資料紹介:うしろめたさの人類学

アフリカレポート

No.56

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050154

資料紹介:松村 圭一郎 著『うしろめたさの人類学』

■ 資料紹介:松村 圭一郎 著『うしろめたさの人類学』
■ 岸 真由美
■ 『アフリカレポート』2018年 No.56、p.19
(画像をクリックするとPDFをダウンロードします)

世のなかに何かしらの違和感を覚えたり、窮屈さや無力感を感じたりすることはないだろうか。本書はそうした違和感や窮屈さに向き合う手がかりを構築人類学の観点から示す。

二十代に十カ月ほどエチオピアの村に住んだ著者は、生活のすべてが他人との関わりのなかにあって、なにをするにも物事はすんなり運ばず、怒ったり泣いたり喜怒哀楽に満ちた毎日を送った。しかし日本に戻った時、すべてがすんなり運び、憤りも戸惑いも感じないことに違和感を抱いた。日本の社会には「交換」のモードが浸透している。贈り物を渡す/受け取る「贈与」ではモノには相手への愛情や感謝など何らかの思いが込められるが、売買による商品の「交換」では売り手と買い手のあいだで商品に特別な思いを込めたりはしない。交換は人との関わりで生じる厄介ごとやストレスを回避するが、同時に感情も取り除く。それは私たちにとって大事な「共感」する力も抑圧してしまう。著者が調査地とするエチオピアには贈与の関係があふれている。人びとは物乞いに気前よく小銭を渡す。レストランで知人に会えば一緒に食べようと誘う。共感はモノを独占することへの「うしろめたさ」を喚起し、「相手にふるまう」ことを求める。

本書のタイトルにもある「うしろめたさ」は実は、世のなかの違和感や窮屈さを感じさせる普段は見えていないルールや制度が、当たり前で変わらないものではないことに気づく重要な手がかりになる。わたしたちの心と体は公平さを求めていて、他者とのあいだに偏りを感じるとバランスを回復しようとする。その時感じるのが「うしろめたさ」だ。共感が生まれやすい空間では「うしろめたさ」の感度も高まる。今まで見えていなかった不均衡に気が付けば、当然のものと考えていたルールや制度を見直し、自分ができることを考えるきっかけになる。

本書は自分が今いる社会を別の角度から見る視点を与えてくれる。著者の簡潔かつ平易でありながら内容にぐいぐい引き込む文体もすばらしい。ちなみに出版社のウェブサイトに本書に関連した著者の対談(全2回)が掲載されている。あわせて読むと本書をより深く理解できるのでお薦めしたい。

岸 真由美(きし・まゆみ/アジア経済研究所)