文字サイズ

標準
国・テーマ インデックス
レポート・出版物

論考: 南スーダンにおけるハイブリッド刑事法廷設置の試み——外と内の論理からの考察——

アフリカレポート

No.54

PDF (689KB)

■ 論考: 南スーダンにおけるハイブリッド刑事法廷設置の試み——外と内の論理からの考察——
■ 藤井 広重
■ 『アフリカレポート』2016年 No.54、pp.107-119
(画像をクリックするとPDFをダウンロードします)


要 約
2011年にスーダンから独立した南スーダンは、2013年12月に政府側と反政府側との間で大規模な衝突を経験する。この衝突は、民族紛争の様相を呈し、政府および反政府の両者が、市民を巻き込む大規模な人権侵害に関与したと言われている。国際社会は、国際的な刑事裁判所の必要性を訴えるが、通常、政府の関与が疑われる中、人権侵害を捜査・訴追することを目的とした国際的な刑事司法のメカニズムを設置することは困難である。しかし、南スーダン政府は、2015年8月、南スーダンハイブリッド刑事法廷設置に言及した「南スーダンにおける衝突の解決に関する合意文書」に署名する。本稿ではハイブリッド刑事法廷をめぐる、国際社会と南スーダン政府のそれぞれの論理を紐解くことで、2015年8月合意文書にハイブリッド刑事法廷の設置が含まれ、アフリカ連合が同法廷の設置を主導していることの背景を明らかにする。
キーワード : 南スーダン 国際的な刑事裁判所 ハイブリッド刑事法廷 移行期正義 南スーダンにおける衝突の解決に関する合意文書(ARCSS)
はじめに
南スーダンは2011年7月にスーダンから独立し、世界で一番新しい国として、国際社会から支援を得ながら国家建設が進められてきた。だが2013年12月、2015年に予定されていた選挙を控え、事実上の一党独裁体制を敷いているスーダン人民解放運動/軍(Sudan People's Liberation Movement/Army: SPLM/A)内の内部抗争が激しくなった結果、南スーダン全土を巻き込んだ危機的状況が発生した(2013年12月危機)。以降、この時に引き起こされた大規模人権侵害についての責任を、国際的な関与のもと明らかにするべきであるとの主張が国際社会から繰り返されるようになるが、他方、アカウンタビリティについての議論を進めるべき段階が果たして今なのか、といった和平交渉への悪影響を懸念する声もある。

2013年12月危機は、同年7月にディンカ族のキール(Salva Kiir)大統領が、既に次期大統領選への出馬を表明していたヌエル族のマチャール(Riek Machar)副大統領を含む全ての閣僚を大統領命令で解任したことに端を発する。解任された閣僚たちはこれに不満を募らせたため、2013年12月にSPLM全国解放会議(National Liberation Council)が開催されるが、ここで両者の不一致が決定的となった。同月に政府軍とマチャールを中心とした主にヌエル族で構成される反政府組織(SPLM/A-IO)との間で衝突が勃発し、この衝突は瞬く間にディンカ族とヌエル族との民族紛争の様相を呈し全国へと拡大していった。2013年12月危機によって、数万人が殺害され、数百万人が避難を強いられている。

この事態を解決すべく2015年8月に両者の間で交わされたのが、「南スーダンにおける衝突の解決に関する合意文書(Agreement on the Resolution of the Conflict in the Republic of South Sudan: ARCSS)」である。ARCSS第5章にて、南スーダンハイブリッド刑事法廷(Hybrid Court for South Sudan: HCSS)の設置が企図されている。ハイブリッド刑事法廷とは、受入国の同意により設置され、主たる特徴を過去の例より抽出するならば、(1)国際法だけではなく国内法も適用され、(2)国内と国際職員並びに国内および国際判事によって構成され、多くの事例では(3)予算が受入国も主たる拠出国として想定された任意拠出によって運営されている点を挙げることができる[藤井 2016, 133]。

HCSS設置の試みは、以下の点で非常に興味深い。第一に、武力衝突を引き起こした政府側と反政府側との和平合意に、大規模な人権侵害に対する司法メカニズムの設置が含まれる点である。政府およびSPLM/A-IOの両者とも、HCSSの捜査・訴追対象となる可能性が高いにもかかわらず、ARCSSに署名した背景は何であったのか。第二に、HCSSがアフリカ連合(Africa Union: AU)の主導により、南スーダン人とその他のアフリカ人との混合により運営されることになった点である。これまでに国際社会が関与し、シエラレオネやカンボジアといった国々で設置されたハイブリッド刑事法廷は、受入国が国連をパートナーとし、地域性に限定されない国際職員と国内職員との混合によって裁判が進められてきたこととは異なる特徴が見られる。

