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ペルー:貿易自由化重視の経済政策が継続

アジ研TPP分析レポート

No.3

2016年4月発行
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ペルーでは2016年4月10日大統領選挙と国会議員選挙が実施された。大統領選挙ではアルベルト・フジモリ元大統領(1990~2000年)の長女のケイコ・フジモリ氏が39.8%、アレハンドロ・トレド政権(2001~2006年)で経済財政相や首相を務めたペドロ・パブロ・クチンスキー氏が21.0%を獲得した。6月5日にこの上位二人による決選投票が行われ、その勝者が7月28日に大統領に就任し、5年の任期を務めることになる。また、一院制で130名の議員からなる国会議員の選挙では、ケイコ氏が率いるFuerza Popular(大衆の力)党が68議席、クチンスキー氏のPeruanos Por el Kambio(変化のペルー国民)党が20議席を獲得した 1

ケイコ氏は、フジモリ政権時代の汚職や人権侵害などについては過ちを認めつつ、経済政策は父親と同様に市場経済を重視し、貿易自由化を促進し、零細中小企業の育成に力を入れると主張してきた。クチンスキー氏は、輸出産品の多様化やアグロインダストリーの振興のほか、インフラ整備への投資による景気拡大に力を入れるとしている。中道右派である両者の間で、経済政策に関して大きな違いはない。そのため、決選投票でどちらが当選しても、地域経済統合である太平洋同盟や環太平洋連携協定(TPP)を推進する姿勢に変わりはないとみられる。

しかし7月末に新政権が発足しても批准までには時間がかかる。ペルー国内では加盟国すべてが批准してTPPが発効するのは2018年に入ってからとみられていることから、ペルーの国会においても優先度が高くない。そのため、議論が始まって批准されるのは2017年に入ってからとみられている(経済紙 Gestión 2016年2月4日)。

選挙戦の陰に隠れたTPP

2016年2月4日にニュージーランドのオークランドで行われたTPP署名式には、ペルーからマガリ・シルバ貿易観光大臣が出席した。そのニュースはペルーのメディアに取り上げられたものの、それ以降はTPP関連のニュースはほとんど取り上げられることがなかった。

その理由は、2015年の年末から本格化した大統領選挙キャンペーンのなかで、経済政策が重要な争点とならなかったためである。前回2011年の大統領選挙では、新自由主義を批判した左派のオヤンタ・ウマラ候補(現大統領)と中道右派のケイコ候補の間で、経済政策に対する立場がはっきりと分かれた。ウマラ候補は成長より分配を重視する立場を明確にし、資源ブームにより大きな利益を上げている鉱山企業への課税強化やガス価格などの引き上げを主張した。一方ケイコ候補は、フジモリ元大統領が進めた新自由主義にもとづく経済モデルを維持しながら、貧困削減を進めると主張した。両者の主張が大きく異なっていたため、経済政策が重要な争点の一つとなった。

それに対して今回の選挙戦では、ほとんどの主要候補が市場経済重視の姿勢を打ち出した。先に述べたケイコ氏とクチンスキー氏のほかにも、アラン・ガルシア元大統領(2006~2011年)とアレハンドロ・トレド元大統領(2001~2006年)の両大統領経験者、そして高い支持率を得ながらも党内での候補者選出に関わる手続きの不備のために出馬が取り消しとなったフリオ・グスマン候補など、ほとんどの主要候補がTPPを推進し貿易の拡大による経済成長を訴えた。

これに対して貿易自由化の推進に反対した主要候補が、大統領選挙で18.8%の票を獲得して第3位になったベロニカ・メンドサ氏である。同氏はもともとウマラ政権の与党であるPartido Nacionalista Peruano(ペルー民族主義党)に所属し、2011年の総選挙で国会議員に選出された。しかしウマラ大統領が左派から中道寄りに政策を転換したために同党を離党し、左派の政党連合Frente Amplio(拡大戦線)に移った。今回の大統領選挙ではこの政党連合の候補として出馬し、新自由主義を批判しTPPにも反対の立場を示していた。国会議員選挙で同連合は20議席を獲得したが、国会に議席を持つそれ以外の政党は市場経済重視の現在の経済政策を支持しているため、国会におけるTPP反対派の影響力は限られたものとなる。

