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時事解説: 「Must Fall」運動を振り返る——2015年の南アフリカにおけるプロテストの軌跡——

アフリカレポート

No.54

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■ 時事解説: 「Must Fall」運動を振り返る——2015年の南アフリカにおけるプロテストの軌跡——
牧野 久美子
■ 『アフリカレポート』2016年 No.54、pp.44-49
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はじめに
2015年の南アフリカは、アフリカ民族会議(African National Congress: ANC)のジェイコブ・ズマ(Jacob Zuma)大統領による突然の財務大臣交代劇とそれに伴う市場の混乱、そして「Zuma Must Fall」を合言葉とする、ズマ大統領の退任要求の広がりのなかで幕を閉じた。「Zuma Must Fall」というフレーズは、2015年に先行して起きた二つのプロテスト(抗議運動)をなぞったものである。ひとつは、ケープタウン大学の学生らがキャンパス内にあるセシル・ジョン・ローズ(Cecil John Rhodes)像の撤去を求めた「Rhodes Must Fall」(3月)、そしてもうひとつは、ジョハネスバーグにあるウィットウォータースラント大学(以下、ウィッツ大学)が発端となった、大学の学費値上げ凍結や高等教育無償化を求めた「Fees Must Fall」(10月)である。

本稿では、2015年に起きた三つの「Must Fall」プロテストの経緯を振り返り、その特徴について考察したい。いずれのプロテストにおいても、参加を呼びかけたり、現場の様子を報告するのにツイッターやフェイスブックなどのソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)が積極的に活用された。ツイッターなどではハッシュタグ(#)のついた単語を含む投稿をまとめて表示する機能があり、ハッシュタグをつけることで情報を不特定多数の人々の間で共有・拡散しやすくなることから、プロテストの名称はしばしばハッシュタグつきの一単語で表現された。本稿でもそれにならって、以下では三つのプロテストの名称を、それぞれ#RhodesMustFall、#FeesMustFall、#ZumaMustFallと表記する 1
1.#RhodesMustFall
ケープタウン大学を訪れる誰もが目にする一等地にローズ像が建てられたのは、同大学の敷地を提供したのがローズであったという歴史的経緯による。しかし、ローズがその土地を手に入れたのは、言うまでもなく植民地化の過程を通じてであった。

植民地主義のシンボルともいえるローズ像をめぐる一連のプロテストのきっかけは、2015年3月9日に一人の黒人学生が抗議の意図をもってローズ像に糞尿をかけたことであった。抗議の手法には異論も多かったものの、その背後にある怒りやフラストレーションは多くの学生に共有された。3月12日に開催されたローズ像をテーマとする集会をきっかけとして、大学におけるレイシズムに反対し直接行動を行うことを目的とする#RhodesMustFallが組織され、その後、連日のようにデモ行進や大学建物の占拠などが繰り広げられた。南アフリカの著名な研究者や知識人のなかには、ローズの名を冠した奨学金を得て留学した経験をもつ者も多いが、そうした「ローズ・スカラー」のなかからも、#RhodesMustFallの要求を支持する者が現れた 2 。3月25日に開催された学生との対話集会において、ケープタウン大学のマックス・プライス(Max Price)学長は、大学変革について自らも同様の問題意識をもっていると述べ、ローズ像の取り扱いについても早急に検討することを約束した。その後、ローズ像の撤去が正式に決定され、4月9日には学生らが見守るなか、クレーン車を用いてローズ像が撤去されるに至った。