以上の問題関心より、本稿はARCSSが成立した2015年までの議論を射程に、南スーダンで引き起こされた大規模な人権侵害の責任をめぐる国際社会(外)と同国政府(内)の論理を紐解くことで、HCSSの意義を明らかにすることを目的とする。敷衍すると、当時の状況から鑑みて、南スーダンに国際的な刑事裁判所を設置しようとする試みは適切であるのか、という問いの一端を検討することである。以下、第1節では、ARCSSで示されたHCSSの概要とこれを後押しした国内外の動向について整理し、第2節では、国際社会の視座からみた南スーダンの現状に対する危惧とHCSS必要性の議論を考察する。そして、第3節では南スーダン政府が、HCSS設置を含むARCSSに署名した背景について考察することで、上記二点への回答を試みる。
1.2013年12月危機後の国際的な刑事裁判所設置議論
(1)南スーダンにおける衝突の解決に関する合意文書の概要
2013年12月危機後の2014年1月23日にアディス・アベバで南スーダン政府とSPLM/A-IOとの最初の停戦合意(Cessation of Hostilities Agreement)が交わされた。だが、数日としないうちに再び衝突が発生し両者が互いに合意を破ったと主張した。その後も、政府間開発機構(Intergovernmental Authority on Development: IGAD)主導のもと和平交渉が続けられたが、形式的な停戦合意と衝突が繰り返された。南スーダンの和平が進展しないことに対し、国連安保理は、2015年3月に憲章第7章下で決議第2206号を採択する。この決議により、南スーダン制裁委員会が立ち上げられ、和平交渉を妨害している個人に対し渡航禁止と資産凍結の制裁措置を課すことで、政府とSPLM/A-IOの両者に和平交渉の進展を促した 1 。そして、これまで和平交渉を主導してきたIGADにAU、国連、ヨーロッパ連合、中国、米国、イギリスおよびノルウェーが加わったIGAD-Plusによって2015年8月に全8章から構成されるARCSSが両者に提示された。

ARCSSには2015年8月17日にアディス・アベバにてSPLM/A-IO側が署名したものの、キールは署名期限の延長並びにジュバの非軍事化や停戦監視メカニズム等の関連条項で留保を求めるなど、交渉は難航した。最終的に交渉の舞台はジュバに移され、8月26日に政府はARCSSに署名する。とりわけ国民統一暫定政府の設置に伴う権力分配についての取り決めは議論を呼んでいたが、ARCSS第1章にてSPLM-IO代表の第一副大統領就任とジュバへの帰還によって成立する本暫定政府において、執行機関の権力分配は、現政権53%、SPLM-IO33%、元拘禁者グループ(SPLM-FD 2 )7%およびその他の政党7%とされた。また、この国民統一暫定政府の任期は、30カ月間とされ、この暫定期間満了の60日前までに民主的に選ばれた政府を立ち上げるための選挙を行うことが予定されている。

HCSSはARCSS第5章で設置が求められており、国民統一暫定政府の樹立から6ヶ月以内に、本暫定政府、AU委員会、そして国連事務局の三者による覚書の締結によって活動が開始される(ARCSS第5章3.1.2. Appendix VI)。HCSSは、AU委員会によって独立した裁判所として、国際法および/もしくは南スーダン国内法に違反した責任ある個人を捜査および訴追することを目的に設置が予定されており(ARCSS第5章3.1.1)、国内司法からも独立かつ優位性を有するとされる(ARCSS第5章3.2.2)。HCSSの時間的管轄権は、2013年12月15日から暫定期間終了までであり(ARCSS第5章3.1.1)、事項的管轄権は、ジェノサイド、人道に反する罪、戦争犯罪およびジェンダーに基づく性暴力を含むその他の重大犯罪である(ARCSS第5章3.2.1)。

これまでのハイブリッド刑事法廷とは異なる特徴としては、HCSSが、アフリカの主導によりアフリカの法的メカニズムに沿った組織として設置を予定され、AU委員会がHCSS設置において重要な役割を担っていることが挙げられる。AU委員会は、まず設置に向けた準備作業で、資金調達、法執行メカニズム、判事の数や構成についてのガイドラインを提供することになっている(ARCSS第5章3.1.2)。また、上訴審を含む各裁判部において南スーダン人以外のアフリカ人が過半数を占めること(ARCSS第5章3.3.2)、検察官、弁護人、書記も南スーダン人以外のアフリカ人が担い(ARCSS第5章3.3.3:3.3.4)、南スーダン人判事も含むこれらの者達は、AU委員長による指名を受けることになっている(ARCSS第5章3.3.5)。最後に、HCSSによる捜査は、AU南スーダン事実調査委員会による報告書等、検察官が必要と判断するあらゆる文書を利用することができる(ARCSS第5章3.6.1)。なお、この第5章で求められているのは、HCSSのような司法メカニズムだけではなく、より包括的に南スーダンにおける移行期正義に取り組む体制である。例えば、真実、和解および癒やし委員会(The Commission for Truth, Reconciliation and Healing)の設置が計画されており、ここで損害が認められた被害者に対し、補償・損害回復基金(Compensation and Reparation Fund: CRF)とCRFを運営する補償・損害回復局(Compensation and Reparation Authority)が、必要な補償や損害の回復を提供することが予定されている。