今回の選挙でTPPをはじめとする経済政策があまり重要な争点とならなかった理由としては、1990年代にフジモリ政権が開始した新自由主義にもとづく経済改革が、2000年代になって固定化していることが挙げられる。フジモリ大統領の権威主義的政治に反対したトレド大統領も、それから1985~1990年の第1期目には市場よりも政府による資源配分を重視したガルシア大統領も、そしてベネズエラのチャベス大統領やブラジルのルーラ大統領をお手本としたウマラ大統領も、基本的にはフジモリ政権の経済政策を踏襲し、財政規律重視によるマクロ経済の安定など新自由主義にもとづく経済政策を維持してきた(村上2012)。その結果、国際市場における資源ブームの追い風も受けながら、ペルー経済は2000年代初めから好調な成長を続けてきた。その過程で中間層が拡大する一方で、貧困や格差の状況が改善し、国民の間にも市場経済に対する信頼が高まった(清水2014)。

積極的なFTAへの取り組み

新自由主義にもとづく経済政策の一つとして2000年代以降の政権が積極的に取り組んできたのが主要貿易相手国との自由貿易協定の締結である。ラテンアメリカ諸国の中で先行するチリやメキシコを追いかける形で、ペルーは2000年代に入って自由貿易協定の交渉を始めた。なかでも重要なのが当時最大の貿易相手国であった米国との交渉である。交渉中はもちろん、2006年に調印した後に発効に向けてペルーの国内法を改正する際にも、安い農産物の流入や外資企業による資源開発などに反対する一部の農業生産者や市民団体が反対運動を行った。しかし2009年の発効後には反対運動は下火になった。その後は、各国との自由貿易協定の交渉においても、目立った反対運動は起きていない。つまり多くの国民は自由貿易協定を所与として受け止めていると考えられる。

表1 ペルーの自由貿易協定交渉の進展
表1 ペルーの自由貿易協定交渉の進展
(注)アンデス共同体(1969年)、WTO(1995年)、APEC(1998年)にも加盟。
(出所)ペルー貿易観光省ウェブサイト( http://www.acuerdoscomerciales.gob.pe/ )。

ペルーがこれまでに締結した自由貿易協定を表1にまとめた。キューバ、メルコスール(アルゼンチン、ブラジル、ウルグアイ、パラグアイ)、メキシコなどのラテンアメリカ諸国のほか、米国とカナダ、現在の最大の貿易相手国である中国、そして韓国や日本などのアジア諸国、欧州連合や欧州自由貿易連合(EFTA)とFTAを締結し、発効している。また、相互にFTAを締結しているメキシコ、コロンビア、チリとは太平洋同盟(Alianza del Pacífico)を結成し、加盟国間では貿易自由化だけでなく、人の移動の自由化、共同での観光振興、在外施設の共同利用など、さまざまな協力を通じた経済統合を進めている。

2000年代以降の各政権は自由貿易協定を推進しているものの、その熱意は政権によって温度差がある。米国と良好な関係を保ったトレド政権は、自由貿易協定交渉を進めて調印までこぎ着けたものの、任期内には発効まで持ち込めなかった。

これを引き継いだガルシア政権は、対米自由貿易協定を発効するために国内法の改正に力を注いだ。そして新規に多くの国々との交渉に取り組んだ結果、中国、韓国、日本との自由貿易協定の締結・発効を実現した。太平洋同盟を着想し、周辺諸国に呼びかけて具体的に形にしたのも同政権である。ガルシア政権の期間中には、国際市場における資源ブームも手伝って、貿易だけでなく、ペルーへの外国直接投資額が大きく増加した。

その後を引き継いだウマラ政権は、既に締結した協定の発効や、前政権から引き継いだ太平洋同盟やTPPへの取り組みを継続した。しかし新規に交渉を開始したのはトルコのみにとどまった。外国資本による天然資源開発に対しては前政権と比べて消極的だったこともあり、新規の投資額は落ち込んでいる。

知財保護や紛争解決に対する懸念

TPPに関する報道は限られていたが、その中で取り上げられていたのが、これまでの自由貿易協定との違いである。これについてプラスとマイナスの両面がある。

プラス面については、まだ自由貿易協定を締結していない5カ国(オーストラリア、ニュージーランド、ブルネイ、マレーシア、ベトナム)の市場へのアクセス改善が挙げられる。ペルーはこれらの国に対して、農林水産品の輸出拡大を期待している。次に、既に自由貿易協定を締結している国々の市場に対するアクセスの改善である。例えば、日本やカナダの政府調達へのアクセスが、これまでよりも有利になるとみている。それ以外には、原産地規則の累積制度にも注目している。加盟国から安い原材料を調達して、ペルー国内で加工し、別の加盟国へ輸出できれば、これまでよりもペルー産品の競争力が向上する。この制度を利用して国内の中小企業がグローバルバリューチェーンに参加することをペルー政府は期待している。

