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論考: ケニア・サンブル女性の結婚をめぐる主体性の創出過程——恋愛結婚・非婚に注目して——

アフリカレポート

No.54

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■ 論考: ケニア・サンブル女性の結婚をめぐる主体性の創出過程——恋愛結婚・非婚に注目して——
■ 中村 香子
■ 『アフリカレポート』2016年 No.54、pp.19-31
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要 約

ケニアのサンブル女性には、従来、みずからの結婚の時期についても相手についても、いっさい何の決定権もなく、ただ決められた結婚にしたがうという選択肢しか与えられていなかった。また、「恋愛結婚」をする人は、例外的には存在してきたが、「規範の逸脱者」としてネガティブにとらえられてきた。しかしながら近年、サンブルの結婚の形態は大きく変わりつつある。学校教育を受けた女性を中心に未婚の母となる女性が増加し、彼女らのなかには、出産後に恋愛相手と結婚する人や生涯独身をつらぬこうとする人も登場している。本稿では、サンブルの女性が、いかなる背景のもとに、どのような方法で、みずからの結婚にかんする主体性を創出しているのかを、いくつかの事例から明らかにする。
キーワード : 年令体系 スルメレイ 未婚の母 連れ去り婚 擬似通過儀礼
はじめに
社会が急速に変容している現代アフリカにおいては、女性のライフコースも激変を迫られている。学校教育の普及とともに出産年令があがり、これと同時に、開発支援プロジェクトなどによるエイズ教育や避妊の普及の影響を受け、多くの社会で繁栄や豊かさの象徴であった多産に対する価値観も変容し、出生率は都市部のみならず地方でも低下している(たとえば、Ainsworth, Beegle and Nyamete[1996]、Garenne and Joseph[2002])。2010~20年は、アフリカ連合(AU)により「アフリカ女性の10年」と位置づけられ、女性の地位や権利にあらためて注目が集まるとともに、児童婚や強制結婚といった結婚の形態を問題視する動きが強化されている。

ケニアにおいても18才未満を「子供」と位置づけ、2001年に子供法 1 によってその結婚は違法とされた。本研究が対象としているサンブルも、法整備や国際NGOなどによる多数のプロジェクトの影響下にあり、人びとは結婚をとりまくさまざまな「従来のやりかた」とあらためて向き合い、それについて議論したり代替の方法を創出し始めている。

本論は、サンブル社会で近年増加している「恋愛結婚」と、より新しく出現した「非婚」という選択について、主として2012年から2014年にかけて実施した現地調査で得られた事例にもとづきながら考察する。激変する社会背景のもと、女性がみずからの結婚にかんして主体性を立ち上げてゆくプロセスの一端を、ケニアの牧畜社会、サンブルの事例から明らかにしたい。
1. サンブル社会と年令体系
サンブルはケニア共和国の北中部の半乾燥地帯に居住するマー語系牧畜民である。人口は約22万人 2 で、そのほとんどがウシやヤギ・ヒツジを飼養する牧畜業に従事しているが、多くの世帯が牧畜業に加えて、出稼ぎや小商いなどをおこなって現金収入を得ている。サンブル社会は「年令体系」とよばれる社会システムによって特徴づけられる。年令体系とは、性と年令に応じて人びとをいくつかのカテゴリーに分け、それぞれに独特の行動規範をさだめるシステムであり、東アフリカの牧畜社会に広く見られる。サンブルの年令体系では、男性は割礼と結婚によって3つの年令階梯に分けられる。生まれてから割礼を受けるまでは「少年」とよばれ、15~25才で割礼を受けると年令組に加入して「モラン( lmurran )」となる。約15年に一度、サンブル全土でおこなわれる大規模な儀礼とともに、新たにモランとなる年令組が組織される。そしてこれと同時にそれまでモランの年令組であった人びとは、ほぼいっせいに結婚して「長老」となる。モラン階梯はひとつの年令組、長老階梯は複数の年令組で構成される。本研究の現地調査をおこなった時点(2012~14年)にモラン階梯にあったのはキシャミ年令組である。また、長老階梯のもっとも若い年令組はモーリ年令組、次がクロロ年令組、キチリ年令組、キマニキ年令組と続き、メクリ年令組が最年長であった。一方、女性の人生は、結婚をさかいに未婚と既婚というふたつの年令範疇に分かれる。一般的には20才前後で結婚し、結婚後は約20年間、妊娠と出産を繰り返して子育てにいそしみ、40才前後になると緩やかに妊娠と出産から引退する。