(2)2013年12月危機後の国際的な刑事裁判所をめぐる議論の動向
2013年12月危機発生からARCSSが成立した2015年8月までの間、様々なアクターが、南スーダンにおけるハイブリッド刑事法廷や国際刑事裁判所(International Criminal Court: ICC)といった国際的な刑事裁判所の必要性について言及している。国連では2014年5月、現地で展開していた国連PKO南スーダン共和国ミッション(United Nations Mission in the Republic of South Sudan: UNMISS)人権部による2013年12月危機についての報告書が公開された。この報告書に付された勧告5に、「南スーダン政府が偽りなくアカウンタビリティを果たす意思もしくは能力を有しないならば、国際的な関与のもと特別法廷もしくはハイブリッド法廷の設置を検討すべきである」と刑事司法メカニズム導入の必要性が強調された[UNMISS 2014]。そして、国連事務総長はUNMISS人権部報告書が公開された翌週(2014年5月12日)の安保理ブリーフィングにて、2013年12月危機では、政府側および反政府側の両者が、人道に反する罪に関与したと信じるに足る理由があり、特別法廷もしくはハイブリッド法廷の設置を検討すべきである旨を述べている[UN 2014]。

また、独立以前から南スーダンに対し強い影響力を行使している米国でも、米国連邦議会の議員達が2014年3月、ケリー米国国務長官に南スーダンの危機的状況に対する人道支援とアカウンタビリティへの取り組みを拡大するよう要望した[Brandon 2014]。そして、2015年5月に、ケニアを訪問中のケリーは、南スーダンにおける司法とアカウンタビリティのメカニズム構築のため500万米ドルの米国による拠出を表明しており[US Department of States 2015]、米国政府からの関心の高さも伺える。

市民社会からも南スーダンにおける国際的な刑事裁判所の議論を支持する声が多くあがっている。例えば、2014年にはヒューマン・ライツ・ウォッチ(Human Rights Watch: HRW)、国際人権連盟(Fédération internationale des ligues des droits de l'homme: FIDH)、米国法曹家協会(American Bar Association: ABA)法の支配イニシアティブ等から、南スーダンでの大規模な人権侵害に対する国際的な刑事裁判所の必要性が提言されている。この議論は、国内の市民社会からも関心を集めており、南スーダン法律協会(South Sudan Law Society)のデンは、重大犯罪特別裁判所(Special Court for Serious Crimes)の名称で国際社会が関与する裁判所設置の必要性について提言している[Deng 2014]。また、2014年8月にナイロビで開催された南スーダンにおける移行期正義に関する会議では、40名を超える南スーダン人も参加し、同会議の成果文書(Transitional Justice Strategy for South Sudan)では国際的な刑事裁判所の重要性についても言及されている。なお、2014年12月10日にジュバで南スーダンの独立調査機関(SUDD Institute)による新憲法の枠組みを検討する公開討論(The Imperative of A People-Centered Constitution in South Sudan)が開催された。これに筆者が参加した際、南スーダンでは新憲法の制定も重要だが、その前に2013年12月危機での人権侵害について、政府は司法の場で責任を明らかにしなければならないとの主張に対し、会場中からこの意見を支持する拍手が沸き起こった。大規模な人権侵害に国家が如何に向き合うべきかについて、南スーダンの市民からも関心を集めていることが伺えた。

