資料紹介:アルカイダから古文書を守った図書館員

アフリカレポート

No.56

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050152

資料紹介:ジョシュア・ハマー 著 梶山 あゆみ 訳『アルカイダから古文書を守った図書館員』

■ 資料紹介:ジョシュア・ハマー 著 梶山 あゆみ 訳『アルカイダから古文書を守った図書館員』
■ 則竹 理人
■ 『アフリカレポート』2018年 No.56、p.17
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イスラム国(Islamic State)による世界遺産の破壊行為を契機に、2015年に世界遺産委員会でボン宣言が採択されたことに起因し、武力紛争下での文化財の保護に関する世間の問題意識や注目度は、近年少しずつ高まっている。本書で取り上げられる、西アフリカに位置するマリ共和国のトンブクトゥを舞台とした歴史的価値のある資料の保護に関する話は、そのような時勢である今だからこそ、いっそう注目に値するノンフィクション(史実)である。

街自体が世界遺産に登録され、学術都市として名高いマリ・トンブクトゥ。そこで保存されている多数の貴重な古文書を、国の北部より忍び寄るアルカイダ勢力から守ろうと、秘密裏に南部に避難させる様子を初めて克明に記録したのが本書の原著である。本文に描写される、危険を顧みず古文書を守ろうとする図書館員の姿勢からは、ある時代の記憶が綴られた記録を後世に伝えることの重要性を読み取ることができる。さらには、逆境に立ち向かった史実を記した書籍が出版され、(本書のように)外国語に翻訳され、世界中に広まっていくこと自体が、同様に記録(記憶)の保存、伝承の大切さを体現しているといえる。

本書の文章の特徴として、ひとつひとつの出来事や状況がとても細かく、生々しく表現されていることが挙げられる。人の言動だけでなく、物の様子や動きについても詳細な叙述がなされており、資料の装丁や保存状態についても情報量が豊富である。資料の状態を詳細に記述するためには、通常は専門用語を多少用いざるを得ないと考えられるが、本書では難しい用語や言い回しを使用せずに描写されており、多くの人々にとって読みやすい内容となっている。

原著の言語である英語の場合、‟libraries”や‟archives”などのように、古文書などの資料が格納される固定的な施設を意味する語句の中に、資料の概念的な集合体(資料群)をも表すことができるものがいくつかある。日本語にもそのような語句がないわけではないが(「文庫」など)、英語ほど双方を表せる語句は多くないと考えられる。本書の原著を読む場合には、資料が不安定で流動的な状況が描写されているため、各語句が資料群と施設のどちらを指しているのかについて、特に慎重に区別した上で読み進める必要がある。本書では、先述の通り専門用語を回避しつつ、各々然るべき訳が選択されているが、中にはどちらの意味にも捉えうる箇所もあるため、英語ならではの特徴を意識しながら読むと、古文書の波瀾万丈な展開をより深く感じ取ることができる。

則竹 理人(のりたけ・りひと/アジア経済研究所)