男性は少年、モラン、長老という年令階梯ごとに、女性は未婚時代と既婚時代で、それぞれに独自の行動規範が与えられており、少年は少年らしく、モランはモランらしく、長老は長老らしく、そして未婚女性は未婚女性らしく、既婚女性は既婚女性らしくあるべきとされる。
2.未婚期の恋愛と結婚
サンブルの未婚期の恋愛はとても独特で、あらゆる点において婚姻とのコントラストを演出するものとして存在しているようにも見える。この時期の恋愛は、大量のビーズの授受を介して結ばれる「ビーズの恋人」関係に象徴される[中村 2004]。この関係は、近年、学校教育の普及とともに急速に衰退しているが、30~40年前までは特別な理由がある場合をのぞき、ほぼすべてのサンブルの人びとが未婚時代にこの関係をもってきた。

ビーズの恋人関係は、モランが気に入った娘に「私のビーズを受け取ってくれますか」と「プロポーズ」し、娘が承諾すれば仮成立し、ビーズが授受されると正式に成立する。娘は相手の申し出をきっぱり断ることもできるし、「あなたのビーズが欲しい」と自分から目当てのモランに積極的にアプローチすることもできる。ビーズを受け取った娘はそのビーズで巨大な首飾りをつくり身につける。この首飾りを見れば、この娘にはビーズの恋人がいると誰にでもわかる。

ビーズの恋人関係は、「短い結婚( ngiyama ndorop )」ともよばれる。この恋人関係は次の3点において婚姻と似通っている。第1には、サンブルの婚姻関係は婚資のウシの授受により正式に成立するが、この恋人関係は大量のビーズの授受によって正式に成立し、社会的に周知の事実となること、第2には、関係が成立すると娘は恋人と夜を過ごすための小さな小屋を建てること、そして第3には、モランと娘の母親のあいだに、夫と妻の母親の関係に似た忌避関係が生じることである。

しかしながら、この恋人関係が婚姻と決定的に異なっているのは、外婚単位であるクラン内部で結ばれるべきであるとされている点である。最初から決して結婚はできないとわかっている相手との、終わることが決まっている恋人関係なのである。娘は、父親に「おまえは結婚する」とある日突然に宣告される。結婚相手は別のクランの見知らぬ男性である。この宣告に抗うすべもなく、結婚式の前日をもってビーズの恋人関係は終焉を迎える。

恋人関係を結んですぐに娘の結婚が決まってしまう場合もあるし、2~3年ほど関係を継続できることもあるが、いずれにしてもこの関係は長くは続かない。そして、終わりかたの演出にこそこの関係の特徴が凝縮されている。クライマックスとよべるのは花嫁の化粧の場面だろう。サンブルの花嫁は真っ赤な染料で頭やビーズで飾られた首、腕などを化粧し、同じ染料で真っ赤に染められた皮のケープとスカートをまとう。モランは見知らぬ男性のもとへと嫁いでいく恋人の化粧のために、大量の赤い染料とそれを溶くための油を用意し、結婚式の前日に恋人にこの染料を塗ってやるのである。この化粧がふたりの別れの儀式であり、仲間のモランたちは歌をうたいながらそれを見守る。モランは興奮のために小刻みに震えながら、泣きじゃくる恋人の頭、首、巨大な首飾りから肩までを赤く染め上げる。そして化粧を終えると同時に、たいていのモランはひきつけをおこして倒れ込む。これは愛しい恋人と別れねばならないという悲しみと、自身がモランとしてやるべきことをやり終えたという強い自負からくる満足感とがない交ぜになった極度の興奮の結果であるという。化粧を終えたモランは娘の前から姿を消す。そして、その翌日、すなわち結婚式当日の夜明け前に娘は割礼を受け、身につけている装身具や髪型を変えて「生まれ変わり」、夫となる男性とともに、その男性の居住地域である見知らぬ集落へ、そして「既婚女性」という人生の次のステージへと旅立っていく。

もうひとつ、恋愛と結婚を分ける重大なポイントがある。それは娘が妊娠した場合の対処方法である。割礼前の娘の出産はタブーとされており、娘の妊娠はもっとも望まれざる事態とされている。割礼前の娘がみごもった子供は「ンゴセネット( ngosenet )」とよばれ、集落の子供すべてを殺してしまうようなおそろしい不幸をもたらす存在であると考えられているからだ。このため、避妊は試みられているが、避妊具も普及していないため妊娠してしまうことも少なくない。もしも妊娠してしまった場合は伝統的助産師などのエキスパートにより必ず中絶の処置がとられる。