最後に、アカウンタビリティを巡る一連の議論において、最もその動向が注目されたのが、AU南スーダン事実調査委員会(AU Commission of Inquiry on South Sudan:AUCISS)である。AUCISSは、2013年12月危機直後の12月30日にガンビアの首都バンジュールで開催された第411回AU平和安全保障理事会(Peace and Security Council)の会合にて設置が決まり、2014年3月に活動を開始した。AUCISSの任務は、2013年12月危機によって発生した人権侵害を調査し、アカウンタビリティ、和解および回復を全ての南スーダンのコミュニティ間で確保するための最も適切な手段を勧告することであった。オバサンジョ(Olusegun Obasanjo)元ナイジェリア大統領がAUCISSの責任者となり、2014年10月に勧告を含むオバサンジョ・レポートとも呼ばれる報告書がAU委員長へ提出されたが、同報告書は南スーダン政府とSPLM-IOの和平交渉が進展するまで、非公開とされた。最終的に、ARCSSへの両者の署名を受け、2015年9月にニューヨークで開催された第547回AU平和安全保障理事会の会合にて、同報告書とこれに付された個別意見を一般に公開することが決定された。公開された報告書では、政府および反政府側ともに大規模な人権侵害への関与が指摘され、国際的な刑事裁判所を一時的に設置する必要性が勧告された。また、同報告書には、人権侵害に関与した容疑者リストも加えられているが、こちらは今なお非公開である。
2.外の論理:ハイブリッド刑事法廷設置の必要性
(1)現状への危惧
国際社会からは、南スーダンの現状を鑑みて、社会秩序を構築する必要性が指摘されている。そして、この指摘がハイブリッド刑事法廷設置を支持する声にもつながっている。そもそも、南スーダン独立以前のスーダンは外国支配によって国境や領域が成立してきた経緯を持ち、現在の南スーダン社会は、植民地支配下および独立期のスーダンから続く負の遺産の影響が大きい。1821年にトルコとエジプトがスーダンを支配したが、この時、南部スーダンは奴隷供給源等の搾取の対象とみなされた。これは、1899年に実質的なイギリスの植民地となったイギリスとエジプトの共同統治領となってからも変わらず、資本が投入された北部に比べ、未開の地として扱われた南部は、開発や教育の面で大きな格差が生じた。このため、1956年スーダン独立後も北部が南部を搾取する構造は変わらず、ハルツームからのアラブ・イスラムをイデオロギーとするエリート支配に対し、キリスト教や土着の信仰を中心にアラブとは異なる文化圏を形成しつつあった南部は集団選別的暴力(mass categorical violence)の対象とされ、また、南部も北部への抵抗運動を繰り返した[Straus 2015, 252-256]。1972年にはアディス・アベバ和平合意が締結され、南部には自治権が付与された地方政府が誕生したが、1983年スーダン全土でのシャリア法導入を契機にジョン・ガラン(John Garang)率いるSPLM/Aが北部への武力闘争を再開した。以降、2005年の南北包括和平合意(Comprehensive Peace Agreement: CPA)によってSPLMによる南部自治政府が認められるまでの22年間、南部スーダンは北部との抗争を継続した 3

CPAの締結によって南北間の大規模な衝突は収拾したものの、この時大きな課題が棚上げされた。それは、過去の大規模な人権侵害と如何に向き合うべきかについてであり、CPAではこの問題が一切触れられていなかった。このため、南部スーダン内でCPA締結後、SPLAの兵士が南部スーダン人に対して行った大規模な人権侵害について裁かれた事例はない。そして、人権侵害に関与した者も含む北への抵抗運動に従事した兵士の多くが、現在のSPLM構成員となったため、現在に至るまで南スーダン政府は、軍のマインドのままであることが指摘されている[Frahm 2015, 254-259]。つまり、軍事によって事態の解決を図ってきた歴史を背に、不均衡な開発や教育格差が是正されぬまま独立を果たした南スーダンは、社会秩序そのものが大きく揺らいでおり、さらに、散発する暴力に対する司法行政の機能不全がこの揺らぎに拍車をかけているのである。

(2)ハイブリッド刑事法廷と社会秩序の構築
HCSSは、大規模な人権侵害に関与した者達に罰を与えることが唯一の目的ではなく、南スーダン社会の現状を踏まえ、以下の理由から社会秩序に貢献するために必要であるとの主張がなされている。まず、HCSSは復讐の連鎖を食い止める実効的なメカニズムとして期待される。南スーダンにおける長年に渡る不処罰とこれによって引き起こされる復讐の連鎖は、2013年12月危機を引き起こした決定的要因の一つに考えられている[FIDH 2014, 16]。過去、南スーダンにおける和平協議は、大規模人権侵害に関与した紛争当事者に恩赦を与え、彼らに政治的かつ軍事的な役職を約束することによって、進められてきた[Deng 2014; HRW 2014, 11]。これは、市民を犠牲にしてきた大規模暴力が最終的には政治的合意によって正当化され、紛争当事者が罰せられることなく、さらには社会的地位まで得てきたことを意味している。HCSSの設置は、この不処罰を終止させ、恩赦によって紛争当事者が利益を享受する構造を断ち切ることで、彼らが大規模暴力に関与するインセンティブを失わせることにつながるのである。

