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資料紹介: 「その日暮らし」の人類学——もう一つの資本主義経済——

アフリカレポート

資料紹介

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00047665

■ 資料紹介:小川さやか 著『「その日暮らし」の人類学——もう一つの資本主義経済——』
岸 真由美
■ 『アフリカレポート』2017年 No.55、p.20
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いまの日本の社会では、将来の人生を設計することは当たり前で、その日暮らしの生活は「貧しさ」と結びつけられ否定的に捉えられる。本書の目的は、その日暮らしの生き方(本書の表現では「Living for Today」)をめぐる日本とは異なる社会の価値観や経済のありようを明らかにすることを通じて、わたしたちの社会では当然視されている未来優位の生産主義的価値観を問い直すことである。同時に本書では、Living for Todayを前提として組み立てられている途上国のインフォーマルな経済が、必ずしも資本主義経済と相容れないものではないことも示される。

著者はタンザニアの都市部で足掛け15年、零細商人の商慣行や商実践、社会関係について調査を行ってきた。約3年半にわたり自ら古着の行商人をした経験も持つ。本書も著者の長年の調査内容に基づくものである。

タンザニアの都市部では路上商売、零細製造業、日雇い労働などを渡り歩く人びとが社会経済の大半である。安定した雇用は稀であるため、人びとは生計を多様化させ、どんな職業もある程度こなすジェネラリスト的な生き方をしながらリスクを分散させる。家族や隣人、友人のつてを頼って仕事を探し、新たにできた仕事の仲間を通じてさらに社会ネットワークを広げていく。

東アフリカの隣国から商品を仕入れる零細商人たちの商売戦略も同じである。先に事業を始めた友人や親族に商売の仕方を教わり、やがて独り立ち。生計多様化と同じ戦略で一点ずつ価格交渉して多様な商品を仕入れ、どれかは売れるようにする。口コミで広がる商売は参入者がすぐに殺到するが、儲からなくなったら別の儲かる商品に鞍替えするのである。

近年、アフリカから中国に押し寄せる商人が増え、交易が急速に拡大している。個々の商人は零細でも、膨大な数の商人たちが参入する結果、その経済活動全体の規模は大きくなる。インフォーマルな交易では国家の法や規制は意味をなさず、騙しや詐欺、海賊商品も含めた自由な市場取引がおこなわれる。この経済では信用できるのは契約の紙切れよりも対面交渉であるため、商人たちはみずから渡航し商品を買いつけるのである。そうした、人びとのその日を生きる生活実践が、結果としてインフォーマル経済のグローバルな動きを生み出しているのである。

不確実だから希望がないのではない。不確実な混沌とした市場にこそチャンスは多い。本書はわたしたち日本人の価値観がけっして唯一のものではないことに気づかせてくれる。

岸 真由美(きし・まゆみ/アジア経済研究所)