資料紹介: Regarding Muslims ——from Slavery to Post-Apartheid——

アフリカレポート

資料紹介

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■ 資料紹介:Gabeba Baderoon, “Regarding Muslims ——from Slavery to Post-Apartheid——”
網中 昭世
■ 『アフリカレポート』2015年 No.53、p.36
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本書は、表紙を飾る南アフリカの代表的画家イルマ・スターンの作品『マレーの花嫁』(1942年)に象徴される「絵になる」ムスリムの存在が、アパルトヘイト期の南アフリカの政治社会的空間において白人の帰属意識を守るためにいかに利用されたのかを明らかにしている。著者は、オランダ東インド会社時代の奴隷をルーツとするムスリムであるケープ・マレーに焦点を当てる。そして「従順」「勤勉」「絵になる」ケープ・マレーのアイコンが、ケープ社会における奴隷制は穏やかであったという神話を支え、植民地化の始まりが潔白であったというイメージを作り上げたと指摘する。そのイメージに対して本書は、アパルトヘイト体制下の南アフリカの中でもリベラルであると捉えられてきたケープ社会のイメージを突き崩す、批判的なカルチュラル・スタディーズと評価できる。

第1章・第2章では、南アフリカ特有の文脈においてイスラーム文化が変容し、表象として利用されてきたこと、さらにはそれに対する対抗文化としてケープ・マレーの食文化が秘める政治性を紹介する。第3章・第4章は、南アフリカにおける奴隷制の重層性を論じる。ケープはインド洋を越える奴隷の終着港であると同時に、大西洋を越える奴隷の始発港であった。さらに18世紀にヨーロッパに渡り、人種的にも性的にも搾取を受けた先住民コイコイ女性サラ・バートマンの遺体を2002年にケープに「帰還」させた事例は、この地の奴隷制の歴史を一層複雑なものにしている。第5章は、1990年代にケープタウンで結成された自警団がイスラーム過激派のテロ組織と化した「ギャングとドラッグに対抗する市民(PAGAD)」を事例に、ムスリムの従順で勤勉なイメージを狂信的で暴力的なものに塗り替えたメディアを取り上げる。第6章と終章は、PAGADをめぐる報道を踏まえた現代の対抗文化として、南アフリカにおいてムスリムに対する繊細な見方を提供する作家や芸術家たちの作品を分析している。

現在の南アフリカでは多文化主義が唱えられ、ケープ・マレーも含めたマイノリティ集団は自らをどのように位置づけるのかを模索している。しかし、問題はむしろマイノリティ集団に特定のイメージを与え、自らの地位を確立してきたマジョリティにあることを本書は描いている。本書は、ともすると表面的な理解に留まりかねない多文化主義的論調に問題提起する1冊であると同時に、他者を内包する南アフリカ社会の一国版『オリエンタリズム』と言えるかもしれない。

網中 昭世(あみなか・あきよ/アジア経済研究所)