次に、HCSSは裁判を通し、大規模な人権侵害の責任を特定することで、民族間の和解促進と対立軽減につながることが期待される。南スーダンではこれまで、アイデンティティ・ポリティクスが動員の手段として利用され、民族に基づく民兵が形成されたため、過去から続く民族間の分断が存在している[栗本 2000, 78; Straus 2015, 253-256]。これが、2013年12月危機においても、政治的対立の図式からキールを支持するディンカ族とマチャールを支持するヌエル族、またコミュニティや部族に基づく民兵を巻き込んだ民族間の衝突へ瞬く間に移行した要因である。この点、司法が審理するのは民族の罪ではなく、個人の罪である。裁判では、暴力の直接的な原因が民族にあるのではなく、衝突を主導した者達や人権侵害に直接関与した者達の責任を特定するため、ここで明らかになる事実が、その後の民族間の和解に向けた重要なステップになる。また、仮に国内司法で裁判を行うとしても、民族間の緊張関係が続く状況では、裁判官や検察官の出自によって裁判の独立性および公平性に疑義が抱かれてしまう。国際的な関与を伴うHCSSは、国外からの文字通り第三者が審議に加わることで、独立性および公平性への懸念を緩和し、市民からの信頼を得やすい。したがって、HCSSは、民族間の衝突を経験した者達に法に則った判決を受け入れ易い環境を整え、法の支配を根付かせることに貢献し得ると言えよう。

最後に、南スーダン司法の脆弱性から見たHCSSの必要性である。例えば、筆者が2014年12月に南スーダンを訪問した際、ジュバの拘禁施設にはモバイルコートと呼ばれる移動式の簡易裁判が設置されていた。多くの事例で、モバイルコートは裁判にアクセスできない都市部から離れた地方の村人のために、裁判所が自ら赴き、審理を行うことを目的に、様々な国で導入されてきた経緯があるが、インフラの整っていない南スーダンでは首都でも利用されている[UNDPKO 2014, 15]。南スーダンの司法は、裁判所の設備、過剰収容の拘禁施設、被疑者の移送、職員の能力向上等、多くの問題を抱えている。この点、公的な司法を補完する措置として、伝統的司法メカニズムの有益性も指摘される 4 。だが、例えば伝統的方法による殺人の調停は、信念を共有している道徳共同体でのみ成立すると栗本[2016, 100]が指摘するように、2013年12月危機による大規模な人権侵害や民族間の衝突のような事例では、伝統的司法による解決は望めない。このため、国内のリソースだけに頼って、大規模な人権侵害の事案を処理することは、南スーダンの現状からは実質的に不可能であり、ここにHCSSが大規模事件を扱うことで、国内司法を補完することの重要性が浮かび上がる。また、平和構築のプロジェクトを実施する際、司法行政への国際社会からの拠出金は集まりにくいと言われている。だが、HCSS設置は国際的な、特に欧米諸国からの関心が高く、国内の司法行政に対する国外からの支援が集めやすくなるのではないかとの指摘もある 5

これら必要性の議論は、HCSSが一時の裁きを目的として設置されるべきではなく、その後の社会に文化的かつ制度的な面で、如何なる波及効果を及ぼし、レガシーを築くことができるのかを重要視していることを示している。
3.内の論理:南スーダン政府の選択
(1)政権の揺らぎ
南スーダンは、2011年1月に独立の賛否を問うレファレンダムを実施し、98.83%の支持を得て独立国家としての道を歩み始めた。だが、この100%に迫る独立への民意が、「南スーダン人」としての集合的な国民アイデンティティに結びついているかといえば決してそうではない。ヘルプスト[Herbst 2000, 126]が、ナショナリズムの啓発は資金がなくとも中央の権威を広く知らしめることのできる便利な道具であると指摘したように、独立以前の南部スーダンも対北部へのナショナリズムを政権運営に結びつけていた。CPA締結による南部自治政府成立後、南部スーダンの市民生活は、大幅に改善されることはなかった。それでも、SPLMが一貫して事実上一党独裁の地位にあり続けることができたのは、北部との歴史的対立を背にしたナショナリズムを煽ることで、政府への直接的な不満をかわすことに成功していたからである。しかし、独立を達成した南スーダンでは、南スーダン人としてのアイデンティティよりも、血統や部族へのアイデンティティをより強く感じている国民に対し、対北部へのナショナリズムの啓発は以前ほど効果を持ち得なくなる [Frahm 2015, 256]。さらに、政府内での相次ぐ不正や汚職、莫大な軍の維持費および石油収入の鈍化による財政状況の悪化と市民サービスの停滞、またSPLAによる文民への過度な暴力が積み重なり、独立の立役者であったはずのSPLMの権威は揺らいでいた。そこで起きた2013年12月危機が民族間の亀裂を再浮上させたことで、これまで蓄積してきた不満[HRW 2009, 13]が否応無しにディンカ族が中心のSPLM政権に対して向けられることになる。ゆえに、民族間で繰り返された暴力をこれ以上放置し続けることは、国内外からの政権批判と反政府活動の拡大(民兵のSPLM/A-IOへの合流)[ICG 2014, 8-12]につながるため、政府は2013年12月危機に関するアカウンタビリティに取り組む姿勢を見せたと考えられる。