性関係をもつことを当然視された恋人関係と妊娠中絶。そして、父親が決める結婚。こうした事実だけをとりあげると、サンブルの女性は男性中心社会において恋愛と結婚をめぐる主体性を完全に奪われた存在であるという印象を受けるかもしれない。しかし、前述のように恋人関係の成立前も、その後も、娘は思いのほか積極的である。恋愛中の未婚の娘たちからは、同じクランのモランたちに守られた居心地の良い環境で、恋人に美しく飾られて恋愛を謳歌しながら短い青春期を夢中で過ごしているという印象を受ける。モランたちは、自分の恋人とみずからをビーズで飾り立て、娘の美しさを歌にしてうたう。既婚男性や既婚女性はそんな歌にうっとりと耳を傾けながら、みずからの未婚時代のビーズの恋人関係を振り返って「あれほど甘美な関係はない」と語るのである。ダンスや歌、華やかなビーズ装飾に彩られたモランと未婚の娘の恋愛には、結婚とは完全に切り離され、未婚期という短い時代に閉じ込められた関係ゆえの完成された甘美さがあるのかもしれない。

以上のように、サンブルにおいて未婚期の恋愛と結婚とは決して結びつかない異なるものとして位置づけられてきた。しかしながら、恋愛と結婚を明確に区別するというこの生きかたは、近年、急激に変化している。どのような変化がなぜ起きているのだろうか。以降では、その背景の重要なひとつと考えられる女性のライフコースにおける変化について述べる。
3.女性の割礼と結婚の分離——「スルメレイ」という例外的存在の急増——
近年、サンブル女性のライフコースにとても大きな変化が起きている。結婚に先んじて割礼を受ける「スルメレイ( surmelei )」(既割礼・未婚というステイタス)とよばれる女性が、特に学校教育の普及が進んでいる地域で急増しているのである 3 。従来、結婚と同時におこなわれてきた女性の割礼が結婚から分離され、より若年時におこなわれるようになるという現象は、同じマー語系のチャムス社会でも起きていることが報告されている[Kawai 1998]。

本研究の調査地は、サンブルの人びとの居住地域であるサンブル・カウンティの中心の町にも近く、降雨にも比較的恵まれているため、牧畜業のかたわら自家消費用の農業をおこなう世帯も少なくない。政府やNGOによる多くの開発プロジェクトも実施されており、サンブルのなかでも「進んだ」地域といえる。表にはこの地域でスルメレイになった女性の割合を示した。女性を未婚時代の恋愛の相手の年令組を基準に(1)~(3)の3つのグループに分けた。グループ(1)はクロロ年令組が組織された1976年に18才未満かつクロロ年令組がモランを引退して長老になった1990年に18才以上の女性、すなわち未婚期の恋愛の相手がクロロ年令組であった女性、グループ(2)はモーリ年令組が組織された1990年に18才未満かつモーリ年令組がモランを引退して長老になった2005年に18才以上の女性(恋愛の相手がモーリ年令組)、グループ(3)はキシャミ年令組が組織された2005年に18才未満かつ調査時(2012年)に10才以上の女性(恋愛の相手がキシャミ年令組)である。スルメレイの比率は、それぞれのグループで27.9%、58.7%、82.9%であり、若い世代になるほど比率が急激に上昇している。長老への聞き取りによれば、クロロ年令組のひとつ上のキチリ年令組の時代にはこの地域にはスルメレイはひとりもいなかったという。

表 スルメレイになった女性の割合と就学経験をもつ女性の割合
表 スルメレイになった女性の割合と就学経験をもつ女性の割合
(出所)中村[2016]を改変。
(注)
※1 1976年に18才未満、1990年に18才以上、恋愛の相手がクロロ年令組
※2 1990年に18才未満、2005年に18才以上、恋愛の相手がモーリ年令組
※3 2005年に18才未満、調査時(2012年)に10才以上、恋愛の相手がキシャミ年令組

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kore ntito e sukuulu, keitore kewan

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4.新たな結婚のかたちの創出
(1)「スルメレイは焼けた肉」
サンブルには従来から「スルメレイは焼けた肉である」という言い回しがある。スルメレイにはすぐにどんな男性でも手を出す、すなわちスルメレイはすぐに誰かのものとなることを意味している。つまり、この言い回しは、未婚の娘にひとたび割礼を受けさせてしまうと、いつ誰にとられてもおかしくないという、父親の落ち着かない気持ちを表現している。反対に、割礼前の娘は「まだ焼けていない」のであり、それを「焼く」、すなわち割礼を受けさせることによって出産できる一人前の女性にすることができるのは、割礼・結婚の儀礼をとりおこなう権限をもつ父親である。従来は結婚式の朝に娘が割礼を受けていたので、誰かに連れ去られる隙はなかった。