こうしてローズ像は、あっけなくキャンパスから消え去った。しかし、ローズ像の問題はシンボリックなものにすぎず、プロテストのなかでは大学変革をめぐる、より広い問題提起が行われたことに注意したい。#RhodesMustFallのミッション・ステートメント(2015年3月25日付)によれば、ローズ像撤去のほかに、黒人教員を大幅に増やすこと、ユーロセントリックなカリキュラムをアフリカ中心のものに改めること、黒人学生の受け入れを増やし、経済的その他の支援を強化すること、学費を大幅に引き下げること、大学で働く労働者の待遇を改善することなどが要求内容に含まれていた。これらの要求の多くは、それ以前から学生代表評議会(students’ representative council)によっても繰り返し主張されてきた内容であるが、ローズ像の問題と絡めて改めて定式化されたものである。ケープタウン大学の動きに触発され、ウィッツ大学でも同様の大学変革を求める学生グループが立ち上げられた(#TransformWits)。こうした構造的な課題は、ローズ像がなくなったところで解決されるものではなく、次節で見るように、10月には再び#FeesMustFallという形で学生のプロテストが再燃することとなる。
2.#FeesMustFall
南アフリカの大学に通うには、大学や学部にもよるが、年間の学費だけで3万から5万ランド(rand:1ランド=約7円、2016年1月現在)程度かかることが多い。そのほかに登録料や寮生活の場合は寮費などもかかる。これは南アフリカのアフリカ系黒人世帯の平均的な年間世帯消費支出に相当する水準である[Statistics South Africa 2011: 8, 11]。奨学金の枠も限られていることから、低所得世帯出身の学生(その多くが黒人である)が経済的理由から大学入学を諦めたり、入学後にドロップアウトしたりするケースが後をたたない。

#RhodesMustFallにより大学変革への意識が高まっていたところに、2015年10月、翌年度の大学学費の大幅値上げのニュースがもたらされると、即座に反対の声があがり、「Fees Must Fall」というフレーズが生み出された。ウィッツ大学の学生代表評議会が10月14日に抗議集会を企画したのを皮切りに、学費の値上げ凍結、さらには引き下げ・無償化を求めるプロテストが全国の大学へと広がった。学生らが座り込みや大学の出入り口の封鎖を続けたことで、各大学のキャンパスは10月下旬にかけて次々と閉鎖に追い込まれた。

学費を決める権限は各大学にあることから、#RhodesMustFall同様、#FeesMustFall運動における抗議や要求は、第一義的には大学当局に向けられた。しかし、南アフリカの各大学が近年、物価上昇率を上回る大幅な学費値上げを繰り返している背景には、大学に対する政府からの補助金が減少していることがある 3 。加えて、政府が低所得世帯出身の学生の大学学費無償化を2012年に検討しながら、その後、何の動きも見せていないこと、また学生への公的な経済的支援制度の予算が不足していることも指摘されてきた。そのため、抗議の矛先は大学当局だけでなく、高等教育に十分な予算を割かない政府、とりわけ高等教育大臣のブレード・ンジマンデ(Blade Nzimande)に対しても向けられることとなった。

10月21日にはケープタウンで学生たちが国会の敷地内に乱入し、この際、抗議する学生と警察との衝突が起き、多くの学生が逮捕された。各大学にも警官や警備員が多数配置されて物々しい雰囲気となり、学生側、警備側の双方による暴力行為も見られた。プロテストの主役は黒人学生であったが、自らは学費の支払いにそれほど困難を感じていない白人学生も、「黒人より白人のほうが警察から暴力を振るわれにくい」という想定のもと、すすんで「人間の盾」の役割を買って出たとされる[Suttner 2015]。抗議の激化を受けて10月23日には、ズマ大統領はプレトリアの大統領府(ユニオン・ビルディング)において大学の経営陣および学生代表と面会し、2016年度の学費値上げを中止し、学生への経済的支援制度を拡大することを約束する声明を発表した。
3.#ZumaMustFall
12月9日にズマ大統領は、ンシャンシャ・ネネ(Nhlanhla Nene)財務大臣を解任し、財政の経験に乏しいANC所属の比較的無名の国会議員、デイヴィッド・ファン・ルーエン(David van Rooyen)を任命することを発表した。ネネは前任者のプラヴィン・ゴーダン(Pravin Gordhan、財務大臣在任期間2009~2014年)のもとで財務副大臣を務めた経歴があり、トレヴァー・マヌエル(Trever Manuel、同1996~2009年)以来の財政規律重視路線を継承し、経済界からの信認が厚かった。ネネ財務大臣解任のニュースによって市場には激震が走り、南アフリカの通貨ランドは急落した。その理由についてメディアでは、ズマ大統領と親しい間柄にあるドゥドゥ・ムイェニ(Dudu Myeni)が会長を務める南アフリカ航空(South African Airways)がエアバス社と締結しようとしていた機体購入契約について、南アフリカ航空の財務状況を悪化させる内容であるとしてネネ財務大臣が待ったをかけたこと、またズマ大統領がロシアのプーチン大統領とのトップ会談で契約を約束してきたといわれる原子力発電所の新規建設計画にも反対したことが、ズマ大統領の怒りを買ったのではないかといった憶測が流れた。低迷する南アフリカ経済がさらに不安定化し、主要格付け会社が格付けを投機的なレベルにまで下げる可能性も視野に入るなか、南アフリカ経済界がズマ大統領に対して再考を強く促した結果、ズマ大統領は12月13日にゴーダンを財務大臣として復帰させることを発表し、市場の混乱は一応の終息を見た。

