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革命後のシナイ半島情勢 —イスラーム過激派の台頭と民主化への影響—

政策提言研究

金谷美紗 (中東調査会)
2014年4月
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※以下に掲載する論稿は、平成25年度政策提言研究「中東・南アジア地域の平和システム構築に向けて」の分科会(「エジプト動向分析研究会」)の金谷美紗委員が、研究会活動を通じて得た知見を自らの責任において取りまとめたものです。

2011年の革命以降、シナイ半島では武装集団による暴力事件が多発している。武装集団とは、多くの場合、イスラーム国家の樹立を目標に掲げ、暴力を用いて「ジハード」を行うイスラーム過激派である。

シナイ半島の不安定な治安は2011年革命以降に限った話ではない。2004~2006年の間に、シナイ半島南部のリゾート地でイスラーム過激派による爆弾テロが起こり、多くの死傷者が出た。テロ事件の実行犯であるイスラーム過激派には地元のベドウィンが多く参加しており、アル=カーイダの思想に影響を受けた組織であった。2005年、イスラエル軍がガザから一方的に撤退した後、ハマースがガザを実効支配するようになると、ガザ・エジプト国境間の違法トンネルを通じた密輸問題(基本物資、武器、ヒトなど)が、シナイ半島の新たな治安問題に加わった。シナイ半島側では、ベドウィンが生計のために密輸ビジネスに関与していた。

このようにすでに暴力や密輸の場となっていたシナイ半島は、2011年革命を経てさらに治安が悪化した。今やシナイ半島の治安悪化は本土にもスピルオーバーし、エジプト政治における軍の役割を一層大きくする要因ともなっている。本稿では、2011年革命後のシナイ半島情勢を概観し、特に重要な事件の実行犯である「エルサレムのアンサール団」(Anṣār Bayt al Maqdis、以下ABMと略)について情報をまとめる。最後に、シナイ半島から本土にテロ事件が拡大する現状が民主化過程に及ぼす影響について考察する。

1.2011年革命後のシナイ半島情勢の推移
革命により全土で警察の治安維持能力は低下し、それはシナイ半島でも同様だった。革命後から約1年間は、イスラエルやヨルダンへの輸出用ガス・パイプラインが「武装集団」によって爆破されることが多かった。2012年7月までに15回爆破され、多くの場合、実行犯は不明のままである1。ベドウィンによる外国人誘拐事件も多発した。多くは外国人の観光客が標的となり、シナイ半島で働く中国人労働者やシナイ半島駐留多国籍軍監視団(MFO)の兵士が標的となったケースもあった。筆者が確認した限りでは、ムルスィー政権成立までの1年余の間に6件起きており、いずれもベドウィンによる犯行で、エジプト当局によって投獄された仲間の解放が要求内容だった。さらに、国内治安の悪化に加えて隣国リビアで内戦が勃発したことにより、シナイ半島を舞台にした武器密輸が盛んになった。リビアからシナイ半島へ、さらにガザへと武器が流入した。

2012年6月にムスリム同胞団出身のムハンマド・ムルスィーが大統領に就任してからは、ガス・パイプラインの爆破と外国人の誘拐は減り、新たな傾向が見られるようになった。第一に、周辺諸国から外国人「ジハード」戦闘員がシナイ半島に流入してきた。専門家やイスラエル諜報機関はシナイ半島で活動する戦闘員数を1000人前後と推測している2。多くはエジプト人(ベドウィン)とパレスチナ人で、その他、イエメン人、リビア人、サウジアラビア人、欧米諸国出身者もいる3。リビア内戦やシリア内戦に参加したジハード戦闘員が、新たなジハードの地を求めてシナイ半島に入ったと考えられる。また、パレスチナからシナイ半島への戦闘員流入に関しては、ガザを拠点とする「イスラーム軍」(Jaysh al Islām)が外国人戦闘員の訓練・送り出しを担当していると言われている4。第二に、イスラーム過激派がエジプト当局(軍・警察)を狙った事件も発生するようになった。2012年8月には、ラファハでエジプト軍兵士16人が武装集団に殺害された(犯人不明)。エジプト軍は同事件をきっかけに過激派掃討作戦を開始した(現在も継続中)。しかし筆者が確認した限りでは、ムルスィー大統領時代における治安当局への襲撃事件は1カ月に数件程度に過ぎなかった。