スルメレイはすでに割礼を受けていることから、一人前の女性として扱われる。割礼後ほどなくすると母親の家で寝ることをやめ、自分自身の家を同じ敷地内にもつようになる。このようなスルメレイを虎視眈々と狙うのは、婚資となる家畜をもたないが結婚したいと考えている男性たちである。彼らはスルメレイと直接に交渉して、父親に気づかれないようにこっそりとスルメレイを自分の家に連れ去り、妻として迎え入れて事実婚にもっていこうとする。父親にとってこれは不幸な出来事といえる。なぜなら、このようなパターンの結婚の場合、夫側から支払われる婚資は少ないうえに分割で長い時間をかけて支払われることが多いからである。このようなスルメレイを狙った「連れ去り婚( kutupuroyeki )」は従来から存在していた。

「スルメレイは焼けた肉」という言い回しは、父親から見ると、娘がいつ誰にとられても、すなわち、いつ誰の子供を産んでもおかしくないことを意味しているが、これを、スルメレイ本人からとらえ直せば、「いつでも、誰の子供でも産むことができる」ことになる。実際にスルメレイになった女性たちは、自身の妊娠・出産にかんしてどのように決断しているのだろうか。この地域で2012年時点で26~40才だった63人の女性(表のグループ(2)のモーリ年令組がモランの時代に未婚の娘だった女性たち)のうち37人がスルメレイとなったが、そのうち26人(70.3%)が未婚のうちに妊娠を経験し、そのうち21人(80.8%)が出産して未婚の母となっている。「スルメレイ」という存在が例外的だった時代には、ほぼ存在し得なかった「未婚の母」が急増しているのである。未婚の母となったスルメレイの人生はその後どのように展開していくのだろうか。以降では、未婚の母となったスルメレイの結婚を3つの事例から検討する。

(2)スルメレイの出産——「いつでも、誰の子供でも」——
Aさんの事例を紹介する。Aさんは学校教育は受けていないが、17才のときに特別な理由はなく割礼を受けてスルメレイとなった。18才のとき、割礼する前から交際していた同じクランに所属する恋人(モーリ年令組。「ビーズの恋人」ではない)の子供を妊娠し、未婚の母となることを決断して娘を出産した。出産後は自分の母親の家のある敷地内にみずからの小さな家を建てた。ほどなく、子供の父親である恋人とは別離したが、別の恋人ができた。この恋人は異なるクランに所属しており結婚できる関係にあった。Aさんは20才のときにこの恋人との結婚を望んでまず彼の母親の家のある敷地内に家を建てて同棲を開始した。しかしこの男性は、Aさんと正式に結婚するために必要な婚資の家畜を用意することを怠り、そのかわりに毎日酒を飲むようになった。Aさんは彼のこの態度を不満に思っていた。その後、彼とのあいだに子供を妊娠したにもかかわらず、彼は酒をやめようとしなかったので、Aさんは別れることを決意し、実家にもどって第二子を出産した。Aさんは礼儀正しい女性としてよい評判を得ている女性だった。実家に戻ったAさんを待ち構えていたかのように、ひとりのクロロ年令組の男性が自分の第二夫人になって欲しいともちかけた。彼はAさんに、ふたりの子供を連れて嫁いできてよいといった。これはAさんにとっては願ってもない条件だった。Aさんの父親はすでに亡くなっていたが、父親の兄弟も、Aさんの兄弟も、相手の男性が婚資の一部をすぐに支払うといったので大賛成し、Aさんはこの男性の申し出を受けて結婚した。

この事例からは、Aさんが恋愛の相手の選択においても、妊娠・出産についても、また別離についてもかなり主体的に行動していることがうかがえる。サンブルの人びとは、スルメレイが妊娠して出産することをごく自然なこととして受けとめている。また、Aさんのようなスルメレイが出産する子供ごとに父親が異なっていても、その事実が彼女の人物評価を下げることもない。従来のサンブル女性は、恋愛時代には出産を厳しく禁じられ、また、恋人との仲を引き裂かれて見知らぬ男性のもとに嫁いでいかねばならなかった。これに対してAさんは、未婚のままふたりの恋人の子供を出産し、その後は夫となった男性に直接に結婚を申し込まれ、喜んで承諾して子連れで嫁いだ。Aさんの事例からは、従来のサンブル女性とは比較にならない主体的な結婚の選択を見てとることができる。

(3)スルメレイの「婚活」と「連れ去り婚( kutupuroyeki )」
未婚の母になることがその女性の人物評価を下げることはないといっても、出産したスルメレイの結婚は簡単ではない。彼女たちは子供を連れて結婚したいと考えているが、サンブルでは、父親の家畜を継承するのは第一夫人の長男とされているため、とくに男児を出産している女性を第一夫人として迎えようと考える男性はほとんどいない。しかし、第二夫人、第三夫人となれば話はまったく別になる。ふつう未婚の娘たちは、父親が自分の夫として決める相手が若くて未婚であること、つまり自分がその男性の第一夫人になることを望んでいる。しかし、すでに割礼・出産を経験して子育てをしながら生計のことも考える苦労を味わっているスルメレイは、そのような子供じみたことはいわないものである。子連れのスルメレイにしてみれば、男性がすでに結婚していれば、その男性の夫としての評判を確認でき、アルコール中毒や暴力癖のある男性を選んでしまうリスクを回避できるし、なにより、子供を連れて結婚することがゆるされるのであれば、これ以上に望むことはないというのが本音だ。