ネネ財務大臣解任のニュースの直後から、ツイッターでは#ZumaMustFallというハッシュタグをつけた投稿が急増し、オンライン署名サイトのチェンジ・ドット・オーグ(Change.org)では、ズマ大統領退任を求める署名活動への参加者が、12月13日までに13万人を超えた。12月16日(「和解の日」の祝日)には、複数の大都市でズマ大統領退任を求めるデモ行進が行われた。デモ行進の企画の中心となったのは、反腐敗連合(United against Corruption)という労働組合やNGOなどの連合体であった。ズマ大統領については、武器調達契約(いわゆるArms Deal)をめぐる汚職疑惑や、故郷ンカンドラにある私邸の改装に多額の公費が支出されたことなどをめぐって、これまでも批判が絶えなかったが、ネネ財務大臣解任を発端とする混乱が、腐敗や身内びいきの問題と結びつけて解釈されたことで、ズマ大統領の退任を求める動きが一気に加速することになったのである。
4.「Must Fall」プロテストの特徴と意義
南アフリカには、アパルトヘイト体制との闘いのなかで育まれた「プロテスト文化」のようなものがあり、解放運動組織であったANCが与党になってからも、プロテストは日常的に繰り返されてきた。ポスト・アパルトヘイト期のプロテストの典型は、「サービス・デリバリー・プロテスト」と呼ばれる、貧困層の生活環境に関わる要求を掲げるものである。こうした、主にタウンシップを舞台とし、参加者の多くが黒人貧困層であるようなプロテストについては、ANC政権が新自由主義的な経済政策を採用したことによって貧困層にしわ寄せが行き、貧困や格差が一向に是正しないことや、政府の腐敗や能力不足への不満が背景にあると説明されてきた[Ballard et al. 2006; Alexander 2010]。

それに対して2015年の一連のプロテストは、プロテストの舞台が大学のキャンパスや大都市の中心部へと移り、参加者のプロフィールが人種的、階層的に多様化したことを指摘することができる。大学でのプロテストの主役となった黒人学生は、低所得世帯の出身者も多いが、何とか大学卒業資格を得て貧困から抜け出そうという期待を持っているという意味で、新興の黒人中間層予備軍と見ることができよう。また、プロテストには白人学生も多数参加したことはすでに述べたとおりである。他方で、いくつかの大学では、アウトソーシング問題をめぐって、学生と、大学内で劣悪な条件で働く労働者との共闘も見られた 4 。そのため、#FeesMustFallプロテストは「多中心」「多階級」「多人種」性格を帯びていたと指摘されている[Calland 2015]。

#ZumaMustFallについても、参加者の背景の多様性を指摘することができる。反腐敗連合主催の#ZumaMustFallのデモ行進に参加した、南アフリカ労働組合会議(Congress of South African Trade Unions: COSATU)元議長のズウェリンジマ・ヴァヴィ(Zwelinzima Vavi)や、ANCのベテラン政治家で閣僚経験者のバーバラ・ホーガン(Barbara Hogan)は、アパルトヘイト体制に対する解放闘争に深く関わったが、経済政策の新自由主義化や、汚職まみれのANC指導層に失望し、現政権の批判者へと転じたことで知られる。他方で、デモ行進への参加者には白人が目立ったと伝えられており、#ZumaMustFallは特権を維持することを望む白人の運動だとする論調もあった[Schutte 2015]。確かに、ネネ財務大臣解任のニュースに反応して初めてデモ行進に参加したような人々の政策志向は、新自由主義批判を基調とする従来のプロテスト参加者とは大きく異なるであろう。そのことは、#ZumaMustFallの運動としての一貫性のなさや脆弱性に通じるが、その一方で、背景や政策的志向の異なる人々がSNSを通じてつながり、反腐敗という一点で連合を形成しうることを顕在化させた点は、政治的意義として無視できないものであったといえよう。
おわりに
本稿は2015年に起きた、「Must Fall」というフレーズを共通項とする三つのプロテストの経緯を振り返ってきた。

