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資料紹介:移行期正義と和解――規範の多系的伝播・受容過程――

アフリカレポート

資料紹介

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049290

■ 資料紹介:クロス京子 著『移行期正義と和解――規範の多系的伝播・受容過程――』
牧野 久美子
■ 『アフリカレポート』2017年 No.55、p.109
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抑圧的な政治体制からの移行や、紛争の終結を経験したばかりの社会は、旧体制下で起きた重大な人権侵害にどのように向き合うのかという、いわゆる「移行期正義」の課題に直面する。移行期正義には唯一の正解があるわけではなく、訴追・処罰、真実の解明、和解、被害者への補償といった複合的な要素が、さまざまに異なる形で組み合わせられてきた。本書は、そのなかでも和解に焦点を当て、各国で移行期正義の実践が積み重ねられるなかで、和解概念の捉えられ方がさまざまに変化してきたメカニズムを解き明かしている。

移行期正義において和解が注目される契機となったのは南アフリカの真実和解委員会(TRC)である。公聴会や「真実と引換えの免責」といったTRCの制度設計は、他者との共存を重んじる「ウブントゥ」という現地規範と結びついた和解解釈の上に成り立っていた。南アフリカの経験がその後の紛争後社会の移行期正義のあり方に大きな影響を与えたことはよく知られているが、TRCが他国のモデルとなったと単純に考えていた評者は、本書を読んで認識を改めた。本書には、TRCの制度設計や運営に携わった専門家が、NGOを設立して東ティモールやシエラレオネなどの移行期正義の支援に関わり、和解規範の国境を越えた普及・伝播に大きな役割を果たしたことが詳細に記述されている。その過程では、TRCの制度がそのまま他国に移植されたわけではなく、現地の文化や規範、社会的要請に基づき和解概念が再解釈され、また国際的な正義規範に合わない部分がそぎ落とされたという。それにより、和解の解釈や移行期正義の制度設計にバリエーションが生じてきたというのが、本書の議論の大筋である。具体的には、公聴会開催が移行期正義の標準的手続きの一部となっていった一方で、「真実と引換えの免責」という制度は、TRC後に重大な人権侵害の責任者の不処罰を許容しない国際正義規範が確立したことによって、他国ではほとんど採用されることがなかったという。当のTRC関係者が、無条件ではなくたとえ真実や謝罪と引換えであっても、免責をもはや支持していないという本書の指摘には驚かされた。

本書が分析対象としているのは移行期正義だが、国境を越えて規範が伝播・普及する過程で、トランスナショナルあるいはローカルなアクターによる再解釈や取捨選択が行われ、規範が変容していくという本書の理論枠組みは、アフリカ開発や平和構築に関わる他分野の分析にも応用可能で、多くのヒントを与えてくれるものである。ぜひ一読をお勧めしたい。

牧野 久美子(まきの・くみこ/アジア経済研究所)