子連れのスルメレイのもとに結婚話が向こうからやってくるAさんのような例は少ないため、彼女たちは積極的に「婚活」をおこなう。積極的とはいっても、これは、女性たちのあいだで秘密裏におこなわれる。よくとられる方法は、兄嫁を通じてその出身クランの男性のなかから候補者をさがす方法か、あるいは、姉の嫁ぎ先のクランの男性のなかから候補者をさがす方法だ。Bさんの事例を紹介しよう。

BさんもAさんと同様に、学校教育の経験はなく、同じクランに所属する恋人(「ビーズの恋人」ではない)との子供をひとり出産したスルメレイである。結婚を望むようになったBさんは、この恋人と別れて婚活を開始した。Bさんの協力者は兄嫁だった。兄嫁は、婚資の準備が整っていないが第二夫人をとても欲しがっている男性が自分の出身地域にいるので見に行こうとBさんにもちかけた。この「視察」の結果、Bさんはその男性のことがとても気に入り、彼がBさんに「連れ去り婚」をしかけるように、兄嫁の母を通じてそれとなく伝えた。男性もBさんを気に入っていたため、すぐにBさんのところにやってきた。Bさんは一度だけしぶって見せたが、男性が再び懇願にやってきたので今度は承諾し、ある夜に子供を連れてこっそりと家を出て、男性の居住地へとめでたく「連れ去られる」ことに成功した。

翌朝、ことの一部始終を承知しているBさんの母親は、何も知らないふりをしてBさんの父親に「娘がいなくなった」と告げた。父親は「誰かに連れ去られたのか?おまえは娘をちゃんと監督せずにいったい何をしているのだ?!」と怒り騒いで見せた。しかし、父親も本音のところでは、未婚の母である娘を早く結婚させてやりたいという気持ちが強く、たとえ婚資の支払いがいつになるかわからなくてもかまわないと思っていた。その証拠に、娘を連れ戻しに行くそぶりはまったく見せなかったという。

Bさんのケースで興味深いのは、「連れ去り婚」という、サンブル社会に従来からあるやりかたをBさんが利用している点である。前述のように「連れ去り婚」とは、妻を娶りたいが婚資をもたない男性が、「焼けた肉」であるスルメレイをなかば無理矢理に自分の集落に連れ去って住まわせ、まず夫婦のように暮らすという「事実婚」の状態をつくってから、その後に時間をかけて少しずつ婚資を払っていくという結婚の方法である。Bさんは、自分の目当ての男性に自分を「連れ去る」ように積極的にしむけながら、表面上は、一貫して受け身の立場を演じていた。このことにより、両親も夫となる男性も「連れ去り婚」の型どおりに「演じる」ことが可能になり、誰もが納得のいく結果である、「子供を連れての結婚」を実現することができたのである。

この結婚のかたちは、男性にとっては、婚資の準備が整っていなくてもすぐに相手を妻として迎えることができるという大きなメリットがある。さらに、連れ去る相手がBさんのように「子連れのスルメレイ」という新たなケースの場合は、またちがうメリットがあるようだ。子連れのスルメレイは、たいてい結婚したいという意志がとても強く、子供をひきとってもらうことに対する感謝の気持ちをもっているため、家事も熱心におこなうし、家畜管理にも協力的である。若い娘を娶った場合とは異なり、機嫌をとったり、一から教育する必要もないという。男性が第二、第三夫人を強く望むのは、ほとんどの場合、牧畜業をおこなうための労働力が必要になったという理由であるため、子連れのスルメレイは「即戦力」として好都合であるし、うまくすればその子供も牧童としてすぐに活躍してくれるかもしれない。しかも婚資は分割払いでよいので、まさに理想の相手を理想のタイミングで得ることができるというわけだ。

(4)「連れ去り婚」と「恋愛結婚」
前述のようにサンブルでは、未婚と既婚をはっきり区別するメリハリのある生きかたが望ましく美しかったのであり、結婚はお互いに知らない相手と一から始めるべきものと考えられてきた。しかしながら、サンブル社会にも恋愛結婚がなかったわけではない。恋愛結婚は、「ンジャルティム( njartim )」もしくは「アーラロ( aararo )」とよばれて例外的に存在してきた。「ンジャルティムのケンカは誰にも仲裁できない」といわれ、恋愛結婚をした人の結婚生活はうまくいくはずがないと考えられており、未婚期の恋愛の相手との結婚を望む人は必ず周囲から反対されてきた。そもそも恋愛結婚は、大干魃の時代に家畜が死に絶え、多くの人が婚資を支払えずに正式な結婚ができなかったときに、「男女がしかたなく、森の動物(野生動物)のようにお互いを探しあった」やりかたであると語られ、そうでないときに恋愛結婚をする人は規範からの逸脱者ととらえられてきた。