2013年12月危機を受け、キールは、同年クリスマスの演説にて、部族主義に基づき市民への犯罪行為が行われたとの認識を示し、これら犯罪に関与した兵士の司法での裁きに言及した [ Sudan Tribune , 26 December 2013]。そして、キールは大統領指令(No.06/2014)を2014年2月に発出し、ジョン(John Wuol Makec)判事を中心に8人のメンバーから成る人権侵害に関する調査委員会を設置することで、政府が民族に基づく大規模人権侵害を容認していない姿勢を示した。同様にSPLAも、ジュバでの兵士による市民殺害事例とクーデターに関する大統領警備隊(Tiger Division)について、2つの調査委員会を2014年1月に組織した。2015年7月にはSPLAのスポークスマンが、国連やHRWの報告書で指摘されているSPLAによる人権侵害に関し、これまでもアカウンタビリティを果たしており、新たに指摘された事例についても調査を行うと述べている[ Sudan Tribune , 24 July 2015]。

このため、南スーダン政府は、ARCSSでHCSSが提示された時も、真っ向から否定することはなかった 6 。しかし、これまでに政府は、調査委員会を立ち上げるものの、実際には具体的な調査や進捗に関する情報を公開していない。大統領指令による調査委員会の報告書も2015年2月にキールに提出され、同委員会の役目が終わったことが事後に明らかにされただけで、報告書の詳細については全く公開されていない[ Radio Tamazuj , 7 February 2015]。このような政府の対応は、形だけの取り組みであることに懸念が示されている[HRW 2014, 86-89; 2015, 500]。つまり、南スーダン政府はアカウンタビリティに対する取り組みを内外に示すため事実調査については行うが、その結果を公開することで司法による裁きに至るのは好ましく無いと考えているのである。だが他方で、南スーダンで引き起こされた民族に基づく大規模人権侵害に対する不処罰を放置することは、内外からの政府批判拡大に直結する。このため、南スーダン政府は、国際社会によって進められてきたHCSS設置へ向けた議論に、正面から異議を唱えるだけの論理を持ちあわせることができなかったのである。

(2)国際刑事裁判所への抵抗
司法による裁きは好ましく無いと考えながらも、HCSSはいくつかの点から南スーダン政府にとって比較的受け入れられ易い国際的な刑事裁判所であった。近年は大規模人権侵害が発生すると必ずと言っていいほどICCによる介入が議論される。そのため、まずはこのICCによる介入が、南スーダン政府にとって最も避けたいシナリオであったことを指摘したい。

南スーダン政府は、ICCローマ規程を批准していない。だが、安保理が決議を採択することによって、ICCはローマ規程を批准していない国であっても、捜査・訴追を行うことができる(ローマ規程13条b)。安保理はこれまで、2005年にダルフール(スーダン)の事態を、さらに2011年にリビアの事態をICCへ付託している。そして、南スーダン政府が最も懸念することは、ICCに付託されれば、ローマ規程第27条に則って公的資格に関係なくICCによる捜査・訴追が行われることである。つまり、現職の国家元首であろうと、政府高官であろうと、ICCはローマ規程に違反した責任ある者に逮捕状の発布や判決を下すことができる。現在まで、ICCはスーダンのバシール大統領に対し、2009年と2010年に逮捕状を発布した他、現在取り下げられてはいるものの、現職のケニアの大統領と副大統領がICCの訴追対象となっていた。

このため、ICCが、南スーダン政府の関与が指摘されている2013年12月危機での大規模な人権侵害を捜査すれば、キール自身もしくはSPLM/Aの高官が訴追されることもあり得る。もちろん、ICCは法執行機関を持たないため、バシールのように、ICCに協力しないことで、訴追を遅らせることも可能である。だが、バシールは逮捕状が発布されてからアフリカおよびアラブ・イスラム圏外での活動が事実上制限されており、ICCによる逮捕状はスーダンにとって国際社会との関係に大きな足かせとなっている。この点、ICCへの非協力を南スーダンが貫けば、国際法を重視する欧米諸国からの支援が離れてしまう可能性が高く、アラブ・イスラム圏のスーダンとは異なり、欧米との結びつきが強い南スーダンではより深刻な影響を受けることも考えられる。また一方で、南スーダン政府が、仮にICCの捜査・訴追に協力したとしても、近隣国からの反発が懸念される。2015年まで、ICCが捜査・訴追を行ったのは、すべてアフリカでの事例であったため、ICCはアフリカを狙い撃ちしているとアフリカ諸国から批判されている。そして、ICC批判の急先鋒に立っているのが国家元首を訴追されたスーダンやケニア、またウガンダといった南スーダンの近隣国である。このため、キールは、2013年12月危機以前から、アフリカの指導者をターゲットにしているICCを南スーダンは容認出来ず、ローマ規程を批准することもないと述べ[McNeish 2013]、経済的にも結び付きが強い近隣国と歩調を合わせてきた経緯がある。

