資料紹介: イースタリーのエレジー

アフリカレポート

資料紹介

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■ 資料紹介: ペティナ・ガッパ 著 『イースタリーのエレジー』
津田 みわ
■ 『アフリカレポート』2013年 No.51、p.98
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ある種の文学作品を前にすると、同じアフリカを伝えるにしても、論文のような形式ではあらわせない領域があるのだと、思い知らされることがある。著者のペティナ・ガッパは、1971年ザンビア生まれのジンバブエ人女性である。欧州留学で博士号を取得後、スイスの国際機関で勤務、民族語のショナ語、英語に加えて独・仏語も解するたいへんな「国際人」でもある。本書の主な舞台はジンバブエだが、著者のそうした経歴を反映してか、収められた13の短編では、海外送金、国際詐欺団といったエピソードを通じて、日常に溶け込んだ欧米諸国の存在が随所に示される。とはいえ本書の白眉はなんといっても、極大ともいえる政治・経済的混乱の中に生きるジンバブエの人びとの生身の日常を描き出す、冷徹さとシニシズムを併せ持った著者の筆致にある。

もはや「汚職」とすら呼ばれないほどに日常化した不正。対抗するためには、自分自身もその汚職の仕組みに加担せざるを得ない。庭師や新郎の唇が「変に赤く」なっている、とだけ表現され、病名が語られないことで「語られる」HIV/エイズの蔓延。ジンバブエ「名物」ともいえる天文学的数値のインフレは、鶏や野菜をさばく売り子の「たったの五十万(ドル)」とのかけ声で描かれる。誰も表立って口には出さないが、産まない/産めない女性に対する包囲網は、強固かつ陰湿である。

汚職、HIV/エイズの蔓延、インフレ、女性の地位の低さ——解決されるべき「問題」としてのみ取り扱われがちなこれらを、本書は一貫して、何の変哲もない日常として描く。特段の告発をするでもない淡々としたその表現を通して、逆に「問題」の広がりや根深さがありありと、説得的に描き出される。「すべてのストーリーはそれぞれ、本当にあった事をベースにしている」と語り、「政権の単なる被害者としてのジンバブエ人ではなく、社会に由来する不幸、人びとの内側から発する互いへの攻撃を描きたかった」(BBCによるインタビュー。2009年)と語る著者の狙いは見事に成功したといえるだろう。本書はおそらく、アフリカに生きる人びとのふだんの暮らしに触れることのできる、最良の入門書のひとつである。小説がお好きな方にはもちろん、「作り話はどうも…」という方にも自信を持っておすすめしたい。







津田 みわ(つだ・みわ/アジア経済研究所)