#RhodesMustFallでは運動の発端となった一人の学生の抗議行動の1カ月後にはローズ像が撤去され、#FeesMustFallでは学費値上げの発表からわずか1週間後には値上げ凍結が発表された。#ZumaMustFallではズマ大統領の退任には結びついていないが、ズマ大統領の対処(ゴーダン元財務大臣を復帰させる決断)は素早く、批判の拡大を恐れ、火消しに躍起になっていたことが伺える。こうした反応からは、ある程度まで要求を聞き入れることで、プロテストを素早く収拾しようという意図を見て取ることができるが、他方で、プロテストの結果、部分的であれ要求が実現されることが積み重なることにより、さらなるプロテストが誘発されてきたという側面もある。2016年の新学期には#FeesMustFallプロテストが再燃し、新年度の学生登録手続きなどに影響が出たと伝えられている。また、ズマ大統領が国会で施政方針演説を行った2月11日には、再び#ZumaMustFallを掲げたデモ行進が複数都市で実施された。

野党の民主同盟(Democratic Alliance: DA)や経済的自由戦士(Economic Freedom Fighters: EFF)は「Must Fall」運動の勢いに乗じてズマ政権批判を強めており、経済政策の違いにもかかわらず(DAは経済自由化・規制緩和路線、EFFは鉱山国有化など経済への国の介入強化を主張)、ンカンドラ問題の追及などで共同歩調をとることも目立ってきている。2016年半ばには地方選挙が予定されており、とりわけ大都市部でのANCの苦戦も予想されるなか、今後のプロテストの動向が与野党の政治戦略、選挙戦略にどのような影響をもたらすかが注目される。
参考文献


(まきの・くみこ/アジア経済研究所)
脚 注
  1. 本稿執筆にあたっては、Mail & Guardian、Business Day、Financial Mail、IOL、TimesLive、News24、eNCA、SABC、Eye Witness Newsなどの南アフリカの主要なニュース・サイトのほか(Mail & Guardianについては週刊のデジタル版も参照)、GroundUp、The Daily Voxなどの独立系のメディア、Daily Maverickなどのブログ・サイト、本稿で言及したプロテストの実施団体のウェブサイトおよびツイッターやフェイスブックのアカウントなどを参照した。煩雑さを避けるため、いくつかの署名記事を除いて、参照した個々の記事の詳細については省略した。
  2. 主要メディア上で#RhodesMustFallを支持する発言を行ったローズ・スカラーとして、南アフリカの人種問題を鋭く考察した著作で知られるユーセビウス・マッカイザー(Eusebius McKaiser)や、アフリカの国際関係や安全保障の専門家であるアデケイェ・アデバジョ(Adekeye Adebajo)らが挙げられる。また、#RhodesMustFallの余波はイギリスにも及び、ローズ・スカラーの留学先であるオクスフォード大学では、2015年の年末に、キャンパス内の建物の壁面にあるローズ像の撤去を求める学生らによる署名運動が起きた。
  3. Mail & Guardian 2015年10月23~29日号の記事中で引用されているニコ・クルタ(Nico Cloete)のコメントによれば、大学予算に占める政府支出の割合は2000年の49%から現在は40%にまで低下した。
  4. 2000年にウィッツ大学が食堂運営(ケータリング)、清掃などの業務を外部業者に委託するようになったのを皮切りに、他大学でも同様のアウトソーシングが進められてきた。大学から直接雇用され、これらの業務に携わっていた多くの職員が、アウトソーシングによって失職したり、業務委託先の企業に移籍して労働条件が悪化したりしたため、断続的にプロテストが続いてきた。ウィッツ大学やケープタウン大学などでは、#FeesMustFallの一連のプロテストのなかで、学費問題と並んでこの問題に焦点が当てられた結果、原則としてアウトソーシングを中止し、順次直接雇用(インソーシング)に切り替えていく意向を大学当局が表明した。