治安当局への襲撃が本格化したのは、2013年7月のクーデタ以降である。米国系シンクタンク「民主主義防衛財団」(Foundation for Defense of Democracies)のデイヴィッド・バーネット(David Barnett)によれば、クーデタ後から2013年12月末までにシナイ半島で260件以上の攻撃事件があった5。主要な事件には、ラファハでの兵士25人惨殺(8月)、内相暗殺未遂(9月)、イスマーイーリーヤ県軍諜報局爆破(10月)、国家治安局将校暗殺(11月)、マンスーラ市治安局爆破(12月)、カイロでの連続テロ4件(1月)などがある。これら多くの事件について犯行声明を発表したのがABMである。ABMは、治安当局が親ムルスィー派のデモを暴力で制圧・殺害したこと、世俗的暫定政権の成立に関与したことを非難し、無実のムスリムを殺す「不信仰者」「専制君主」たる軍・警察をジハードの標的とすると宣言している。ただし、ムスリム同胞団については、民主主義という「非イスラーム的」な方法に依存したことを批判しており、ムルスィー前大統領の復権を要求してはいない。軍は過激派に対して徹底抗戦の構えでおり、シナイ半島での掃討作戦で200人近くを殺害、600人以上を逮捕してきた。

2.エルサレムのアンサール団
ABMは2011年革命後に結成されたと見られる。ガザとシナイ半島に拠点があり、メンバーには外国人戦闘員が存在することが確認されている。アル=カーイダに忠誠を表明したことはないが、アル=カーイダの思想(米国・シオニストに対するジハード)に賛同している。結成当初はイスラエル向けのガス輸出に使用されるパイプラインを爆破したり、シナイ半島からイスラエル本土に向けたロケット弾攻撃などを行っていたが、2013年7月以降はエジプト治安当局に標的をシフトした。

犯行声明内ではエジプト治安当局およびエジプト国家の経済権益を標的とすると明言し、内相暗殺未遂、国家治安局将校の暗殺、治安局や軍施設の攻撃、シナイ半島北部のガス・パイプラインの爆破などに関与してきた。しかし本年2月、シナイ半島のターバーで韓国人観光客を乗せた観光バスが爆破された事件について、ABMが犯行を認めた。ABMが観光客を標的としたのは初めてである。観光客もエジプト国家の重要な収入源であるため、新たな標的に加えたのかもしれない。

エジプト軍はシナイ半島北部での掃討作戦において、ABM幹部の捜索、殺害、逮捕に懸命になっている。また当局は、ムスリム同胞団がABMに資金援助を行ってきたのではないかと疑っている。2013年12月にエジプト政府がムスリム同胞団をテロ組織に指定した理由の一つには、ABMとの関係を疑う政府の姿勢があったと考えられる。

3.民主化過程への影響
最後に、シナイ半島情勢の不安定化がエジプトの民主化過程にどんな影響を及ぼしうるか考えたい。現在、エジプト政治は同胞団の排除を前提に正式政権への移行と民主化が進められている。同胞団を政治過程から排除する理由は、「同組織がテロ組織であるため」である。同胞団メンバー(特に末端メンバー)が暴力行為に関与しているのは事実であろう。しかし、同胞団がテロ行為に関与している明確な物的証拠がないまま、恣意的に団員を大量に逮捕・拘束し、テロ組織に指定することは、法の支配に反する。また政治的対立の構造の中で特定の政治組織を意図的に政治参加から排除すれば、その組織は急進化し、さらに政治を不安定化させる要因にもなりかねない。

シナイ半島情勢の不安定化、そして本土への暴力の浸透は、こうした流れを促進する要因になると考えられる。イスラーム過激派と軍の対立が続くかぎり、ムスリム同胞団への締め付け、政治過程からの排除は続くからである。さらに、スィースィー国防相兼総司令官が大統領選挙への出馬を表明した今、過激派がスィースィーを狙う可能性は高い。当局もその可能性を十分に認識しているからこそ、過激派掃討作戦を強化し、ムスリム同胞団の排除も続けると予想される。こうした流れが現実化すれば、当分の間、軍の政治的役割は大きい状態で固定化されるであろう。エジプトでは、治安問題と民主化に深い関連があることが分かる。


脚 注
  1. 2011年11月に、「シナイ半島のアンサール・ジハード団」と名乗る組織が犯行声明を発表した。同組織は、その後、活動した記録はない。“Ansar al-Jihad Claims Responsibility for Pipeline Explosions and Eilat Attack,” Egypt Independent, 22 December 2011.
  2. 7 Mohannad Sabry, “Al-Qaeda Emerges amid Egypt’s Turmoil,” Al-Monitor, 4 December 2013. http://www.al-monitor.com/pulse/originals/2013/12/al-qaeda-egypt-sinai-insurgency-growing-influence.html ; “Shin Bet Forms New Unit to Thwart Attacks on Israel by Sinai Jihadists,” Haaretz, 20 August 2013.
  3. Mohannad Sabry, ibid.; Haaretz, 20 August 2013.;
  4. Haaretz, 20 August 2013
  5. David Barnett, “Gas Pipeline Targeted in Last Sinai Attack of 2013,” Long War Journal, 31 December 2013. http://www.longwarjournal.org/threat-matrix/archives/2013/12/sinai_gas_pipeline_targeted_in.php