したがって、南スーダン政府はICCに協力しても、しなくとも、キールもしくはSPLM/Aの高官がICCによる捜査・訴追の対象となれば、政権の維持を脅かす困難に直面することが予想されるため、ICCからの介入が同国政府にとって最も望まないシナリオになっているのである。キール自身も、ARCSSへの署名を躊躇した際、国際的なパートナーである数カ国が、ICCへの付託を持ち出すことで、キールに署名を迫ったことを明かしている[Kiir 2015]。つまり、南スーダン政府にとっては、ICCによる一方的な介入よりも、政府自身が関与することのできるハイブリッド刑事法廷の方が、比較的受け入れることができる「選択」なのである。

(3)アフリカ連合の関与
さらに、国連ではなくAUが主導するハイブリッド刑事法廷であることも、南スーダン政府がHCSS設置に前向きになる理由であると考えられる。そもそも国連が関与するハイブリッド刑事法廷もICCと同様に、重大犯罪への恩赦を認めていない[UN 2004]。このため、国連主導によるハイブリッド刑事法廷では、一旦活動が始まると、南スーダン政府の関与が疑われている2013年12月危機に関し、政府関係者に対しても法に基づき管轄権が行使されることになり得る。しかし、この点に関し、近年のAUの動向は非常に興味深い。

AU総会では、バシールへの逮捕状発布をきっかけに、2009年からICC非協力決定が次々に下されている[AU 2009]。他国の政府関係者に対し、仮にICCからの逮捕状を執行すれば、当該国との政治的緊張や関係悪化につながることが懸念される。これに対し、アフリカ内での亀裂を生じさせたくないAU加盟国にとっては、AUによる一連のICC非協力決定が、例えばICCからのバシール逮捕の要請に応じないという各国の姿勢を正当化させているのである。また、以前からAUで検討されていた「司法および人権アフリカ裁判所(African Court of Justice and Human Rights)」の設置に向けた議論も進捗し始めた 7 。とりわけこの裁判所は、2014年に開催された第23回AUサミットで、在任中の国家元首および政府高官への訴追免除規定が検討されたことで注目を集め[AU 2014]、人権団体から長期独裁政権の誕生を促すとして批判されることとなった。確かに、国家元首や政府高官の在任中における地位の保証は、国際慣習法上認められてきた権利であるが、ローマ規程第27条で示されたように、重大な人権侵害への関与が疑われる者に対する訴追免除は、近年の国際法の発展に逆行している[藤井2016, 128-130]。つまり、これらの動向は、政治的共同体であるAUでは、国際法に基づく司法手続きよりも、地域の政治的安定を優先しようとする議論が支配的となっていることを示している。

このように、アカウンタビリティを果たさねばならない事情を抱えながらも、政府関係者の司法での訴追を避けたい南スーダン政府にとって、AUは最も都合の良いハイブリッド刑事法廷のパートナーであると考えられているのである。
おわりに
ハイブリッド刑事法廷は政府との合意によって設置されるため、大規模な人権侵害に関与した政府が設置を認めることはないと考えられた。それにもかかわらず、HCSS設置を含むARCSSを南スーダン政府が署名したことは、本稿で明らかにした外と内の論理の帰結が一致したためであった。2013年12月危機における大規模な人権侵害をめぐって、国際社会が南スーダンの社会制度構築に貢献する試みとしてハイブリッド刑事法廷の必要性を主張した一方、国内からの支持を失いつつあった南スーダン政府は、SPLM/Aへの批判と反政府勢力の拡大を阻止するため、アカウンタビリティを果たさざるを得なくなる。そこへ、近年のICCによる介入に対し、政治的安定を重要視するAUとのハイブリッド刑事法廷が提示されたことは、南スーダン政府にとって他の国際的な司法メカニズムと比べ、受け入れることのできる選択となった。