そして、正式な結婚において、相手を選ぶことができるのは男性だけであった。それも知り合いを通じて娘の評判を簡単に調査するだけで、お互いが直接に話をすることはなかった。そもそも結婚において重要なのは、夫となる男性と娘の父親のあいだでおこなわれる婚資の交渉、そしてその結果として生まれるふたつの家の結びつきであった。結婚における当人同士の「相性」や「愛情」は、事前に用意されるものではなく、結婚生活のなかでゼロからつくりあげていくものと考えられてきたのである。

しかし「連れ去り婚」は、男性がスルメレイに直接に働きかけるため、通常の結婚とは決定的に異なっている。そして近年のスルメレイたちがみずからしかける「連れ去り婚」においては、男性と女性の双方が、お互いに自分自身で結婚相手の評判を調査したり、直接会って話したりする。両者は互いの人柄を十分にわかったうえで「事実婚」という期間を経て、ゆっくりと正式な結婚へと向かう。すなわち、この「連れ去り婚」は「恋愛結婚」の要素を多分に含んでいるのである。

(5)非婚という選択——擬似通過儀礼( ntasim ntelengo )——
最後に、もっとも革新的なスルメレイの結婚の事例を検討する。Cさんは小学校に7年まで通った。父親は幼いころに亡くなっており、同母兄弟には、兄(D)と婚出した姉、そして婚出した妹がおり、年長の腹違いの兄(E)がいる。Cさんは、17才のときに「学校に通っているから」という理由で割礼を受け、19才のときに妊娠して出産した。Cさんはその後も何人かの恋人とつきあったが結婚はせずに出産だけ続けて、調査時点で娘3人と息子2人がいた。Cさんは兄(D)の家畜に依存して生活していたが、兄(D)はいつまでも実家で子供を産み続ける妹を厄介者として嫌い、自分の妻子と家畜のすべてを連れて遠方に引っ越してしまい、Cさんとその子供たちを顧みることはなかった。Cさんは母親に子育てを手伝ってもらいながら、酒や木炭を造って販売したり、薪を町や近所に売り歩いたり、砂糖の小売りをしたり、小学校の臨時雇用教員をやったりと、できることはすべてして必死で子供を育てた。

そんなCさんは、結婚をまったく望んでこなかったわけではないが、結婚したいと思えるほどの相手に出会えなかったという。そして未婚の母としての生活を17年続けた36才のとき、「ンタシム・ンテレンゴ( ntasim ntelengo )」という形式で、結婚式をおこなう決意をした。 ntasim は通過儀礼を、 ntelengo は「飾る」を意味し、本来おこなうべき儀礼を実施していなかった人のために、その「まねごと」を代理人をたてておこなうことによって、その人の儀礼的・社会的な地位を変化させるものである。以降ではこれを「擬似通過儀礼」とよぶ。Cさんが擬似通過儀礼に至った経緯はつぎのようなものであった。

Cさんが35才になったとき、長女が妊娠して中絶を余儀なくされた。Cさんは娘にもう中絶を経験させたくないと考え、娘たちの割礼をおこなうことを望んだ。年長の腹違いの兄(E)のところへ相談に行くと、兄(E)は、「おまえが『子供』のままで、どうやって自分の子供を割礼するのだ?リコレット(結婚を正式に成立させるために必要な去勢ウシ)を屠り、おまえを『香りよくする』男をさがそう」と言った。未婚のCさんの子供は、今のままでは割礼を受けることができない。『香りよくする』とは、儀礼的に縁起のよい状態、すなわちCさんに既婚女性のステイタスを獲得させることを意味している。これに対してCさんは「どうかさがして下さい。お願いします。娘たちはもう十分に大きいので(はやく割礼を受けさせてやりたいのです)」と答えた。

その後、腹違いの兄(E)は、夫役をつとめる男性とリコレット(通常はウシだがこの場合はヒツジで代用した)を用意してくれ、Cさんのささやかな結婚式がおこなわれた。Cさんは花嫁が身につける既婚女性用の耳飾りや赤い染料で染められたケープとスカートを纏ったが、リコレットを提供したのは兄であり、夫役をつとめた男性は単にその場で新郎のように振る舞って、リコレットを屠ったにすぎない。この結婚は言いかたを変えれば、「偽装結婚」であり、その後、Cさんは今まで通り実家での生活を続け、男性もみずからの居住地域に帰っていった。ふたりの関係には何の変化も起きていない。しかし、この「擬似通過儀礼」をとおして、Cさんは既婚女性のステイタスを得ることができ、自分の子供たちに割礼を受けさせることが可能となったのである。ほどなくして、Cさんの上のふたりの娘は割礼を受けた。

