資料紹介:高野 秀行『謎の独立国家ソマリランド——そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア——』

アフリカレポート

資料紹介

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■ 資料紹介: 高野 秀行『謎の独立国家ソマリランド——そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア——』
■ 武内 進一
■ 『アフリカレポート』2013年 No.51、p.34
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ソマリランドの現状をどう評価するかは、アフリカ研究のみならず、平和構築や紛争解決においてもきわめて重要な課題である。周知のようにソマリアでは、1991年にシアド・バーレ政権が崩壊して以来、事実上の無政府状態が続いている。その一方で、分離独立を宣言した北部の旧英領ソマリランド地域では平和が保たれ、競争的な選挙による政権交代まで起きている。破綻した国家の内側に安定した民主主義国家が存在するというのは、どういうことなのか。興味をそそられるものの、信頼できる情報は乏しく、何ともよくわからないままだった。

本書は、質の高い現地ルポである。ソマリランドに足を踏み入れたジャーナリストは決して少なくないが、筆者のように文献調査を含めたリサーチを行い、南部ソマリアやプントランドも訪問したうえで、その現状を評価した人は日本で初めてである。こうした書物が日本語で読めるのは、大変有り難いことだ。

どうなっているのか理解したい、それを他人にわかるように伝えたい、という筆者の姿勢には大いに共感する。「ラピュタ」、「リアル北斗の拳」、「イサック奥州藤原氏」、「義経系ハバル・ギディル」といった表現にも、奇をてらうというより、とにかく読者に理解してもらいたいという筆者の強い意志を感じる。実際、長くて似たようなソマリア人の名前や氏族名は、そのままではさっぱり頭に入ってこないのだ。このあたりの自由さは、ジャーナリストの特権である。

本書は、ソマリランドおよびソマリア全域の戦争と平和について、重要な情報をいくつも与えてくれる。氏族システムが民主主義とどのように組み合わさっているか、武装解除がどうやって可能になり、どこに限界があるのか、海賊とはどのようなビジネスなのか、南部の戦争と北部の平和が国際社会とどう結びついているのか、等々、読者は何度も目から鱗が落ちる思いをするだろう。氏族システムの伝統(本書でかなり詳細に説明される)と主権国家になりたいという渇望がソマリランドの平和を支えているという筆者の主張は、総じて説得的である。

最後にもう一つ。本書を読みつつ、久しぶりに「わくわく感」を味わった。戦争や平和の問題を扱いながら、アフリカはおもしろい、わくわくするところだというメッセージを伝えるのは簡単ではない。本書はきっちりそれに成功している。

武内 進一(たけうち・しんいち/アジア経済研究所)