一方マイナス面としては、知的財産権の保護や投資家と国の間の紛争解決(ISDS)に関して、市民団体などが懸念を表明している。具体的には、知的財産権の保護強化により医薬品の価格が上昇したり、多国籍企業がペルー政府に対して多額の賠償金を請求したりする可能性を指摘している。これに対してペルー政府は、米国との自由貿易協定発効後、ペルーの医薬品市場は拡大しているだけでなく、医薬品価格の上昇率はインフレ率を下回っていることを示している。また、ISDSによって投資家による提訴が大きく増えることはないと主張している。政府によれば、2000年代に入って投資家がペルー政府を提訴した事例が11件あったが、そのうち9件ではペルー政府の主張が認められた。残りの2件でも、ペルー政府が支払いを命じられた額は投資家が要求した賠償額の一部にとどまった 2

APEC 2016への期待

ペルーは2016年のAPEC議長を務め、11月にはリマで首脳会議が開催される。ペルーがAPEC議長を務めるのは2008年に続いて2回目となる。ダイナミックな経済成長を遂げてきたアジア太平洋地域を統合する組織において中心的な役割を果たすことは、ペルーにとっては重要な意味を持つ。ラテンアメリカでは規模の大きいブラジルとメキシコが経済的に重要で、ペルーのような中規模国は存在感が薄い。その中で経済改革や自由貿易協定の取り組みで先行しているチリと肩を並べてTPPに参加し、TPP調印後に開催される初めてのAPEC会議で議長を務めることは、ペルー政府にとっては大きな誇りである。

2016年に開催される一連のAPECの会議の中で、ペルーが特に力を入れたいのがASEANとの関係強化、中国からの投資呼び込み、コロンビアのAPEC加盟の支援である。

中国経済の減速にともない、ペルーやチリなどの資源輸出国は新しい市場の開拓を迫られている。その有力な候補がASEAN諸国である。1国による働きかけには限界があるが、太平洋同盟諸国がまとまることで、ASEAN諸国へのアプローチがしやすくなる。

次に中国は、これまではベネズエラをはじめとするいわゆる急進左派と呼ばれる国々を中心に資源開発やインフラ整備への投資を進めてきた。しかし急進左派の国々の経済状況が悪化し、域内最大のブラジルも政治・経済の両面で大きな問題を抱えている。その中で堅実な経済政策により成長を維持していることをアピールして、ペルーに投資を呼び込もうとしている。

次にコロンビアのAPEC加盟支援である。APECでは1998年のロシア、ペルー、ベトナムの加盟後、約10年間にわたって新規加盟を凍結していた。その後、2010年に新規加盟について検討を継続することになった。コロンビアは南アメリカではブラジルに次ぐ人口規模を持つ。国内の治安問題もほぼ解決し、今後の経済成長が予想されている。太平洋同盟の中では唯一の非APECメンバーであるコロンビアの加盟を支援することで、APECにおける太平洋同盟の影響力を拡大することを目指している。

<参考文献>
  • 清水達也2014「ペルー:成長がもたらした市場経済化改革への信頼」『ラテンアメリカ・レポート』Vol. 31, No. 1。
  • 村上勇介2012「ペルー左派政権はなぜ新自由主義路線をとるのか?-「左から入って右に出る」政治力学の分析-」『ラテンアメリカ・レポート』Vol. 29, No. 2。

脚 注
  1. 2016年4月10日に実施された選挙の結果については、全国選挙管理委員会(ONPE、4月18日時点、開票率97.8%)や El Comercio 紙のウェブサイトに掲載されたIPSOS社の出口調査の結果にもとづく。
  2. MINCETUR 2015. “Acuerdo de Asociación Transpacífico (TPP): El nuevo horizonte comercial del Perú. TPP 105 preguntas y respuestas.” ( http://www.acuerdoscomerciales.gob.pe/ ).ペー政府が提訴された具体的な事例については以下の文献を参照。RedGE 2015. “Informe: Impactos de los Acuerdos Comerciales Internacionales adoptados por el Estado peruano en el cumplimiento y promoción de los Derechos Humanos en el Perú.” ( http://www.redge.org.pe/node/2114 ).