Cさんは、妊娠や中絶の経験がなく、「行き遅れ」でもないのに積極的にスルメレイになるという選択をした「学校の娘」のひとりである。サンブルの新しい女性の生きかたを切り拓いたパイオニア世代といってもよいだろう。そのCさんが今度は、未婚のままで子供を割礼した。彼女のこの決断は「非婚」を選択したといえるかもしれない。「非婚」とは、広辞苑によれば「生きかたとして、結婚しないことを主体的に選択すること」(『広辞苑』第5版)であるが、これは、サンブルの生きかたとしてまったく新しいものである。

「擬似通過儀礼」は従来、サンブルではない女性と結婚した男性が、異民族である花嫁の父親に対してはサンブルの規範通りの婚資の支払いは必要ないことから、リコレットを屠る儀礼をおこなわなかった場合、後日に、この結婚を社会的に正式なものとするために実施してきた。非婚という女性の新しい生きかたの選択が「擬似通過儀礼」を利用して可能となったことは注目に値するだろう。
5.サンブル女性の結婚をめぐる主体性の創出過程
恋愛結婚、そして非婚。ともにサンブル社会においては、とても新しい結婚のかたちである。非婚が今後、サンブルに一定の広がりを見せていくのか否かは、現在はまだわからないが、恋愛結婚という選択は確実に増加している。とくに高等教育を受けた女性は、サンブルの従来の結婚を「強制婚」として批判的にとらえ、まさに「自分で自分を導く」と表現されるような自立心のもとで、親ではなく自分が決めた相手との恋愛結婚を志向する傾向がつよい。こうした女性たちは牧畜集落ではなく町に住み、給与を得るような仕事に就いて、経済的にも親から独立していることが多い。彼女たちはいわゆるグローバル・スタンダードを身につけて、開発プロジェクトなどで謳われる西欧近代的な言説にしたがって、結婚についてだけでなく、さまざまな面でサンブルの「伝統的」なやりかたを批判的にとらえる傾向がある。

これに対して本稿で紹介した女性たちは、教育をまったく受けていないか、受けていたとしても初等教育のレベルまでである。彼女たちは牧畜集落に居住し、いわばサンブル文化のなかに生きる平均的なサンブル女性である。彼女たちの「恋愛結婚」の実現のしかたは、高い教育を受けた女性のやりかたとは異なるユニークなものだった。彼女たちは、従来のやりかたにつよく反発するわけではない。「なんとなく」スルメレイになった結果、未婚のまま出産することが可能になり、実際に未婚の母となったのだが、その後は「未婚の母」というみずからの結婚における条件の悪さを逆手にとるようにして、父親が管理する伝統的な結婚という拘束から自由になり、結婚相手を主体的に選択していた。しかし、その際には「連れ去り婚」という従来からあった例外的な結婚の型が利用され、女性は受け身を演じた。このように、従来から存在した「型」が力点のおきかたを変えて活用されることによって、結婚相手の男性、女性の父親と母親など、婚姻にかかわる全員が、それぞれいくぶんかの演技をするという方法で「連れ去り婚」が実現していた。すなわち、彼らは従来のやりかたとの擦り合わせをおこないつつ、全員が納得のいくかたちを創出していたのである。また、「非婚」というもっとも新しい選択が可能になったのも、従来から存在した「擬似通過儀礼」の形式が有効に転用されたためだった。

そもそも、こうした新しい結婚の形態を創出する出発点となったのは、「スルメレイ」という例外的な年令範疇であった。例外的であるがゆえに、スルメレイにはほかの年令範疇ほど厳格な行動規範が付与されていない。年令体系にもとづく細かな規範が厳格に定められているサンブル社会において、この「伝統的」な規範を重荷に感じ始めていた人びとにとって「スルメレイ」というのは、規範の拘束からの逃避先としてうってつけの場所であったのかもしれない。スルメレイになった女性たちの多くが、その後に未婚の母となったという事実からは、未婚期の出産を厳禁するという規範からの抜け道を、人びとはスルメレイに見いだしたと解釈することも可能であろう。

