し、草案の条項や文言が細かく検証され、逐次修正された。その後、2017年4月にアルジェリアのアルジェで開催された閣僚級会合で内容確認が行われ、議定書はAU社会開発技術特別委員会(Specialized Technical Committee on Social Development)およびAU司法技術特別委員会(Specialized Technical Committee on Justice and Legal Affairs)による最終確認が行われ、2018年1月29日にアディスアベバで開催された第30回AU首脳会合で採択された。

議定書は、AU加盟国15ヶ国の批准をもって法的効力を持つこととなっており、AU加盟国の署名・批准を促進するための啓発活動などが始まっている。議定書に署名・批准した国は、2年に1回3、議定書に記載の障害者の権利実現に向けた取り組みの進捗状況をガンビアに設置されているアフリカ人権委員会(African Commission on Human and Peoples’ Rights)に報告する義務がある。また、議定書は締約国に障害者に関する国内法の整備を求めており、締約国で障害者法の無い国々に法制定を促していくための取り組みも始まっている。例えば、AUの全アフリカ議会(Pan-African Parliament: PAP)とアフリカ障害同盟(Africa Disability Alliance: ADA)4が協力し、障害者法モデル(Model Disability Law)を2019年末までに作成するという取り組みが始まっている5

第2の柱、プログラムは、第2次アフリカ障害者の10年の大陸行動計画の実施である。第2次アフリカ障害者の10年の大陸行動計画は、第1次大陸行動計画で掲げられた10項目のうち9項目を引き継ぎつつ、農村地域の障害者のインクルージョンを保障することなど、新たに追加された3項目を含む12の行動が定められている。2017年9月にアディスアベバで、AU加盟国の上級行政官やAU委員会の障害担当者を対象とした障害主流化および大陸行動計画実施に関する研修が開催され、チャド、エチオピア、レソト、ナイジェリア、ウガンダ、ソマリア、南スーダン、ガンビア、ジンバブエなどから関係者が参加し、障害主流化の促進と大陸行動計画の実施に向けた行政官の能力強化が図られた。

第3の柱、機関に関しては、資金不足などで脆弱であったアフリカ・リハビリテーション研究所(African Rehabilitation Institute)が解体され、新たにAU障害研究所(AU Disability Institute: AUDI)が設立される予定となっている。AUDIは、障害に関する調査、研修などを通じた能力強化、大陸行動計画実施のモニタリング・評価・報告などを行う機能を有し、現在、AUが複数の希望国から設置場所を検討している。

なお、2019年で終了する第2次アフリカ障害者の10年は、その後、第3次へと延長するのではなく、AUDAに沿って実践的な活動を実施し、具体的な成果を残すこと、さらにその活動をモニタリングしていくことの重要性が、前述のアルジェリアで開催された閣僚級会合で提言された6

2.障害者団体の役割

AUDAや議定書策定に関するAUの大陸横断的な取り組みにおいては、アフリカ障害フォーラム(African Disability Forum: ADF)がアフリカ全体をカバーする障害者団体として重要な役割を担ってきた。ADFは障害者が主体となった組織であり、アフリカの障害者、障害者の家族、障害者団体の声を集めるとともに、各国の障害者団体や団体間の調整の役割を担う障害者連盟(Federation of Disabled People’s Organisations)の能力強化を行う組織として、2012年に発足し、2014年に正式に設立された。ADFはエチオピアのアディスアベバに事務所を構え、40ヶ国から53の団体が加盟している(2018年2月8日現在)7。ADFは、アフリカ各地域の障害者連盟と協力し、これまで、西部アフリカのマリ、中部アフリカのカメルーン、南部アフリカの南アフリカ、東部アフリカのケニアで戦略計画協議ワークショップを開催してきた8。その結果を踏まえ、2017年11月にアディスアベバでADF戦略計画検証ワークショップを開催し、ADFの5ヶ年戦略計画を策定し、①アフリカの障害者の権利の啓発、②障害者団体の能力強化、③障害インクルーシブな開発と障害主流化の推進、④障害女性のエンパワメントを通じた平等の推進、⑤障害者に関するデータ収集および統計調査の推進、⑥アフリカ障害者団体のパートナーシップ強化、⑦障害者に配慮した人道緊急支援や災害対策の推進の7つを活動の柱にしていくこととなった。

また、前述のADAも障害者が代表を務める組織であり、アフリカ障害者の10年推進や議定書策定の中心的組織として活動してきた。ADFがアフリカ各地域の障害者団体間の調整の役割を担う組織であるのに対し、ADAは政策、活動計画やガイドラインの作成などにあたって、AUや各国政府への提言を行う、シンクタンク的な機能をもつ組織である。

3.JICAプロジェクトの地域に根ざしたインクルーシブな取り組み

以上のように、アフリカではAUやADF、ADAなどが中心となり、「障害と開発」に関する大陸横断的な体制や枠組みの整備が近年、大きく進展してきている。他方で、こうした取り組みを、障害者の社会参加を実現するための具体的な活動の実施や目に見える成果にどうつなげるかが大きな課題である。両者を架橋する試みの一つとしてJICAが南アフリカで行っている地域に根ざしたインクルーシブな取り組みを紹介する。

