資料紹介: サルなりに思い出す事など ——神経科学者がヒヒと暮らした奇天烈な日々——

アフリカレポート

資料紹介

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■ 資料紹介:ロバート・M・サポルスキー 著 大沢章子 訳 
津田 みわ
■ 『アフリカレポート』2014年 No.52、p.103
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本書は、霊長類社会を対象にフィールド調査を行うため21歳で初めてケニアを訪れたアメリカ人の神経科学者が、その後の20年以上にわたる毎夏のアフリカ滞在を振り返った回想録である。抱腹絶倒のノンフィクションだとして日本では複数の新聞書評欄で取り上げられた話題の本だが、アフリカに関心がある読者には、いくつかハードルがあるかもしれない。というのも、この本は「未開」な「部族」、「原住民」言説で溢れているのである。こういった表現に苛立っていると、本書は到底読み進められない。また、事実関係にいちいち目くじらを立てないことも、この本を楽しく読み続けるための秘けつだろうか。植民地解放闘争の時代を生きたケニア人一家とイギリス人植民者を描いた心揺れる(はずの)エピソードが私にはとくに辛かった。たまたま専門領域にあたるため、そこに登場する「レーニン長官」なる解放闘争戦士も、誰でも知っていると著者が記す「有名な写真」も、そのいずれもが実在しないことに気づいてしまったのである。

しかし、本書については、おそらくそういうことにガッカリしすぎないほうがよさそうでもある。よくよく通読してみれば、著者の部族言説は、「私の属する行動科学者という部族」という表現で自身にも等しく向けられていることがわかる(p.134)。また著者は、本書の記述が事実と創作の混成であり、登場人物についても必要に応じて何人かを合成して一人の人物に仕立てたと、断り書きを入れてもいる(p. v, 352)。

そう、つまり本書は、学者による回想録という体裁をとったひとつの物語なのである。一旦これはある種の小説なのだと思ってしまえば、むしろこれほど面白いアフリカ読み物も珍しい。ユーモアあふれる筆致で綴られる、情けなくも味わい深いアフリカ体験談の数々。自らヒヒの群れに「仲間入りする」かたわら、学者サークルとも、最新の進化理論とも距離をとろうとする著者一流の辛辣さ。その辛辣さの刃は、欧米の援助関係者にも容赦なく向けられる。ソマリやマサイ、キクユといったアフリカに生きる人々も、返す刀でばっさりと切られるが、そうやって突き放しつつ、愛情を抑えられずにいるような叙情が同時に漂うところが、本書の最大の魅力である。ヒヒとヒトへの分け隔てない愛(と、分け隔てない突き放し)に彩られた全23編は、著者ならではの悲劇を綴った驚きの最終章で幕を閉じる。数々のハードルにへこたれることなく、通読されることをおすすめしたい一冊である。

津田 みわ(つだ・みわ/アジア経済研究所)