これまで恩赦によって得られる利益を最大限享受してきた者達により、繰り返し引き起こされた大規模な暴力は、南スーダン社会を負の連鎖から抜け出せなくしている。この鎖を断ち切るためにも、国際的な関与の下、刑事司法のメカニズムを構築することは同国の平和構築において有効な手段となり得る。したがって、これまで考察してきた外と内の状況を鑑みるに、南スーダンに国際的な刑事裁判所を設置しようとする試みは適切であったと言える。しかし、ハイブリッド刑事法廷は、受入国政府からの完全なる協力が必要不可欠である[UN 2004]。南スーダン政府の関与が指摘される2013年12月危機に関する大規模な人権侵害に対し、AUとのHCSSがどこまで踏み込んだ捜査・訴追が可能なのか、今後の課題も多い。また、紙面の都合上、2015年までを本稿の射程としたが、2016年4月に公開された国連事務総長報告書[UN 2016]では、国連事務局が、AUに対しハイブリッド刑事法廷設置に関する技術支援を国連として初めて提供していることについて言及されている。国連が過去の教訓をAUに共有するなど、AUは国連と協力し、HCSSの制度設計に当たっていることが明らかにされ、この時、実現への期待感は高まった。だが、6月になるとニューヨーク・タイムズにキールとマチャールの連名で記事が寄稿され、刑事罰を課すことで南スーダンの統一を妨げるような刑事裁判所ではなく、真実和解委員会を優先すべきであることが主張される[Kiir and Machar 2016]。そして、7月には再び両者の間で衝突が発生し、4月にジュバに帰還し第一副大統領に就任したばかりのマチャールは、ジュバを離れた。皮肉にも、軍事文化や暴力の連鎖を背に未だに繰り返される衝突は、HCSSの設置に向けた取り組みを停滞させる一方、同時にその必要性を強く提起しているのである。今後の動向を注視し、検討を加えていきたい。

[付記]
南スーダンでの現地調査は、2014年12月に内閣府国際平和協力研究員として実施したものであるが、本稿の内容はすべて筆者個人の見解である。また、第6回国際平和協力シンポジウムおよび日本アフリカ学会第53回学術大会にて、南スーダンとアカウンタビリティに関する報告の機会と報告に対する様々なご指摘は、本稿の作成にあたって示唆に富むものであった。皆様に感謝申し上げたい。
参考文献
<国連文書> <アフリカ連合文書>
  • AU Document 2009. Assembly/AU/Dec.245 (XIII) Rev.1, July
  • AU Document 2013. Assembly/AU/Dec.482 (XXI), May
  • AU Document 2014. EX.CL/846(XXV) Annex 5, 15 May
  • AU Document 2012. EXP/MIM/IV/Rev.7, 15 May
  • AU Commission of Inquiry on South Sudan 2014. "Final Report of the African Union Commission of Inquiry on South Sudan." 15 October
    ( http://www.peaceau.org/uploads/auciss.final.report.pdf , 2016年8月3日アクセス).
<日本語文献>
  • 栗本英世 2000.「『上からの平和』と『下からの平和』−スーダン内戦をめぐって」『NIRA政策研究』13(6) 46-49.
  • 栗本英世 2016. 「紛争解決と和解への潜在力の諸相」遠藤貢編『武力紛争を越える-せめぎ合う制度と戦略のなかで』京都大学学術出版会.
  • 藤井広重 2016. 「国連と国際的な刑事裁判所:アフリカ連合による関与」日本国際連合学会編『国連研究第17号』国際書院.
<外国語文献> <新聞・ニュースサイト>
(ふじい・ひろしげ/東京大学大学院博士後期課程)
脚 注
  1. SPLAから3人、SPLA-IOから3人、計6人が制裁対象リストに挙げられた。なお、2016年5月に安保理決議第2290号の採択により1年間の延長が決まった。
  2. SPLM-FDは、SPLM-G10とも呼ばれ、2013年12月のキール政権に対するクーデター容疑により拘束され、解放された後、国外に滞在していた元SPLMの高官達によって組織された。代表は元SPLM書記長(Secretary General)のパガン・アムム(Pagan Amum)。
  3. とりわけ国境地域では、国境を越えて侵入してくる武装勢力からも身を守る必要があったため、コミュニティに基づく民兵が組織された[Frahm 2015, 260]。
  4. 例えば南スーダンでは、2010年1月(2013年12月改訂)に 国連開発計画(United Nations Development Programme: UNDP)が中心となり、伝統的権威に対する慣習法のマニュアルが作成されている[UNDP 2013]。
  5. 2014年12月9日、筆者によるジュバの国連敷地内にて実施したUNMISS法の支配・治安機構支援室(ROLSISO)へのインタビュー。
  6. また、マチャールはHCSSを歓迎する前向きのコメントを出している[Moran 2015]。
  7. この裁判所は、ICCと同様のジェノサイド、戦争犯罪および人道に反する罪といった犯罪から、テロ、海賊行為および汚職等にまで及ぶ広範な管轄権が予定されているため、アフリカ版ICCと呼ばれている[AU 2012]。