南アフリカにおいて、政策面の整備や都市部の障害者へのサービスは比較的充実しているものの、農村部の障害者が取り残されているという課題がある。そのような背景から、JICAの技術協力プロジェクト「障害者のエンパワメントと障害主流化促進プロジェクト(通称Southern African Disability Empowerment and Mainstreaming: SADEMプロジェクト)9」が2016年5月に開始された。SADEMプロジェクトは、南アフリカの農村地域2ヶ所をプロジェクトサイトとし、地方自治体やコミュニティの関係者などと連携しながら、障害者のエンパワメントと障害主流化活動を行っている。具体的には、コミュニティレベルで、障害者同士が話を聞きあうピアカウンセリングや、障害者が集まり共通の目的のために活動する障害者自助グループの設立・強化などを行うとともに、障害者がコミュニティで「障害の社会モデル」やアクセシビリティの啓発を行うなどインクルーシブな社会づくりを目指した活動を実施している。今後、それらの活動で得られた教訓や経験を、「地域に根ざしたインクルーシブな開発のガイドライン」にまとめる予定となっている。

著者らは、これまで、前述のAUの議定書検証ワークショップやADFの戦略計画検証ワークショップなどに参加し、SADEMプロジェクトの活動や計画を共有すると共に、関係者との連携を図ってきた。今後、SADEMプロジェクトは、南アフリカ国内での活動に重点を置きつつも、近隣国の関係者を南アフリカの研修に招聘するなど、近隣国との関係を強化していく予定である。将来的には、SADEMプロジェクトは、南アフリカや近隣国の障害を所掌する省庁、地方自治体、障害者団体などと連携しながら、コミュニティレベルでインクルーシブな社会づくりの推進を支援していくことを視野に入れている。また、大陸横断的な組織との連携を通じ、前述のガイドラインやSADEMプロジェクトの活動や好事例の普及を行い、アフリカの他地域での障害者の社会参加促進へ働きかけを行うことも検討している。

おわりに

アフリカの「障害と開発」において、AUが自ら障害課題に関する大陸横断的な取り組みに責任を持とうとする姿勢を示していることは評価できる。具体的には、AUDAに基づき、アフリカの障害者の権利に関する議定書、アフリカ障害者の10年大陸行動計画およびAUDIを柱として、障害課題に対する取り組みを実施する体制がAU内に創設され、議定書が採択されたことである。

一方、議定書が法的効力をもつには、AU加盟15ヶ国による議定書の批准が必要であり、そのために、ADFやADAといった大陸横断的な組織が、障害者団体の連携強化などを通じ、AU加盟国政府に働きかけを強める必要がある10。また、大陸行動計画に関しては、効果的な活動の実施に必要な予算情報が不十分だという指摘や、活動のモニタリングや評価に必要な指標が示されていないという指摘がある [Lang et al. 2017]。さらに、AUDIに関しても、今後、具体的にどこでどのような活動を行うのか、AUがどのように予算を確保するのかといった課題を解決する必要がある。そして、第2次アフリカ障害者の10年の評価に基づいた2020年以降の戦略・行動計画をどうするのか、AUが活動やモニタリング評価をどのように実施していくのかといった議論をさらに深めていくことが不可欠である。

さらに、これら大陸横断的な取り組みが、体制・枠組みづくりや法の整備だけに限られることなく、障害者の社会参加を実現するための具体的な活動の実施や成果につながるのかが最大の課題である。その点において、コミュニティレベルで障害者が中心となり、インクルーシブな社会づくりに関する具体的な活動を実施し、大陸横断的な組織を通じてプロジェクト活動や好事例の紹介を行っているSADEMプロジェクトの意義は大きく、アフリカの「障害と開発」に貢献しうると考える。大陸横断的な取り組みとアフリカの「障害と開発」の今後の進展に注目したい。

参考文献

〈日本語文献〉

〈外国語文献〉

(さぎや・だいすけ/JICA専門家)
(かみおか・れん/JICA専門家)

脚注


  1. ケニアで2017年に開催されたワークショップでの発言。
  2. Draft Protocol to the African Charter on Human and Peoples’ Rights on the Rights of Persons with Disabilities in Africa.(http://blindsa.org.za/wp-content/uploads/2018/02/English-Protocol-on-the-Rights-of-Persons-with-Disabilities-.pdf, 2018年5月22日閲覧)。
  3. 議定書第32条には、定期報告はアフリカ人権憲章第62条に従うと記載されており、アフリカ人権憲章第62条には、締約国は、本憲章が効力を発揮してから2年ごとに、憲章に保障された権利や自由に効果を与える立法や他の取り組みを報告する義務があると記載されている。
  4. アフリカ障害者の10年事務局(Secretariat of the African Decade of Persons with Disabilities: SADPD)が2014年に改称したもの。
  5. ADA代表のKudakwashe Dube氏より聞き取り(2018年2月19日、プレトリアにて)。
  6. AU職員のLefhoko Kesamang氏より聞き取り(2017年5月4日、ヨハネスブルクにて)。
  7. ADF職員のBerhanu Tefera氏より2018年2月8日にEメールを通じて回答を得た。
  8. 北部アフリカでは、地域障害者連盟の活動がまだ活発でないこともあり未開催(ADF職員のBerhanu Tefera氏より聞き取り、2017年9月14日、ケニアにて)。
  9. 「障害者のエンパワメントと障害主流化促進プロジェクト」ウェブサイト (https://www.jica.go.jp/project/southafrica/002/index.html)、JICA SADEMのFacebookページ (https://www.facebook.com/jicasouthafricadisabilityempowermentmainstreaming/, 2018年5月22日閲覧)。
  10. 障害者の権利に関する議定書に先立ち、2016年1月にAUで採択された高齢者の権利に関する議定書は、2018年2月8日現在、署名はわずか5ヶ国、批准した国はないという状況である。