サンブルの人びとは、新しい価値観と従来の価値観のあいだで揺れながら、スルメレイという従来から存在していた例外的なステイタスの意味付けを変更した。そして「連れ去り婚」や「擬似通過儀礼」という従来からあるやりかたの「型」を転用することによって、新しい状況を自分たちの文脈のなかでとらえ直し、納得したうえで新しい結婚のかたちを創出している。それは、欧米の単純な模倣とはまったく異なる創造的なプロセスであり、「『伝統的』規範からの逸脱」というありきたりな見かたではとらえきれない。そして、本稿の事例から見えてきたのは、サンブル女性の結婚をめぐる主体性の創出過程は、決して「女性」対「伝統をおしつける社会」という構図で成り立っているのではなく、当事者である女性の両親や兄弟、結婚相手など、すべての社会の成員の協働のうえに実現されているという事実であった。

付記:本研究はJSPS科研費・基盤研究(C)(2012~2014年度・代表:中村香子・課題番号:24510341)、基盤研究(C)(2015~2018年度・代表:中村香子・課題番号:15K01875)の成果の一部である。
参考文献

<日本語文献>
  • 中村香子2004.「『産まない性』——サンブルの未婚の青年層によるビーズの授受を介した恋人関係——」田中二郎・佐藤俊・菅原和孝・太田至編『遊動民——アフリカの原野に生きる——』昭和堂 412-438.
  • 中村香子2011.『ケニア・サンブル社会における年齢体系の変容動態に関する研究——青年期にみられる集団性とその個人化に注目して——』松香堂書店.
  • 中村香子2016.「スルメレイが手にした選択肢——ケニア・サンブル女性のライフコースの変容——」落合雄彦編『アフリカの女性とリプロダクション——国際社会の開発言説をたおやかに超えて——』晃洋書房 75-106.
〈外国語文献〉
  • Ainsworth, M., K. Beegle and A. Nyamete 1996. “The Impact of Women's Schooling on Fertility and Contraceptive Use: A Study of Fourteen Sub-Saharan African Countries.” World Bank Economic Review 10 (1): 85-122.
  • Basu, A. 2002. “Why Does Education Lead to Lower Fertility? A Critical Review of Some of the Possibilities.” World Development 30 (10): 1779-1790.
  • Garenne, M. and V. Joseph 2002. “The Timing of the Fertility Transition in Sub-Saharan Africa.” World Development 30 (10): 1835-1843.
  • Kawai, K. 1998. “Women's Age Categories in a Male-dominated Society: The Case of the Chamus of Kenya.” in Conflict, Age & Power in North East Africa: Age System in Transition . eds. E. Kurimoto and S. Simonse. Oxford: James Currey, 147-167.
  • Lesorogol, C. 2008. “Setting Themselves Apart: Education, Capabilities, and Sexuality among Samburu Women in Kenya.” Anthropological Quarterly 81 (3): 551-577.
  • Nakamura, K. 2005. Adornments of the Samburu in Northern Kenya: A Comprehensive List . Kyoto: Center for African Area Studies, Kyoto University.
  • Spencer, P. 1965. The Samburu: A Study of Gerontocracy in a Nomadic Tribe . London: Routledge and Kegan Paul.
(なかむら・きょうこ/京都大学)


脚 注
  1. The Children Act, Chapter 141. Revised Edition 2010 (2007).
    ( http://www.unesco.org/education/edurights/media/docs/f587bfa8b9536d479977207b897df7a3223f57ed.pdf , 2015年12月10日アクセス)
  2. The 2009 Kenya Population and Housing Census VOLUME I A Population Distribution by Administrative Units.
    ( http://www.knbs.or.ke , 2016年1月31日アクセス)
  3. 中村[2016]には「スルメレイ」の増加傾向について学校教育の普及や未婚期の妊娠との関係からより詳しく記述しているので、参照されたい。
  4. 「学校の娘はスルメレイになる」ということが、人びとのあいだで当然のことと受けとめられているため、スルメレイであることが結婚の障壁になることはない。しかし、未婚のまま出産すると、結婚に際して支払われる婚資は安くなる。また、子供の生物学的父親以外の男性の第一夫人にはなりにくくなる。
  5. ケニアにおいては、女性性器切除禁止法が2011年に制定された。高額の罰金と禁固をともなうこの法律の影響力は大きく、サンブルの人びとも女性に対して割礼をおこなうことの是非について語り始めたところである。
  6. 本研究の調査地においてビーズの恋人をもつモランの割合は、キマニキ年令組(1948~1960年にモラン)の男性では85.7%(N=21)、キチリ年令組(1960~1976年にモラン)の男性では72.3%(N=47)、クロロ年令組(1976~1990年にモラン)の男性では30.4%(N=46)、モーリ年令組(1990~2005年にモラン)の男性では18.6%(N=113)と徐々に減少している[中村 2011, 174]。キシャミ年令組(2005年~現在のモラン)の男性では2014年現在、ビーズの恋人をもつ人はいないという。