資料紹介: マーケットに生きる女性たち ——ケニアのマチャコス市における都市化と野菜商人の営業実践に関する研究——

アフリカレポート

資料紹介

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■ 資料紹介: 坂井 紀公子 著 『マーケットに生きる女性たち ——ケニアのマチャコス市における都市化と野菜商人の営業実践に関する研究——』
■ 武内 進一
■ 『アフリカレポート』2013年 No.51、p.95
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本書は筆者の博士論文に基づく著作であり、ほぼ20年分のデータが詰め込まれた労作である。ケニアの地方都市マチャコスの市場で活動する、ジャガイモを扱う女性商人に焦点が当てられ、その商業活動の実践が詳細に描かれている。マチャコス市場の農産物流通の実態を明らかにし(第2章)、ジャガイモ卸売商の活動について具体例を踏まえつつ詳述し(第3章)、マチャコス市当局の市場管理政策と商人の対応を分析し(第4章)、一人の女性ジャガイモ卸売商のライフヒストリーを描く(第5章)という順序で、複数の側面から商人の仕事と暮らしに迫っている。

労作ではあるが、紹介しやすい本ではない。そう感じるのは、本書全体を通じて、どの研究分野で議論を展開しようとしているのかが必ずしも明確ではないからだ。農産物流通、ケニア現代史と都市化、行政と商人の関係、女性史など、本書ではいくつかの重要なトピックについて議論される。ただし、それぞれもっと分析を深める余地があり、結果として全体のメッセージを弱めているように思う。何か一つの主張をとことん立証する形で議論を組み立ててもよかったのではないだろうか。

例えば、行政と商人の関係を論じた第4章は面白いのだが、議論にもの足りなさが残る。市場管理政策を掲げる行政に対して商人が団結して交渉し、政策の変更を勝ち取ったことはよくわかる。しかし、その事実をどう評価するかが今ひとつわからない。行政はなぜ卸売市場でバケツを単位とする販売を禁じ、小売と卸売の区別にこだわったのか。卸売商人から見れば理不尽な規制だろうが、例えば零細小売商人の保護という政策目的はなかったのだろうか。零細な小売商人の活動を保護するために、活動規模や資本蓄積の可能性がより大きい卸売商人の活動を規制することは、常識的にはあり得る政策だろう。仮にそうした政策目標があったのなら、卸売商人の行動に対する評価も変わってこよう。卸売商人に焦点を当てる際に、彼らの活動や論理を相対化する視線がもう少しあってよかったと思う。

ネガティブな印象だけを与えることは、この紹介の本意ではない。作物別の農産物流通構造、マーケット使用料金の決定に至る顛末、女性商人の出自に関する先行研究批判など、本書には随所に興味深い論点が盛り込まれている。筆者には今後、個々の論点を深めつつ、より大きな研究課題との接点を探すことを期待したい。





武内 進一(たけうち・しんいち/アジア経済研究所)