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資料紹介: 空から降ってきた男——アフリカ「奴隷社会」の悲劇——

アフリカレポート

資料紹介

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00047661

■ 資料紹介:小倉孝保 著『空から降ってきた男——アフリカ「奴隷社会」の悲劇——』
網中 昭世
■ 『アフリカレポート』2017年 No.55、p.16
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2012年9月の日曜の朝、ロンドンのヒースロー空港にほど近い住宅街の路上でアフリカ人男性の遺体が発見された。男性は、その上空で着陸態勢に入ったアンゴラ発の旅客機の格納庫から落下したのであった。男性の所持品はアンゴラ紙幣2枚、ボツワナ硬貨1枚と携帯電話のみであった。唯一の手がかりとなった携帯電話のSIMカードから通信先が割り出され、男性が享年26歳のモザンビーク人ジョゼ・マタダであることが判明した。本書は、マタダがモザンビークの農村から南アフリカ、ボツワナ、アンゴラを経て、欧州への密入国を試みる過程を詳らかにしている。本書の基になっているのは2014年に毎日新聞の日曜朝刊に連載されたルポルタージュである。

移民や難民に関する議論は受け入れ側の社会に関するものが多いなか、送り出し側の社会にも注目した本書は、そこから抜け出すために不法な手段を選ばざるを得ない当事者の状況を描いている。マタダは16年続いた内戦中に生まれ、内戦終結後も経済成長の恩恵の行き届かぬ農村で育ち、小学校を卒業した。村で生活すれば収入は微々たるものだが、首都マプトに出て清掃業や警備業に従事すれば月収50ドル、南アフリカで富裕層の家のドメスティック・ワーカーになれば週給50ドルが稼げる。欧州都市なら日給が50ドルを超える。真面目に考える人間ほど貧困から抜け出すために出稼ぎを考える。しかし、パスポートを申請する以前に、役人に要求された多額の賄賂を工面して支払った挙句、身分証明書の発行に必要な出生証明書さえ発行されずに絶望する。

移民問題を集合体で把握するのではなく、一つのケースを掘り下げることでリアルな課題として浮かび上がらせるという本書の意図は見事に果たされている。本書で紹介されたマタダの出身村には、現在も土壁に茅葺の家が並び、電気も通っていない。そこから50キロメートル南では、海外直接投資による天然ガス開発が進み、採掘された天然ガスは、マタダの辿った紆余曲折の越境経路とは対照的に荒野を一直線に貫くパイプラインで国境を越え、南アフリカへと送られる。資源開発は進むものの、採掘地の農村に還元される富は少なく、貧困層を置き去りに、富の一部は首都に一握りの富裕層を生み出して大半は海外直接投資の源である先進国へと流出していく。著者が副題で「アフリカ『奴隷社会』」と呼ぶものの存続を結果的に支えているものはアフリカの外にある。

網中 昭世(あみなか・あきよ/アジア経済研究所)